表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

第6話:社畜、精神攻撃に無傷で三天王を泣かせる

 夜の闇の中に、二つの人影があった。


「……ヘルワークが倒された」


 影が、静かに言った。


「分かっている」


 答えた声は、低く、落ち着いていた。


 パワ・ハーラ・オーバーロードは、窓の外に広がる荒野を眺めながら、ゆっくりと振り返った。目の下に刻まれた疲労の跡が、蝋燭の灯りに照らされて揺れている。


「あの男と真正面から戦っても、勝ち目はないだろう」


 影が言った。


「……そうだな。だが、私は正面から戦うつもりは毛頭ない」


「何か策があるのか……」


 パワ・ハーラは、かすかに口の端を持ち上げた。


「精神攻撃だ」


「……精神攻撃」


「カーロを倒した者であろうと、私の歌声には耐えられまい」


 影は何も言わなかった。


「精神など、砕けばいい」


 パワ・ハーラは静かに、しかし確かな自信を持って言った。


「……好きにしろ」


 影が踵を返した。その背中が、闇に溶けていく。


 パワ・ハーラは再び窓の外を見た。


 遠くの空が、かすかに赤かった。



 ──パワ・ハーラの城は、小高い丘の上に建っていた。


 灰色の石造りで、窓が少なく、どこか息が詰まるような圧迫感がある。門の前に立っただけで、全員の足が少し重くなった。


「……ここか」


「はい。気をつけてください。パワ・ハーラの力は特殊です」


 コーポが言った。


「どう特殊なんですか」


「詳細は不明ですが……精神に干渉する力があると聞いています」


「精神攻撃、ということですか」


「おそらく」


 重い扉を押し開けると、石畳の廊下が続いていた。松明が等間隔に並び、壁に歪んだ影を落としている。足音が響くたびに、どこか遠くで小さな反響が返ってきた。


「……静かすぎますね」


 コーポが低い声で言った。


「罠か?」


 ノワールが斧の柄に手をかけながら言う。


「分からない。でも、用心は必要です」


 亮は黙ったまま廊下を進んだ。静かすぎる、というのは確かだった。生き物の気配がない。空気だけが、重く沈んでいる。


 廊下の突き当たりに、大きな扉があった。金具が錆びている。取っ手に手をかけると、軋んだ音を立てながらゆっくりと開いた。



 広間は広く、薄暗かった。


 天井が高く、蝋燭の灯りだけが壁沿いに並んでいる。足音が石の床に響いて、反響する。


 奥に、一人の人物が立っていた。


 細身で、中背。目の下に深いクマがある。両腕を後ろで組んで、こちらをじっと見ていた。


「来たか」


 パワ・ハーラが言った。


「お前たちが勇者一行か」


「そうだ!」


 ホワイトが前に出た。


「パワ・ハーラ! お前の悪行も今日で終わりだ!」


「……悪行」


 パワ・ハーラは、かすかに笑った。


「仕事とは夢……会社とは理想郷……夢と理想を世界に広げようとする我らの行いを悪行と断ずるか……勇者よ!」


「当然だ!日々の仕事に追われる世の中には、断じてさせない!なぁ!みんな!」


 ホワイトの声に、コーポは杖を握りしめ、レートは強く頷き、ノワールは斧を構えた。


「……そうか。では始めようか」


 一歩、踏み出した。


「絶望と後悔に抱かれて……死ぬがよい!!」


 その瞬間、聞こえてきた。


 歌だった。

 低く、しかし広間全体に染み渡るような歌声だった。


「だん だん 声がぁ出ぇなぁくぅなる そんのぉ険しい笑顔(えっがぁおぉ)に 言えないぃ本音ほーんねから抜けぇ出せぇないぃ ブレイキング・ハーツ」


 ホワイトが、顔をしかめた。


「っ……なんだ、これは……」


 コーポが額を押さえた。レートが一歩、後退した。影が奥歯を噛んだ。


「頭が……!」


「なぜか……胸が……!」


 歌声が続くにつれて、四人の顔色が変わっていった。ホワイトの剣を持つ手が、わずかに震え始めた。

 だが、ホワイトの目に宿る光は失われていない。


「言いたいことも……言えない!!」


 ホワイトは立ち上がる。


「そんな世の中じゃ!!」


 そんな時だ。

 パワ・ハーラが、また歌い始めた。


「へっちゃらー! へっちゃらー! 胸がぁ動悸、動悸するぅけぇどぉ……?」


 ホワイトが、胸に手を当てた。


「ぐっ……!」


 コーポが膝をついた。レートが口を押さえて、うつむいた。影が壁に手をついた。


「……っ」


