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16

 響の上空へ蹴り上げられた閃光弾が炸裂する。

 その光は半径500キロに渡り太陽のような輝きを放ち、爆音と共に見る者達の目と耳を焼いた。


「目が!耳がああああああ!!」

 輩達はみな銃を取り落とし、目を覆ってのたうち回る。

 完全に無力化した河川敷から銃弾の雨嵐は去り、呻き以外の音が無くなる。


「ヤった!海流サン!」

「『錬石』だ!成功しタ!」

「満を辞シてここに『錬石術師(ストーリーテラー) 櫻井海流』の誕生デすね!」


「んな事はどうでもいい!響ちゃんは?!」


 海流は響が倒れ伏していたはずの地面を見る。

 しかし大地には響の血の跡も、肉片すら木っ端微塵に吹き飛んだのか欠片も見当たらなかった。


「間に合わなかった……!」

 海流はがくりと膝をついて項垂れた。

 血でも骨でも、何か無くては櫻井のリザレクション・ヒールポーションは使えない。

 海流は一縷の望みをかけて紫釉の方を向いた。


「頼む。頼むからたった1度でいい!『天使』様のアブソリューション・ヒールを、奇跡を起こしてくれ!。響ちゃんは今さっき死んだんだ!。お前も見ただろ?。こういうのも『よすが』にならねえか?!」


 だが紫釉は

「唔肯, 冚家鏟」

 とそっけなく拒絶した。


「チッ!だから!。西の言葉はわかんねーつってんだろうが!」

 海流は頭を掻きむしると地面の石を取り上げた。


「言の葉は、彼に流るる世界の理、

 全てにして一つなる本質。

 進む針に、無形の雫。

 叡智の書に刻まれた、

 その記録をここに連ねよ」


 海流が淀みなく聖句を唱えると石はその形を変える。

 シール状に変化したそれを掴むと海流はつかつかと紫釉に近づき、ウサギを抱えていた手にベシッと貼り付けた。


『「触るな!」なっ?……て?オレは言葉を発していないぞ?!』

 自身の心の内の言葉が音になって聞こえてくるの事に驚き紫釉は周囲を見渡す。


 海流は得意げに

「ああ、『思いを言葉にする』魔道具だ。翻訳機能も付けておいた。

 櫻井家の聖書「みらドラ」に記されていたのを少しアレンジしてシール状にしてみたぜ。

 安心しろ。心の極表層しか読まねーし。声が届く範囲は半径1.5メートルくらいに指定しておいたからアンタのプライバシーはそんなに侵害しない。

 シールだからだいたい3時間で剥がれるようにしてみたし、剥がれたら機能は停止するようにイメージを追加してある。存分に思考してくれ」


「カイルさんすごーイ!異能ヲもウ使いこなしてル!」

「サっすが海流サン!ソこに痺れる、アこがれるぅ!」


『は?ふざけるのもたいがいに……くそっ!』

 紫釉はシールを剥がそうとカリカリと手でかいていたが、やがて諦めたのか盛大にため息を吐いた。


「なあ、月紫釉様よ?。どうして『天使』様の異能を使ってくれねーんだ?。なんかドカンとリソースとか食うのか?」

 海流が問う。

『違う。「使う必要が無い」と何度も言っている』


「必要が無い?」

 海流が聞き間違いかと聞き返すが紫釉は思考せず、キッと響があった場所を振り返り睨みつけた。


『奴は存在しているだけで生者を冒涜し続ける「絶対悪」、

 オレの母を義父を弟達を悪戯で殺した、命なき『不死者たちの王』。

 オレはお前だけは決して赦さない!。

 さあ!ガキ相手に巫山戯ていないで姿を現せ!。


「イモータルズ・オーバーロード!!愛乃響(あいのひびき)!!!!!』

 音を失った周囲に紫釉の絶叫がこだまする。


 海流の口からも声がこぼれ落ちる。


「『不死者たちの王』の呼称の使用を許されてんのは、神祖様の血を引く本家本元のみ……」

「まさカ、響ちゃんワ『愛乃』ノ異能ノ全権能を持っていル?」


「傍流ナんかジゃない……皇妹殿下『みどり』姫様の御嫡男、皇甥殿下」

「生まれた時から魂だけの存在で、血肉はただの外殻に過ぎない……」


「「「イモータルズ・オーバーロード……愛乃響様!!!!!」」」


「やだなあ。イモータルズ・オーバーロードだなんて、長いしダッサい呼称は止めてっていつも言ってるじゃん」

 

 暗黒から響いて来たのは響の声。

 響の声?……らしいが、まるで闇の奥底から這い寄って来るかのような普段より1オクターブ低めの声音を持った闇が質量を持ってうごめき、やがて足元から…いや背後から?。

 いや?、いや!。

 どこからかすら特定出来ない全方位から襲い掛かり圧倒的な殺意に膨れ上がって、そして一点に集中する!。


「吾の事はサクライが呼ぶように、『Le chasseur(ル・シャスール)』って呼んでよ。韻きが良いし」

 そんな言葉と


「ご…はっ!」


 辺りに新たな鮮血が飛び散ったのは同時だった。

 

