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平行線のランデヴー  作者: 相川 碧
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『秘密基地』

ご覧いただきありがとうございます!初めて出させていただいた作品、『平行線のランデヴー』どうぞお楽しみください。

誰もいない放課後の教室には、明るい夕陽が射している。キラキラと光る夕陽を横目に自分の席へと真っ直ぐに進む。一番前の一番窓側の席。そこにある机は、回りにある机に比べて少し黒ずんでいる。机の端に書かれた「うざい」の文字。指で擦ると簡単に消えた。いつから始まったのかもわからない苛め。始めは、無視。陰口。集団避け。気にしなければ済む。そんなもの。だが、徐々に苛めはひどい方向へと進んでいく。始めは確かに、楽しい高校生活を過ごしていた。ーーはずだった。


9月30日(月)

『違和感』

高校生になって半年が過ぎた。この4ヶ月は本当に早くて、行事が流れるよう過ぎ去った。外は猛暑で暑く、もうすぐ夏休みが来ると伝えている。

「星桜!」

後ろから大きな声が響いた。振り返らなくても誰だかわかる。自然と笑みが溢れる。

「蓮斗!おはよう」

〝碧海 蓮斗〟

家が隣で、幼稚園から高校までずっと一緒に過ごしてきた、私の大切な幼馴染。

「星桜がこの時間に登校してんの珍しいな」

「実は、寝坊しまして…」

「まじか!?」

「そんなに驚くことかな?」

「驚くだろ!だってお前、小5の時遅刻して怒られて以来ずっと、登校時間の前から学校の前に突っ立ってたじゃん」

「いつのこと言ってんの?それやってたの中2までだから」

「中2までは、やってたのかよ」

蓮斗とは、昔から何でも言い合える仲だった。ずっとこんな他愛もない話をしては、笑い合う。この頃の私は蓮斗と一緒にいることが当たり前で、これからもずっと一緒にいるんだと信じて疑わなかった。

気づくと、校門まで来ていた。蓮斗といると、時間の流れが早く感んじてしまう。

〝波並学園高等学校〟と書かれたプレートが太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。人気のない朝の学校は新鮮で、たまには悪くないなと思ってしまった。それを見透かしたかのように蓮斗が口を開く。

「遅刻ぎりぎりも悪くねぇーだろ!」

蓮斗の笑顔は少し幼さが残っていて、いつ見ても昔と変わらない。

「そうだね」

そう言って私も笑顔を向ける。

下駄箱にはもう皆の靴が入っていて、空いているのは自分の場所だけだった。

「じゃあね」

蓮斗に手を振って〝一年三組〟と書かれた教室に入る。皆もう着席していて、予鈴が鳴っていたことに気がついた。それと同時に、前から入ったことを後悔した。皆が着席している中で、一人だけ遅れて登校したら、遅刻じゃなくとも目立つ。やはり皆の視線が自分に集まった。その視線から目を逸らすように下を向きながら自分の席を目指す。一番前の一番窓側の席。その席は太陽の光で眩しいくらいに照らされている。机の上に荷物を置くと隣りに座っている、凛音に小声で話しかけた。

「おはよう!今日は早いね」

〝永雲 凛音〟

彼女は、高校で知り合い仲良くなったクラスメイトの一人で、学年一の遅刻魔と言ってもいいほどに、毎日の様に遅刻している。 

「え、あ、…うん、」

いつもなら明るく「おはよう」と返してくれる凛音だが、今日は様子がおかしく、ぎこちない返事で返された。

いつもと違うと感じたのはそれから数分のこと。

ホームルームが終わり、凛音に話しかけたことが、この違和感の始まりとなった。

「凛音!次移動教室だし、一緒に行かない?」

「…」

凛音は一度こちらを振り向き、そのまま逃げるかのようにして廊下へと出て行ってしまった。

避けられている?でも、避けられるようなことを下覚えはないし、きっと今のは気のせいだよね。

「やば!チャイムなっちゃう」

理科の教科書を抱えて、急ぎ足で教室を後にする。

「星桜!」

朝と同じ光景。朝と同じ声で呼び止められた。

「今日、一緒に帰らね?」

やはり、声の主は蓮斗だ。

「いいよ、」

「どうした?元気ねぇーじゃん」

言うべきだろうか。でも、ただ避けられている様に感じただし、それに明日には元の仲の良い状態に戻っているかもしれない。

「なんでもないよ!久々に遅刻しそうになって、ちょっと不安だったのかも」

その言葉に蓮斗は腕を組む。きっと嘘に気づかれた。でも、気づかないふりをする。

「そっか、まぁなんかあれば言えよ。一人で抱えんな」

「うん。ありがとう」

蓮斗のその一言に、先程までのモヤモヤが晴れた気がした。

だからこそ、私は気づかなかった。少し遠くの場所から、こちらを見ている凛音の姿に。


10月1日(火)

