表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平行線のランデヴー  作者: 相川 碧
3/4

『言いたいこと』

ご覧いただきありがとうございます!前回、急な苛めや、蓮斗(れんと)亞龍(ありゅう)の大きな存在で終わりましたが、今回はその続きからになります。どうぞお楽しみください!

 「私」の願い佐々木 星桜

 「私」の願いは、「私」自身を好きになることです。「私」は、私が嫌いです。いつも、誰かの顔色を窺って、作り笑顔を張り付けている私が、大嫌いです。それでもいつかは、「私」自身を好きになりたいと思っています。素直な「私」を。本当の「私」を。好きになりたいです。そして誰かに、「私」を必要としてもらいたい。本当の「私」を見てもらいたい。その為に私は、我慢します。耐えて耐えて、そしてその願いが叶う日まで、私は「私」を隠し続けます。


10月7日 (月)

『手紙』

あの日から、私のパズルは少しづつ、少しづつ崩れていった。パズルが崩れる時は、本当に静かで、気づくともう元には戻せない程に、バラバラになってしまっている。 

朝の教室は、静かな放課後が嘘のように、とても賑わっていた。

「おはよう!」

あっちからも、こっちからも挨拶が聞こえてくる。こんなにも賑わっている教室で、私は静かに一人、空を見つめた。

空は青く澄んでいる。今日は雲が少なくて、とても眩しい。私の心とは正反対な青い空に、大きなため息を漏らした。

私は目線を机に戻し、机の中に手を突っ込む。机の中から、先程奥に押し込んだ一枚の紙を取り出す。

〝そろそろ邪魔ってことに気づいたら?アンタがいると、クラスの空気が穢れるのわかんない?皆が気を使ってる。アンタは邪魔なの。このクラスに必要ない。アンタの存在自体が、邪魔なの。さっさと消えてくれないかな?〟

誰が書いたのかはわからない。でも、その後に何度も続く〝消えろ〟の文字は、きっと複数人で書いている。それぞれの文字が全く違う。わざわざ、同じ人が字を変えて書いているとは思えない。だとしたら、このクラスにこの手紙を書いた人が、数人いる。もうすでに、このクラスの半分が私の敵になっていた。

「星桜!」

いつもの聞き慣れた声。不安な時、一番安心させてくれる声。

紙を制服のポケットに押し込むと、静かに席を立って、蓮斗の所へと向かう。その途中、綺月や、凛音と視線が合った。

「どうしたの?」

「いや、何か会いたくなって」

蓮斗はきっと、気づいてる。「私」がまた、元の私に戻ってしまったことに。何でいつも気づかれてしまうのだろう。

「そっか!」

私は上手く笑えてるかな?心配かけてないかな?大丈夫だよね?

「なぁ、星桜」

「…なに?」

怖い。何を言われるのかわからないから、とても怖い。

「無理、してないよな?」

あれ?「無理すんなよ」じゃない。なんで?

ふと、つい最近の公園での事を思い出す。

私が「いつもいつも無理すんなって!何も知らないくせに!」って言ったから?もしかして、私に気を使ってるの?

「なんか、蓮斗らしくないね?」

「そう、かな」

うん。蓮斗らしくない。蓮斗、何かあったの?

蓮斗は少しの沈黙の後、観念したかのように口を開いた。

「…最近さ、星桜、俺から距離取ってるよな?」

「…そんなことないよ?」

「そう、だよな。気のせいだよな、」

蓮斗の目がとても、悲しそうで、申し訳なくなってしまう。

私が、蓮斗と距離を取る?そんな事してないよ。

蓮斗はすぐに、笑顔を私に向けて、明るい声で言った。

「悪い!俺の気にしすぎだ!忘れてくれ」

私は、気づいてしまった。始めてだった。蓮斗に嘘をつかれたのは。始めてだった。蓮斗の作り笑顔を見たのは。いつも自分のしていることが、他の誰かにされると、こんなにも心が締め付けられるほど苦しいなんて。

