第102話 少し低い体温
閻魔から聞いた場所に座標を合わせ、蓮は黄金の金庫扉を開く。立ち込めた熱気は真夏のようで、蓮は思わず顔をしかめる。
冥界に降り立ち最初に目に入ったのは、寺院のような趣のある塀に囲まれた建物だった。話によるとここが霊魂管理局本部であり、日本の冥界の中心地らしい。
蓮は裏門の前に立つ異形に近寄り、臆することなく用件を話す。事前に話が通っているようで、異形は丁寧な所作で門をあける。蓮は異形に礼を言い、霊魂管理局の敷地内へと足を踏み入れる。
建物内に入ると、案内役らしい人型をした獄卒が蓮に話しかけてくる。鬼だという彼にはよく見ると角があり、爪もギャルのように長い。
案内された重厚な扉には、「局長室」と書かれている。閻魔が言っていた『あの世の王様』というのは、どうやら霊魂管理局局長のことらしい。
扉を開くと、その景色はまさに鏡の向こうの世界だった。真っ赤だと思っていた壁には金の刺繍が施されており、鏡越しで見るよりもギラギラとしている。
(落ち着かねー……)
蓮は居心地の悪さを感じながら、案内役に勧められソファに腰かける。深く沈む感触に少し驚きながら、蓮は大人しく閻魔が訪れるのを待つ。
しかし、何分経っても閻魔は姿を現さない。蓮は約束の時間より早く到着しているが、それにしても待たせすぎだと蓮は思う。出された茶をちびちびと飲んでいたが、それももう空になってしまった。
一時間ほど経ち、ようやく扉が開く。蓮が苛立ちながら扉の方を向くと、幸せそうな顔をした閻魔が勢いよく飛んできた。
「蓮きゅ――――ん!!! 会いたかったよぉ~~~~~~!!!」
蓮は閻魔にしっかりと抱きしめられ、皮がむける勢いで頬ずりをされる。息苦しさを感じながらも、蓮はすぐに閻魔を振りほどけなかった。
人間よりも少し低い体温を、蓮は全身で感じる。そこにいるのは間違いなく鏡越しに見ていた閻魔で、蓮は柄にもなく感動してしまいそうになる。
しかし息苦しさと照れが勝ち、蓮は閻魔のみぞおちを肘で思い切り殴った。
「ぐぉぉ……」
閻魔がソファからずり落ち、腹を押さえてうずくまる。蓮はふーっと息を吐き、努めて冷静に閻魔を見下ろす。
「ずいぶん遅かったじゃねーか。お前から時間指定してきたのに」
「ご、ごめんね……。思ったより仕事が長引いて……」
閻魔はよろけながらも立ち上がり、蓮の正面のソファに座る。閻魔は「えへへ」と、だらしなく笑う。
「来てくれてありがとう、蓮くん。本当に嬉しい」
その幸せオーラを直視できず、蓮は閻魔から目を逸らす。だらしがないのに閻魔を憎めないのは、きっとこの笑顔のせいなのだろう。
閻魔が落ち着いたところで、閻魔の付き人らしい鬼が薄い冊子をテーブルに置く。就業規則だと一目でわかるそれを、蓮は頭から熟読する。
「蓮くんは、契約書とかちゃんと読むタイプなんだね」
「当たり前だろ。たまにとんでもねーこと書いてあるからな」
他にも必要な書類がテーブルに並べられ、蓮はその全てに目を通す。冥界の書類は、蓮が仕事で作る書類より回りくどくてわかりづらい。
「あのね、蓮くん」
蓮が書類を読み終えたタイミングで、閻魔はもじもじとしながら口を開く。
「気づいてるかもしれないけど……。今回の蓮くんの雇用は、蓮くんの監視も兼ねてるんだ。蓮くんが扉を悪用しないって僕はわかってるけど、不安になっちゃう人もいて……」
「わかってる。別に問題ない」
蓮は閻魔の言葉を遮り、契約書にサインする。逆の立場だったとき、蓮も相手を完全に信用することはできないだろう。むしろ、今まで監視がなかったことが不思議なくらいだ。
閻魔の付き人が、正副二通の書類の一方を回収する。蓮はもう片方をまとめ、リュックサックに入れる。本来冥界のものを現世に持ち出すのは禁止されているらしく、蓮は「絶対に人に見られないように」と、鬼に強めに釘を刺される。
「じゃあ蓮くん、早速明日からよろしくね!」
閻魔が柔らかい笑みを蓮に向ける。蓮は「ああ」と素っ気なく返事をしながら、内心は閻魔と関われることを嬉しく思っていた。