『わからない』

今日は昨日の反省を活かし、寝坊せずに学校に着くことができた。

「まじ、あいつ舐めてるよね」

教室に入ろうとしたとき、ドアの近くの席に座っている綺月の言葉が耳に入ってきた。

〝佐野 綺月〟

彼女は、金髪の髪がよく似合うカースト上位の女の子で、凛音と同じ中学だった。綺月とは自分もそれなりに仲良くなっていた。

綺月の周りには数人の女子がが集っていて、皆で話をしている様だ。その中には凛音の姿も見える。

「まずさ、自分がその自覚無いのがヤバいよね!」

綺月の口調は常に皆からの共感を求めた言い方で、それに案の定皆が口を揃えて、「うんうん!」「ヤバいよね!」「ありえないわー」と共感の声を上げる。たった一人を除いて。凛音だけはずっと口を閉ざしていて、共感の声を上げることは無い。

「ねぇ?凛音もそう思わない?」

「え…そうだね、」

「あ!そっかそっか。凛音は仲良かったもんね。そうすぐには共感できないか」

「…」

誰の話をしているのだろう。でも、決して褒めるようないい話ではなく、悪口であることがドア越しにでもわかる。

「でもさー昨日見たんでしょ?」

凛音は何かを思い出したかのように顔を上げた。そしてその顔が怒りを含んでいることに気がついた。

「ねぇ?凛音そう思わない?」

綺月は小悪魔みたいな笑みを浮かべて、先程と同じ質問を凛音に返す。先程と違ったのは、凛音の表情と、それから、

「うん!まじでヤバいよね!」

凛音の返答は共感の言葉に変わり、怒りと憎しみの混じった声で綺月に笑顔で返した。

「だよねー!まじ星桜ありないわー」

キーン

深く長い耳鳴りが鳴り響いた。辺りはソローモーションの様に遅くなり、綺月達の笑い声だけが妙に響く。頭の中では、沢山の疑問が生まれた。

今、星桜って言った?いや、そんな訳ない。だって、凛音とも、綺月とも先週までは、あんなに普通に話していたのだから。だったら何?名前の同じ全くの別人?それとも星桜と聞き間違えただけ?自分の悪口を言われていたの?どうしよう。話しかけたほうがいいのかな?どうしよう?

すると、突然肩に手が置かれた。振り返ると、そこには今一番会いたかった人の姿があった。 その人はニコッと幼さが残った笑顔を私に向けて優しく、温かく言った。

「おはよ」 

「…蓮斗」

思わず涙が溢れそうになる。蓮斗の当たり前に見ていた笑顔がこんなにも、温かく感じるなんて。

私のそんな気持ちを見透かしたかのように蓮斗が口を開いた。

「何かあった?」

今度は言うべきだろうか。昨日は気のせいかもしれなかったが、今は違う。自分の事を言われている可能性は高かい。私は蓮斗に今起きたことを話そうとした。

「実は…」

言おうとしたところで、言葉に詰まる。言ってしまったら、もう立ち直れないような。もう、凛音達と元のようには戻れないような気がして。

「忘れ物しちゃって…」

「本当に?」

蓮斗は眉間にシワを寄せた。嘘はバレバレの様だ。でも、私は気づかないふりをする。昔からの悪い癖。

「うん!数学の教科書忘れちゃって、貸してくれる?」

本当は持ってるけどね…

「あぁ、いいよ。それよりも…」 

私は、蓮斗のその言葉を阻むかのようにして口を開いた。

「じゃあ、お願い!一時間目だからさ、持ってきてくれない?」

蓮斗は少し考えるようにした後、「ちょっと待ってろ」と言って、自分の教室へと向かっていった。その姿が見えなくなるのを確認してから安堵のため息を吐く。

「はぁー、どうしよう…」

気づくと、頭も心も「どうしよう」でいっぱいになっていた。


「お待たせ!はい」

蓮斗は駆け足で戻って来てくれた。その手には、しっかりと数学の教科書が握られている。

「ありがとう」

そう言って教科書を受け取り、教室の方に体を向ける。

「ふぅー」

小さく吐いたその息は、少し震えていた。

「星桜!」

最近よく後ろから名前を呼ばれるな。

「無理すんなよ」

また、涙が溢れそうになる。それは、蓮斗の口癖で、昔から私に辛いことや、悲しいことがあると何気なくかけてくれていた言葉。

あの時もーー

「お前消えろよ!」

小学三年生のある日、突然クラスの男子から苛められるようになった。その頃の私には苛めの原因がわからず、毎日「なんで?なんで?」と繰り返しているだけで精一杯だった。そして、何かと辛いことがあるとあの公園に行っていた。