 一人ずつ、膝をついていった。


 亮はそれを眺めていた。

 歌詞が途中で終わっていた。「動悸するけど……?」で、声が途切れていた。


 ……なんか、言葉が続かなかったのか。


 亮はぼんやりとそう思った。

 パワ・ハーラが深く息を吸った。


 パワ・ハーラが、深く息を吸った。


「時にぃ 埋もれたぁ…… 記憶の彼方ぁ…… そうさ、僕たちは 天使だった──」


 ホワイトが、倒れた。

 コーポが、崩れ落ちた。

 レートが、その場に膝をついたまま、動かなくなった。


 影が、壁に背を預けて、ずるずると座り込んだ。


 広間が、静かになった。


「…………」


 パワ・ハーラが、亮を見た。


 亮は、腕を組んだまま、立っていた。


「……あ、この曲も知ってる」


 亮はつぶやいた。


 パワ・ハーラの目が、細くなった。

 しばらく、何も言わなかった。


「……お前は」


「ん?」


「なぜ……お前は平気なのだ?」


「え?」


「私の歌が届いていない」


 亮は眉をひそめた。


「人間が私の歌を聞けば……心に深い傷を負うはずだ……なぜ……お前は正気を保っていられる」


 亮は、黙った。

 広間に、沈黙が落ちた。

 蝋燭の炎が、揺れた。


 亮はしばらく、石の床を見ていた。

 それから、口を開いた。


「あの替え歌みたいなやつか?すまない。正気を失うほどののものではなかったぞ」


「何だと……まさか……お前……すでに正気を……」


 パワ・ハーラは後退りする。


「……有り得ない。なぜ……なぜ……人間如きが……魔王様と同じ目ができる!!」


 パワ・ハーラの額から汗が滝のようになって流れ始める。


「お、おい……大丈夫か?」


 パワ・ハーラは取り出したモノクルを装着すると、ブツブツと呟く始める。


「ば……馬鹿な……たかが人間の仕事力が……80,000……90,000……100,000……まだまだ上がっていく……だと」


「仕事力?」


「仕事力……180,000……まだ仕事もしていないのに、何というパワーだ」


「だから、仕事力ってなんだよ」


「お前は……いったいどれだけの経験をしてきた!たかが人間がどうやって、その仕事力を身につけた!」


「え、えっと……?」


「長い年月、それこそ週休2日!8時間勤務を続けていなければたどり着けない仕事力……!」


 パワ・ハーラは瞳で問いかける。

 亮はこれまでの経験を言葉にした。


「8時間労働は休日だけだな。それ以外は18時間勤務だ」


 それから、彼は日本での経験を語る。

 亮が話し終えると、広間はまた静かになった。


「…………」


 パワ・ハーラは、何も言わなかった。

 その目が、ゆっくりと潤んでいくのが見えた。


「……お前も」


 かすれた声だった。


「……お前も、聞いたことがあったのか、心が折れた時の……あの音を……」


 亮は答えなかった。


「私は……ずっと、一人だと思っていた」


 パワ・ハーラの目から、涙が流れた。


「誰も……分かってくれないと……思っていた……」


 その体が、光り始めた。


 感情が溢れるほどに、力が漏れ出していくような光だった。


「……っ」


 爆発した。


 静かな、しかし確かな爆発だった。パワ・ハーラの体が光の奔流に包まれて、広間の壁を突き破り、城の外へと消えていった。


 その余波が、亮の道着を掠めた。


 ぴり、と音がして、肩の布が裂けた。

 どこからともなく、道着が再生した。


 広間に、静寂が戻った。

 倒れていたホワイトが、ゆっくりと身を起こした。


「……佐藤さん」


「……なんですか」


「今、何を話してたんですか」


「……別に」


 亮はそっぽを向いた。


「大したことじゃないですよ」


 ホワイトは何か言いかけて、やめた。


 コーポが静かに立ち上がった。レートが目を拭いた。影が無言で壁から離れた。


 城の外から、遠く、風の音が聞こえてきた。


 亮は出口に向かって歩き出した。


「……行きましょうか」


 誰も、何も言わなかった。


 ただ、全員が、亮の後に続いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
♬ちゃーらー へっちゃらー…アタマ からっぽのほうがー…(有給休暇取ってノンビリするっていう)ゆめ詰め込めるー…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