第14話 地面から咲く鎖
「フン!」
床から生えた太い鎖は、岳が左右に引っ張ると簡単にちぎれた。こんもりと盛り上がった力こぶは、黒いスカジャンの上からでもその逞しさが伝わってくる。
男は自由になった足を恐る恐る持ち上げる。何度か足踏みをして、男は感極まったように叫んだ。
「うおおおおぉぉぉぉ!!! 軽い!! 軽いぞおおおおぉぉぉぉ!!!!」
男が横断歩道の真ん中をぴょんぴょんと跳ね回る。車のヘッドライトが男を照らすが、車は男にぶつかることなくすり抜けた。
男の様子にひなが笑うと、男はぴたりと立ち止まり頭を下げた。
「お二人とも、あざっす!! もう一生ここで暮らすんだと思ってました!」
「喜んでくれてよかった~。気持ちよく成仏できそう?」
「もちろんっす! ひなたんが目の前にいるだけで感動っすよ!!」
「ほんと? 嬉しい~!」
ひなは満面の笑みで顎に両手を添える。小顔に見せるだけのこのポーズに、深い意味はない。
ひなは華麗に後ろを向き、右手を空間に翳す。何もなかったそこに、寺にあるような屋根の付いた門が現れた。人が一人通れる程度の小さな門は、神々しくも禍々しい独特の光を放っている。
ひなは再び男に向き直り、門に手を添えた。
「ここから冥界に行けるよ! 一本道だから迷わないと思うけど……。最後まで案内できなくてごめんね?」
ひなが眉を下げ、上目遣いに男を見る。男は頬を赤らめ、もげそうなほど勢いよく首を横に振った。
「いやいやいや! 生ひなたんに会えただけで、もう本っ当にそれだけで幸せなんで!! なんなら死んで良かったくらい!!」
「も~。そんなこと言わないで! 来世では生きて推しに会えるように、ひな応援してるよっ」
「はいっ!!!」
男は門の前で一礼し、骨が浮くごつごつとした腕を上げた。
「じゃ、あざっした!」
「うんっ! 気を付けてね~」
ひなが手を振り、岳が小さく頭を下げる。門をくぐった男の姿は、靄にかき消されすぐに見えなくなった。
ひなが右手を握ると同時に門が霧散する。ひなは両手を上げ、思い切り伸びをした。
「三件終わり~! つっかれたー!」
「お疲れ様」
岳は身動きせず口だけを動かす。無愛想なのではなく表情が乏しいだけだと知っているひなは、元気よく「お疲れ様~!」と返した。
「はぁ~。顔疲れちゃった」
ひなは労わるように自分の頬を両手で包む。アイドルのころの癖で、ひなは初対面の相手に必要以上の笑顔を向けてしまう。それも、生前の自分を知っている相手ならば尚更だ。
ひなは携帯電話を開き、予定管理アプリにチェックを入れる。二年前に初めて触った二つ折りの携帯電話にも、随分と慣れたものだ。
蓮の家で地縛霊発生データを見てから数日。地縛霊を作っていると思われる人物には出会っていない。それどころか、ここ数日の神奈川県の地縛霊発生数は減少傾向にあった。
(神奈川からは撤退したのかな……。決め打ちするにはまだ早いけど)
ひなは携帯電話を両手で閉じ、レザージャケットの内ポケットにしまう。アイドルのころはあまり着なかったレザーは、想像より似合っていて気に入っている。
回収ノルマは達成したが、ひなと岳は見回りをしてから本部に戻ることにした。事件の手がかりを見つけるためだが、ひなの本当の目的は少し違う。
(絶対蓮より先に見つけて、見返してやるんだから!)
いくつかの道を越え、ひなと岳は川崎駅の近くにたどり着く。遅くまで営業する飲食店が多いこの場所は、終電近くでも賑わいを見せていた。
ひなはふと、店舗の間の細い道に目を向ける。一人の霊がふらふらと歩いているのが目に入った。
そして次の瞬間、突如として地面から鎖が現れた。
「!?」
ひなが反応するより早く、鎖は霊の足に絡みつく。霊は前のめりになりその場に倒れた。
ひなは慌てて辺りを見渡す。岳も気付いたようで目をぎょろぎょろとさせているが、終電に急ぐ人の波が連なり、犯人を特定できそうにない。霊の数も少なくなく、全員を確認するには時間がかかりそうだ。
ひなはサイドテールを揺らし、勢いよく岳を見上げた。
「犯人見た!?」
岳は無言で首を横に振る。ひなは舌打ちしたくなる心を抑え、大きく息を吐いた。
「いきなり地面から鎖が生えたってことは……遠隔操作ができるってこと?」
「そうかもしれない」
二人の間に沈黙が流れる。ひなは爪が食い込みそうなほど強く拳を握った。
「……とりあえず、あの霊解放しよ。その後本部に報告する」
「わかった」
二人は先ほど縛られた霊の元へ向かう。その霊も、自分の身に何が起こったか理解していないようだ。
電車の発車ベルの音が、妙に遠く聞こえた気がした。




