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第四話 我が往くは魔女の戦陣

 同年 五月十七日 自由フランス共和国領宙内 西部軍管区 軌道要塞『ローヌ・アルプ』近傍宙域


 太古より続く深淵と冷酷な絶対零度が支配する空間を、今二つの(だいだい)の光跡を帯びる流星が切り裂き()く。そしてそのすぐ後に、青白い炎が如き光芒を船尾より(ほとばし)らせる軽巡(けいじゅん)宙艦(ちゅうかん)がその間隙(かんげき)をじりじりと詰めて行った。


両弦(りょうげん)前進(ぜんしん)強速(きょうそく)! 上げ舵二〇(ふたじゅう)。機関推力上げ八〇から九五。取り舵(ボート)十五(フィフティーン)!」この(りん)として響き渡る耳通りの良い女性の声音(こわね)に続いて

「両弦前進強そぉーく!」

「上げ舵二〇。(すい)八〇(はちまる)から九五(きゅうご)ぉー!」

「とぉーりかぁーじ」との、各担当ブースからの復唱が上がる。


「砲雷長。TT(ティーティー)魚雷発射管一番、二番開け! 目標、仮装巡宙艦α(アルファ)及びβ(ベ―タ)。距離二四〇〇(ふたよんまるまる)。 アクティブポイント一一〇(ひとひとまる)、射角五に設定せよ」

「各諸元(しょげん)入力完了。発射準備(よろ)し!」

 砲雷長の報告に、大きく頷いたルナン・クレール艦長は軽巡宙艦『コードロン』の発令所、天井部に据えられた大型液晶モニターの一つにその猛禽(もうきん)のような鋭い(まなこ)を向けた。


 画面中央に赤の三角が二つ。

 宇宙海賊『南宋紅龍会』配下の仮装巡宙艦を示す。それらは互いの距離を(へだ)てつつ、画面下方のデジタル距離計数値に重なるように点灯する緑の光点、ルナン指揮下の第二七機動部隊から逃れんと推進材を惜しみなく虚空に放っていた。

「もう遅い……」彼女の呟き通りに正規軍艦艇と安普請(やすぶしん)の武装商船とでは性能の格差は歴然。その現実を距離計が如実に示し、艦長が指定した数値にみるみる近づきつつあった。


 モニター表示の赤点がブルーに変わった。TT魚雷の有効射程距離に入ったのだ。次の瞬間

一番(アン)魚雷(トリュビ)発射(ランスゥマン)ぁー! 続けて二番(ドゥ)発射!」と、発令の下“ゴォッ、ゴゥン”と微かな重低音が発令所に響くと同時に、艦が(わず)かに震えた。

 

 TT魚雷とは、広域礫散弾(れきさんだん)放射ミサイルの略称であり、火星列強連邦各海軍において、通商破壊戦や敵艦隊との遭遇戦に多用されるポピュラーな兵器であった。今、その二弾が艦首付近の左右両弦(りょうげん)四基の専用発射管から放たれ、漆黒の空間に(まばゆ)い閃光の帯を刻みつつ獲物に迫っている。


「アクティブポイントまで四〇!」ストップウォッチ片手の砲雷長による報告が上がると、火器管制モニター上に黄色い点が二つ生まれ、それぞれが青三角に肉迫していく。それを目尻に捉えたルナンは右耳に装着している外部通信インカムのマイクに向け

「こちらは『コードロン』。『タービュランス』号アクティブドローン中隊、状況(しら)せ」と、声を上げると

 艦長席のアームレストに備えられた専用液晶モニターに、あざといピンク色の外装と(きら)びやかなネオンサイン付き看板に描かれた、バニーガールのイラストに加え『モフモフうさちゃん倶楽部』の文字が大写しとなった。


