15
話になりゃしねえ!。
海流は響に何もしてやれない口惜しさのあまりガリガリと手で地面をかいた。
爪の間に小石が挟まり血がにじむ。
情けなかった。
親友を、自分を!助けてくれた響がただの肉塊に成り果てて行くのをただ見ているしか出来ない自分自身が。
クソ、クソクソクソ!クソッタレが!!。
今この瞬間、たった一度でいい!。
俺が櫻井の、錬石術師の異能が使えたらこの状況をひっくり返してやれるのに!。
海流は血がにじむ手に全神経を集中するが、精霊は何も答えない。
2神も沈黙を貫いている。
そうかよ……、どいつもこいつも、誰も助けちゃくれねーんだな。
海流の心は一層深く、闇に沈んだ。
心の底、闇の底。
阿頼耶の深層で海流は誰かの声を聞く。
「――なら、どうしましょう?」
「――それならもう、『奪いましょう』?」
「クハハ」
海流はいつかどこかで聞いた事があるような懐かしい声へ仄暗い笑みを返した。
なんだ、簡単な事じゃねーか。
「『請い』、『願い』、『祈り』。
けれど誰も、『与えて』くれないのなら。
俺様は『持てる者』から『奪え』ば良い。それだけの事だ」
たったそれだけの事になんで今まで気づかなかったんだ?。
海流は精神を研ぎ澄ますと、まずは加護をかろうじて受けていた精霊とのか細い魔力回路を有り余る魔力でこじ開けた。
そこに、奴らが『不味い』と拒絶した有り余る魔力を、全力で流し込む!。
「ああああああああ!!!」
回路を逆しまに焼き尽くす壮絶な痛みが海流を襲う。
「海流サン?ドうしマシた?!」
突然絶叫を上げた海流に、夏日は戸惑い海流に触れようとして春日は
「だメでス!」と夏日の腕を掴んで引き留めた。
「ナんで止めるの?海流サンがコんなに苦しんデるのに!」
「わからなイ?夏日。カイルさんから溢れル魔力ノ逆巻き方……ただごとじゃなイ」
「ア……」
春日の言葉に夏日は「モしかシて」と手で口元を覆った。
互いに頷き合い、同時に答えを放つ。
「『魔触転生』」
2人はこの皇国の成り立ちを思い出していた。
――世界はある日、出し抜けに、創造神と創世神がそれぞれ好き勝手に作り上げて誕生した。
創造神と創世神。
どちらが先でもない。どちらが優でもない。
似ているが相反する世界はぶつかり合い攻めぎ合い、衝突を繰り返していた。
そんな血で血を洗う戦乱の中、どちらの神のお手づくりだったのか今はもう辿りようもないが「愛乃」の神祖「ソーテール・ベル・マルドゥク」は産声を上げた。
その姿は些か特殊だった。
生まれた時から魂だけの存在だった彼は、かけられる言葉の全てに傷つき苦しんだ末、苦労して外殻を作り血肉を得てやっと人並みになれた。
そうして出来た彼の友は創造神の手勢に殺され、仲間は創世神の一派に惨殺された。
ソーテールは激怒した。
その争乱を完膚なきまでに打ち砕くと、死んだ者達に固く誓った。
ソーテールの異能は「食人鬼」だったので、その異能をもってソーテールは創造神の手勢も創世神の一派も誰彼構わず喰らいつくした。
その頃の世界は2つの世界がぶつかり合う衝撃で、魔力の元である「マナ」が生じ、溢れかえっていた。
ソーテールが誰かを喰らう時、その「マナ」も知らず取り込んでいた。
体内に蓄積した「マナ」は彼の肉体も精神をも侵食し、やがて臨界に達した時、ソーテールの身体の中で暴れ回った。
彼がそれを力尽くで捩じ伏せた時、異能に変化が起こった。
ソーテールの異能は「殺し、喰らった相手の異能を自分の異能に取り込む」異能に変化し、彼はそれを良しとして受け入れた。
のちの者はこの変生を「魔触転生」と呼ぶ。
ひとつの一族を喰らったらもうひとつの国を。喰らい喰らい行き、ひとつの星を。流れやがては銀河に喰らい付き、小宇宙を飲み込んで。
いつしか彼は創造神と創世神と肩を並べる勢力となり、今の皇国の母体を作り上げた。
2神はこうなってからようやく焦り始めた。
『恐怖』を知り、ソーテールに停戦を、許しを求めた。
ソーテールは許しの代わりに代償を求めた。
創造神からは、のちにこの「はざまの世界」と呼ばれる世界を割譲され、
