ブレイデン(2)
「二人して夕飯食べに来ないと思ったら、え、なにその顔……嘘だろ!? 俺がセレスティアと遊んだりご飯食べたり遊んだり湯浴みさせたり本を読んで寝かしつけたりしている間に!? だから手合わせは明日とか言ったのかよ」
約束した時間に執務室へ行くと、先に待っていたアレンが呆れ顔で言った。
「そういうことは、気付いても言わないという選択も大事だぞ? それに、お前も気を付けろよ?」
「何をだよ」
アレンは髪をかき上げてうんざりという顔をした。
「領地の使用人はわきまえているが、こっちはな。勘違いしている者がいるようだから」
「……親父に色目使ったりとか、もしかしてそういうの?」
「そうだ」
邸内に入ってからずっと、まとわりつくような視線を感じていた。
紅茶を出すとき偶然を装って触れてきたので確信した。
「クビだろ、そんな使用人は」
「いや? わきまえるなら、どうもしないぞ? キリがないし、使用人の出入りが激しい家は信用を失うからな」
アレンは難しい顔をして悩み始めた。
少しは想像できただろうか。アレンはこの手のことには疎い。フローラ以外に興味がないせいだろう。加えて自分の容姿が異性を惹きつける類のものだという自覚がない。
マーガレットがセレスティアを産んだとき、デオギニアから呼んだ医者が面白いことを言っていた。
騎士のような危険な仕事に携わる人からはフェロモンという物質が出るらしく、それが異性を惹きつけるのだと。半信半疑だったが、よくよく考えれば思い当たることがあり、いまでは納得している。
アレンにも自覚が必要だ。
「メグも気付いた。口にはしないが、かなり気にしていたからな。メイドの視線なんて気にならなくなるぐらい、俺に愛されていることを実感してもらっただけだ。タイミングが大事だということは、お前もよーく知ってるよな?」
アレンはブレイデンに自分の生意気さを理解させられた日のことを思い出したようだ。苦い顔をしている。
「……母上、無事なの?」
「本当にお前は俺をなんだと思ってるんだ。当たり前だろ。今は俺の部屋で眠ってる。メイドには部屋の片付けを言いつけてきたから、今ごろガッカリしてるだろう」
「母上と二人にしたら危なくない?」
「メイド長の前で指示しておいたし、部屋の前にはクレイグがいる。その状況で何かするほど頭が悪いなら、手間などかけずクビにするが」
クレイグはブレイデンの護衛を務める辺境領の騎士だ。耳がいいので重宝している。
今回もブレイデンに付いて来ていた。
「あー、なるほど。それなら大丈夫か。ちなみに、その勘違いしたメイドって……」
「スーザンだ」
「嘘だろ」
「本当だ」
一見、大人しそうに見えるからアレンが驚くのもわかる。
男爵家の娘で二十五歳。実家には彼女を貴族に嫁がせる力や財力はない。貴族と繋がりを持ちたい商家との婚姻も厳しいだろう。男爵家に力が無さすぎて、商家のほうにメリットがないからだ。
ガルブレイス家は使用人同士の結婚を禁止していないのだから、ブレイデンの愛人を目指すより、つり合いの取れる相手をここで見つけたほうが堅実だ。
スーザンは他家の紹介で来ただけあって、仕事ができるとメイド長が褒めていたのに勿体ないことだ。
「お前も貴族の嫡男なんだから諦めろ。俺だって好きでこんな話をしているわけじゃない。閨事情は親から使用人まで、すべてに筒抜けになると思え。フローラ嬢と結婚するんだから、今から覚悟しておけよ? 身のまわりの世話は使用人がして当たり前という、あのアリシア様に育てられたお姫様だからな。使用人の数は増やすことはあっても減らすことはない。彼女を差し置いて、お前の寵愛を得られるなんて考えるような女は雇わないつもりだが、すべてを見抜くのは俺でも無理だ。女は隠すのが上手い。言ってる意味はわかるな?」
神妙な顔で頷いている。
素直なのはアレンのいいところだ。
スーザンはマーガレットの態度を見て、勘違いしたのだろう。あんな態度でブレイデンに愛されているはずがないと。
マーガレットの可愛さを余すところなく理解しているブレイデンからすれば馬鹿らしいとしか言いようがない。
マーガレットは少し面倒くさいぐらいがいいのだ。素直になったとき、数倍可愛くなるから。我がままも、ブレイデンだけには許してもらえると思っているところが可愛くて仕方がない。謝ろうとしてるのに謝れなくて、もじもじしているときも最高に可愛い。
「酒を飲んだときは特に注意しろ。使用人の態度をよく観察しておけ。まだ結婚していないお前を狙ってくるやつもいるだろう」
「……ほんと親父って怖いよな」
「勘違いしたままのときは俺に知らせろ、わかったな?」
「……わかりました」
「よし。では本題に入る」
事件を起こしたローズという令嬢の元婚約者の調査はアルフレッドが担当になったらしい。こちらは数日で片がつくだろう。相手の令息はクズだ。親も似たり寄ったりだったと記憶している。徹底して叩いておくべきだろう。
ローズがファミーユ商会から買ったという耳飾りは偽物だと判明したようだ。あの商会は旧保守派の財布だという噂が以前からあった。偽物の輸入元がデオギニアとくれば、ジークハルトとヒースがこちらに向かっているという話も頷ける。
あとは我々が、怪しい取り引きや入荷が行われる場所の日時を調べて現場を抑えればいい。
「さっさと片付けるぞ」
「了解」
それから、もう一度使用人の話に戻った。
以前、アレンが寝ているところに入って来たメイドがいたことを思い出したらしい。当初は間違えたのかと思ったらしく、その意味を深く考えたりはしなかったようだ。今ごろ意味を理解したらしく、なんとも言えない表情になった。
「あとさ、素朴な疑問なんだけど。俺からすると親父たちって、うざいぐらいお互いベタ惚れに見えるんだけど、親父とどうこうできるってどうして思うのかな?」
「よくわかってるじゃないか。それに気付くような女は、初めからそんなことはしないんだよ」
よくわかったな、とアレンの頭を撫でてやったら、心底嫌そうな顔をしていた。避けないあたり、本当に素直だと思う。
「さて、メグが気になるから俺は部屋に戻るぞ」
「俺も自分の部屋に戻るよ」
アレンの言葉に頷いて、一緒に執務室を出た。