家から五分程度の小さな公園。そこには、ブランコと、小さな砂場があった。

家が隣だった蓮斗は、毎日私が公園に行く姿を窓から見ていたらしく、ある日、蓮斗は公園にやって来た。

「大丈夫?」

蓮斗は、砂場の所に座っていた私の元へ、静かに近づいた。

「大丈夫だよ!」

その頃から私は、表に〝辛い気持ち〟を出していなかったし、悟られない様、作り笑顔を貼り付けていた。でも、蓮斗にはあっさりと見抜かれてしまった。

「本当に?」

「…」

「そんな泣いてんのに?」

私は気づかなかった。泣いていることに。気づいたときには止まらない程に涙が溢れていた。

「大丈夫だ!俺がついてる!」

私は縦に首を何回も何回も振る。

「だから、無理すんな!」

幼かった私なりに、我慢して、耐え忍んでいた辛さが、その時初めて蓮斗の優しさで解放された気がした。

その後、蓮斗はクラスの男子に「虐めとか、くだらないことすんなよ!恥ずかしくねぇーのか!?」と怒鳴り散らかしていたっけ?

昔から蓮斗は私を助けてくれていた。今だって、私の気持ちに気づいて、「無理すんな」って言ってくれたんだよね?

「大丈夫!無理してないよ!」

ごめんね、蓮斗。今の私は、昔と同じ。バレないように作り笑顔を貼り付けて、〝辛い気持ち〟を隠してる。でも、これだけは嘘じゃ無いよ。

「ありがとう!」

そう言って私は教室のドアを開けた。

ガラガラという音とともに、綺月達の視線がこちらに集中した。とっさに下を向いて、歩いてしまう。

「あははは」

綺月達の笑い声が私の耳に響く。机に荷物を置くと、教科書を取り出して、机の中にしまった。蓮斗の教科書も一緒に。

先程からずっと、綺月達がこちらを見てはクスクスと笑っている。考えても、悪口を言われるような事をした覚えはなく、何も原因がわからないまま予鈴が鳴ってしまった。


『集団』

予鈴が鳴ると同時に皆がバラけて、席に座りだす。次に鳴った本鈴では、蓑束先生が教室に入ってきた。

「皆ちゃんと予鈴着席できてるな!」

そう言って、蓑束先生が教卓に荷物を置いた。

〝蓑束 研夫〟

高校生になって初めての担任で、明るく情熱のある先生で、皆からの人気も高い。

「よし!今日は少し早いが、ホームルームを始めよう!」

皆の顔がぱっと明るくなる。蓑束先生が担任のクラスは、先生の機嫌が良いと、ホームルームが早く始まり、休み時間が長くなると言われていて、今日がまさにその日だ。

「じゃあ、号令お願いします!」

「起立!」

そう言って、生徒会に所属している齋藤 佳奈が大きな声で皆を起立させた。

「礼!」

その声の後に続くようにして、皆が口を開く。

「「おはようございまーす!」」

今日は早くホームルームが始まったからだろうか。いつもより、皆の声がいちだんと大きくなっている。

「着席」


「ーーとまぁ、そう言う訳で、今日の部活動は無くなります。」

皆の顔は先程よりも更に明るくなった。その気持もわからなくもない。ホームルームが早く始まった上に、部活が無しとまで言われるのだ。先生の話でこれ程に嬉しいことは無い。

「じゃあ、そろそろホームルームを終わるか。くれぐれも、チャイムが鳴るまでは教室から出ないように!」

「「はい!」」 

その声に続くようにして、佳奈が号令をかける。

「礼!」

「「ありがとうございましたー」」

皆が号令と同時にバラけだす。いつもなら嬉しい先生の早く終わるホームルームが、今回は苦痛でたまらない。だって早く終われば終わる程、教室にいる時間が増え、綺月達の視線も気になって仕方がない。

「なにそれー」

綺月達の笑い声が窓側に座る私にも届いた。もう、笑い声すら怖くなってしまう。でも、まだわからない。本当に自分の悪口を言われているのか。昨日、凛音に避けられたように感じたのは、気のせいなんじゃないか。

私はそっと席を立った。そして静かに廊下側の席で固まって話している綺月達の元へ近づいた。そして、ゆっくりと口を開く。

「ねぇ少し聞きたいことがあるんだけど、」

思ったよりも小さい声に自分でも、驚いてしまう。でも、綺月達にはしっかりと聞こえていた。

「…」

綺月、凛音を含む周りの女子が一瞬こちらを向いては、また同じ様に話を続けた。

「ーーでさ!」

自分の声はしっかり聞こえていたはず。ならば無視をされた?

