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11 May All Your Christmases...Be White

 

 ヨウジは、業者と新店の内装について打ち合わせていた。

 事務所を出ると、大きなぼた雪が降り始めている。

(予報で見たけど、やっぱり来たか……最近じゃ珍しいな)

 歩いていくと、見る間に雪は勢いを増してくる。

 傘がたわんで、持った手に重みを感じるほどだ。

 自分が何を考えているかはわかっていた。


(初めて、ユカリに会った時)

(その週の最後に、こんな雪が降って……)

 べつに思い出すくらいはいいだろう。

 しかし、振り返ってみてもしかたがないと思う。

 そのうちに自然と忘れる時、自然と思い出せる時があるはずだ。


『マーサ』に入っていくと、コウひとりだけだった。

「どうした、ほかのふたりは」

「ママさんは知り合いのお店にご挨拶に寄るって……ケンタくんはお買い物」

「そうか、そう言ってたな」

 ヨウジは肩に雪を載せたままカウンターに座った。

 それから、思い出したようにジャケットを脱ぎはじめた。


「外、雪なんだ?」

「おう、すげえ降ってるよ」

「なんか飲みます?」

「そうだな……焼酎でお湯割りがいいか」


「煙草、すってもいい?」

「相変わらず、コウちゃんは礼儀正しいな……どうぞ」

 ヨウジは飲み物で手のひらを温めている。

 コウは吸い込んだ煙を細く長く吐いて、すぐに煙草を消した。


「ヨウジさんってさ」

「ん? なんだ」

「こんなの、()いたことなかったけど……ユカリさんと娘さんのこと、つらくないの?」

「なんだ、直球で来たな」

「ごめんなさい、なんか一度、訊きたくて」

「べつにかまわないよ」

 ヨウジは暖かい酒を口に含み、すこし考えた。


「ぜんぜん平気って言っても、おれが冷たい人間みたいだし、つらくて仕方ないって言ったらなさけないだろう?」

「……無理ないと思うよ」

「なんていうのかな」


 親や子ども、連れ合いを、病気や事故で亡くした人間はこの世にいっぱいいる。

 その人たちはみんな、平気なはずはないと思う。

 でもやっぱり、いつかは立ち上がって、ご飯を食べて、働いて、生きていく。

 おれとユカリの場合は、おれの力が足りなかったっていうなさけない部分はあるけれど、お互いに元気で生きている。


「比べる問題じゃないけど、ずっとましだと、そう思うようにはしてる」

「そういうもんなんだ……悲しいとか、切ないとかは?」

「おれかユカリのどちらかが死んだんだったら、それもあると思う」

「うーん」

「おれたちはまだ生きてるし、なにも終わってない、だったら悲しいとか切ないって感じてる暇はないと思うんだ」


 コウはもう一度、煙草に火をつけた。

「へんなこと訊いてごめんね、でもなんか、聞いてよかった」

「おれも訊かれて初めて、自分はそう思ってるんだとわかったよ……つい熱く語っちゃったけど、ねえさんには内緒にしてな」

「内緒にしなくたって、ママさんは何もかもわかってるよ」

「そうかな……」


「あっ、社長、お疲れさまです」

 両手に買い物袋を下げたケンタが帰ってきた。

「おう、ご苦労さま、外は寒いだろう」

「ちょっと積もってきました」

「こっち来て、なんか(あった)かいもん飲むか」

「いや、フロアとトイレの掃除、まだなんで」

「そうか、お姉さんたちは厳しいな」

「とんでもないです!当たり前ですから」


 向き直ったヨウジに、コウが言う。

「あたしたちのこと、鬼婆(おにばば)みたいにいわないでよ」

「ごめんごめん、冗談だよ……あいつ、よくやってる?」

「そうだね、最初は昔のジロウさんみたいに、調子がいいだけの子かと思ったけど」

「そうか? ジロウが怒るぞ」

 そこへ、本人が入ってきた。

「すいません、遅くなっちゃって……あれ、なんすか」

 ヨウジとコウは、手を叩いて笑いを噛み殺している。

 ジロウの後ろには(れい)の手を引いたサキが立っていた。



 前の週にクリスマスを終えて、明けた月曜、もうそんなにはお客も来ないだろうと思われた。

 今日、ヨウジは三日遅れのパーティーに慰労会も兼ねて『マーサ』にみんなを集めた。

『レディー・ドラゴン』のジロウ、その妻のサキ、娘の玲が来た。

 麺屋のほうからは店長のマツダ、ウェイトレスの優奈(ゆうな)が出席した。


 マツダは、元部下のケンタになにやら話しかけている。

「なんだ、おれがそんなに煙たかったのかい」

「いやだなあ、そんなことないに決まってるじゃないすか」

「おかげでこっちは大変だよ」

 そう言いながら、グラスを手にしたマツダは上機嫌なようだ。

「まあ、若いうちはいろいろとやらせてもらったほうがいい、よかったな、うちの社長で」

 ケンタはもう、あまり聞いていない。

 カウンターでコウと話している優奈のほうをちらちら気にしている。

(今日の服、いいよなあ、やっぱり優奈が一番だ)