創世神からはお手作りの血族「聖良」を譲り受けた。
2神がソーテール恐れるなら他の神も追随する。
冥界の神からは「天使」の血族を。
数多の神々からは建国の寿ぎを。
そうして、自身の血族の名を「愛乃」と改めた後も皇国は常に2つの世界に睨みをきかせる一大国家として今も君臨している――
「ソの『魔触転生』が海流サンにも起きテいると言うの?」
夏日は終わりのない痛みに苦悶している海流を心配そうに見つめながら春日に尋ねる。
「うン。カイルさんはソーテールと同じク、創造神さまニも創世神さまにも嫌われテ、内からノ膨大な魔力を昇華モ発散モすルすべも無く生きてきタ。
だから海流さんにだっテ神祖ト似タような変化が起きてモおかしくないヨ。
見届けよウ?」
「ウん」
夏日の頷きに春日も返した。
「僕たちは神話ノ再現ノ場ニ立ち会っていルんダ」
燃える。
魔力回路がオーバーヒートして焼き付けを起こし、海流を責め苛む。
体内を巡る血液が煮えたぎり、沸騰し、蒸発しているかのようだ。
だが海流は負けなかった。
決して屈しなかった。
俺は成る。
愛する両親だけがその『未来』を信じてくれたから。
母上が剪定し、父上が整えてくださった道の先に、今、行くんだよ!!。
「その意気よ海流、頑張って」
どこからか、声をかけられて海流は意識の奥底で周囲を見渡した。
その声に、海流は聞き覚えがあった。
ずっと昔に聞き、ずっと聞きたかった声だった。
「母…上?ですか?」
再会の喜びに震える声を抑えて問うと芝蘭の意識体は
「はい」とにっこり笑って頷いた。
「わたくしは『幾多居るあなた達』の母の芝蘭の集合体よ。あなたはこの『未来線』の海流ね?。
ざっくりとここのあなたの人生を『視』てみたけれど。あらあら、まあまあ。こんなにもひねくれもせず心根の真っすぐな子に成長したこと!。
とっても素敵よ。それに迦允様似だし、かっこいいわね。ちょっと触ってもいいかしら?」
芝蘭は海流に近づくと、その顔をぺたぺたと触る。
「うふふ。もちもちではなくなってしまったけれど、間違いなくわたくしの可愛い海流だわ。良い『未来線』を掴んだわね。いい仕事よ、わたくし」
「あ、あの、母上?」
ぺたぺたもちもちと容赦なく撫で繰り捏ね回され、想像していた再会の喜びの場面とはちょっとずれていたので海流は戸惑う。
「あら?引いちゃってる?。うふふ。ごめんなさいね。
だって並行世界だとあなたったらこの歳に至るまでに自死してたり、裏社会に入ってたりして可愛らしさのカケラもなくなってしまうのだもの。
それが『ここ』からの『未来線』ならどの並行世界でも80%の確率で海流は錬石術師に成るのよ?。なんて胸がすく眺めなのかしら!」
芝蘭はつま先立って額に手を当て自分を取り巻く世界の『未来』に感極まったのかぴょこんと跳ねる。
「もう少しいいでしょう?海流。頑張ってこの『未来線』を掴んだわたくしセルフご褒美をあげても?」
「う、うん」
「ありがとう!やっぱりわたくしの海流はいい子ねぇ」
引きながらも返した海流に芝蘭は満足げにニッコリ笑顔でひたすら海流を撫でくりまわす。
そうして気が済むと芝蘭はようやく海流を開放した。
「あ、あの。此処は一体どこですか?」
海流は母に自分の深層と繋がっていたこの空間の説明を求める。
「ここ?此処は『世界の根源』の中でもっとも深い深淵。原初の泉が湧く広間。
わたくしが『視』ている『未来線』の一つよ。まだわたくしの寿命で固定していない『未来線』だから、歴史と言う大河の浅瀬程度、『お小遣い稼ぎ』の為に軽く『近未来』しか『視』たことしかなかった海流でも接触できたようね。
ああ、でも。あなたがこの深淵に到る事が出来た『対価』については安心してちょうだい。
もともとこの『未来線』を生きているあなたはただ、わたくしがこの『未来線』を覗き『視』に来た瞬間と、タイミングよろしく海流が『自己の深淵に沈み込んだ』時が嚙み合ってしまって、同調したせいで引っ張りこまれただけだもの。
つまりわたくしが引き込んだようなものだからそれほど寿命は削られてはいないはずよ。
ただ、代わりに他の何かを持っていかれているかもしれないわね。どうかしら?」