 血の元を辿ると、響らしき存在の腕のうちの1本がボスの胸を刺し貫いてその心臓を握りつぶしているのが見えた。


 そう、握りつぶしているのは1本だ。


 響の顔をしたソレはこの国の現皇帝「愛乃麗(あいのレイ)」と並ぶ力を持つ者、

 10枚の漆黒の翼を擁し、6本の腕を生やした十翼六臂の『魔神』その人であった。


 魔神はニヤリと笑うともう1本の手でボスの髪を掴み、もう1本の手で肩を掴む。更に余っていた手でボスの脚を掴んでひょいと捻ると、ボスだったそれはいくつもの部位に簡単に引き裂かれた。

 更にほとばしる鮮血を全身に受けて、魔神は楽しそうにケラケラと笑う。


「これはかなり…」

「キれテまスね」

「愛乃様は『サキュバス』の権能もお持ちデいらっしゃるカら」

「美しイと自認し、自慢しテイるそノお顔ヲ」

「傷つけたらまあ、こうなるか」


『アレを殺しきるのはオレだ。オレにだけ与えられた権利だ』

 紫釉は憎たらしげに魔神を睨みつけた。


 魔神は紫釉を一瞥すると肩をすくめる。

「しゅーくんのごりょーしんを殺しちゃったのは『幼子の遊び』ってゆっか?采配ミスだったって何回も謝ったじゃん。

 聞き分けの無い子は捻り潰しちゃうよ?」


『殺す……!』

 紫釉が異能を行使しようとするのを響は静かな声音で制した。


「冗談。勝負は1回。吾は立ち向かってくる相手は全力をもって叩き潰す事にしてるからね。しゅーくんの今のその程度の異能じゃ吾に傷ひとつ負わせられないもの。学園でしっかり異能の使い方を勉強してからまた声かけてよ」

 そう言って紫釉へ強者の笑みを浮かべた。

 紫釉が悔しそうに地面を踏みにじるのを見、魔神はボスだったものに向き直ると頭部を摘み上げた。


 なんと!頭部はまだ生きていた!。

 いや、魔神が何らかの異能を『解呪』し、生命をこの世に繋ぎ止めているのだろう。


 ―タス……ケテ―

 頭は歯をガチガチと合わせて鳴らしながら声にならない命乞いの言葉をなぞる。息を通す気管も振るわせる声帯も無いので音にすらならないのだ。


「ヤーだよ。ちょーっと吾が浮かれてたからって、吾のこんなに可愛くて綺麗な顔を傷つけといてさ……、あ、しゅーくんも傷つけたよね?。そんな事されたらさ、吾はさ、こんなの。みーんなまとめて、

 もう殺すしかないじゃんか?」


 ―ヒ……―

 魔神が放った凄まじい覇気に気おされ、もはやボスだった頭部も、無力化されていた輩達も悲鳴を上げたいという意識すら保てない。

 だと言うのに魔神は「まだだめだよ?」と生命機能を酷使させる。


「殺し切りたいなら吾の魂のコアを特殊な法儀式済の弾丸とかで、よーく狙ってバンってさ。

1発で決めないから、こーいう最期になっちゃうんだよ」


 魔神は頭を掴んだまま十翼の翼でするりと空に舞い上がると、折れた陸橋のうちで高さがある方の上に羽ばたいて移動し、その欄干に手にしていた頭部を河川敷がよく見えるようにまぶたをむしり取って乗せた。

 そしてくるりと空を舞い、輩達の上空に戻ると輩の一人一人によく聞こえるように言った。


「さーてっと。遊びは終―わり。

 冥土の土産に見て逝きなよ。本物の『闘争』ってやつをさ」


 魔神はシャツに付けていたビジュータックピンの逆さ十字のロザリオに触れ、禁じられた聖句を口にした。

「キリエ・エレイソン」


 魔神は唱え終えるとすっと、6本の手のうちの2本を上げ


「『解呪オープン 第5の封印』、

『解呪 第4の黙示録』」


 大気を薙ぎ払うように手を振って、続けさまに2つの異能の封印を開く。


 ちなみにそれらの異能の詳細は愛乃の血族しか知らない。

 伝わっていない。

 何故ならばその場に立ち会った者は例外なく等しくみな命を刈り取られる為、誰も言葉にも文字にも残す事が出来なかったからだ。


 今、場にいる者に分かる事といえば、紫釉がポツリと

『……逃げ遅れた』

 と思考したと言う事。


「どう言う意味だ?」

 海流は紫釉に尋ねた。

 紫釉は思考しないよう抗っても無駄だと悟ったのか素直に感情を晒す。


『考えた通りだ。封印していた異能を解呪して「離断領域」を「展開」でもしたんだろう。さっき解放された2つの異能のうち、どちらかの異能で今この場は俺達が生きてきた「はざまの世界」から切り離された、のかもしれない。

