第三話 リアクターギルド
軌道要塞『ディジョン・ド・マルス』の南側壁面外宇宙船舶入城口を経て、『コードロン』は進路を北に向け、その中央部に位置するオーゼル島が隣接する、バレアス島のゼッケル海軍基地を目指し波間をかき分けていた。
ルナンは艦橋の手すりに右手を預け、この部署にも配備されている艦内通信機器のキャプスタンを取り
「航海長へ。針路左一〇度。オーゼル島へ針路を取れ。ガイドドローンの姿は見えないな」と、言った。これに、備え付きのスピーカーから
「了解です。こちらは海図をトレースしています。ドローンの航路誘導なんて必要ありませんよ」との返答が。先刻までは航法管制を仕切っていた男性クルーは航海長をも兼務。水上航行の運航と管理をもしっかり担ってくれているのだった。
しばらくすると、上空に漂う靄のすき間から、二つの飛翔体がこちらに向かってくるのをルナンは視認した。
「ガイドドローンがお見えだ。いや……違うな。少し大きい……軍用ヘリか⁈」と、慌てて艦内に非常警報を発令せんとした時
「大丈夫です。リアクターギルドの連中ですよ」と、すぐ傍らからの声に左へ振り向けば、無精ひげを生やした男性士官が立っていた。
「ヴァノック中尉か⁈ 北壁の眷属がオレ達に何の用だ?」
艦長の問いに、彼はすぐには答えず一本のシガレットを取り出して火を灯し、満足げに紫煙を吐き出してから問題の機体を指して
「ほら、カラーがオレンジです。自然保護観察用の機体ですよ」と、言った。
なるほど、そのヘリは通常ならカーキ色で縦列複座型コクピットの真下に厳つい二〇ミリバルカン砲と三〇ミリ機関砲を装備しているが、その代わり球状の監視カメラらしき物が収まっていた。そして、胴体脇から伸びる翼下のロケットランチャーも無くドーム状で一対の観測機器らしき物までもかいま見える。
二機のオレンジヘリはあっという間に距離を詰め、彼女らの頭上を行き過ぎ、艦体後方に位置する原子炉区画と波間に記された艦の航跡付近を念入りに低空旋回し始めた。
「うっとうしいな。オレ達の出撃中に条例でも変わったか?」
「あれですよ。最近どこぞの軌道要塞で放射線垂れ流しのまま入城した船舶があったみたいです。その影響でしょうかね?」と、これまで先任士官として腕を振るって来た気の利く相棒は白い歯を覗かせている。
そんなヴァノックにソバカスばかりが目立つ顔立ちの艦長は
「展望艦橋は喫煙所じゃないんだぜ」と、言いながら“一本くれ”と右手の指をVの字にして差出した。
「お互い肩身が狭いっすよね」
見た目で三〇過ぎ、中肉中背でスラリとした青年士官であり、軍服の代わりに、カジュアルな服装と顔の下半を占める無精ひげが無ければ、それなりのハンサムであろう彼は胸ポケットから『ゴロワーズ』のケースを取り出し、自分よりも小柄な上官へ向けた。
「なんか新鮮ですね。初めて見ますよ。艦長のスカート姿」と、彼が小声で囁くように言えば、ルナンは気を良くさせたのか、おどけた様子で
「あらぁ⁈ ドキッとさせちゃったぁ~」と、可愛らしくしなを作ってみせたが、当の彼は無表情で頭を振るだけだった。
辺りはいつの間にかウミネコやらカモメが飛び交い始め、騒がしい鳴き声が波間を渡っていく。そんな中二人はしばし無言、ジトッとした眼差しを交差させたが、艦長ルナンがわざとらしい咳ばらいを一つすると
「んで……放射線漏洩の検知って訳か⁈ 事前連絡はあったのか?」と、持ち前の仏頂面にもどしたルナンは仕事口調で先任に問うた。
「ありません。リアクターギルドは連邦政府の管轄外ですからね。わざわざ我々にお伺いを立てるつもりなんて無いんですよ」と、少し忌々し気に呟きながら、ルナンが咥えた煙草にも自前のライターで付け火してやった。
二人は仲良く、鼻と口から紫煙を豪快に吐き出してはギルド派遣の二機が忙しなくそのシャープな機体を翻すのを眺めていたが、ルナンはおもむろに再びキャプスタンを手に取った。
「何する気ですか?」と、彼の問いにも答えず彼女は
「ファルマー少尉、自動射撃装置を起動しろ」と静かに命じた。その途端にスピーカーから“いいんですか⁈”の声が返ってきた。
「不躾な連中に作法を教えてやれ! あ~照準はつけなくて構わん」と、指示を与えた後にヴァノックに向け微笑んでみせる。
これにはいつも心安く接してくれる相棒ヴァノックでも眉間に皺をよせて
「止めましょうよ! ギルドに喧嘩売るような真似は」と、言うが
「こちとら連邦合同条約と海軍規定に則って海に降りる前から、原子炉は停止させているんだ。ケチをつけられる謂れはねぇ」と、ルナンはふんぞり返り更にこうも続けた。
「『海賊殺しのキャプテン・クレール』のお帰りだ。花束でも投げて寄こせってもんだよ」
そうこうする内に、展望艦橋とその周辺に林立するアンテナ類の後方、滑らかなカーブを描く船体中央デッキから片舷三基、計六基の連装型対空機銃座が姿を現した。
その途端、今まで我が物顔で軽巡宙艦の上空を旋回していた例のオレンジヘリはこぞってぐんと高度を上げてもと来た空路をたどり始めた。
一目散に逃げかえる二機が向かう先に見えるのは、この軌道要塞内で最大の人口を有すセント・グロワール市のあるオーゼル島とその右手にあるバレアス島。そして、さらにその遠方にそびえ立つ円形の構造物。北壁面であった。
