第18話 中学校の帰り道
「蓮と葵くんってどうやって仲良くなったの? 中学が同じだったんだよね?」
今度は沙斗琉も乗れるアトラクションにしようと、座って世界観を楽しむボートライド型のアトラクションに乗ることにした。順番待ちの最中、沙斗琉は終始楽しげな葵に尋ねる。
葵はゆっくりと進む列に続き、沙斗琉に背を向けたまま答えた。
「オレが幽霊について行きそうになったのを、蓮が助けてくれたんだよなー」
蓮は何も答えず、黙々とポップコーンを食べ続けている。沙斗琉はにやにやと笑いながら、蓮に視線を向けた。
「へー。優しいじゃん」
「別に」
「蓮は愛想悪いだけだよなー」
葵は列が止まると同時に足を止め、くるりと振り返る。既にアトラクションの世界に入ったかのようなオブジェを眺め、懐かしそうに目を細めた。
「中二の秋だったんだけどさ。仲良いやつがみんな部活で、一人で帰ってたんだよ。そしたら急に子供に呼ばれて……」
紅葉には早い十月中旬。時折降ってくる黄緑色の葉を捕まえながら、葵は通い慣れた道を一人で歩いていた。
捕まえた葉が手から落ちる様子を眺めながら、ぼんやりと今日の夕飯を考える。遠くにイチョウの木が見えるが、まだ保育園児である妹は銀杏を好まないだろう。冷蔵庫の中身を思い出しながら、中学校と保育園の中間にあるスーパーへと足を進めていた。
「おにいさん」
ふと聞こえた声に葵は足を止める。小さな子供の声は、いったいどこから聞こえたのだろうか。
葵はきょろきょろと辺りを見渡す。すると車道を挟んだ向かい側で、手を振っている子供がいた。きっとあの子が声の主だろうと思い、葵は少し先の横断歩道から向かいの道へと渡った。
「おにいさん」
近寄ると、子供は先ほどと同じ声で葵を呼ぶ。葵は「なに?」と聞きながら、子供の正面にしゃがんだ。
「あそぼ!」
泥だらけの半ズボンを履いた子供は、歯抜けの口でにこにこと笑う。
葵は時間のことを考える。時計を見てはいないが、おそらく今は、学校から十分ほど歩いたところだろう。この後はスーパーに寄ってから妹を迎えに行く用事があるが、少し遊ぶ程度なら問題ないだろう。
「いいよー。なにして遊ぶ?」
「こっち!」
子供が葵の手を掴んで歩き出す。思いのほか速く手を引かれながら、路地裏に入ろうとしたそのとき――。
「手ぇ離せクソガキ」
少し怠そうな、しかし力強い声が葵の耳に響いた。
なんとなく聞き覚えのあるその声に、葵は足を止めて振り返る。そこにはクラスメイトである郷間 蓮が、片足に体重を乗せて立っていた。
蓮はポケットに手を入れたまま、ずんずんと葵たちに近づいてくる。子供は蓮に驚いたのか、それとも恐れたのか、葵の手を放して路地裏へと走り去った。
「あ、ちょっと!」
子供を追おうとした葵の肩を、蓮が後ろから無造作に掴む。
「追うな。幽霊だ」
「へ?」
葵は一瞬蓮を見た後、子供が走り去った方へ顔を向ける。既に子供の姿はなく、さびれた道が真っすぐに続いているだけだ。
蓮は葵の肩から手を放し、小さく息をつく。
「幽霊の中には、生きた人間を道連れにするやつもいるんだ。気をつけろ」
蓮はそれだけ言って踵を返す。葵は慌てて蓮の後を追い、隣に並んだ。
「ありがとな! あの子幽霊だったんだなー。全然気付かなかった」
「見りゃわかるだろ」
「オレ、幽霊と人間の区別つかなくてさー」
「そんなことあるか……?」
蓮は訝し気な目を葵に向ける。葵は蓮の視線に臆することなく、へらへらと笑った。
「見分け方とかあんの?」
「影」
「影?」
「幽霊には影がない」
「そうなんだ! 見てなかった! 次から確認する!」
一つ間違えば冥界に行っていたかもしれないというのに、葵は恐れることもなく笑う。蓮は呆れた様子でため息をついた。
これが葵と蓮の初めての会話だった。同じクラスではあるが、蓮はあまり人の輪に入ってこない。葵が蓮の名前を覚えていたのも、郷間という苗字が珍しいからだ。
「なあ、郷間って幽霊詳しい? オレ昔から見えてんだけど、未だに違いも分かんないし対策も知らなくてさー。てか、オレのこと知ってる?」
「生田だろ」
「そうそう! よかったー、覚えられてて! 郷間って苗字珍しいよな。出身どこ? 家こっち側? オレ今からスーパー行くんだけど一緒にいかねぇ?」
「質問は一つにしろ」
それから二人は話しながらスーパーに行った。ほぼ葵が一人で喋っていたが、蓮は嫌がることも、口を挟むこともなく聞いていた。
スーパーを出て保育園の前まで来ると、葵は足を止めて手を振った。
「じゃあ、オレここ寄ってくから。郷間って帰宅部? 明日も一緒に帰ろうぜ!」
「……気が向いたらな」
蓮は振り返ることもなく、暮れ始めた空に向かってすたすたと歩く。葵はほのかに心を高揚させたまま、保育園の門をくぐった。
「それから一緒に帰るようになってさー。うちが父子家庭で蓮が母子家庭なのもあって、話しやすくてさ。オレんちゲームとかなかったんだけど、蓮の家行って妹とやらせてもらったり、夕飯も一緒に食ったりしてさ」
「へぇー。正反対に見えるけど、意外と共通点もあるんだね。あ、列進んでるよ」
「あっ、ごめんごめん!」
沙斗琉が進行方向を指さし、葵は慌てて列を追う。蓮は少しだけ懐かしさに浸りながら、最後のポップコーンを口に入れた。