先程よりも大きな声で話しかける。

「ねぇ聞こえてるよね!」

綺月は大きなため息を漏らしたあと、言葉を続けた。

「ここ騒がしいからあっちで話さない?」

その提案に、周りにいた数人の女子が「そうだね!」っと言いながら後ろのドアへと移動する。凛音や、綺月もそれに続いて、移動した。

私はただ唖然と立ち尽くすことしかできなかった。気づくと、周りには誰もいなくて、急に「孤独」という二文字がどしんと重く肩にのしかかった。

見渡す限り、クラスの中には沢山のグループがある。スポーツ系の男子のグループ。一軍女子のグループ。少し影の薄い、でも一番楽しそうな陰キャのグループ。生徒会が集まる真面目なグループ。それぞれがそれぞれのグループに入り、自分のキャラを作り上げる。私はつい先週まで綺月や、凛音と共に、同じグループに所属していた。私は元々、陰キャ陽キャ問わず全般に仲が良かった。とても楽しくて。とても温かかった。

ふと、何かの本で読んだ言葉が頭をよぎる。 

〝人は、手の中にある幸せを「永遠」だと、錯覚する生き物だ〟

「ふっ」

思わず笑ってしまった。

あの時の私はこの本の言葉を理解することが出来なかった。それもそのはずだ。だって。その当たり前が崩れることを知らないから。でも、今日それを知った。手の中にある永遠は砂のように脆く、そして、壊れるときはとても静かに、儚く砕かれる。

楽しかったこの教室が、今ではとてもとても、怖く感じてしまう。省いている訳ではないと分かっていても、沢山のグループに分かれている中、自分だけが一人でいると、まるで集団避けされている様な気がしてしまう。あんなにも楽しかったクラスが今では恐怖に感じてしまう。あんなにも嬉しかった皆の笑い声が、今では「自分の事を笑っているんじゃないか」って怖くて震える。この感じは、小学3年生の時以来だ。


『秘密基地』

今日は本当に学校が長く感んじて、帰る頃にはどっと疲れが襲った。

帰り道は、やけに静かで更に私を孤独へと誘う。

そういえば、最近は蓮斗と帰っていたから、一人で帰るのは久々だなぁ

家まで後、十分程で着くが、私の足はある公園の前で止まった。

昔から良く来ていた小さな公園。私は気づくとその公園に入っていた。

横に二つ並ぶようにして付いているブランコ。乗るとキーと鎖の音が鳴った。昔はこんなに錆びていなかったのに、今ではボロボロになってしまっている。まるで、私の心のように。

何だか、心にぽっかり穴が空いてしまった様な。無気力で、何もやる気が沸かない。

「なんでだろうな、」

涙を堪えるのは、もう私の特技になっていた。

何か言ってしまったのだろうか。綺月や、凛音の癪に障るようなことを。悪口を言った覚えはないし、これと言って思い当たる節も無い。

もう、どうすれば良いのか分からなくて、ただ、ぼーとブランコに乗りながら公園の外を眺めていた。

そこに見慣れた姿が現れる。

「んだよ!今日は先に帰っちゃったのかよ」

不貞腐れる様にして、私の所へとゆっくり近づいてくる。

「…蓮斗」

なんでいつも辛い時に限って、来てくれるのだろう。どうして、会いたいと思った時に、絶対来てくれるのだろう。嬉しいけど、嬉しくない。だって、蓮斗と話をしたら、絶対に泣いちゃう。我慢できなくなっちゃう。全部話してしまいそうになる。だから、お願い。今だけは、私を一人にして。

「なぁ、星桜」

止めて。そんな優しい声で話しかけないで。

「何かあったの?」

お願いだから。その続きを言わないで。

「何かあったなら言えよ」

蓮斗に言ってどうなるの?困らせるだけでしょう?お願いだから。あっちに行ってよ。

「星桜!」

急に大きな声で、名前を呼ばれて驚いて、顔を上げてしまう。

「無理すんなよ、」

何で蓮斗がそんなに悲しそうな顔をするの?なんでそんな目で私を見るの?私が何かした?何も分からない。

「分からないよ!!」

気づくと、私は蓮斗に向かって怒鳴っていた。一度口を開いてしまったら、止まらない。私の意思とは反対に、口は動き続ける。

「何にも知らないくせに!私の気持ちなんてわかんないくせに!いつもいつも無理すんなって!」

違う。思ってないよ。そんなこと一ミリも思ってない。

「蓮斗に話したら何ができるの?何か変わるの?ただ、困らせちゃうだけでしょ?迷惑だって、思うでしょ?」

「星桜、」

「私だって、沢山考えた。でも、わかんなくて…どうしたらいいかわかんなくて…」

その言葉に、蓮斗は「うん、うん」と小さく頷いてくれる。

私の目からは既に、涙が溢れていた。

「私の勘違いかもしれなくて。…っ私の考えすぎかもしれなくて。だから、誰にも言えなくて…」

「うん」

「ねぇ蓮斗。」

言ってもいいのかな?私の気持ちを。困らせたりしないかな?たまには素直になっていいのかな?

