おねだり(レオンハルト)
ヴァレンティーナのお茶会より後のお話です。
拗れに拗れた議会がようやく終わった……というより、リアムがキレてぶった切った。普段大人しい宰相が荒ぶる様子に重鎮たちは口を開けて呆けていた。実に滑稽で清々しい気分になった。
リアムは夫人の懐妊をきっかけに、いい意味で吹っ切れた。よい宰相に育ってくれたものだ。
逸る気持ちをおさえながら、小さなヒマワリを手にヴァレンティーナの元を訪れた。
出迎えてくれたヴァレンティーナはいつにも増して明るく可愛らしかった。
少々ふっくらした頬が特にいいと思う。
十代のころより若々しいぐらいだ。
少し隙がある(ように見える)のも愛くるしい。
ヴァレンティーナの侍女のジェシーは、可愛くなったヴァレンティーナをさらに可愛くする天才だった。
グロリアーナとお揃いのようなドレスを着ていることが増えて、それはもう可愛くて可愛くて。私はもう妻と娘にメロメロである。
こんなにも黄色のドレスが似合うなんて、知らなかった。
「私の庭でとても綺麗に咲いていたから、ヴィーにも見せたくなった」
まるで平常心であるかのような声音で言い訳めいた言葉を呟く。
私がヴァレンティーナの部屋を訪ねるときに薔薇を贈ることはない。彼女の庭園にたくさん咲いているからという理由と、薔薇はヴァレンティーナにとって、ジークハルトとの思い出の花だからだ。
「まぁ。ありがとうございます。部屋が明るくなりますわ」
「よかった。グロリアーナは?」
「お昼寝中です。お顔をご覧になりますか?」
「いや、そっとしておこう。それにしても、今日もヴィーのドレスはとてもいいな。実に可愛らしい」
「ありがとうございます。ジェシーが授乳が楽にできるものを選んでくれるので助かっております。ところでレオン様。お疲れではありませんか? わたくしの膝で少し休みませんか? おねだりですわ」
ときどき、ヴァレンティーナからもたらされる『おねだり』だが、今日のこれはどういうことだろうと私は首を傾げた。
「私しか得をしないおねだりなんだが」
「レオン様を癒すふりをして、わたくしが癒されるようという魂胆なのですから、おねだりなのです」
「……そうか。では遠慮なく。正直にいえば疲れているからありがたい」
ヴァレンティーナの部屋に置かれているソファーは、私が寝そべっても窮屈に感じないほど大きい。そこにゆったり横たわり、ヴァレンティーナの膝に頭をのせ、髪を撫でてもらえば驚くほど疲れが抜けていく。
「あぁ、妻の膝とはこんなにもいいものだったのか」
「わたくしの膝の素晴らしさに今ごろ気付きまして?」
クスクス笑いながら言われた。
ヴァレンティーナがグロリアーナを出産してから、私たちの距離はぐっと縮まったように思う。
グロリアーナは、ずっと気を張って生きてきたヴァレンティーナに安らぎをもたらした天使だったようだ。
幸せそうに微笑むヴァレンティーナを眺めるのはいいものだ。私の頬も自然と緩む。
「明日は休みになったよ。リアムがキレながら休めと言ってきた。人のこと言えないくせに。全く、口調がグレンそっくりになってきたぞ」
「まぁ。リアム様もアリシアさんがご懐妊ですし、色々思うところがあるのでしょう。今回は特に長引いておりましたものね。本当にお疲れ様でございました」
「うむ。せっかくリアムがもぎ取ってくれた休みだ。どこか行きたいところはないか? グロリアーナも馬車でなら一緒に行けるのではないか?」
王家の別邸ならそれほど遠くないので連れて行けるだろうか。
場所が変わるだけでも多少は息抜きになるだろう。
「では……乗馬を教えていただけませんか?」
「馬に乗りたいのか?」
ヴァレンティーナを見上げると、彼女はとても恥ずかしそうに頷いた。
「マーガレットと遠乗りに行ってみたいのです」
「あぁ、それはいい。ブレイデンもどうせくっついてくるだろうけどな。体を動かすのは健康にもいい」
「乗れるようになれますかしら」
「しばらく練習は必要だが、私が教えれば必ず」
「宜しくお願いいたします。グロリアーナはジェシーたちが見ててくれると思いますし」
「そうだな。ジェシー」
「はい」
「イーサンと共にグロリアーナを頼めるか?」
「もちろんでございます。お任せください」
イーサンは私の近衛騎士で、ジェシーの夫だ。
私とヴァレンティーナでお節介をやきにやいて、ようやく五年前に結婚した。相思相愛なのは明らかだったのに、二人とも職務に忠実過ぎて結婚しないつもりだったのだ。今ではジェシーにも二人の子どもがいる。
「乗馬服は持っているのか?」
「いいえ、一着も持っておりません」
「なんと。ジェシー、急いで仕立て屋を呼び、いくつか既製服も持って採寸にくるよう伝えてくれ」
「かしこまりました」
なめらかな動作で部屋を出て行ったジェシーを視界の端で捉え、私を覗き込んでいたヴァレンティーナの頬をするりと撫でた。
今までできなかったことをしようとするヴァレンティーナが可愛くて仕方がない。
おねだりは、どれをとっても可愛らしい願いばかりで、たまには私を困らせるぐらいの我がままを言って欲しいと思うのはきっと、贅沢な悩みなのだろう。
「ヴィーのおねだりは、私にとってはやはり、ただのご褒美だよ」
ヴァレンティーナは、私が疲れているときに限って可愛らしいおねだりをしてくれる。
おねだりは私の固く閉ざしていた感情を溶かし、幸せになっていいのだと、私の心をやさしく撫でた。
頬を撫でていた手でヴァレンティーナの顔を引き寄せ、甘く香る彼女の唇にキスをした。




