第4話:社畜、道着とスラックスで旅に出る
しばらく、荒野は静かだった。
亮は「どこ行けばいいんだ」と言ったまま、返事を待っていた。四人はまだ固まっていた。
「……あの」
「はっ」
ホワイトが我に返った。目をぱちぱちさせて、亮を見て、地平線を見て、また亮を見た。
「す、すみません。えっと……」
そのとき、亮の頭の中で、何かが鳴った。
てれってれってってー。
「……」
聞いたことがある音だった。どこで聞いたかは、すぐに分かった。昔、友達の家でやらせてもらったゲームの中で、よく聞いた音だ。
レベルアップのときの音だ。
なんで今そんな音が、と亮が思った瞬間、視界の端に何かが浮かんだ。
半透明の、青白い枠だった。
亮は目を細めた。
枠の中に、文字が並んでいる。名前、レベル、HP、MP、攻撃力……どう見ても、ゲームのステータス画面だった。しかも、自分のものらしかった。
「……なんだこれ」
「え? どうかしましたか?」
ホワイトが首を傾げた。亮は「いや、何でもない」と手を振った。他の人には見えていないらしい。
ステータス画面の中の数字が、ぐんぐんと上がっていた。
レベルの欄だ。
1、2、3……止まらない。10、20、30……どんどん増えていく。亮はその数字をぼんやりと眺めた。
「……なんか数字がすごい勢いで上がってる」
50、60、63、64、65──
67。
ぴたり、と止まった。
「……67?」
亮は首を傾げた。
「なんで67で止まるの」
キリのいい数字でもない。特別な意味がありそうな数字でもない。なぜ67なのか、まったく分からなかった。
ステータス画面の下の方に、新しい項目が追加されていた。
スキル欄だ。
そこに、一行だけ文字が並んでいた。
《残業散過服》
亮は読んだ。もう一度読んだ。
効果の説明文が、その下に続いていた。淡々とした、事務的な文体だった。まるで就業規則の一文みたいな書き方だ。
──上着が破損した際、自動的に道着として復元される。破損のたびに着用者の戦闘力が上昇する。
「……道着」
亮はつぶやいた。
「オラ、道着なんて着てないけど」
そう思いながら自分の上半身を見下ろした亮は、一秒ほど固まった。
道着を着ていた。
いつの間にか、上半身が白い道着に変わっていた。下はスーツのズボンのままだ。どこからどう見ても、道着とスラックスの組み合わせだった。
「……」
亮はもう一度、説明文を読んだ。「破損のたびに戦闘力が上昇する」という部分を、三回読んだ。
「……さっきの爆発で破けたから、これになったのか」
なんとなく納得はできた。納得はできたが、釈然とはしなかった。
「……まあ、いいか」
亮はステータス画面を閉じた。閉じ方は分からなかったが、意識を向けるのをやめたら消えた。
顔を上げると、四人がこちらを見ていた。
「あの……」
最初に口を開いたのは、ホワイトだった。
彼は亮の前に進み出て、深く、深く、頭を下げた。
「お願いします!」
続いて、コーポ、レート、ノワールの三人も同じように頭を下げた。
「ぜひ、僕たちと一緒に旅をしてください!」
亮はしばらく、その光景を眺めた。
「……いやいや」
「お願いします!!」
「自分、帰りたいんですけど」
「帰る場所は……その、後ほど考えましょう! まずは──」
「後ほどって何ですか」
亮はため息をついた。
ホワイトが顔を上げた。真剣な目だった。まっすぐすぎて、少し眩しいくらいだ。
「今、この世界は魔王軍に侵略されています」
ホワイトが話し始めた。
魔王軍が世界中に広がっていること。各地が黒い闇に包まれ、人々が苦しんでいること。四天王を全員倒さなければ、魔王城には辿り着けないこと。さっき倒れた男は四天王の一人で、残りはまだ三人いること。
亮は黙って聞いた。
話の規模が大きすぎて、実感がなかった。自分には関係ない話だな、と思いながら聞いていた。
「……だから、お願いします。あなたの力が必要なんです」
ホワイトが言った。
亮は荒野を見渡した。赤みがかった空、岩だらけの大地、どこまでも続く荒涼とした景色。
帰り方が分からない。どこに向かえばいいかも分からない。一人でこの荒野に立っていても、どうにもならない。
それに、あの四人は一生懸命だった。頭まで下げてお願いしてきた。撮影か何かは知らないが、そこまでされると、邪険にするのも何だか気が引ける。
……まあ、帰る方向が分かるまで、演技の練習ぐらいに付き合うか。
亮は少し考えた。
「……まあ、いいか」
「えっ」
「少しだけ付き合いますよ」
ホワイトの顔が、ぱっと明るくなった。コーポが小さく目を細めた。レートが「よかったですわ!」と声を上げた。ノワールだけが、静かに亮を一瞥して、また前を向いた。
「ありがとうございます! 絶対に後悔させません!」
「後悔させないって言葉、前の会社でも聞いたんですよね」
亮はぼそりと言った。
「え?」
「……何でもないです」
亮はもう一度、空を見上げた。
どんよりとした赤い空が、広がっていた。日本の空とは全然違う。
でも、まあ。
「……いいか」
亮はつぶやいて、歩き出した。