そんな私の気持ちを見透かしたように蓮斗は口を開いた。

「言えよ!お前の気持ちを!」

少しの沈黙の後、私はゆっくりと口を開いた。

「…辛いよぉ、」

「星桜…」

「痛くて、悲しくて、でも、我慢しなきゃって、もう、苦しい。」

やっと、やっと本音を言えた。小学3年生の頃から溜め込んでいた私の〝辛い気持ち〟がやっと解放された。

「ごめんな。俺がついてるって言ったのに。大丈夫だって言ったのに。また、星桜が辛い目にあって。」

私は何度も何度も、首を横に振る。

違う。蓮斗は何も悪くない。

「でも、」

蓮斗は言葉を続けた。

「やっと本音を言ってくれたな」

蓮斗はきっと私が本音を話せていないことに、〝辛い気持ち〟を隠していることに気がついていた。だから、いつも私の考えてることや、思っていることが蓮斗の口から出ていたんだよね?

「蓮斗…あのね」

私は綺月達のことを蓮斗に話した。途中、話が詰まってしまった時も、蓮斗は優しく一緒に待っていてくれた。

話し終えると蓮斗は、俯いたまま、話し始めた。

「…そうだったのか、」

「ごめんね」

「なんで謝んだよ!別に、星桜悪くねぇじゃん」

「そう、だよね。ありがとう」

蓮斗はにっと歯をむき出して、幼さが残っている笑顔を私に向けた。その姿が、小3の蓮斗と重なる。

「大丈夫だ!俺がついてる!」

以前よりも背が高くなった蓮斗を見上げる。

「だから、無理すんなよ」

当たり前に聞いていた蓮斗のその言葉が、今ではすっと心に入ってきた。

ありがとう。話を聞いてくれて。いつも側にいてくれて。ありがとう。

「帰るか!」

「うん!」

先程よりも軽い足取りで、蓮斗の後を追いかけた。


家の中には誰もいないのか、とても静かだ。それが今は嬉しい。だって、絶対、目は赤く腫れている。そんな姿を見られたら、何があったのか聞かれそうだから。

「ふぅー」

リビングに入りソファーに腰掛けた。鞄からスマホを取り出す。メッセージが二十件来ていた。そんなにメッセージが入っているのは珍しくて、正直驚いてしまった。一件はお母さんから。

[これから買い物に行ってくるね!帰ってきたら、汗流してゆっくりしててね!]

時計を見ると、午後十八時を示している。お母さんから連絡が入っているのが、十七時だからあと、一時間くらいは帰ってこないだろう。お父さんはまだ仕事中だし、当分帰ってこない。そう思うとやっとゆっくりできそうだ。

「あれ?」

亞龍がいない。亞龍は私の兄で、いつもならこのリビングに居るはずだ。

私は玄関に行って靴があるかを確認する。

ーー無い。

やった!今日は部活だったんだ!ってことは今家に居るのは私だけ。良かった。

もう一度、ソファーに深く腰掛ける。

そういえば…

私はもう一度スマホの電源をつけた。

スマホにはメッセージが二十件と表示されていたはず。一件はお母さんからだったけれど、残りの十九件は誰だろう?

その疑問はすぐに解消された。通知を開くと、クラスのグループラインから来ていた。クラスと言っても女子だけのグループライン。それもカースト中位から上位の、仲のいい子だけが集められたラインだ。

私はラインを開こうとしたが、途中で開こうとする指が止まった。

怖い。もし、自分の事を書かれていたら…いや、そんなわけ無いか。だって、グループラインだよ?そんな堂々と悪口を書く人もいないだろう。そう思って、私はグループラインを開いた。

そして、すぐに開いた事を後悔する。

ーーあの、開く前の恐怖を私は甘く見ていた。


気づくと、スマホをドアの方へ投げ飛ばしていた。私は耳を塞ぐ。頭の中に綺月達の笑い声だけが響いて消えない。···それは、綺月の一つの言葉から始まっていた。

[まじ朝のはウケるわ!]

綺月は誰の事を言っているのかも、何の事かもわからない文章を送った。続いて朝、綺月と話していた数人の女子達が共感の文章を送る。

[それな!]

[がちウケたわー]

たった一人を除いて。

やはり、凛音だけは共感の文章を皆のようには送らない。

[あの真面目そうに聞いてきたときはまじ笑っちゃうかと思ったよね!]