円筒型宇宙都市として、火星の衛星軌道を廻る軌道要塞群の統一規格として、核融合炉の存在する円形の壁周辺区域を北側。宇宙港等の施設があるもう一方が南側とされている。
雲一つ無い快晴ならば臨めるであろう、その荘厳なメガ・ストラクチャーは南壁面とは様相を異にしていた。巨大なフラスコ、あるいは漏斗を横倒しにした形状を為し、その中心部から細長く伸びた、長大な砲身に似た先端からは無重量状態空間に浮かぶ人工太陽の核に向けて、超振幅型パルスレーザー波が放たれ続けている。
その円形を為す底部付近から海上に伸びるわずかながらの陸地付近は鬱蒼とした森林が幅を利かせ、そこから群生する蔦や雑草の類が、豪壮たる構造物の下半辺りまで浸食していた。
ただ今現在は、霞に覆われ、その雄大な全貌はうっすらとしか確認できない。
かつて新たなる人類の版図として太陽系に確固たる地位を築かんとした火星移民団。それに頓挫し、母なる蒼き惑星への帰還を拒まれた数多の人々(*前作もののふの星リブートに詳しい)の末裔が営々と築き上げてきた軌道要塞の生命線となる、核融合炉を百年以上にわたり管理、運営し続けてきたのが“リアクターギルド”と呼ばれる一族である。
世襲を旨とし、その複雑多岐にわたる人工太陽と核融合炉の運行ノウハウを代々相伝していると言われていた。いずれの列強連邦、教皇庁にも属さず如何な政治勢力とも局外中立を維持しながら、一般市民とは生活の場と慣習を異にしている謎の多い集団でもあった。
軌道要塞一基には必ずこのような一族が直轄領を得て、内径世界の気温と風の流れなどの光と熱を供給しつつ、暴走させないように管理しているが、市井の人々とは中々接触を持とうとせず各軌道要塞の同族らとの繋りを重要視する傾向にある。
総称で”リアクター・ギルド”。または“炉心屋”、“北壁の眷属”とも呼ばれて、連邦政府派遣の知事領主ら政府関係者からも一目を置かれる有力な存在なのである。
軽巡からの思わぬ仕打ちに腰砕けのオレンジヘリ二機が豆粒大まで遠ざかるのを眺めていた展望艦橋の二人。やがてヴァノックの方が口を開いた。
「その……海賊殺しの件ですがね。まぁ久方ぶりに胸のすく想いさせてもらいましたわ」
艦長ルナンの方は発令所の少尉に対空銃座を収納させるよう指示してから
「そうかい。半年に満たない作戦期間だったがな」と、言った。
「それでも、うちらの西部軍管区を荒らしまわっていた『ドラッケン総社』と『南宋紅龍会』を壊滅させたんです。上出来ですって」
「その挙句にオレはこの様だがね」
「まったく、我が海軍上層部もどうかしてますよ。当初はあれだけ喧伝しておきながら、問題が起きると手のひら返しやがった!」
これにルナンは遠い目を北壁の方角に向けたまま煙草をくゆらせて
「まぁ、お偉方は海賊おびき出しの手口がお気に召さぬようだぜ」と、自虐なのかにやにやとするばかりである。
「例の“美人局”だって、我が艦隊の女性兵士や艦長だって上着一つ脱いじゃいません。客引きだって玄人の姐さん達だったじゃありませんか⁈」
「え、え~っとそんな所でしたっけねぇ~」
会話の方向がいささか気にかかるのか、ルナンの目線は浮つき口元をひくひくさせ始めていた。
「しかし、艦長の引き連れてきたあのマシーン共には驚きました!」と、先任が話を転じると、ルナンは今度は気前よく相槌をうつ。
「我が盟友、ケイト・シャンブラー博士率いるアクティブドローンだ! 予想以上の活躍だったよ」
「それもそうなんですが、あの船、なんて言いましたっけ?」
「今度はなんだよ?」
「これも大尉殿がどこからか引っ張ってきた海賊おびき出し用のサロン船……。ピンクでド派手な外装の……あ⁈ 『モフモフうさちゃん倶楽部』だぁ~」
「あのそれ……いわゆる源氏名ね。正式名称は『タービュランス号』です。はい!」と、ルナンがこの改造宇宙船もシャンブラー博士肝いりの中古船舶業者への発注であると話すと
「痛快でしたね。その船腹に潜んでいた奴らが、逃げ足だけは達者な海賊の仮装巡宙艦を追撃。一隻残らず潰してやりましたもの。何が“自由なる宇宙の騎士団”だ。いい気味です!」
日頃は冷静沈着に任務をこなして来た、頼もしい先任士官が語気を荒らげ、興奮している様子にクレール艦長が
「君個人的に遺恨があるのか?」こう問えば
「遠縁で、嫁さんとの結婚式で会ったきりなんですが、十代の娘さんが卒業旅行の最中に……未だに行方不明でして」と、彼は両手を手すりに掛けて俯いてしまっている。
「そうっだったのか……で、本作戦中に容疑者は?」
これにも先任ヴァノックは首を振り
「分かりません! でもいいんです。あなたは……やってくれた。見事にね」と、顔を上げたは再びルナンに白い歯を覗かせた。
「だが、まだ道半ばで幕引きさせられちまった。情けないもんさ」かく言うルナンは両手を挙げて“お手上げ”のポーズである。
「その原因ですがね。美人局以外にもあの処置がまずかったんじゃないですかね?」
口を噤んだままのルナンは艦の行く先を見つめつつ、また大きく紫煙を吐き出した。