「ねぇ、蓮斗」

いつもの蓮斗の口調を真似する。いいのかな?私が言っても。あんなに、蓮斗に酷くあたってしまったのに。でも、私だって。いつも助けられてるばかりじゃないから。

「無理、しないでね」

蓮斗は一瞬驚いた様な表情をした後、にっと笑った。

「星桜もな!」

私も笑顔を返す。蓮斗とは違う、作った上手な笑顔を。

「じゃあね、私やる事があって」

「あぁ、そうだったのか。悪かったな!」

嘘だよ。やる事なんて無いに決まってるじゃん。

「またね」

そう言って、私は蓮斗に背を向けた。くるりと半分回ると、スカートが揺れる。その弾みで、私のスカートから、一枚の紙が落ちた。

「星桜!紙落としたぞ」

「あ、ごめん!」

私は焦りながら、その紙を貰おうとした。だが、私のその焦りを、蓮斗は見逃さない。

「蓮斗!」

もう、止めても遅かった。蓮斗は、紙を広げると、じっと見つめて、そこに書かれた言葉を読み始めた。

嘘。まさか読まれるなんて。どうしよう。蓮斗には黙っておこうと思ってたのに。

額から汗がでては、首を伝って服の中へと、入ってくる。

蓮斗は、読み終わると私を見つめた。

「何だよ、これ」

「…私が書いたの」

「嘘つくなよ!」

私の無理ある嘘に、蓮斗は怒鳴った。

「これ、誰が書いた?」

「だから、私が…」

「嘘なんかつくなよ!誰が書いたって聞いてんだよ!」

蓮斗の怒った顔は久しぶりに見たから、少し驚いてしまう。

「…わからない。」

「お前の勘は?いるだろ?」

わかってるクセに。私の思ってる人が誰かわかるクセに。なんでわざわざ聞いてくるの?でも、私は「私」を出さないから。「私」の思っていることは、言わない。

「本当にわからないの。だから、もう返してくれる?私、別に気にしてないし」

「…」

蓮斗は、じっと私を見つめた後、私を押しのける様にして、クラスの中に入った。

そして、大きな声で言い放つ。

「おい!この手紙書いたの誰だ!」

「蓮斗!」

思わず、私も大きな声になってしまう。だって、まさかそんな事すると思わなかったから。

「誰だって聞いてんだよ!」

蓮斗の声に、皆がこちらを向いた。いや、綺月達以外の皆が。

それに蓮斗も気づいたのだろう。綺月達の元へと、真っ直ぐに進む。

「おい!お前らがこの手紙書いたのか?」

蓮斗の問に皆、下を向いて答えようとはしない。

「聞こえねぇーのかよ!」

蓮斗は、綺月の胸ぐらを掴んだ。

「蓮斗!もういいから!やめてよ」

蓮斗にこれ以上迷惑をかけたくない。これ以上関わって欲しくない。もういいから。もう、やめて。

私の声に蓮斗は、少しだけ胸ぐらを掴んでいる手の力を緩めた。と、同時に、綺月が「ふっ」と鼻で笑った。

「そうだよ。その手紙を書いたのは私。だから何?アンタに関係ないでしょ?」

緩めた蓮斗の手に、ぐっと力が入るのがわかる。

「それにさ、星桜自身がもういいって言ってんだから、よくない?アンタが首突っ込む事じゃないでしょ?」

私はこっそりと、下を向いた蓮斗の顔を覗き込む。蓮斗の表情は、今まで見たことがないくらいの怒りと、悲しみで溢れていた。

「なんでこんな事書いたんだよ!」

顔を上げた蓮斗はその勢いのまま、綺月を怒鳴りつけた。

「理由は単純だよ。」

綺月は、ニコッと歯を見せて笑う。私は、その笑顔を知っている。綺月特有の上手な作り笑顔。

「ウザかったから。嫌いだから。私の気持ちを言葉にした。ただ、それだけだよ!」

怖い。綺月の作り笑顔が逆光で暗く、その笑顔はまるで悪魔の様だった。

「それだけ?ふざけんなよ!?そんなふざけた理由で星桜を苛めてたのか!?」

「ふざけてないよ。まずさ、その手を離してくれない?」

その言葉に蓮斗は、ゆっくりと胸ぐらから手を離す。そして、離した右手をぐっと握り締めて言った。

「じゃあ、説明しろよ!何がウザかったのか、何が嫌いになるきっかけだったのか!」 

「いいよ。ただ、ここじゃ話しづらいからあっちで話そう」

そう言って綺月は廊下を指差した。