また、綺月が会話を広げた。だが、今回はそれだけでは終わらない。

[ね?凛音?]

綺月は凛音にも共感の文章を求めた。数分遅れて凛音が返事をする。

[だね!星桜のあの顔は笑っちゃうかと思ったよ!]

[あー凛音!名前出しちゃった!]

[あれ?ダメだった?]

[いや、だって一応このグルラに星桜も入ってるからさー]

[ふーん]

その後数分の間誰もメッセージを送ることはなかったが、やはり、最初に始めた綺月が、最後まで皆の会話を終わらせない。

[まぁいっか!退出させちゃえば]

綺月のその文章に幾つかの批判の声が挙げられる。

[え?退出させるの?]

[流石にやりすぎじゃない?]

[ってか名前出した時点でヤバいよ]

グルプラインに不穏な空気が漂っている。そこに綺月が割って入った。

[うーん?じゃあさ!]

少し遅れて続きの文字が送られる。

[退出させるのがやりすぎならこのままにしとこう!で、本人がこの会話を見るか見ないかわかんないけど、見たら自分から抜けるでしょ?]

最悪な提案だ。だが、皆はこれに賛成のメッセージを送り始めた。いや、皆綺月の少しの苛立ちを、文章から感じ取ったのだろう。そこで会話は終わっていた。

涙がポロポロと落ちては足を伝って、カーペットにシミを作る。

何で?私が何をしたの?どうして私が悪口を言われているの?わからない。

蓮斗に話を聞いてもらえて、軽くなっていた心が、また重くなるのを感じた。

どの位そうしていただろう。気づくと、時計は十九時を示していた。そろそろお母さんが帰ってきてしまう。ふと、疑問が湧いた。いつも兄の部活は十八時半に終わるのに、まだ帰って来ていないのだろうか?