 太陽系最果ての冥王星軌道からであっても即座に発見できそうなド派手な徴用改造船を見るや、ルナンは恥ずかし気に目を伏せてから

「オスカー隊長、今どこに居るんだ?」と、問うた。すると

「こちらオスカーじゃ。今は『タービュランス』の船底部に張り付いちょりもす」何ともきつめのお国訛(くになま)りでの返答があった。


 クレール艦長は生まれ持っての大きなたれ目で、哨戒宙域(スカウトエリア)に散開させてある無人監視ドローンから送られて来た、少々ノイズの混じる映像に目を細めれば、なるほど全体的に(なめ)らかなカーブを描く船体の薄暗い底部辺りから、重戦車級マシーンの巨体がのそのそと姿を現した。

「よく見えんが……まぁ良い。オスカー、アンジェラとベティ両小隊は出撃したのか?」

「たった今発進した所じゃ。お言いつけ通りに標的ん二隻の追撃ばぁ開始しもした」と、画像の中でアクティブドローン中隊のリーダーを(にな)うオスカーの名を持つドローンは、そのマングローブ(ばやし)の水辺に生息する大型カニによく似た頑健なボディから伸びる鋼鉄製ハサミ型アームを振りながら、こちらにアピールしているのだった。


 ルナン・クレールと彼らアクティブドローンの出会いは彼女が砲術士官中尉として、任官していたフリゲート艦『ルカン』が直面した、自由フランス海軍にとって由々(ゆゆ)しき事件『ベーオウルフ遭遇戦』を期にしている。


 その最中に出会い、盟友となったのが第七世代自律型AI開発主任であるケイト・シャンブラー博士であった。

 彼女とその叔母であるマリアが生涯を掛けて、宇宙へと進出した人類の新たな同胞として開発、育成してきたのが、人と同じ豊かな個性と膨大な想像力を有するアクティブドローンなる機械生命体であり、ケイトが提唱(ていしょう)する“文明を(にな)う者たち”の存在だったのだ。


 代理艦長として苦境にあったルナンとインド系才女のケイトは、彼女が子供たちと呼ぶアクティブドローンの処遇に関して当初反目していたが、味方の艦艇が見えざる敵によって次々と撃破される中、二人は友情を(はぐく)み起死回生の反撃に撃って出て遂にこれを撃破。生還を果たすことが出来た。


 その最大の功労者がアクティブドローンの三兄弟である。この時に、ルナンの戦友となったのが、今通信を交わしているオスカー。その弟分であるジャン。そして事件の終盤に身を(てい)して『ルカン』とその乗員を救った彼らの長兄でありリーダー格のマークスであった。(もののふの星リブート)


 今、その頼もしい長兄は本作戦には参加していなかった。


「各小隊長へ目標から距離を取れと通達せよ。弾頭爆散まで二〇を切った」この艦長の注意喚起にオスカーは

「小隊ん(いもっじょ)たちもこいで四回目ん出撃となっ。そこあたいん(そこら辺の)機微(きび)もしっかり心得ちょっはずじゃっで心配なかぁ!」と、マシンクラブの彼は悠長に返すばかり。

(これがあのマークスなら『良かぁ! (まか)せったもんせぇ』の一言で済むのだがなぁ)と、ルナンが複雑な思案顔を専用モニターに向けていると


「目標の二隻が急速回頭! 針路をこちらに向けました!」と、レーダー班からの緊急報がもたらされた。

 クレール艦長が素早く先刻の管制モニターに目を転じると、青の三角二点は軽巡に向けて加速を開始した様子が表示されていた。

「連中、ヤケクソの突貫ですかね?」と、落ち着いた様子で発令所中央に立つ、先任士官のヴァノック中尉がルナンへと振り向いた。

「いや、違うな⁈ “吹き流し”をやろうって算段なのさ」と、ルナンが(あざけ)りの半笑いを先任に返すと

「あぁ……あれね」かく言う中尉も口元を微かに上げた。


「八、七、六……」そんな中でも砲雷長のカウントダウンは続いていた。

「爆烈放射する弾頭に(けつ)を向けて、メインエンジンの全力噴射で爆散円の効果を相殺(そうさい)しつつ軌道を()らせようって訳ですか? 成功例はあまり聞きませんがね」と、先任は呆れたように両手を肩辺りに挙げている。

