廃村のベーグル
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オジサンを殴り飛ばして逃げ出した後、泥道私はを必死に走って逃げた。ただでさえ泥や水溜りに足を取られる中だと言うのに、今履いているのは学校の上靴だ。いつも通りには走れない。長めのスカートが泥水を吸って重くなったのも問題だ。何度もつまずきかけながら、進む私の先に分かれ道が現れた。
前方に見える道筋が二つに分かれ、どちらも木々の中に消えていっている。一瞬、どちらを選ぶべきか迷った私は、足元に突き出す埋まりかけの石に気づかなかった。
「わっっ!? あ!!」
咄嗟に地に手をついてなんとか倒れるのを防ぎ、持ち直して再び加速する。しかし、雨によって溶けた土の中のジャリで、手を擦りむいてしまった。痛ぇ。
「◇€*%+§!! 」
後ろから男の怒号が聞こえて来る。
迫る分かれ道。私は直感に全てを任せて左に曲がった。何となくそっちの方が良い気がしたからだった。後から思えば異世界に来てから最も良い選択の一つだったと思う。右を選んでいたらどうなっていたのかなんて想像もつかない。
やがて、私はオジサンを引き離した。逃走に成功した理由には、たぶん彼が荷車を後方に残して来たこともあるのかもしれない。いくら他の人間がいないとはいえ、このような治安の悪い地域で荷物を放ってはおけないだろう。私に顎を殴られてフラフラになっていたのも、私に追いつけなかった要因の一つだった思う。
後ろからの気配がなくなっても、私は進むことを止められなかった。進行速度を落として、ノロノロになりながらも脚を動かし続けてていたのは怖かったからだ。立止まれば何かについて考えてしまう気がして、それが怖かった。先程襲われそうになったことについて。この先どうなるのかわからない不安について。脚を止めればその場で泣き崩れてしまいそうで、そのまま動けなくなってしまいそうで、それが怖くて休む事が出来ない。
(帰りたい)
心の底から思った。住んでいたアパートに帰りたい。元の世界に、さっきまであったはずの日常に帰りたい。
擦りむいた両手のヒラを見る。絆創膏はカバンに入れていたから、こちらの世界には持って来られてはいないはず。それでも何かないかとポケットを探ると、お気に入りのハンカチが入れてあった。死んだときに『身につけていた』ものは、本当になんでも再現されているんだな。今度もし、異世界に転生する時が来たら、大きめのトランクを身体に縛り付けておくことにしよう。
汚水とジャリを、ハンカチで出来る限り拭き取る。唾でもつけとくか。どうせここには人目などない。
雨は既に止んでいたが、制服に染み込んだ水は曇ったとき特有の空気に冷やされて、少しずつ私の体力を奪っていく。雲の切れ目から覗き見た空は、茜色に染まっていて、辺りは急速に暗くなり始めていた。異世界でも夕方の空は赤くくれていくらしい。とにかく着替えが欲しい。それとお風呂に入りたい。
「へくちゅっ!」
私はクシャミを一つした。クシャミをおっさんくさくしないことは、私が17年の人生で身につけた能力の一つだ。今は何の役にも立ちそうに無いな。『スキル:控えめなクシャミ』では異世界で無双することは難しそうだ。別に元の世界でも、無双出来てたわけではないが。
ブルブル震え、ふと遠くをみた私は、その先に森の出方を見つけた。更に奥には小高い丘が見え、丘の上には薄茶色の、小さな建物が複数ある。良かった、何とかしてあそこで泊めてもらおう。
だが待て。アレは小規模な村のように見えるが、村といっても異世界の村だ。さっきのオジサンのような、怖い人が大勢いるかもしれない。早まりかけた脚を一旦静止し、私は森の木々に隠れながら近づき、観察することにした。
近づいて初めて分かったことだが、建物のいくつかは大小様々な損傷を受けていた。嵐のような大きな力を持った何かが、めちゃくちゃに暴れ回ったように思える。だが嵐にしては、いくつかの家は全くの無事であり、かえって不気味に思えた。
そして、村からは人気を感じなかった。
「これは……廃村?」
しかしこれはかえってラッキーなのかもしれない。誰もいないのならヤバイ人から狙われるとこともなく、家々に残った物を漁り放題だ。危険がなく、雨風を凌げるなら、ここを拠点にするのもアリかもしれない。この村がなぜこんなことになったのかは全くわからないが、これは今の私にとっては、神の導きレベルの幸運なのかも。神か……。あー……。どうだろ? 女神の顔を思い浮かべて、私は少し不安を感じた。