蓮斗は少し考えた後、「あぁ、」と短く返事をして、綺月と行ってしまった。廊下に向かう途中、蓮斗の手が震えている様に見えたのは、気のせいだろうか。

それから数分後、綺月が戻って来た。

「あ、あの。蓮斗は?」

「うん?ああ、教室に戻ったんじゃない?」

あからさまに面倒くさそうな顔をされて、少しイラッとしてしまう。

ダメだ。「私」を出したら。私は、作り笑顔を見せる。

「ありがとう」

綺月は私の言葉を完全に無視して、後ろにある自分の席へと向かって行った。

その後ろ姿を見つめると、何だか悲しくなる。後ろ姿が何だか切なく、何か、重いものを背負ってるような気がした。

蓮斗。教室戻ってるかな?

私は、〝一年ニ組〟と書かれた教室を、廊下から覗く。

一番後ろの一番窓側の席。

そこには、いつもの見慣れた姿。―ではなく、いつもよりも、悲しい瞳をした蓮斗が座っていた。

どうしたの?何を言われたの?理由はなんだった?

沢山聞きたいことがあった。でも、蓮斗の悲しそうな瞳を見た瞬間、全てどうでもよくなった。

そのまま静かに、蓮斗を見つめる。

遠くてよくわからない。でも、確かに蓮斗の瞳から、一筋の涙が溢れていた。

その瞬間、私のパズルが更に、激しく崩れ落ちた。


10月 8日 (火)

『倍の辛さ』

苛めが始まってから、毎日時間の流れが遅くて、一日の終わりが長い。苛められる前は、あんなにも時間が流れるように過ぎ去って、一日が短くて、足りないぐらいだったのに。

そんな事を考えながら歩いていたら、もう下駄箱まで来ていた。

「大丈夫。」

自分にそう言い聞かせて、下駄箱に靴を入れる。

行きたくない。帰りたい。 

そんな気持ちを、ため息とともに、外へ吐き出した。

階段を上がると、段々賑やかになってくる。一年生の教室は二階で、すぐに着いてしまう。

でも、今日は教室へと繋がる廊下が、とても長く感じる。

その長い廊下の先に、見慣れた姿を見つけた。

「…蓮斗」

「星桜、おはよ。」

蓮斗は私を見つけるなり、すぐに目を逸らす。

「ねぇ、蓮斗。今日、一緒に帰れる?」

沢山聞きたいことがある。昨日は聞けなかったけど、今日は聞いても平気かな?

そんな私の心配は、蓮斗の言葉で、一瞬にして消え去った。

「ごめん。今日は帰れない」

「…なんで?」

「サッカーの練習があって」

…下手くそな嘘。蓮斗は嘘をつくとき、必ず右下を向く。

蓮斗の嘘を見たのは、これで二回目だ…。

でも、私は「私」を出さないから。聞けない。沢山聞きたいことがあるのに、何一つとして問うことは出来ない。

「そっか!練習、頑張ってね」

「おう!」

蓮斗が向けた笑顔は、いつもの幼い笑顔ではなかった。何かを隠している下手くそな作り笑顔。

嘘つき。

私が言える事じゃない。それでも、嫌だった。蓮斗にはずっと、本音を言って欲しかった。気を使わないで欲しかった。

蓮斗は、目を逸らしたまま、教室へと戻ってしまった。

一人取り残された私。

後ろから、綺月の笑い声が聞こえた気がした―。

私も教室に着くと、ゆっくり荷物を机におろす。

日があたったこの席は、ほんのりと温かい。

蓮斗…。何を隠しているのだろう。思い当たる事としたら、昨日の事。綺月と廊下にでて、何を言われたのだろう。私を苛め始めた原因。どんなに考えても、綺月や、凛音に何をしてしまったのか、全然わからない。

私は、廊下側の席に座っている綺月を見つめた。

本人に聞くのが一番早い。でも、また無視をされて終わりかもしれない。

私は、少し視線をずらして、綺月の前に立っている凛音を見つめる。

凛音に聞いたら答えてくれるかな?あんなに仲良かったのに、なんで急に…。

苛めの原因を知りたいのは、「私」。だから、綺月や、凛音に苛めの原因を聞いたら、「私」を出してしまうことになる。

…それでも、聞きたい。今まで、「私」の気持ちは隠していたけれど、今回は抑えられない。理由がわからないまま、苛められるのはもう散々。

それに、蓮斗がどうして嘘をついているのか知りたい。

「私」が知ったら悲しむから?知られたくないことだった?バレてはいけないことだった?