言われて海流は自身に意識を返すと、6百万を優に超えていた魔力をごっそりと持っていかれていた事に気づいた。
手を握り、開くを繰り返して残存魔力を確認すると海流は芝蘭に返答する。
「魔力を持っていかれたよう……です。しかし救国級皇国魔術師が保持している程度の魔力は残されていますが」
「そのようね。あなたは持て余していた魔力だけど『この為に貯めさせた魔力なのでした☆』と、並行世界のわたくしが言っているわ」
「必然……だったのですね」
「『します・させます・させません』。
この3つが『聖良』の標語なの」
芝蘭はクスクスと笑った。
「まるでゲームのTASさんの用語みたいだ」
海流も釣られ、この場所にきてようやく笑みを浮かべることが出来た。
状況を理解し心に余裕が生まれた瞬間、海流ははたと自分が置かれていた『現在』の状況を思い出した。
「そ!そうだ母上、母上ほどの異能ならあの先生に放たれた凶弾を外らせる『世界線』に改編出来るのではありませんか?!どうか今一度異能を発揮してください!」
海流の嘆願にしかし芝蘭はあっさりと「しないわ」と首を振った。
「あなたの『錬石術師』の異能を完全開花させるトリガーが『絶対強者のあの子が凶弾に斃れる世界線』だったとようやく『視』ることが出来たのですもの。いくら海流のお願いでも拒絶します」
「それも必然だと仰るのですか?」
思わず顔をしかめた海流に芝蘭は悪びれずもせずに答える。
「いいえ。『必然にする』と言っているの。わたくしはそうやってこれまで、欲しかったものは全て異能づくで手に入れてきたもの。どれだけ寿命が削れても後悔はしないわ」
「母上は……意外と物騒な方なのですね」
誰に対しても『優しかった』と記憶している母の本性を垣間見てしまったようで海流は少し落ち着かない。
「そうよ?三鬼神のうちで『聖良』は直接的な武力は行使できない地味な異能だと思われがちですけれど、『視』れる『世界線』に生ける者すべてを冷徹に『剪定』して切り落とす異能ほど怖いものは無いと思うわ。
わたくしだってこの海流の『未来線』に辿り着くまで、どれだけの生命を刈り取って来たのかしら?。
海流も絶対に『聖良』だけは敵に回してはだめよ」
芝蘭は軽い調子でしれっと恐ろしいことを言う。
「ですが、母上の異能に頼れないならあの先生を救う術はありません……」
「もう、海流。しっかりしなさい」
肩を落とした海流の頬を芝蘭はツンっとつついた。
「この先の『未来』であなたは『錬石術師』に成るのでしょう?」
「あ……」
「思い出した?」
芝蘭はクスリと笑った。
「さて。わたくしが『視(読ん)』だ『未来』はここまで。
この先の『ものがたり』は海流自身が『編』みなさい」
「私自身が?」
「そうよ。
この『世界線』で
迦允さまは今日この日までわたくしの『未来視』を信じて疑わなかった。
海流はたった1日も錬石術師に成る為の鍛錬を怠らなかった。
この数百年もの間、1日も1日とてよ?。
それはとってもすごい事なの!。
こんな『奇跡(未来)』、わたくしは二度と『視』られない、掴めない!。
わたくしは持てる命が今尽きても、この『世界線』に繋がる『未来線』だけは絶対に、
神さまにも聖良の誰にも剪定なんてさせないわ!」
芝蘭が叫ぶと同時にどこかでガチャリと鍵がかかったような音がした。
おそらくはこの瞬間こそが、海流が記憶しているあの母が臨終の際に『視』ていた「未来」なのだと肌で理解した。
もはや誰にもこの「世界線」に至る『過去』に介入する事は出来ないのだ。
芝蘭と海流の間に見えない障壁が足元からゆっくりと、しかし確実に離断しようと生じている。
次第に厚くなってゆく壁にぼやけて遠くなる二人の距離に、芝蘭は声の限りと海流へ叫ぶ。
「『ここ』の記憶は、残っていた寿命をかき集めて対価にして『過去』のわたくしと共有しておいたわ!。ただ、あまりにも寿命が少なかったからキーポイント的な時間軸のわたくしにしか伝えられなかったし、記憶の更新のスピードが、あなたが歩んだ時間に間に合わなかったらごめんなさいね。