警戒しながら丘を登って、一つの家の残骸に近づく。本来四角く区切って作られていたであろう家は、壁の半分以上が破壊され、屋根も失い、柱が剥き出しになっていた。
剥き出しの床は木造りで、雨風によって削られかけていたが、まだそれほど傷んでいないように見える。床には家具の類はなく綺麗に……片付け……………待った。
おかしい、この家は屋根が落ちているはずだ。それなのに屋根の残骸が散らばっていない。同じ様に、壁も崩れているのに壁の残骸もない。家具がないなら想像はつく。この村がもし山賊に襲われて廃村になったなら、その時、家具も持って行かれたのかもしれない。
あるいは私のように、廃墟を漁りに来た者が持っていったのかも。しかし、それらの連中ならわざわざ崩れた家の残骸を、片付けたりはしないだろう。
少し先、丘の登って来た方から見て反対側の麓に家々の残骸は積んであった。その奥には河も見える。
山賊が傷ついた村を憐れんで後片付けをしたのか?そんな訳はない。
あるいは、この世界における公的機関が来て片付けをした? いや、なんとなくだが、この地域の政府は、人のいなくなった小さな田舎村の後片付けなど、している余裕がなさそうな気がする。なんとなくだけど。
もし、私の『なんとなく』が誤った妄想でないと仮定すると、ここを片付けたのは、元々この村に愛着のあった人間であり、恐らくは生き残っ……。
次に起きた事は唐突かつ、迅速だった。
ガバッと後ろから頸下に腕を回され、次いで私の喉元には弧を描く刃が突きつけられた。
「+&¥☆£◇◇ッ!!」
敵意と警戒のこもった高い声が耳元を打ち、私の身体はビクッと硬直する。
クソッ! やっちまった。もう、勘弁してく………いや、切り替えろ私。まずはなんとかこの状況を切り抜けよう。ゆっくりと首を回して斜め後ろを見ると、私の顔の横、少し高い位置から、金髪の女性がこちらを睨みつけていた。
彼女は肩より下まで伸びた金髪を、ポニーテールにしている。高い身長もあって、女性と称したが、その顔には、あどけなさが多く残っているように感じられる。年齢は私より下なのかもしれない。
頸に突きつけられているのは戦斧とでも言うのだろうか? 巨大な斧だ。柄は2メートル近くにまで達しているだろうに、見た感じ金属で出来てる。前後に飛び出している刃もバカみたいに大きい。こんな重そうな物……マジか、片手で持っている……。
斧の重量は、使い手の体重を超えてるぐらいあってもおかしくないのに、少女はまるで無重力の下にいるように軽く柄を握っている。バランスを崩さないのか? これ実は、中身スカスカの発泡スチロールで作られていて、上から色塗ってるだけとか……。
そして頸下に回された腕も、完全に私をロックしている。重機に抑え込まれたときのような、圧倒的な力の差を感じる。
「+&¥☆£◇◇ッ!!」
意味はわからないけど、さっきと同じ言葉で何か言われた。刃が少し、私の喉に近づく。
「待ってください!! ちょっと待とう! 私は怪しいものじゃありません!!」
言葉が通じない事はわかっているが、私は両方の手を開いて上げ、必死に説得した。
「私は別の世…遠くの国から来た者です!! 見ての通り大した持ち物もなく、行く当てもないなか、偶然この村を見つけました!! ……ここを漁ろうとしたことは申し訳ございません!!! どうか命だけは見逃してください!!!」
拘束されて、あまり動くことを許されていないが、出来る範囲で身振り手振りを行って、バタバタしながら懇願する。
いけるか…? 向こうから見れば、変な服を来て、よく観察すれば、目立った傷もないのに血と泥を頭から被ったヤツ。村が大変な時に来た火事場泥棒。ダメ押しに、文字通り言葉が通じない。
……無理かも。しかも私、本当に物資を漁りに来たんだし。これに関しては冤罪でも何でもなく、紛れもない事実だし。
そっ、そうだ。自分の名前を言うのはどうだろう?言葉は通じなくても、名前ぐらいなら。呼び方を明かせば少しは警戒を解いてくれるかも。
「私は小麦。若畑小麦と申します。コムギです。コムギ。コ・ム・ギ 」
自分を手で指しながら訴える。やってから気づいたことだが、このハンドサインはこっちの世界で、何か悪い意味になっていないだろうか?
