第17話 猫耳が似合う休日
地縛霊の増加に気付いた日から約一カ月。あまり調査は進んでいなかった。外見の特徴ははっきりしているのに、それ以上の輪郭に迫る情報が得られない。
大きな変化といえば、地縛霊の発生場所だ。神奈川県、埼玉県での発生は落ち着き、平年並みにまで件数が落ちている。東京23区も西側は減少し、反対に東側で増加している。現在の主戦場は23区東部と千葉県西部だ。
活動範囲が縮小することで、犯人の拠点を絞りやすくなった。しっかりと時間を取って分析したいところなのだが……。
「やっぱ蓮には猫耳かなー。沙斗琉さんどう思う?」
「たしかに黒猫感あるよね~。こっちのリボンついてるやつもかわいいよ」
「ほんとだー! 蓮、これつけてみねぇ?」
蓮は今、テーマパークで着せ替え人形になっていた。
ことの発端は、葵が友人の結婚披露宴に出席した際、余興でテーマパークのペアチケットを当てたことである。蓮は当初誘いを断ったが、葵が「誰も予定空いてないんだよ~」と言うので、しかたなく承諾した。しかし蓮はテーマパークには不慣れなため、慣れていそう且つチケットがいらない沙斗琉も連れてきたのである。ちなみに蓮も新郎の同級生だったが、招待されていない。
蓮は眉間にしわを寄せ、葵につけられた猫耳のカチューシャを外す。
「気に入ったならお前がつけろ」
「蓮に似合いそうって話だよ! なー、それつけて回ろうぜー。オレもなんかつけるからー」
「似合ってたまるか。彼女作ってつけてもらえ」
「恋人は作るもんじゃなくて、できるもんだろ!」
「そうなのか沙斗琉」
「えっ!? うん、まあ、そうなんじゃない……?」
沙斗琉があからさまに目を逸らす。蓮は当然、沙斗琉が健全な交際をしていなかったことを知った上で話を振っている。
結局カチューシャは買わずにグッズショップを出る。葵はすぐ近くに停まっていたワゴンでポップコーンを購入した。
「蓮なに乗りたい?」
「なんでもいい。つか、何があるか覚えてない」
「オレも覚えてないんだよなー」
蓮が最後にテーマパークを訪れたのは、中学校の卒業遠足だ。ただ同じグループのメンバーについて行っていた記憶しかなく、どんなアトラクションがあったかなど一つも覚えていない。
葵はポップコーンの箱を蓮に渡し、入口でもらったリーフレットを広げる。
「なんでもいいなら、ジェットコースターにするか! 絶叫平気だったよな? お化け屋敷でもいいけど、どっちがいい?」
「ジェットコースター。幽霊は本物いるし」
蓮は断りなくポップコーンを食べる。胡椒のピリリとした辛さは、なかなかクセになりそうだ。
葵はリーフレットを閉じ、ポップコーンの箱を蓮に持たせたまま一口分を掴む。蓮が勝手に食べたことは、全く気にしていないようだ。
「あ、美味い。蓮が好きそうな味がする」
「よくわかるな」
「香辛料好きじゃん?」
「そうだな」
三人は一番近くのジェットコースターに向かって歩く。順番待ちの列が見えてきたとき、沙斗琉はぴたりと立ち止まった。
「オレはさすがに乗れないから、下から見てるね~」
霊体でどのようなことができるかというのは、つまるところ本人の想像力次第だ。物を持つイメージができれば持つことができ、持てないと思ったらすり抜ける。沙斗琉には、ベルトもなくジェットコースターに乗るイメージができないのだろう。
「わかった! また後でなー!」
葵が沙斗琉に向かって元気よく手を振る。はたから見れば意味の分からない光景だろうが、周囲の人々は案外気付いていないようだ。
沙斗琉と別れ、蓮と葵は一時間待ちの列に並ぶ。一方的に喋る葵のおかげで、一時間はあっという間だった。ポップコーンが尽きるのもあっという間だった。
順番が訪れ、蓮はコースターのシートに座る。安全バーが腹にぶつかる感触も久しぶりだ。
隣を見ると、まだコースターが動いてもいないのに、葵は楽しそうに笑っている。周囲からも、期待や不安に満ちた声が次々と聞こえてきた。
蓮は、「楽しい」という感覚をあまり理解していない。おそらく趣味であるゲームですら、楽しいかと問われると答えに困る。だが葵を見ていると、なんとなく「楽しい」気持ちになってくる気がする。
コースターが動き出し、ゆっくり上っていたのも束の間、一気に降下した。悲鳴と共に風圧が押し寄せ、コースターは加速する。久しぶりに乗っても、これの何が怖いのか、何が楽しいのかはよくわからない。けれど風を感じている間、蓮は地縛霊増加のことなどすっかり忘れていた。
再びコースターが止まると、葵はやはりケラケラと笑っている。
「楽しかったなー!」
その言葉に素直に同意することは、蓮には難しい。しかし、何も考えない時間も悪くないと思えた。