「とんだ苦し紛れさ」と、ルナンが言い終わらぬ内に

「アクティブ!」砲雷長の大声が発令所に響き渡った。


 クレール艦長は即座に『コードロン』発令所の最前列に居並ぶ監視窓列に視線を向ければ、艦が進む先の漆黒(しっこく)(とばり)に閃光の火球が二つ大きく花開いたのだった。

 それを軍民問わぬ多くの船乗りが“死の花火”と呼び恐怖した。

 魚雷弾頭の炸裂によって生じた高熱と超高圧を伴う、硬質かつ危険な轢弾(れきだん)の暴風が生まれた証であった。


 本来であれば、二発とも一度は標的艦船の(かたわ)らを往き過ぎ、その鼻先一キロメートル未満の宙域にて爆散するはずであった。云うなれば、高速でひた走る超特急の鼻先に向けて散弾銃をぶっ放すような物であり、その効果は絶大。


 設計段階から何層もの隔壁構造(かくへきこうぞう)を有し、頑強な装甲を持つ正規海軍艦艇ですら大ダメージを(こうむ)りかねない。にもかかわらず彼奴(きゃつ)ら二隻は脆弱(ぜいじゃく)船尾(とも)を破壊の嵐に向け、ひ弱な噴射エネルギーを頼りにその猛威を退(しりぞ)けんとする、苦肉の策と言うより無謀な挑戦に自らの運命を賭したのだった。


 結果は火を見るよりも明らかであった。死の花火の輝きが闇に溶け行くのと同時に、その周辺宙域から小爆発がいくつも発生している。

 監視窓列に張り付き、発令所の面々に背を向けている観測員が電子双眼鏡を覗きながら

「着弾! 効果甚大(こうかじんだい)」との、報告のすぐ後にモニター上の二隻の航跡はふっつりと搔き消えた。


 その結果を一瞥(いちべつ)しただけのクレール艦長は静かにこう命を発した。

両弦前進(ハーフ・アヘッド)半速(テュギャザー)制動噴射(バックブロー)-二〇(マイナスふたじゅう)。機関推力五〇(ごぉまる)。取舵一杯」

「両弦前進半そぉーく!」

「バックブロー-二〇宜路(ようそろ)ぉ!」

「取り舵いっぱぁーい!」と、再度各担当部署からの力強い復唱が上がった。

 艦は船首から逆噴射炎を吹き出しつつ、左へ回頭を始めた。発令所全体に細かな振動が生まれ、艦長は専用ディスプレイにそっと片手を添えた。


「奴ら欺瞞(ぎまん)漂流で戦闘宙域を離脱するつもりかもしれませんよ」と、先任ヴァノックが艦長席の脇に歩み寄り懸念(けねん)を表したが

「そのためにドローン小隊を送ってある。始末は奴らにつけさせる。抜かりはない」と、ルナンはわずかに息をつき、背もたれに身体を預けた。


 監視窓列には無数の星の(またた)きが右へ流れていく中、バスケットボール大の鈍色(にびいろ)に輝く惑星が現れ始めた。


 人類の新たな版図(はんと)、輝かしい希望の惑星となるはずであった火星。多くの火星市民が“本土”と呼ぶ大地は入植開始から百有余年(ひゃくゆうよねん)を経てもなお寂寞(せきばく)とした砂塵が広がり、大気層には致死性ウィルスが潜んでいるのだった。