「…………。」
少女はジッと私を見た。主に血を被った部分。それから私の目を真っ直ぐ見つめる。
しばしの沈黙の末、少女はため息をつく。ドンッと地響きがした。斧を私から離して、柄の先を地に置いた音だ。
「☆£♯○※□」
まだかなり警戒した様子で、私を拘束していた腕を離し、解放してくれた。
「ありがとうございます!! すみませんでした!! 助けてくれてありがとうございます!!」
私は振り返ってぺこぺこ頭を下げながら、お礼と謝罪を口にした。でも、これからどうしたらいいのだろう。この少女は私を、この地域における警察のような機関に連れて行くのだろうか? それとも今すぐここを立ち去れと思っているのだろうか?
どうして良いのか分からず、少女を見つめる私の視線を感じたのか、少女は斧を担ぐと、一つの家に近づいた。後ろから拘束されている時はちゃんと見えてなかったけど、やっぱりこの子、ガッシリとした体型ではない。背は高いけど、むしろスラッとしている方なのに、どこにあんなパワーがあるのか。
彼女は家の扉を開け、こちらに向かって顎をしゃくった。
これはどうしたらいいんだろう? 顎をしゃくるのは異世界的にどういう意味なんだ?
困惑する私に、再び少女は近づいて来た。そして私の手を取り、家の方に引っ張る。これ、もしかして、泊めてくれるってこと?
「ありがとうございます!! 助かります!! 本当に! 今日、野宿を覚悟してました!!」
私はお礼を言ってドアに向かった。ただちょっと警戒していたのは、私も同じだった。さっきのオジサンのことから考えると、この少女も私に危害を加える可能性もまだある。直接この場で斬らなくても、油断させてから、何かに利用するつもりかも。
そういえば、先程のやりとりの中、誰も他の村人らしき人間は現れなかった。一人で住んでいるのか?
そもそも、あの凄まじい怪力は何なのだろう?そういえば、先程考えた、瓦礫達を移動させたのは誰なのかという問題。この少女なら一人で出来るんじゃないか?
色々聞きたいことはあるが、尋ねる言葉がわからない。まあその辺は後で聞くか。ビビりながら、戸を潜った私。中は先程の崩れた家のように木造りだった。そういえば靴のまま入って良いのか。
緊張する私に対して、少女は彼女自身を手で指し、
「ベーガル」
と言った。いや、「ビィーグル」が正しいのかもしれない。
少女は私の顔を覗き込んだ。そして、私を安心させるように、ややぎこちない笑顔を作り、
「ベーグル。ベーグル・ブルーベリー」
と、もう一度、自身を手で指した。この時より、私はこの少女を「ベーグル」と呼ぶようになった。
【ベーグル・ブルーベリー】現在わかるステータス
身長 179cm
力・・・・・バケモノ
【ベーグルの斧】
長さ1m90cm
重さ 52kg
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