表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

第7話:裏切りの刃と、社畜の新たな覚醒

 魔王の城が、見えた。


 丘の上に立った瞬間、全員が足を止めた。


 遠く、地平線の向こうに、それはそびえていた。黒い。ただ黒い。空の色より深い黒で、夜の闇にさえ輪郭がはっきりと浮かんでいる。尖塔がいくつもあり、頂点には赤い光が灯っている。近づく者を拒むような威圧感が、ここまで伝わってきた。


「……あれが魔王城か」


 ホワイトが、静かな声で言った。


「はい」


 コーポが答えた。


「ただし、直接向かうことはできません」


「何かあるのか」


「あれを見てください」


 コーポが、城の手前を指した。


 城と丘の間に、黒い海が広がっていた。


 海、と呼ぶには異質だった。水ではなく、黒い靄のようなものが液体のように揺れている。波が立つたびに、暗い光が滲んだ。底は見えない。触れたら何が起きるか、想像したくなかった。


「闇の海です。あれを越えなければ、魔王城には辿り着けません」


「越える方法は?」


「……実は、持っています」


 ホワイトが懐に手を入れた。


 取り出したのは、小さな玉だった。


 握りこぶしほどの大きさで、表面が鈍く光っている。赤みがかった、くすんだ光だ。何かが内側で渦巻いているような、重たい輝きだった。


「《搾取玉》です」


「搾取玉」


 亮は繰り返した。


「世界中の人々から搾り取られた労働エネルギーが凝縮されたものです。これを闇の海に投じることで、道が開けると言い伝えられています」


「……ずいぶんと物騒な名前ですね」


「そうですね」


 コーポが淡々と答えた。


 亮は搾取玉を眺めた。何か言いたいことがあったが、言葉にするのが面倒になってやめた。


「まあ、行きましょうか」


 全員が、崖の縁に向かって歩き出した。



 ──闇の海の縁は、冷たかった。


 風もないのに、体の芯から冷えてくる。波が打ち寄せるたびに、黒い靄が足元に絡みつくような感覚がある。


 ホワイトが《搾取玉》を両手で持ち、天へと掲げた。


 風が、止んだ。


 玉の内側で、赤い光が揺れている。世界中から搾り取られた何かが、その小さな球体に凝縮されている。誰も喋らなかった。ただ、その光を見ていた。


 光が、だんだんと強くなっていった。


 最初は鈍い赤みだったものが、次第に深みを増していく。玉が微かに振動している。波のように脈打つたびに、闇の海の表面が応えるように揺れた。まるで、呼応しているようだった。


 どれほどそうしていたか。


「あのー……まだかかりそうですかねー?」


 痺れを切らした亮が尋ねると、ホワイトは辛そうに笑顔を浮かべる。


「はい! もう少しかかります!」


「そ……そうですか」


 亮は暇つぶしに、その道の端を覗き込んだ。


 深い。どこまでも深い。黒い靄が渦を巻いていて、底が全く見えなかった。思わず身を乗り出すと、めまいのような感覚が来た。


 亮は少し後ろに下がろうとした。


 そのとき、ノワールが動いた。



 ホワイトの背後に、剣が迫っていた。


 誰も、気づいていなかった。コーポは道の先を見ていた。レートは足元を確認していた。ホワイトは前を向いていた。


 亮だけが、偶然、振り返った。


 振り返ったというより、後ろに下がろうとしてバランスを崩した、というのが正確だった。


 よろけた体が、ホワイトの方向に傾いた。


 ノワールの剣が、ホワイトではなく、亮の道着を切り裂いた。


 ざ、と音がした。


 道着の胸元が、大きく裂けた。


「……佐藤さん!?」


 ノワールが、息を呑んだ。


 亮は自分の胸元を見た。道着が、深く裂けている。


「……また破けた」


 亮はため息をついた。


 しかし次の瞬間、何かが変わった。


 体の内側から、熱が来た。


 今までとは違う熱だった。《残業散過服オーバードライブ》が反応するときの、あの静かな上昇ではない。もっと激しい。もっと深いところから来る熱だ。


「……ノワール」


 ホワイトが、震える声で言った。

 その隣で亮はブルブルと全身を震わせている。


「お前……なぜ……」


 ノワールは答えなかった。


 少しの間が、あった。

 ゆっくりと、黒い鎧が剥がれ落ちた。その下から現れたのは、全く別の装束だった。魔王軍の紋章が刻まれた、暗い紫の衣だった。


「……俺の名前はサビスだ」


 静かな声だった。


「サビス・ザンギョー・アビスロード。三天王その三。それが俺だ!ホワイト!」


「お前は……ずっと俺達を騙していたのか!?」


「ああ、隙を待っていた。お前たちが魔王城に近づけないよう——それが、俺の仕事だった」


「ノワール……お前は……ずっと……」


 ホワイトが膝をついた。

 その隣で亮はブルブルと全身を震わせている。


「……そんな……」


 ホワイトの肩が震えていた。涙が、石の道に落ちた。


 その時だ。

 さきほどからブルブルと全身を震わせていた亮の体から、光が漏れ始めた。


 金色だった。しかし今までの金色とは違う。もっと鋭く、もっと密度が高い。空気が震えるような圧力を持った光だった。


 髪が逆立った。

 金色の光が、さらに輝きを増した。これまでとは、明らかに違う。オーラが体の表面から溢れ出して、周囲の空気を揺らしている。闇の海の波が、その圧力に押されて後退した。


「……!」


 コーポが後退りした。レートが目を覆った。ホワイトが、その光を正面から受けながら、動けなくなっていた。


「佐藤さん……アナタは……俺のために……」


 サビスはその様子を一瞥して、また亮を見た。


「凄まじい仕事力だ……だが、驚きはしない。最初から……俺が勝てないのは分かっている」


 静かな声だった。


「だから、こうする」


 サビスの全身が、膨らみ始めた。


 異様な膨張だった。体が、風船のように、内側から何かに押されるように広がっていく。全身から黒いオーラが溢れ出して、周囲の空気が歪んだ。


「触れたら爆発するぞ」


 サビスが言った。


「あと1分……お前たちも道連れだ」


 誰も動けなかった。


 そのとき、レートが振り返った。


 ホワイトを見た。


 その目に、何かが宿っていた。


「……ホワイト様」


 レートが、静かに言った。


「好きでしたわ」


「え……」


「ずっと、言えなかったんですけど」


 レートは微笑んだ。


「今なら言えますわ」


「レート、何を──」


 レートが呪文を唱えた。


 ルーラ。


 次の瞬間、レートとサビスの姿が、その場から消えた。


 静寂が、落ちた。


 ホワイトが、その場に崩れ落ちた。


「レート……! レート……!!」


 声が、割れていた。


 闇の海の波が、静かに打ち寄せた。


 亮は、レートたちが消えた空間を見ていた。


 何も言えなかった。


 金色の光が、ゆっくりと、静かに収まっていった。


 ホワイトの嗚咽だけが、闇の海の縁に響いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