「罰当たりな惑星だぜ……いや、罰当たりは我々人類のほうだな」と、ルナンが独り言を(ささや)くと、ヘッドセットのイヤホンから

「こちら『タービュランス』。各小隊は目標を確認しましたが……」と、何やら言いよどむオスカーの状況報告が飛び込んできた。

「何か?」ルナンは眉間に皺を寄せて舌打ちをする。ドローン隊隊長のオスカーが標準語を使う時は、何らかの決断を渋る兆候(ちょうこう)、彼の悪い癖であった。


「大破した船体上に、船外服の賊徒たちが白旗を降っているとの連絡を受けました……」彼のおずおずとした物言いに、ルナンはアームレストに拳を叩きつけ

「オスカー、私は本作戦発動当初より命じているはずだ。一切の投降を許さず即時殲滅(せんめつ)である。果断なき処置を()う」と、やや怒気を含ませこうも続けた。

「君らの腹に装備させた小惑星削岩用レーザーを対艦攻撃用に調整したのは何のためだ?」

「ですが、これは我々が人間に危害を加える事を禁止する倫理コードに抵触します」と、彼の最もな言い分にも、彼女は眉一つ動かさずにこう言った。


「知っている! それを踏まえた上で我が命を“()”とせよ。そしておめでとうオスカー。よくぞここまで成長したな」

「そ、そげん恐ろしか(こつ)ばぁ……」

「いいのだ。オスカーいや“文明を担う者たち”よ。愚劣で残忍で冷酷な人間世界へようこそ。これは我ら人類の同胞として産声(うぶごえ)を上げた君たちに課せられた命題。答えの無い永遠の問いかけであり、新たな文明の先駆者のみが歩む(いばら)の道だ」


 オスカーからの返答は無く、ルナンのイヤホンには星間ノイズのみが流れて来ていた。ルナンは眼を閉じて彼に語りかけ始めた。

「ドローン兄弟よ。君らの初陣(ういじん)では戦う理由がはっきりしていた。君らが母と(した)うケイト・シャンブラーの生存が危ぶまれたからだ。戦うしかなかった。だが、今は状況が違う。私の命に服し人間同士の愚かな闘争に加担する事に意味があるのか? そう思っているね?」

「……」

「それでいいんだ。疑念を持って当然だよ。君たちは我らの同胞として大きな歴史の岐路に立っているのだよ。やはり君たち“文明を担う者たち”は本物だった。私は嬉しく思うぞ」

「ルナンさぁの作戦に参加しっせぇ(して)、新たな姉弟(きょうだい)たちに残酷な命令ん下(のもと)、罪ば重ねて戦い続けさすっ事が、母さんの願いなんやろうか? 僕らん未来んためなんやろうか? そいがわかりもはん!」沈黙の後に(せき)を切ったように言い放つオスカー。その声は微かに震え、怒りを帯びているようにルナンには思えた。


 そんな彼に、ルナン・クレールは、かっと目を見開き決然とこう答えた。

「そうか⁈ それが君の想像力の顕現(けんげん)なのだな。ならば私も()えて言おう。それでも戦え! 前に進め! お前たち三兄弟がその罪業を背負ってやれ。後に続く多くの姉弟たちのために。オスカー、ケイトは君らが出征(しゅっせい)する時なんと言った?」

「母さんは『お役目ばしっかり果たして元気に戻って来やんせな。あたいは待っちょいもすでね』と言うてくれもした」

「そのケイトが一番辛いことを分かってやれよ。誰が自分の子供に銃を取らせ戦場に送りたいと思うものか。それでもあいつは戦う道、宇宙へと進出する君らの未来を選んだよ」

「母さんが……」

「我が盟友はかつてこう言った。『たとえ一人になっても戦うわよ。一度芽生えた文明の(ともしび)を消し去るなんて何人(なんぴと)たりとて許されない!』とな。君はどうするんだ? 君たちの母、いや新たなる文明の母神(ぼしん)の想いに(こた)えるか? それとも(おの)が罪過に(おび)えて彼女のスカートにしがみつくかだ。君が選べオスカー」


