第3話:金髪になったら強くなった気がする
静寂が、荒野を包んでいた。
赤みがかった空の下、砂埃が風もないのにゆっくりと漂っている。勇者パーティの四人は、誰一人として声を出せなかった。
亮の髪が、完全に金色に変わっていた。
先ほどまでのくすんだ光ではない。もっと鮮やかで、もっとまっすぐな光だ。根元から毛先まで、ムラひとつなく輝いている。重力に逆らうように、かすかに逆立っていた。
ホワイトが、息を呑んだ。
コーポが、目を細めた。
レートが、口元を押さえた。
ノワールが、後退りした。
カーロ・ウーシ・ディザスターが、初めて足を止めた。
「…………」
亮は、自分の手のひらをぼんやりと見ていた。
「……あれ、オラ……なんか髪、軽くね?」
誰も答えなかった。
「てか、なんで光ってんの……?」
全員が「えっ?」という顔をしていた。
亮は少し首を傾げて、今度は手の甲を見た。金色の光が、皮膚の上を静かに流れている。触ってみると、熱くもなく、冷たくもなかった。ただそこにある、という感じだ。
「……まあ、いいか」
亮はため息をついた。
「ゾス!!」
カーロが叫んだ。
その声は、荒野の端まで響いた。地面が振動するほどの気合いだった。
「ゾス! これで終わり!!」
カーロの右拳が、亮の顔面に向かって飛んだ。
音速を超えていた。空気が断ち切られ、衝撃波が周囲の岩を砕いた。レートが思わず目を閉じ、ホワイトが息を止めた。直撃すれば、山が半分吹き飛ぶ威力がある──それが、この男の全力だった。
ドン。
鈍い音がした。
拳が、何かに当たった音だった。
「…………」
亮は、右手を頬のあたりで止めていた。
止めた、というより、自然と手が動いていた。何かが当たりそうな気がした、というよりも、当たった気もしなかった。ただなんとなく、手がそこにあった。
「……ん? 今なんか当たった?」
亮はきょとんとして、自分の手のひらと、その手のひらにめり込んでいる拳を交互に眺めた。
「風……? いや違うな……」
触感としては、飛んできた新聞紙くらいの感じだった。あ、くらいは思った。でも別に何でもなかった。
四人の心の声が、ほぼ同時に叫んだ。
(いや完全に殴られてたよ!?)
(殴られてた!! 完全に!! あの必殺パンチが当たってた!!!)
(眉ひとつ動かなかった……!)
(受け止めてすらいない。無意識だ。この人、無意識に受け止めた……)
カーロ自身は、自分の拳が止まっていることに気づくのに、一秒かかった。
それは彼の人生で、最も長い一秒だった。
「な……なぜ効かない……!?」
低い声だった。さっきまでのハイテンションが、はじめて揺らいでいた。
「え、効くって何が?」
亮は、純粋に不思議そうな顔で言った。
嫌みでも挑発でもなかった。本当に、何が効いていないのか分かっていなかった。
カーロが一歩引いた。
その目に、微かに怯えが宿った。
それを見た亮は、少し困ったような顔をした。撮影かコスプレかは分からないが、このまま突っ立っているのも何だか申し訳ない気がしてきた。
「……あの、なんか、ここにいると邪魔ですか?」
「ゾス……!」
「邪魔ならちょっと端に寄りますけど」
「ゾス……!!!!!!!」
カーロの全身から黒いオーラが噴き出した。岩が浮き上がり、地面が亀裂を走らせた。亮の金色の光とぶつかって、荒野に強烈な風が吹き荒れる。レートとコーポが思わず後退り、ホワイトが剣に手をかけた。
「もうやめろゾス……! こんな奴! さっさと──」
カーロが吠える。
亮は少し考えた。
……とりあえず、やめてほしいな。
そう思ったとき、亮は右手を軽く振った。
拳を握るわけでもなく、力を込めるわけでもなく。飛んできたハエを払うような、本当にただそれだけの動作だった。
ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。
空気が、鳴った。
亮の手のひらから、何かが放たれた。見えたのは一瞬だけだ。金色の光の尾が、ほんのわずかに流れた。
次の瞬間、カーロ・ウーシ・ディザスターの姿が、荒野から消えていた。
全員が硬直した。
「……オラ、何かやっちゃいましたか?」
亮は、少しだけ不安そうに言った。
遠い地平線のはるか向こうに、小さな光が消えていくのが見えた。
ホワイトが、震える声でつぶやいた。
「……魔王軍……最強が……一撃……?」
「え? あの人、ただ帰っただけだよね?」
亮は首を傾げた。
「……帰っただけじゃ……ないと思います……」
コーポが、静かな声で言いながら、地平線を見つめていた。その目が、普段よりも数倍、見開かれていた。
「……え、でも、ちょっと触れただけですよ?」
「そのちょっとが……」
ノワールが呟いて、言葉を失った。
レートが、口元を覆った手を外した。その顔は完全に蒼白だった。
「う、嘘でしょ……四天王最強が……ひとつまみに……」
「ひとつまみとは何ですか」
亮は少し傷ついた顔をした。
荒野に、風が吹いた。
砂が舞い、金色の光がそれに混じって流れていく。亮は改めて自分の手のひらを見た。光は、まだそこにあった。ゆっくりと、穏やかに揺れていた。
「……なんか、髪が光ってるのって直らないのか……」
亮はもう一度、頭の上に手をやった。金色の髪は、触れるとさらさらとしていた。悪くない感触だな、とは思った。
「……まあ、いいか」
それより今夜の寝る場所を探さないといけない。
亮は周囲を見渡した。
荒野が広がっていた。どこを見ても、荒野だった。
「……どこ行けばいいんだ、ここ」
四人は、まだ石になっていた。