私はドアの方に視線を向けた。そこには、投げ付けたはずのスマホの姿が無い。胸の辺りがゾワゾワとした。

ドアを開けて、玄関を見る。兄の、亞龍の靴があった。嘘。私もしかして、あのまま寝ていたの?スマホが無いのはもしかして…

二階に繋がる階段を思いっきり駆け上がった。そして、ノックもしないで亞龍の部屋のドアを開けた。

「亞龍!それ…」

やはり、亞龍の手には私のスマホがあった。

「あー、帰ってきたらドアのとこに落ちてたからさ、」

画面が付いた状態で、亞龍はスマホを持っている。投げた弾みで少し壊れてしまったのだろうか。

「見たの?」

「ん?なにを?」

私は、亞龍の持っている私のスマホを指差して言った。

「そのライン…」

「ごめん、見ちった」

亞龍は、少し下を向いて申し訳なさそうに言う。亞龍は、そのままの状態で続けた。

「お前さ、もしかして苛められてんの?」

ズキッ

確かにその音が聞こえた。私の心に何かが刺さるような音。

「いや、ただの戯れだよ!友達同士のからかい的な?」

ケラケラと笑いながら話す。何も楽しくないのに。そうしていないと、心が保たない。

亞龍は、私よりも落ち着いた低い声で言い放った。

「なんで言わないんだよ」

「え…?」

「だから!」

亞龍が顔を上げた。その顔は怒っているような、泣いている様なそんな顔に見えた。

「なんで言わないの?嫌なら嫌って言えばいいじゃん!無理なら俺とか母さんとかに、相談しろよ!」

「でも、」

大丈夫だから。私のその言葉を遮るかの様にして、亞龍が怒鳴る。

「大丈夫じゃねぇーだろ!昨日だって!夕飯残すぐらい辛かったんだろ!」

「…」

そうだよ。辛かった。でも、相談なんて出来ないから。今の私には。蓮斗以外の人に、相談なんて出来ない。

「…蓮斗は?」

「え…?」

「蓮斗だよ。隣の家の。」

「それはわかるんだけど、蓮斗がどうしたの?」

「小3の時…」

先程までの亞龍とは、打って変わって、聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で言った。

「お前苛められてたろ、そんとき蓮斗が助けたんだろ」

驚いて「え!?」と大きな声を出してしまった。だって、何で亞龍が小3の時、私が苛められていた事を知ってるの?蓮斗しか知らないはず。

「あの時、薄っすら気づいてたんだ。お前がなんか隠してんなって」

「そう、だったんだ。」

知らなかった。私は完璧に隠しているつもりだったのに。

「でさ、偶然コンビニで蓮斗に会って。母さんが居なかったから、聞いてみたんだ…」

少しの沈黙の後、亞龍は続けた。

「星桜が苛められてんのかってさ。」

「そっか、」

蓮斗が教えたんだ。教えないでって約束したのにな。

少し落ち込んだ表情を見せた私に、亞龍が、焦ったようにして口を開く。

「でもよ、蓮斗のやつ言えないって頑なに教えてくんなくてさ、」

嘘、約束守ってくれてたんだ。嬉しくて、思わず笑ってしまいそうになる。

「まぁ、その後も毎日毎日、聞いてたら、流石にしつこかったのか、教えてくれたんだけど…」

そう言って、亞龍は悲しそうな顔をした。

「どうしたの?」

「いや、教えてくれたのがさ、俺が星桜の違和感に気づいてから、三週間ぐらい経ってからだったから…。」

「…」

どうして、そんな悲しそうな顔をするの?亞龍ってこんな感じだったっけ?

「俺はなんも出来なくて…。蓮斗が解決してくれたから良かったけど、星桜が苦しんでるときなんも話聞いてやれなくて…。」

そんな事言わないで。私が気づかれないようにしてたんだから。そんな風に思わなくて大丈夫だよ。

「俺だって兄貴だ!星桜が苦しんでたら助けてやりたかったし、力になりたかった。それで、ずっと後悔してた…」

ずっとあの頃の後悔を、引きずって過ごしていたの?私のせいでそんな気持ちをさせてしまってたの?

「あ?お前今、自分のせいでーとか思ってんだろ?」

「うん、だって事実じゃん」

「ちげーよ!んなわけねぇじゃん。…じゃなくて、蓮斗には話したのかって聞きてーの!」

「何を?」

「これ、」

そう言って、亞龍が私のスマホを指差した。

「…言ったよ。今日の帰りに、公園に寄ったの。そしたらそこに蓮斗が来て、話を聞いてくれた。」

「…そうか」

亞龍は、「はぁー」と安堵のため息を漏らした。

「そっか!蓮斗に言ったんだな!良かった。アイツならきっとお前の事を助けてくれる。」

「亞龍、」

「アイツなら…」その口調がどこか自分を責めているようで、心の底が痛むのを感じた。

「でもよ、星桜。」

亞龍の目付きが急に真剣になった。

「俺も、母さんも、父さんも、お前の味方だから。辛かったり、苦しかったらいつでも頼れよ!言えなくてもいい。ただ我慢だけはするな!一人で抱えんな!」

思わず涙がポロポロと溢れた。その姿に、亞龍が歯を見せて思いっきり笑う。

「おう!泣け泣け!思いっきり泣け!」

「うぁぁぁぁん」

小さい子みたいに、大きな声を出して泣いた。亞龍は「しょうがねぇな」と言って、背中をさすってくれる。その手がとても温もりいっぱいで、私は、人の体温はこんなにも温かいのだと気づいた。


「っは!お前っ!目、腫れすぎだろ!」

「ひど!泣けって言ってきたクセに」

その後、お母さんが帰ってくるまで、亞龍の部屋で話をしていた。途中、綺月達の話も軽くした。その度に、亞龍は真剣になって聞いてくれた。久々に亞龍と話すのがとても楽しくて、とても温かった。

「ただいまー!」

お母さんの声が下から響く。

「お!帰ってきた!」

「そうだね。下、降りよっか」

「お前はダメだ!部屋に戻れ」

「なんで?」

「だってお前、目めっちゃ腫れてんもん!そんなんで降りたら絶対何があったのか聞かれるぞ?」

まさか、そんな事を気に掛けてくれるなんて思わなかった。「俺が泣かしたみたいになる」なんて、付け足してる亞龍が面白くて、思わず噴き出してしまった。

「んだよ!」

「いや、ありがとうね」

ありがとう。亞龍。家族に話したりするのはとても怖かった。余計な心配をかけたくなかった。でも、亞龍のお陰で話すことができたよ。ありがとう。

亞龍は階段を駆け下りた。その姿を見送った後、私は、部屋の窓から外を見る。先程よりも軽くなった心を手で覆いながら、隣の家に向かって、温もりいっぱいの声で言った。

「ありがとう」

部屋は、ほんのり夕日で照らされていて、少し開けた窓の隙間から、金木犀の香りが広がっていった。


『放課後』

朝、私は自分の机の前で、唖然と立ち尽くしていた。

一番前の一番窓側の席。もう一度、自分の席で合っているか確認するが、間違えているはずがない。

私の机の上には落書きがされていた。

〝うざい〟〝調子乗んな〟〝ばか〟〝名前は可愛いのにね〟〝ブス〟

沢山の悪口。でも、私はそれが辛いとも、苦しいとも、悲しいとも思わない。だって、私には一緒にいてくれる人がいる。話を聞いてくれる人がいる。味方がいる。それだけで、こんな落書きは軽く思えた。

