表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

第8話:魔王城が会社すぎて嫌な記憶が蘇る

 風が、止んでいた。


 ホワイトは、その場に座り込んだまま、動けなかった。


 石の道の上に、涙の跡が残っていた。レートとサビスが消えた空間を、ずっと見ていた。


「……レート」


 声が、割れていた。


 亮は何も言わなかった。コーポも、ノワールが立っていた場所を静かに見ていた。


 闇の海の波が、打ち寄せた。


 そのときだった。


 突風が、吹いた。


 前触れもなかった。ただ、強い風が一方向から吹いてきて、全員の髪と衣を揺らした。


 闇の海の向こうから、何かが来た。


 オーラだった。


 黒いオーラが、波を割るように近づいてくる。その密度が、さっきのサビスとは比べ物にならなかった。空気が重い。息をするだけで、肺に圧力がかかるような感覚だ。


 人影が、現れた。


 サビスだった。


 しかし、さっきのサビスではなかった。全身から溢れ出すオーラが、体の輪郭を曖昧にするほどだった。目が、赤く光っている。


「……まさか」


 コーポが、声を漏らした。


「生きて……戻ってきた……?」


「ああ」


 サビスが答えた。


 その声は、落ち着いていた。さっきより、ずっと落ち着いていた。


「レートは無事だ。俺が転移した先に置いてきた」


 ホワイトが顔を上げた。


「レートは……無事、なのか」


「ああ」


 ホワイトの肩から、力が抜けた。


 サビスは亮を見た。


「俺には、スキルがある」


 静かな声だった。


「死ぬと、強くなる」


 誰も言葉を返さなかった。


「爆発で死んだ。そして戻ってきた。今の俺は、さっきより遥かに強い」


 サビスがゆっくりと前に出た。


「これならお前にも勝てる……!」


 亮はサビスを見た。


 確かに、さっきとは違う。オーラの圧力が、肌に触れるだけで分かる。


 サビスが踏み込んだ。


 拳が、亮の腹に叩き込まれた。


「…………」


 亮は、下を見た。


「……ちょっと痒いんだけど」


 サビスの顔が、歪んだ。


「なぜだ……これだけの力で……!」


「痒い、というか、くすぐったい感じですね」


「くすぐったい……!?」


 サビスが連続で拳を叩き込んだ。亮は特に避けもせず、ただそこに立っていた。


「……うーん」


 亮は少し考えた。


 やめてほしい、と思った。くすぐったいのは、あまり好きではなかった。


 亮は右手を、ゆるく横に振った。


 サビスの体が、吹き飛んだ。


 今度は闇の海の方向ではなく、崖の上、空の方向へ。弧を描いて飛んでいって、遠くの荒野に落ちた。土煙が、遠く上がった。


「……」


 そのとき、空が変わった。


 魔王城の方向から、黒い雲が広がってきた。さっきまでの赤みがかった空が、みるみるうちに覆われていく。雷が走った。低い唸りのような音が、遠くから響いてきた。


「……魔王が、動き出した」


 コーポが、静かに言った。


 ホワイトが立ち上がった。膝の汚れを払って、剣の柄に手をかけた。


「行くぞ」


 誰も異論を言わなかった。



 魔王城への道は、《搾取玉》が開いた通路を渡ることで続いていた。


 城門をくぐった瞬間、全員の足が重くなった。


 城の中は、予想と違った。


 石造りの廊下ではなく、どこかで見たような光景だった。蛍光灯の光。整然と並んだ机。積み上げられた書類の山。壁には「目標達成率」と書かれた巨大な表が貼られていた。数字の列が、床から天井まで続いている。


「……なんだここ」


 亮はつぶやいた。


「魔王城です」


「……どう見ても会社じゃないですか」


「魔界のブラック企業、とでも言うべき場所です」


 コーポが淡々と答えた。


 廊下の奥から、魔王兵が走ってきた。大量だった。甲冑を着ているが、全員が書類の束を抱えている。目の下にクマがある。肩が落ちている。


「侵入者ゾス!!」


「排除するゾス!!」


 魔王兵たちが突進してきた。


 亮は歩き続けた。


 魔王兵が、次々と吹き飛んだ。亮がすれ違うたびに、なぜか全員が壁に叩きつけられて動かなくなった。亮は特に何もしていなかった。ただ歩いていただけだった。


「……」


 ホワイトが立ち止まった。


「佐藤さん、何かしましたか」


「いや、何も」


「何もしてないのに……」


「歩いたら吹き飛びました」


「……」


 コーポが、ホワイトに小声で言った。


「この人、世界の理を壊してない?」


「……俺もそう思ってた」


 ホワイトが小声で返した。


 亮は気づいていなかった。


 廊下を進むにつれて、書類の量が増えていった。壁も床も天井も、書類で埋め尽くされている箇所があった。ファイルの背表紙に「残業申請却下」「有給消化禁止通達」「ノルマ未達成始末書」と書かれていた。


「……」


 亮は黙って歩き続けた。


 やがて、巨大な扉の前に出た。


 黒い扉だった。高さは十メートルを超えている。表面に魔法陣のような紋様が刻まれていて、鈍い赤い光を放っている。重さだけで、人を押しつぶすような圧迫感があった。


 扉が、ゆっくりと開いた。


 内側から、開いた。


 広い部屋だった。


 天井が見えないほど高い。床は黒い石で、足音が大きく反響する。奥に、一脚の椅子があった。椅子の背もたれが、まるでマントのように広がっている。


 その椅子に、一人の人物が座っていた。


 黒いスーツ。目は赤く光っている。立っていないのに、ただそこにいるだけで、空気が変わった。


 その人物が、ゆっくりと立ち上がった。


「来たか」


 低い声だった。落ち着いていた。怒鳴らない。ただ静かに、しかし確かな重さを持った声だった。


「エターナル・ブラック・カン・パーニ」


 魔王が、名乗った。


 それからゆっくりと亮を見た。


 亮の金色の髪を、じっと見た。


「貴様……その金髪……」


 わずかに、目が細くなった。


「まさか伝説の……"超残業戦士"か……!」


 亮は少し考えた。


「……超残業戦士って何ですか」


「……知らぬのか」


「知らないです」


 魔王が、また黙った。


 ホワイトが剣を抜いた。コーポが杖を構えた。


 亮は魔王を見た。


 魔王は亮を見た。


 お互いに、何も言わなかった。


 しばらくの沈黙の後、亮はぼそりとつぶやいた。


「……早く終わらせて、寝たいんですけど」


 魔王の目が、かすかに動いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