 再び、ルナンの耳朶(じだ)にノイズの波が届くもすぐさま

「やりもす!」と、オスカーが力強く答えた。

ゆたな(言ったな)! 全力でやるっとじゃなぁ?」彼女も彼のお国訛りを真似て聞き返せば

「全力でやりもす! 見事に役目ばぁ果たして、母さんの盾になってみせもんそ!」と、言ったのだった。


 機械生命体として新たな文明の先駆者たるオスカーの雄々(おお)しく気高い魂の咆哮(ほうこう)を耳に留めたルナンは

「よろしい。では戦場の姉弟たちに指示せよ。全船撃沈の上殲滅せよ!」と、彼と同系機種六体への至上命令を下して、更にこう付け加えた。

「これも肝に銘ぜよ。君らが(おもむ)くは“魔女の戦陣”である。かつて上官から乱世の魔女と評された私が望むは赫々(かくかく)たる戦果のみ。では己が責と義務を果たせ。以上」と、言った。

「わかりもした!」オスカーはそれだけ告げて通信を終えた。


 ほどなくして、監視窓列の向こうで二つの閃光が生まれてはすぐに消え失せた。彼の小隊が腹腔(ふくこう)に収めた強力な対艦攻撃用レーザーで海賊船を寸断。任務を(まっと)うしたのを確認したクレール艦長は白い艦長棒を脱ぎ、額の生え際辺りを()きながら

「まったく世話の焼ける次男坊だぜ」と、ため息混じりにぼやくとすぐ傍らから拍手が聞こえてきた。

 先任ヴァノックであった。

「いやぁお見事な演説でした。どうです? 国政選挙に打って出ては?」彼はいつものように白い歯を浮かべて、こちらを覗き込んでくる。


 ルナンはやや頬を染めてこう返した。

「お断りだね。オレはこれからも船乗りでいたい。そして命あるかぎり無法者共を狩り続け、この広大な宇宙に法を()く。無辜(むこ)の市民のため正義の鉄槌(てっつい)を振り下ろすのが私生涯の役儀だ」と。

「今はいいでしょう……言いたくありませんが、いずれ味方から寝首を()かれるやも知れません」彼はいつになく声を落とし、年下の上官に目を細め不安げな表情を浮かべていた。

「なればそうなるまでの事。それもオレの命運。もののふの本懐(ほんかい)である」ルナンは艦長棒をかぶり直して、(ひさし)の影から鷹のような眼差しを先任に向けてニヤリと笑った。


 うら若い娘の身空(みそら)でありながら軍務に明け暮れ、化粧の(すべ)も知らぬ一風変わったもののふの笑顔を見せられた彼は

「奇特なお方だ。ま、付き合いますがね」と、諦めたように息をつきながら(かぶり)を振った。


「さて、こっちは片付いたが奴らの根城、衛星基地『播龍(ばんりゅう)』の方はどうなっている?」と、ルナンは逃走を図った二隻を(ほふ)った宙域から、やや距離を置く宇宙海賊の根拠地で進行中であろう掃討作戦の経過を副官に尋ね、発令所中央の床からせり上がる、ビリヤード台半分ほどの大きさの円形3Dディスプレイ盤に目を転じた。


 普段なら、その広い液晶画面一杯に周辺宙域図が投映されて、航宙士官が張り付いているのだが、現在は画面から立ち昇る淡い緑光(りょくこう)の円柱の中に、例の衛星基地の立体映像が黄色い線状に(いろど)られて浮かんでいた。


 その概要は、大まかに言えばラグビーボールを縦に()えたような形状の小惑星がベースとなるが、外郭(がいかく)部の大半を占める岩肌のいたる所に人工の構造物が設営されていた。