不安で仕方ない。

下手くそな作り笑顔も。

下手くそな嘘も。

下手くそな優しさも。

全部、慣れているはずなのに。

全部、見過ごせるはずなのに。

…辛い。

そんな気持ちは、とっくに捨てたのに。まだ、「私」の中に残っていた。

きっと、他の誰かに同じ事をされても、辛いとまでは思わない。

でも、蓮斗にやられると、辛い。酷く悲しい。耐えられない。

ずっと側にいてくれた。ずっと本音を言ってくれていた。嘘なんて聞いたことなかった。そんな人から、初めて、作り笑顔を見せられた。嘘をつかれた。

…その現実が辛い。蓮斗にやられると、その辛さが他の人の倍になる。

私は、顔を手で覆う。

そして、誰にも気づかれないよう、静かに泣いた。


『告白』

「礼!」

佳奈の号令とともに、授業が終わり、皆が帰りの支度を始める。

「ふぅー」

私は、息を整えて席を立つ。

一番廊下側の、一番前の席。そこに座っている綺月のもとへと向かう。

また、無視をされるかも。

そう思うと、足が止まって動かない。手が震える。

「大丈夫。」

何度も、小さく自分に言い聞かせる。

そうすると、一歩、また一歩と足が動きだす。

「…綺月」

「ん?」

綺月は最初、誰に話しかけられたのか、声だけではわからなかったのだろう。明るい声で、返事をした後、その表情は一瞬にして曇った。

「なに?」

重い。綺月の声が、言葉が鉛のように重く感じる。

「…聞きたいことがある」

「昨日の事?」

綺月はすぐに返事を返してきた。私は、綺月の言葉に首を少し縦に振る。

「言わないよ」

「え、」

「だから、何も言わない」

「…なんで?」

「碧海が、」

「…蓮斗?」

「いや、なんでもない」

今、確かに碧海って言ったよね?碧海って蓮斗の事だよね?

「まぁとにかく、アンタに言うことはなんも無いから、話しかけないでくれる?」

綺月はそう言葉を吐き捨てると、後ろのドアで待っている友達のところへ向かおうとした。

なんで?こんな聞きたいことだらけで終われないよ。

私は、歩き出した綺月の腕をぐっと力を入れて、掴む。

「なに?痛いんだけど」

綺月の言葉は、もう重くない。睨まれても、怖くなかった。

「聞きたいことがある」

「…だから!アンタには何も言わないって言ってるでしょ!?」

そう言って綺月は、私の手を振り払った。

なんで?私が苛められてる本人だよ?どうしてその本人には、何も言ってくれないの?何も教えてくれないの?

どうしよう。抑えられない。どうしよう。「私」が出てしまう。

私は、スカートをぐっと握る。

「…ん…な」

「なに?聞こえない」

「…ふざけんなっ!!」

「え、、」

あぁ、どうしよう。もう、後戻りは出来ない。「私」を出してしまった。止まれ、止まれ「私」。お願い。私に戻れ。

「どうして言えないの!?どうして何も教えてくれないの!?」

「…だから、碧海が!」

「蓮斗が何?これまでの事と蓮斗が関係あるの?」

「…それは、言えない」

唇をぐっと噛む。口の中に、血の味が広がって気持ち悪い。

なんで?なんで、何も教えてくれないの?なんで?…なんで?