落書きは、シャーペンか何かで書かれていて、消しゴムで擦るとすぐに消すことができた。私が消しゴムで落書きを消していると、後ろの方から笑い声が聞こえた。

私の表情を思い浮かべて、面白がっているのかな?残念、私はあなた達が思っている様な、辛い顔はしてないよ。むしろ、笑える。こんな落書きで何ができるの?言いたいことは正々堂々と直接言いなよ。でも、あなた達にはそれができないから。こんな落書きや、集団避けや、無視で私を痛めつけようとしてる。ホント笑えてくる。今まで、辛いとか、苦しいと思っていたのが嘘みたい。

でも、その頃の私は、気づいていないだけだった。その笑える様に思えてきたのは、自分の心の限界だって事に。


「今日は、部活動、委員会活動のない者はすぐに帰るように!」

担任の蓑束先生が、大きな声で言った。気づけば、もう帰宅の時間で、今日は学校が流れるように過ぎ去った。相変わらず、綺月や凛音には無視をされながら。

「また明日ねー」

ホームルームが終わると同時に、皆一斉にバラけだした。静かに一人帰る者。集団で帰る者。少し話してから帰る者。部活や、委員会で急いで出て行く者。

トイレから戻ってくると、教室にはもう誰もいなかった。

窓からは夕日が差していて、誰もいない教室をほんのりと照らしている。私はキラキラと光る夕日を横目に、自分の席へと向かった。一番前の一番窓側の席。席替えをしてから、この席に座り始めて、一ヶ月が過ぎようとしている。

自分の席に着くと、椅子を引いて座る。教室にはギーっと低い音が鳴り響いた。

目の前にある自分の机は、周りの机に比べて少し黒ずんでいる。机の端に書かれた「うざい」の文字。指で擦ると、簡単に消えた。

「…辛いなぁ」

夕日が差し込む教室。私の席は、夕陰なっていて、薄暗い。

何で、こんな事になってしまったのだろう。私は、確かに楽しい高校生活を過ごしていた。何がきっかけかもわからず、気づけば無視をされ、悪口を言われ、落書きをされ、クラスに私の居場所が無くなった。

でも、話を聞いてくれる人がいた。味方がいた。辛いって言えた。

なのに、心はまだ泣いている。泣き止むことはない。私はまだ、何かを求めている。

沢山、慰めてくれた。沢山、話を聞いてくれた。沢山、泣いた。それでも、足りない。私の心がパズルのようにバラバラになってゆく。一度、バラけてしまったら、戻すのにはとても時間がかかってしまう。だから「私」は、そのパズルが崩れないよう我慢する。耐えて耐えて、いつか忘れた頃に、もう一つの試練がくる。それを何回も、何回も繰り返した。最後の試練は、とても辛くて、あと少しで「私」のパズルは崩れてしまいそう。

あんなにも、誰かに話を聞いて欲しかったのに。あんなにも、誰かに味方になって欲しかったのに。あんなにも、孤独が嫌だったのに。

今はただ、誰にも近寄ってほしくない。誰にも話しかけられたくない。なんて、自分勝手で、自己中心的なんだろう。

でもね。「私」のことは、私が一番知ってるから。これ以上、誰かと話したり、自分の気持ちを言ってしまったら、自分に「これが現実だよ」って言い聞かせるみたいで。それを知ってしまったら、パズルが壊れてしまう。何もかも崩れて、跡形もなく消えてしまうから。だから、私は我慢する。蓮斗にも、亞龍にも、申し訳ないけど、 また元の私に戻ってしまう。〝辛い気持ち〟を隠した私に。我慢をして、表には素直な気持ちを出さない私に。

でも、これは「私」のため。「私」がこれ以上壊れないように。「私」の中のパズルを守るために。

私は、オレンジに染まった空を見上げる。

「ごめんね、」

私の目からは涙が静かに溢れた。

沢山、沢山ごめんと思う。私のせいで、要らない後悔をさせてしまってごめんね。あんなにも話を聞いて、助けてくれていたのに、あなた達の優しさに応えられなくてごめんなさい。

夕日が差していた教室は、いつの間にか薄暗くなっていて、その静けさに安心する。

涙を乱暴に拭うと、作り笑顔を浮かべた。

ほのかに金木犀の香りが残った静かな教室に、私の心のパズルが一つ、崩れ落ちる音がした。

ここまでお読みいただきありがとうございました!急に始まってしまった苛め、星桜(せいら)の過去から始まりました。「続きが気になる!」「面白かった!」と思ってくださったら、ぜひ下にある【ブックマーク登録】や【評価(☆☆☆☆☆)】を押して応援していただけると、執筆の励みになります!感想もお待ちしております!

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