まあ、でもQue sera, sera!きっとなるようになるわ!」
「ご心配には及びません!そうなって今、私はそうしてここに立っているのですから!」
海流も叫び返すと「頼もしいこと!」と芝蘭は嬉しそうに頷いた。
「さあ、聞かせてちょうだい。
わたくしの可愛い『錬石術師』さん。
『物』に語るゆえ『物』語。
あなたの編む『物』語が未来を創造するさまを!」
「はい!」
返答と同時に。海流は芝蘭がロックした、今は既に『過去』の『線』から完全に弾かれる。
海流の意識が、ゆっくりと浮上する。
「らああああああああああ!!!!!」
海流は再び咆哮を上げた。
切り苛まれるような痛みの果て。
海流はとうとう魔力の暴流で以って、回路の末端にて逃げ惑う精霊共を、捕捉した!。
「止メロ!嫌ダ!離セ!」
怯えて泣き喚く精霊共の、滑稽な事と言ったら!。
「はは!クハハハハ!」
櫻井も他の魔術師共も、こんなもんにかしずいて異能を使わせていただいてるとはな。馬鹿馬鹿しくて腹も捩れるわ。
「『貰う』ぜ?今まで寄越して貰えなかった分も、全部」
海流はそう言うとグシャリと精霊を握り潰し、その魔力を搾り取る。
「ギャアアアアアアア!!!!!」
4柱はほぼ同時に「痛み」と言うものを知り、共に気を失った。
殺しはしない。まだ使い道はあるからな。
海流は睨め付けるように4柱以外の精霊に魔力を飛ばす。
迦允に日頃の鍛錬のお陰で、精霊共の居場所だけは知っている。
海流の魔力に絡めとられた精霊が戦慄し慌てふためいているのを魔力回路を通じて感じる。
「今から俺様の魔力を覚えておくんだな。どんなに不味かろうがこれから一生対価に差し出してやる魔力だ。
あ”?『必要ない?』
『祈りだけでいい?』
おいおい、遠慮すんなよ。
『味わって飲・み・込・め・や?』」
「ヒイイッ!!」
妖精共も怯えている。
そうだな。このさき魔法の方を使うには妖精共の魔力を奪わねーとなんねーんだった。となると何か?万年実技じゃ0点しか取れなかった俺様だがファイアーボールとか撃てるようになんのかね?。
いいねぇ!俺様がテメーらを纏めて脅してるとか、気持ちいいねえこいつは!!。
「っと、浸ってる場合じゃねーんだった」
海流はパチリと目をあけると飛び上がった。
「海流さん大丈夫でス?」
「『錬石術師』にナれまシたか?」
「そいつは今から確かめる」
東雲の2人に力強く頷き、海流は奪い取った魔力が「錬石術師」の異能に使えるのか確かめるため再び精神を集中させる。
精霊共が気を失っている今は海流の魔力と、搾り取った魔力を合わせて「混ぜ合わせ」て異能の糧とする、その担い手は海流しかない。
だが単に「馴染ませる」だなど、生温い扱いはしない。精霊共の魔力を「調伏して」従わせるのだ。
そうして使用に耐えうる魔力に化したと判断した魔力を、海流は焼き付いたのを自己修復して太くなった魔力回路から自身の体内に戻した。
「ひゅぅ!」
力がみなぎるってのはこう言う感覚か。
今まで感じた事が無い、まるで快楽のような充足感に恍惚となる。
「やってやんよ!」
駆け巡る魔力が異能を今すぐに使えと訴えている。
さあ「編」もう。
親友を助けてくれた響に捧げる魂のレクイエム。
「今こそ行使する時だ」
海流は耳のピアスから「母」のプシュケのひとかけらを取り外して握り込む。
「母上、貴女の『遺志』を使わせていただきます」
そして海流は石を口に当て『錬石術師』として初めての異能を行使した。
「瞬くのは綺羅星の凱歌、
日輪より放たれた光は
連綿と続く軌跡の物語。
揺るぎない起源の証明を
我は今ここに編み上げよう!。
耀星よ、闇の帷りにて輝け!」
芝蘭のプシュケが海流の手の上でカッと光り輝いたかと思うと次第にその形を変え、海流が想像した通りの魔道具が創造される。
海流は魔道具を掴み、軽く投げ上げるとボールを蹴る要領でグッと片足を引いた。
「春日、夏日!目ぇつぶって耳塞いでろ!」
「「ハイっ!」」
「炸裂しやがれ!爆裂閃光起源弾!!!!!」
海流は閃光弾の安全ピンを抜くと空に上げ、渾身のシュートで蹴り飛ばした。