「なんで?私が何かした?何か言った?言ってくれなきゃ、何もわからないよ」

少しづつ、「私」を中へしまう。段々と、いつもの私に戻って来た。

「綺月、」

綺月の後ろから、小さい声がした。

「凛音…」

「ありがとう。ここまでしてくれたのは、綺月だけだよ。」

「…」

綺月はその場で、崩れ落ちるようにして座った。

そして綺月は、涙を流しながら、口を開いた。

「ごめんね、凛音。何もできなくて…。ごめん、」

綺月の声は、震えていて、座り込んだ綺月の背中を見つめると、無性に悲しくなった。

「謝んないで。ここまでしてくれてありがとう」

そう言った凛音は、綺月から私へと視線を移す。

「星桜。聞きたいこと全部話すよ。」

綺月は、下から凛音を見上げる。

私は、黙って見ていることしか出来なかった。凛音の言葉にも、何も返すことが出来ない。

「星桜、ここじゃ話しづらいから、ついてきてくれる?」

私は、辺りを見渡した。

クラスの子達は、皆こっちを見ていて、廊下にも他のクラスの子達が見に来ていた。その中には、蓮斗の姿もあった。

「わかった…」

そう言って私は、凛音の後を追った。

凛音は、階段を上がって、一つの空き教室に入ると、一番後ろの真ん中の席に座る。私もそれに続いて、凛音の横に座った。

長い沈黙が続く。いや、実際は一分にも満たない時間だったのかも知れない。でも、私にはとても長く感じられた。

長い沈黙の後、凛音がゆっくりと口を開いた。

「私ね、蓮斗君の事が好きだったんだ。」

「え…」

蓮斗の事が好き?私が聞きたいことはそんな事じゃないよ?

そんな私の気持ちに気づいたのか、凛音は話を続けた。

「それでね、私三週間前ぐらいだったかな、蓮斗君に告白したんだ」

「そう、なんだ、」

「告白して、振られたんだけど、蓮斗君何て言ったと思う?」

そんな事聞かれてもわからない。…そう言おうとしたところで、言葉に詰まった。だって、凛音が今にも泣きそうな顔をしていたから。

「…わからない」

「蓮斗君ね、俺には星桜がいるから。って言ったんだ」

「え、、」

「私がそれに対して、付き合ってるのかって聞いたら、付き合ってはないって…」

なにそれ。知らなかった。そもそも、凛音が蓮斗を好きなことも、告白していたことも知らなかった。なんで、蓮斗はそんな事言ったの?

「それで私、意味がわからなくて、つい、怒鳴っちゃったの。そしたら、蓮斗君、ごめんって言って帰っちゃって…。」

「凛音…」

凛音は、俯いて、黙り込んでしまった。

蓮斗が「俺には星桜がいるから」って言ったの?なんで?

ふと、凛音の方を見ると、凛音は、スカートをぐっと握っていた。

その後、私は凛音を見つめ、凛音は床を見つめる。そんな時間が過ぎていった。

何か話さなきゃ、私がそう思うと同時に、凛音が口を開く。

「…悔しかったんだ」

ゆっくりとこちらを向いた凛音の瞳からは、涙が静かに流れていた。

「付き合ってないのに、あんな事言ってもらえて。〝ただの幼馴染〟ってだけで、こんなにも必要とされて、悔しかった」

凛音。そんな事思っていたの?…わからなかった。じゃあ、凛音は、今までその気持ちを隠して、私と仲良くしていたの?

「でも、星桜の事が嫌いだった訳じゃない。」

凛音は、「だから、」っと言葉を続ける。

「綺月にこの事を相談して、綺月が星桜を無視しようと言い出したときは、驚いたし、いいのかな?って迷いがあった」

あぁ、それで凛音は、綺月の言葉にすぐ共感しなかったんだ。

「でも、綺月に星桜が悪いんじゃん。星桜がいなければ蓮斗君も凛音と付き合ってたかもよ。って言われて、結局、星桜を苛めてしまった」

「…」

「星桜は悪くないって、星桜のせいじゃないってわかってたのに…。」

凛音は涙を流しながら、何度も、何度も謝った。

「…もう、いいから。」

その一言が、今私が凛音にかけられる精一杯の言葉だった。

「…星桜」

「凛音の気持ちは、良くわかったよ。もう、いいから。許すから。最後に一つ、答えてほしいことがある」

「…なに?」

凛音は、涙を拭って私を見つめた。

私が一番聞きたいこと。苛められてた時、一番心配だったこと。

「凛音は、私と友達?」

「…っ」

凛音は、驚いた様な顔をした後、笑顔を私に向けた。

「当たり前じゃん!」

…私は、凛音から目を逸らす。

そうしないと、涙が溢れてしまいそうだったから。

凛音が私に向けた笑顔。…凛音の上手な〝作り笑顔〟。上手な〝嘘〟。

どうして私は、わかってしまうの。どうして気づいてしまうの。この〝嘘〟に、この〝作り笑顔〟に気づかなければ、傷つく事もないのに…。「私」を隠すために、皆の顔色を窺っていた。そのせいで、皆の〝嘘〟も、〝作り笑顔〟も、わかるようになってしまった。

凛音と私は、友達ではなかった。友達だと思っていたのは、自分だけだった。

じゃあ、何で仲良くしていたの?何で近づいてきたの?何で一緒にいたの?