 ドーム状の居住区画を始め、原子炉用放熱設備に有機化合物の生成プラント。船舶停泊向け長いプラットホームが三基。そして小惑星の中央に穿(うが)たれた六角柱状の港湾、あるいは船渠(ドック)らしき設備までもが確認できた。ただ、いずれのその周辺には怪しく光る大口径砲を有す対艦堡塁(ほうるい)、迎撃銃座が(のき)を連ねていた。


 対艦堡塁からの攻撃は軽巡宙艦『コードロン』にとって最も危険な反抗手段となる。この時代であっても沿岸砲と艦艇主砲とでは有利なのは沿岸堡塁の方なのである。

 

「先刻、突入隊隊長スナール中尉より『播龍』の中央制御区画(ライオンハート)を制圧。ただ今、敵味方識別コードの改変中との事です」この朗報にクレール艦長は喜色満面のまま

「手早いな⁉ 流石は灰色狼(グレイウルフ)の姉御だぜ。海賊共が拉致してきた人質は確保できたのか?」と、更なる経過報告を求めた。


「はい。そちらも(つつが)なく完了です。未成年の男女含め四六名が引揚船(ひきあげせん)『八千代丸』に収容され、現在離脱(セパラシオン)軌道(オービット)へと遷移中との事です」

 ヴァノックからの報告通りに、立体映像の『播龍』基地から、緑の光点が浮かび、それが戦闘宙域からの離脱コースを辿りはじめていた。


 衛星基地防衛を(つかさど)るAIシステムは今や、味方工兵隊の手により、フリーズ状態となり引揚船はもとより、接近するいかなる船舶も攻撃される事はない。

(よろ)しい。当初の作戦目標はこれで達成できたわけだ。では、『コードロン』も『播龍』に向かうとしよう。基地砲台の威力は厄介(やっかい)だったが、これで撃たれる心配も無い」

「了解です。制圧後は我ら海軍の外軌道(アウター)基地(バズ)に編入するおつもりですか?」

「いや、核爆雷にて粉砕する」

「何もそこまでしなくても⁈」

「ふん! 呑気(のんき)な大本営派遣の工兵大隊が到着する前に、これを聞きつけた新たな海賊団にかっさわれたら元も子もないからな」

「まぁ、話はわかりますが……」

「こちらも恙なく遂行してくれたまえ先任。では、よろしく」と、制圧後の最終処置までも指示すると、ルナンは腕組みして艦長席に小柄な体躯を沈みこませた。


面舵(スタボート)三〇(サーティ)。機関そのまま。軌道(オービット)巡航(クロワジエール)へ移行せよ。二〇ヴィノットを維持。目標衛星(サテリット)基地(バズ)『播龍』」と、落ち着いた様子で艦長が指示すれば、またしても復唱が発令所に微かに伝播(でんぱ)していった。