「おい、ケンタ、いや川本くん」

「えっ? ああ、はい」

「酒を()げ、いや、注いでください」

 マツダが飲むとこんな感じになるのを、ケンタは初めて知った。

(勉強、勉強っと……)


 サキは、店の中を走り回ろうとする玲を押さえていた。

 ヨウジが手招きをしている。

「玲ちゃん、こっちにおいで」

 駆け寄ってきた玲に、用意しておいたプレゼントを渡した。

「アリガトウ、ゴザイマス」

「おっ、お礼が言えて偉いね、お母さんに似たな」

 玲の身体を抱き上げる。

「どうもすいません」

 恐縮するジロウに、ヨウジは言った。

「ふたつ買ったんだ、ついでってわけじゃないけどさ」

 そう言ってヨウジは、ジロウに片目をつぶってみせた。


 ママの明子が、得意先筋への挨拶回りのため、遅れてやってきた。

 ヨウジの姿をみつけて笑顔になり、早足でその横へ歩いていく。

(もう二年になるのに、照れないであれができるなあ、ママさんは)

 そうコウは思った。

 それが声になって聞こえたかのように、明子はコウの顔を見た。

(へへ、コツがあるのよ)


「シュナイダーさんも、あと三・四日いたらよかったのにねえ」

 イブの前に店を訪れたシュナイダーは、古酒(クース)をうまいと言い、自らに禁じていたビールも開けた。

 初対面の明子を前にして「ヨウジさんは本当に美人に縁がありますねえ」……。

(まいったなあれには、あいつ、人間心理の研究たりねえよ)

「西洋人は何がなんでも帰るよ、クリスマスには」


「もうこれで揃ったかな」

「ああ」

「あんた、なんか挨拶しなさいよ」

「マジかよ……」

 明子はヨウジの返事を待たずに、ぱんぱんと手を叩いた。

「はい、みなさんお疲れさまでしたあ、社長の挨拶ですよ」


「……みなさん、本年もお疲れさまでした。おい、ジロウ、ニヤニヤすんなよ。

 おれは……私は、何も偉そうに言えることはないんですけど、みなさんと出会って、一緒に仕事ができて、本当に楽しいと思ってます。

 これは、もとレディー・ドラゴンの場所にあったGGという店のマスター、私とジロウくんの師匠なんですけど」

 小声でジロウが言う。

「くん、だって……初めて言われちゃった」

「その人は、仕事っていうのは、同じやるなら楽しんでやれと、よく言われていました。

 私がその言葉の意味をわかって、本当にそうだと思うようになったのは、また何年かしてからなんですけど。

 どうか、みなさんも同じ気持ちになってもらって、これからも一緒にがんばっていけたらいいと思います。

 まだまだ未熟者ですけど、よろしく……乾杯!」


(立派なもんだなあ)

 コウはいつものレモンハートを傾けながら考えた。

(来年からは社長って呼ぼうかな、ヨウジさんじゃなくって……)


(なんだ、閉めてるのか……従業員の慰労会か)

 サンジは『マーサ』の扉の前まで来て、貼り紙を読んだ。

(じゃ、仕方がないな)

 いま来た通路を戻ろうとして、後ろから声をかけられた。

「えーと、サンジさん?」

「ああ、ヨウジ……さん、久しぶりだね、青山以来かな」

「マーサに来てくれたんですか? そうだ、下には貼り紙しなかったから……寄ってってくださいよ」

「身内の会におれが入ってったんじゃまずいだろう」

「もうぶっちゃけてるから大丈夫ですよ、ママも喜びますから」

 ヨウジはそう言って、サンジの手を引く仕草をする。

 固辞すべきだろうとサンジは思った。

 しかし、ヨウジが口先だけでそう言う人間ではないことも知っている。

(ここは、素直に入れてもらうところかな)


「それじゃ、おつき合いさせてもらおうかな」

「どうぞ!」


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