私は、もう一度、凛音の顔を覗くようにして見た。

…やっぱり、私は気づいてしまう。

その笑顔に、ほんの少しの〝本当〟が隠れている事に。


『離れる』

俺は、星桜と約束をした。

「俺が星桜守る」って。

でも、俺は約束を破った。

俺は、ずっと星桜を〝守っている〟と思っていた。〝守れている〟と思っていた。

でも、違った。

俺が、星桜を傷つけていた。

それにすら、俺は気づけていなかった。

本当に、星桜から離れなければいけなかったのは、

―俺だ。


『知らなくていい』

10月9日 (水)

俺は、廊下で星桜を待っていた。

「ふぅー」

静かに吐いたため息は、弱く震えている。

大丈夫。大丈夫。

何度も自分に言い聞かせる。

俺は一昨日、佐野から星桜を苛め始めた原因を聞いた。それを聞いて俺は、決めた。

〝星桜と距離を取る〟

そしたらきっと、星桜は苛められなくなる。楽しく過ごせる。

ごめんな、星桜。俺が、永雲に告白された時、「俺には星桜がいるから」とか言っちゃって。でも、それは本当だった。俺は、星桜以外の女子と仲良くする気はないし、そもそもおれは、女子が苦手で、だから、俺には星桜しかいなくて。それで、あんな事言っちまった。そのせいで、星桜が苛められるとは思わなかった。本当にごめん…。これまでの事は、俺の責任だから、俺は星桜から距離を取る。そうすれば全て終わるだろ。

蓮斗にとって、星桜は大きな存在だった。嫌いな女子でも、唯一星桜とは仲良くなれた。そんな、星桜から距離を取る。それは、蓮斗にとって究極の選択であり、とても辛い選択だった。

「…蓮、斗」

後ろから、小さく俺を呼ぶ声がした。振り返らなくても、誰だかわかる。今、一番会いたかった人。名前を呼んでほしかっ人。ずっと聞いていた声。「星桜…おはよ、」

「おはよう。」

俺は、星桜から視線を逸らす。星桜も同じように、俺から視線を逸らした。昨日、佐野と星桜が言い合いをしているのを見た。あの後、永雲と何処かへ行っていたから、苛めの原因聞いたのだろう。

星桜は俺に視線を戻すと、ゆっくりと話始めた。

「蓮斗。今日は一緒に帰れる?」

帰りたいよ。話したいよ。

「ごめん、今日も練習があって…」

星桜に嘘をつくとき、いつも胸が締め付けられて痛かった。

「そっか、」

そんな悲しい顔しないで。離れられなくなる。距離を置けなくなる。

俺は、星桜に背中を向ける。

何度も星桜に謝りながら、教室へと向かおうとした。

「…蓮斗!」

後ろから、星桜が俺を呼んだ。

「練習が終わったらでいい!〝あの公園〟に来てほしい!お願い…」

〝あの公園〟それは、俺と星桜の秘密基地。

俺は、星桜に笑顔を向ける。

作った笑顔は、いつになっても慣れない。

「わかった!」

そう言って、自分の教室へと入った。一番後ろの一番窓側の席。自分の席に着くと、腰を下ろした。

星桜とは、クラスが違くて良かったと安心している自分がいる。

俺は廊下を見つめた。

廊下には、一人立ち尽くした、小さい星桜の姿があった。

「…ごめん」

俺は、涙を堪えながら星桜を見つめる。

ごめんね、星桜。俺、一つ黙っていた事があるんだ。小三のとき、星桜苛められただろ。その時の苛めの原因も俺なんだ。星桜は、気づいていなかったのかもしれないけど、俺は聞いたんだ、あいつらが「星桜のやつ、蓮斗とずっといて気持ちわりー離れたほうがいいぜ!」って言ってるのを。俺は気づいてないふりをした。星桜が「なんで苛められなきゃいけないの?」って泣いてたときも、俺は知らないふりをした。ごめん…。俺には、星桜しかいなかったから、星桜がこれを知ったら離れていくと思った。本当にごめん…。いつか、星桜が学校を楽しく過ごせるようになって、星桜と距離を置かなくても大丈夫になったら、全部話すよ。だから今は、何も知らなくていい。俺の気持ちも、過去のことも。今だけは、知らなくていい。今はただ、前を向いてくれれば、それでいい。

