2 Smoke gets in your eyes
「ただ可愛い顔して、胸や尻が丸くって、チャラチャラした格好で歩いて、女ってバカみたい」
久しぶりにコウに会ったトモコは、彼女の言葉に少し驚いて、それから笑った。
「なんだか荒れてるねぇ……コウちゃんだって可愛いひとじゃないの、それがいけないの?」
短く刈り込んだ頭にほとんど少年のような服装だが、コウは美しいといっていい、本当の美人の部類に属するだろう。
「なんか、それだけに見られるじゃないですか、おまえは可愛ければいいんだ、ほかに何も余計なことするなって感じで」
「そうかなぁ、昔に比べればずいぶん、いまの女の子たちは自由に生きてると思うんだけど」
「トモコさん、あたしといくつも違わないのに古すぎですよう、それ」
コウが縫製の会社を辞めて一年近く経つ。
様子を見に来てくれたのか、二年先輩の同僚だったトモコから電話があった。
近所にいるというので喫茶店に行き、二軒目は開いたばかりの居酒屋に入った。
「まあ、なんでもぶちまけちゃいなさいな」
トモコは手酌で吟醸酒を注ぐ。酒はかなり強いようだ。
「本当のことをいうとね、会社を辞めてバーテンさんになるって聞いて」
すっと美味しそうに盃をあけたので、今度はコウが瓶を手にとって注いだ。
「ああ、この子は自分の道を見つけたんだなあ、そう思ったんだけど」
「そんないいもんじゃないっすよ」
そんないいもんじゃねえよ……ヨウジという男の口癖が伝染っている。
コウが飲んでいるのは、ドライな焼酎を水割りにしたものだ。
ここに置いてある中では、彼女が好む余計な味のついていない酒に近い。
「これを言ったらまた怒るかなあ」
「べつに、なにも怒ってないすよ」
「あの彼のこと、まだ吹っ切れないの?」
「……それって誰のことですか、オトコの話なんてしてないじゃないすか」
トモコは以前『GG』という酒場に通っていた。
そこへ彼女がコウを連れていって、バーテンダーをやっていたヨウジに引き合わせたことになる。
そこからコウの道筋が変わって、真っ直ぐヨウジに向かうことはなかったが、同業者になった。
トモコが責任を感じるという種類のことではないと思うが、気にはかけていた。
「あんなやつ、いまは明子ママのだんなだし、ただの若ジジイですよ」
「おやおや……」
実際には、トモコの推察が当たっていた。
まだヨウジに未練があるというのではない。
いろいろあったあと、ヨウジは変わらず気さくな態度でコウに接してくれるし、優しい。
それがコウには最近、なにか気に入らなくなってきた。理由などない。
「優しいだけの男って」
コウは、つまみのあん肝をやけのように何切れもすくって口に入れた。
むしゃむしゃという感じで噛み、飲み込む。
(そうやって食べるものじゃないけどなあ)
「むかつく! そう思っちゃう時ってない? トモコさん」
「盗っちゃえばいいじゃない」
「えっ」
コウは口に含もうとしていた水割りにむせそうになった。
「とって食って、捨てちゃえばいいのよ、そういう時は」
平然とした口調でトモコが言ったので、コウは思わず彼女の顔を見直した。
彼女がそういうふうに言うのを聞いたのは初めてだったのだ。
「あなたのさっきの話じゃないけど」
トモコは吟醸酒の瓶を空けた。
「自分でそう思ってるより、女は強いからね……すいません」
店の者を呼んだ。
「おかわり」
次の日、コウは仕事場にいた。
ヨウジの妻、明子が経営するパブ『マーサ』のカウンターだ。
終電で帰る客がひけたところで、コウはグラスを洗っている。
(あたし、そういうの苦手なんだけどなあ、トモコさんが変なこと言うから)
テーブル席を片付けている明子を見る。
(意識しちゃうじゃない……そんなの、ありえないよ)
コウの眼に映る明子は、きれいで、思慮深くて、それでいて度胸が座ったところもあって。
自分の雇い主でもあるし、およそ張り合う対象ではない。
「今日はもうお客さん、来ないねえ」
「かもしれませんね」
「片付けは明日でいいから、帰りましょう……そこまでクルマで一緒に行く?」
「いや、自分はいいっす、適当にどっか寄って帰りますから」
もう二年近く一緒にいるので、自分の口調で喋らせてもらっている。
「それならいいけど……女の子を夜中にひとりで帰すのもなんだかね」
「自分、もうそんな歳じゃないっすよ」
「嫁入り前のお嬢さんが、なに言ってんの」
「嫁入り前って」
コウは顔を上げて、明子に向かって小さく笑った。
「ママさんでもそういうこと言うんですねぇ」
「そう?」
コウはレモンハートを出して少しショットグラスに注ぐ。
「あたし、ちょっとカクテルの勉強していくんで」
「わかった、帰り道は気をつけるのよ」
明子は片手にコートを握って店を出ていった。
ひとり残ったコウはカウンターを出て、止まり木に座った。
足を組んで、めったに吸わない煙草をとりだした。
「はああ」
煙と一緒に声が出てしまった。
ふだん人前では、溜め息をつかないことにしている。