 ここはオレが知る冥界に似た雰囲気を感じる』


「つまりどう言う事だ?」

 まったくわからないので海流は東雲の兄弟に話を振ってみる。


「おそらクですガ」

 春日は唇を舐めて潤しながら答えを振り絞った。

「僕たちワ響ちゃんの気が鎮まルまでこの『切り取られた異界』から出して貰えなイと言う事かモ」

「だったらそう言えよ!」

 海流が憤慨する。

『浮かんだだけの考えを読む物を造ったお前が悪い』

 紫釉はウサギを落とさぬように抱き直して背後に振り向いた。


『そら、始まるぞ。オレ達の死が』






「く、来るな!近づくな……!」

 魔神の覇気からなんとか立ち上がった輩は手に触れたマシンガンを持ち、構え直した。

 恐怖で狙いが定まらない中、それでも悲壮な覚悟だけで引き金を引き魔神に立ち向かう。


 しかし悲しいかな。

 完全覚醒した魔神の皮膚は銃弾を通さず、弾はむなしくパラパラと地面に落ちるだけだった。

「ひ、う……化け物!」


「だーからー。特殊法儀式済の弾丸じゃなきゃ無理って言ってるでしょー?。

 ちなみに吾が今触れてる逆さロザリオ?それとシーシャの素材がソレ代わりだったりするよ。吾から奪って吾のコアに突き刺してごらん?。吾は『しゅわー』ってなって死んじゃうよ?。

 ま、それをお前が出来ればの話だけどさぁ!」

 魔神はキャタキャタと笑い、マシンガンを撃ってきたその輩を見定めると瞬時にその背後に転移し、3本目の手を伸ばした。

「『解呪 第3の封印』」


 新たな異能は変幻自在な闇の手といった感じだろうか。

 すでに6本も在ったというのに、更なる手が魔神から伸びたと同時に輩を取り巻き、機関銃は支えていた腕ごとちぎり落とされた。

 手首から腕から肩から、切り裂かれた胸、離された首から鮮血がほとばしる。

「ぎゃぁぁぁぁ!!!」


「きゃはは、ははっ♪」

 魔神は歓天喜地とした表情で赤い雨を全身で浴びる。

 雨は触れた側から魔神に吸収されている。魔神を汚す事はない。


「脆いなあ。少しは耐えなよ」

 切り裂いた肉片を全ての手で掴んだ魔神は自身の口元をワニのように喉までほどき、その肉を噛む事もせずゴクリと飲み込んだ。


「うわああああああ!!」

 恐怖に恐慌状態に陥った輩は今に至りようやく魔神と対峙する事の無意味さに気づいたのか、どうにか河川敷から逃げ出そうと魔神に背を向けて逃げ出した。

 魔神は一瞥もくれる事なく新たな異能の封印を開いた。


「『解呪 第7の黙示録』」

 どこからか高らかにラッパの鳴る音がしたかと思うと暗黒の雲が雷を孕んでバリバリと領域内全体に立ち込め、稲妻になり横走った。


「ギ!」

 轟雷は輩に落ち、輩は呻きと共に体を仰け反らせる。

 体の底まで熱をもって煮えたぎるのを感じた刹那、沸騰した血が眼球を押し出しながら破裂、直後に体そのものも破断し、辺りに血潮と肉片を撒き散らして逝った。


「稲妻はだめだね、火が通っちゃうや。やーめた」


 それから魔神は丁寧に、丁寧にひとりずつ屠っていった。


 絞殺した。

 縊り殺した。

 殴り殺した。

 切り裂いた。

 溶かした。

 破断した。

 握り潰した。

 踏み潰した。

 轢殺した。

 すり潰した。

 圧殺した。


 圧倒的な暴力が荒れ狂い、肉を割き、骨を砕き、幾つもの新たな血飛沫が容赦なく虚空を切り裂いて、舞った。


「んー、なんかひとりずつ屠るの面倒くさくなっちゃった。最後はまとめて吾の好きな古代魔法で吹っ飛ばしちゃうね!。風系で行こっか、行っくよー!」

 魔神は六臂の腕すべてを天に振りかざすと魔法式を描き始めた。


「生成するは亡風の使者、

 あらゆる黒は刃を生み、

 捕える死線は世界を侵す。

 跪け、飛ぶ術も持たぬ咎人よ、

 暴れ狂う嵐に、次元の黄昏へと滅せ!」


 それはモノクロに明滅する、美しき八重連立魔法式。


不可避(エスカ)なる殺戮遊戯(ホロコースト)!」


 魔神が注ぐ魔力に呼応し、切り取られた世界全体に古代魔法が炸裂する。

 爆発的な魔が、生ある者を、海流達をも皆巻き込こんで、すべてを切り裂く。


 痛みは無い。

 ただ。

 

 嗚呼、死が

 血が

 魂が

 肉体の枷をいとも簡単に外され

 赫に赤々と、踊っている。


 むせ返るほどの血の匂いと

 降り注ぐ血の赤い雨の中

 海流はうっとりと恍惚とした表情を浮かべ


 ただただそれが――「綺麗だ」――と思った。


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