「…星桜」

俺は空を見るふりをして、上を向いた。涙が、溢れないように。


今日はやけに一日が長かった。

帰りのホームルームが終わると、俺は机の上に腕を組んで顔を沈める。

眠い。疲れた。星桜に会いたい。

…ダメだ。しんどい。

どんなに嫌でも、時間は過ぎてゆく。

帰らなきゃな、そう思って鞄を持ち上げると同時に、勢いよく前のドアが開いた。

「…蓮斗君」

違う。俺が会いたいのはお前じゃない。今、名前を呼んでほしいのはお前じゃない。

「永雲」

やはり、前のドアには永雲 凛音が立っていた。

「俺になにか用か?」

「うん。少し話せる?」

「あぁ、」

俺はもう一度、自分の席に座った。永雲は、俺の横の席に座ってくる。

「…星桜に言ったよ」

「知ってる」

「そっか、」

なんだよ。わざわざそれを言いに来たのか?

「…憧れてたんだ」

「何に?」

「こうやって、蓮斗君と話すのに」

永雲は、照れるようにして「少し憧れとは違うけどね」と付け足した。

「蓮斗君と普通に話したかったな。楽しい話とか、好きな話をしたかった。星桜の話じゃなくて」

「…俺、女子苦手なんだよ」

「知ってるよ?でも、星桜だって女の子じゃん?」

あぁ知ってるよ。でも、あいつは他のやつとは違う。誰かが嫌がることを絶対しない。自分が嫌なことを誰にもやらない。そのせいで、自分の言いたいことや、〝本当の自分〟を隠してる。でも、それが辛いとか、苦しいとか、そういう事は絶対表に出さない。そういう優しいやつだ。お前らとは違う。

「星桜は、別だ」

「別じゃないよ?星桜だって普通の女の子。何も特別じゃない」

「…お前らにとって星桜が特別じゃなくても、俺にとってはずっと一緒にいた特別な存在なんだよ」

「ずっと一緒にいたって、〝ただの幼馴染〟でしょ?」

やっぱ、女子は苦手だ。

自分が正しいとでも思ってるのか?俺の気持ちや、価値観を否定して。それで好かれるとでも思ってるのか?特に、永雲は女子の中でも上位で苦手。〝ただの幼馴染〟?ふざけんな。俺と星桜が、どれだけ一緒にいたか、どれだけ色んな事を一緒に乗り越えてきたか、知らねぇクセに。自分の価値観を押し付けんなよ!

「…ふざけんなよ」

「え?」

「〝ただの幼馴染〟?お前が何を知ってる?星桜の事も、俺の事も、二人の絆も知らねぇお前が、〝ただの〟とか言ってんじゃねぇぞ!?」

永雲は、驚いた顔をして、俯いた。

「…ごめん」

俺は、ため息をつく。いつもこうだ。星桜の事を何か悪く言われたり、星桜との関係を馬鹿にされると、つい怒鳴ってしまう。

俺が、怒鳴ったことを一人後悔していると、永雲が真っ直ぐに俺を見つめて、言った。

「蓮斗君はさ、星桜の事どう思ってるの?」

なんだその質問。そんなん考える時間もいらねえ。

「星桜の事は、大切な存在だと思ってる」

「…きなの」

「ん?なに?」

「…好きなの?」

「あぁ、好きだ。じゃなきゃ一緒にいねぇだろ」

「違う。私が聞きたいのは、恋愛として、星桜の事を好きなのかってこと」

「…え」

恋愛として…。恋愛。わからねぇ。女子を好きになるって、俺が星桜の事を好きだと思ってるのとは、違うのか?

「…蓮斗君はさ、誰かを恋愛として好きになったことはあるの?」

だから、恋愛としてってなんだよ?わからねぇ。星桜の事は、好きだ。親友だし、幼馴染だし、唯一の相手だし、でも、永雲の言う好きと、俺の言う好きは違うのか?