針路そのまま(コース・ステディ)舵中央(ミ・ジップ)!」

舵中央(ミ・ジップ)宜路(サー)!」

 そんな中、ルナンは席のヘッドレストと座席下に後付けされた金属製フットレストを支点にして、デカい尻を浮かせ背中を大きく反らせている。


「なにやってんですか?」ヴァノックの怪訝(けげん)そうな声に、ルナンは腕組みと目を閉じた姿勢のままで

「いや、(ケツ)と腰が固まっちまったんで、伸ばしてますの」と、妙にいやらしく腰を前後に揺らせては“うあぁぁ~”と変なうめき声を上げ始めている。


 彼女は自分の(なま)めかしい姿に熱い視線を向けているであろう青年士官ヴァノックに

「これでも女だ。変な気を起こさんでくれよ」と、甘く(ささや)いてみれば

「いや、マジで無いっすわ! 無理。不思議なくらい無理っす!」こう即座に“無理”の三連打を喰らった残念なルナン。

「ふん! あ、そぉ」と、これ見よがしに鼻を鳴らした時だった。

「電磁パルス・ソナー感有り! 『播龍』付近宙域。大型船と思われます!」と、パルス・ソナー員からの緊急報がもたらされたのだった。


「やっと真打ちの登場かな? 『南宋紅龍会』自慢の戦艦『ワルキューレ』だろう」ルナンは未だに目を開けずに、腰伸ばし体操を続けている。

「パルス周波帯(しゅうはたい)解析(かいせき)始め!」この先任が発した鋭い声に“イエッサー”と、ソナー員が応じてからすぐに

「解析完了。周波帯№一〇五四二(ひとまるごぉよんに)と照合。武装大型船『ワルキューレ』です」との結果がもたらされた。


 この時代、火星宙域において航行、活動している民間船舶を始め、軍籍艦艇を含めそのほとんどが原子力エンジンを搭載している。

 それらが稼働し推進材を放出する際には、微弱だが放射線を含む電磁パルスを生み出す。その周波数帯は原子炉及び噴射ノズルの型式と製造年数によって個々に違いがあるのだった。


 人の指紋、あるいは地球の海底を往く原子力潜水艦のスクリュー音がそれぞれ特徴を有し、艦内のデータベースに基づく音紋解析によって識別可能なように、宇宙軍艦艇が装備するパルス・ソナーは微弱な固有の電磁パルス波紋を感知、識別可能な機能を有していた。


「よし。珍しく情報部からのデータは正しかったようだぜ。先任(ナンバー・ワン)」また腰を上げ下げしながら、クレール艦長は片目だけ開けて不敵な笑みを浮かべる。そして、また目を閉じては、我流の健康体操にふけり始めた。

「戦艦ですか⁈ 中古タンカーに追加装甲とやっつけ仕事で貧相な武装を装備したデカいだけの船ですけど」

「『ワルキューレ』ねぇ。(いくさ)の女神様が泣くぜ。にしても遅きに失した出撃だな。相手にとって不足大いに有りだ」

「先の二隻と挟撃(きょうげき)すれば、逃げ(おお)せる可能性もあったんですが。この際沈めますか?」

「当然だ。あれでも民間貨客船にとっては脅威だからな」


 まったく色気を感じさせない奇妙な体操に専念する艦長を前にした、先任士官に新たな報告が通信班から寄せられた。

「ただ今、もう一人のお友達からも連絡が入っておりますが。如何いたしましょうか?」今度はヴァノックの仕返しのような甘く囁く声色(こわいろ)がくすぐったいのか、軽く頬を染め微笑んだルナンは無言で、自分のイヤホンを指差した。


「ルナンさぁぁー(さぁーん)!」

 不意に飛び込んできたがなり声に、ルナンは足を滑らせ“ドスン”と無様に腰から艦長席へと着地してしまった。

「でっけえ声だすなぁー! 聞こえてるよ」彼女は痛打した腰をさすりつつ尻を収めて、聞き慣れた少年のかん高い声の主からの報告に耳を傾けた。


「こちらはジャン小隊じゃ。先刻まで『播龍』外郭部の砲台やら銃座を潰しとったじゃ。んでパルス反応を基地内部の隠し船渠(ドック)から感知したで急行したんじゃが」

「慌てなくていい。戦艦『ワルキューレ』だ。エンジン噴射のパルス照合で確認済みだ」と、ルナンは笑みを浮かべる余裕の構えでドローン兄弟の末弟(まってい)を諭すように話すが、次の報告で表情が変わった。


「そぃは発進ブースターのパルス周波じゃ! 『ワルキューレ』船体内部に別の周波帯があるっとじゃ!」

「どういう事だ? 詳細報せ!」

「あ⁈ たった今ブースターを切り離したとじゃ! 外郭の船体が……分解して行きもす……。内部のもう一隻が二次加速ばぁ開始しもした。……発砲!」


 彼女のイヤホンは、またしても“ズズッ”、“ザザァ”と星間ノイズのみを受信し続けるばかりとなった。

 

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