「恋愛として好きってなんだ?友達とかに思う好きと何が違う?」

「恋愛として好きになった相手にはね、少し離れるだけでも、会いたいと思う。離れたくないって、隣りにいたいって、誰よりも近くにいたいって思うんだよ」

「…わからねぇ」

「思ったことはない?星桜の隣は、俺がいいって。今すぐに会いたいって」

そりゃあ、会いたいとは思うよ。今だって、会いたくて仕方ない。でも、それが〝好き〟ってやつなのかがわかんねぇんだ。

「私にとって、そう思う相手が蓮斗君なんだよ?」

「…」

「蓮斗君に会いたいって、触れたいって、話したいって、隣りにいたいって、沢山思ってた。でも、出来なくて。なのに!星桜は、それが当たり前のようにできて、いつだって、隣にいられる。それがとても、辛かった。蓮斗君には、わからないよね?私の気持ちなんて…」

「あぁ、」

「…即答か」

当たり前だ。お前の気持ちなんてわからない。知りたくもない。考える必要もないだろ?

……あれ?俺、星桜の時はそうは思わないな。星桜が辛そうだったら、絶対に話を聞いてやりたいし、星桜の気持ちを何としてでもわかってやりたい。味方になって、俺が一番に守って安心させてやりたい。って思う。それは、俺にとって星桜が大切だから。ずっと側にいたから。親友だから。幼馴染だから。……本当にそれだけか?これが永雲の言う〝好き〟ってやつじゃないよな?これが〝恋愛〟ってやつじゃないよな?きっと、永雲に変な話しされて、何でもそういう風に考えちゃってるだけだ。きっと、そうだ。 

俺は、逃げ出すようにして、鞄を手に取った。

「じゃあな、もう話は終わっただろ?」

「そうだね。終わっちゃった。もう二度と、話すことはないよね?」

「あぁ」

「少しは悩む素振りでも見せてよ、」

永雲は、いつの間にか泣いていた。

俺は、そんな永雲を気にもとめず、教室を後にした。


『言いたいこと』

帰り道は、星桜がいないだけで、とても暗く感じる。星桜がいる所には、いつもスポットライトがあたっていて、俺を一緒に照らしてくれる。星桜の隣は、いつも温かかった。

俺は、横断歩道で、足を止める。

信号は、青になっているのに、足が進まない。

だって、この少し行った先には、公園がある。星桜に見つかってしまう。今は、会いたくない。いや、会わないと決めただろ。

信号の色が赤に変わる。

スマホを取り出して、時間を確認する。時刻は、午後一六時を示していた。星桜、帰ってるといいけど。

信号の色が、もう一度青に変わる。

俺は、一歩足を踏み出した。

「えっ」

キキーーー

車のスキール音が鳴り響く。

「きゃあああー」

「誰か!救急車!」

辺りが、一気に騒がしくなった。

でも、段々と声が遠くなる。それになんだか、さっきっから目線が低い。

一人の男性が、俺に近づいてきた。

「君、大丈夫か?話せるか?」

何が?俺は今、どうなっている?何があった?

話したいのに口が動かない。段々と、視界がぼやけていく。体の感覚がなく、動かすことができない。

ぼやける視界の中、俺は自分の手元を見た。

手は、血で染まっていた。

その時初めて、自分が車に轢かれたことに気づいた。

嘘だろ。死ぬのか?嫌だ、嫌だ。

公園は、すぐそこなのに。やっと、前に進めそうだったのに。

…あぁ、星桜に会いたい。

沢山、話したい。

言いたいことが、聞きたいことが、山ほどある。

だから、死ねない。死にたくない。

星桜。待ってて。必ず話すから。

沢山、側にいるから。

だから、お願いします。明日が来ますように。死にませんように。

お願いします。どうか神様、俺を守ってください。

明日さえ、来てくれればそれでいいから。もう何も望まないから。後は、自分で頑張るから。お願いします。

遠退く意識の中、少し離れた場所に星桜の姿を見つけた。

「…星、桜…」

そのまま俺は、気を失ってしまった。

最後までお読みいただきありがとうございます!あんなに仲が良かった蓮斗(れんと)に避けられ、さらに苛めの真相まで明らかになってしまいました……。そして、最後の交通事故…。作者も書きながらハラハラしています。ここから二人の関係はどうなっていくのか、温かく見守っていただけると嬉しいです。「続きが気になる!」「星桜(せいら)頑張れ!」「蓮斗(れんと)負けるな!」と思ってくださったら、ぜひ【ブックマーク】をして次回の更新をお待ちいただけると幸いです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