ブレイデン(3)
部屋の前にいたクレイグに異常無しとの報告を受けた。クレイグを労ってから下がらせ、室内に入る。天蓋から下がるカーテンをよけると、マーガレットはブレイデンが部屋を出たときと同じ姿勢で静かに寝ていた。
ホッと息を漏らし、部屋の中を隅々まで調べた。
きちんと片付けられている。
とりあえず様子見といったところか。
フローラが滞在するようになる前に、スーザンには辞めてもらうことにはなるだろう。
フローラを迎え入れるまでに、不安要素はすべて取り除いておきたい。
マーガレットの侍女のカサンドラがブレイデンの部下と結婚し、出産を控えているため、今回のマーガレットの王都行きに付いて来れなかった。カサンドラは大きなお腹で付いてくると言って聞かず、部下を困らせていた。最後はマーガレットが説得して留まらせたのだが。
そのカサンドラが傍にいないだけでこれだ。
呆れてしまうが、それだけカサンドラが優秀だということでもある。彼女がいれば、スーザンなどブレイデンに近寄ることすらできなかっただろう。
到着してからずっと、邸内の使用人に締まりがないように感じていた。領地と違い、目を光らせる家令がいないせいだろう。加えてこちらの執事は先代のころからの爺が引退してしまい、息子が継いだものの、いまひとつなのだ。先代と比べるのは気の毒なので、彼をサポートできる有能な人材を増やすしかない。
「テコ入れが必要だな」
小さく呟きながらマーガレットの隣に滑り込む。
忙しさゆえのすれ違いなんてものにはお互い慣れてはいるが、安らぎを感じる瞬間は必要だ。マーガレットもブレイデンが傍にいないときにフローラの事件が起こり、気を張って疲れていたのだろう。静かな寝息に安堵しながら、顔にかかっている艶やかな長い赤髪をよけた。
美少女だったマーガレットは妖艶な美女になった。すらりと伸びた手足に不釣り合いなほど豊かな胸は、どうしたって男の目を引く。コルセットの必要がないデオギニア流のドレスを着ても、全く隠せない。むしろ脚を晒しているぶん、煽情的になったかもしれない。
マーガレットは人の機微に聡いくせに、自分に向けられる好意には鈍感だ。婚約者だったヒースの無意識の好意にすら気付いていなかった。天然で可愛くはあるが危なっかしい。
アリシアのように、全方位に油断しないタイプならよかったのだが、マーガレットは自分の領域に入れた人物に甘く、面倒見がいい。そういう者たちの中から、無意識に色気を振りまくマーガレットを狙う男も出てくるのだ。
何度も潰してはきたが、本人は気付いていないので注意することもできず、頭の痛いことだった。色気の原因が自分にあるせいで言えないというのもある。
ますます美しくなるマーガレットを辺境の赤い薔薇と名付け、定着するよう広めたのはブレイデンだ。二つ名と共に寵愛ぶりが広まれば、守りやすくなる。
いまひとつ自分の魅力に気付いていないマーガレットとアレンは、性質が似ている。セレスティアはどう育つだろうか。間違いなく美少女になるセレスティアの成長が楽しみなような憂鬱なような、複雑な気持ちになった。
起こさないように寝顔を見ていたつもりだったが、突然ぱっちりと目を開けてこちらを見た。
「悪い。起こしたか」
「いいえ。眠ってしまって、ごめんなさい」
ブレイデンは小さく首を振って笑った。
マーガレットも微笑んでいる。こういう時にしか見せない笑みだ。
その笑みを見て思う。
スーザンぐらいの年齢の若者にはあまり知られていないが、マーガレットは至宝の年と呼ばれた世代の令嬢だ。美しく有能な子どもが多く生まれた年だ。
その中でもジークハルトの婚約者候補だった四人は、誰が妃になってもおかしくないお姫様たちだった。
そして、第二王子の婚約者に一番適していたのはマーガレットだったのだ。
ヴァレンティーナの父親は私利私欲にまみれ過ぎており、エミーリアの父親は一見穏やかに見えるが決して国のためには動かない。家と家族の利益を優先するタイプだ。アリシアの父親は保守的過ぎるし、なにより政敵が多かった。
そう考えれば、国に仕えることを厭わず功績もある祖父を持ったマーガレットこそ宰相の本命だったのだろう。レオンハルトの婚約者が侯爵家だったので、伯爵家であったこともジークハルトの婚約者として適任だった。当時は、次男が長男より出来過ぎてはいけなかったからだ。婚約者でさえも。
マーガレットの祖父はそれがわかっていたから、マーガレットが六歳のときにブレイデンに婚約の打診をしたのだ。ジークハルトの婚約者が決定していない時期だったから、かなり無茶をしたともいえる。孫娘の嫁ぎ先という名の幸せがかかっているのだから必死にもなるだろう。国に仕える気持ちとはまた別だからだ。
セレスティアが生まれてからというもの、ブレイデンはますます将軍の気持ちが理解できるようになっていた。
「お腹がすいて目が覚めたみたい」
「そうか、着替えて食堂で食べるか? 何か運ばせようか?」
「セレスティアは?」
「アレンが寝かしつけてくれたよ」
「あの子、本当に素敵な兄になったわ」
「そうだな」
「ブレイデン」
「ん?」
「おかえりなさい」
「ただいま。やっと言ってくれたな。寂しかったぞ?」
「本当にごめんなさい。あの、それと……セレスティアがもう寝てるなら……ここで、あなたと二人で食べたい」
素直になったマーガレットの可愛さなど、ブレイデンだけが知っていればいい。
「すぐに運ばせよう」
にっこり笑って、額にキスをしてからベルを鳴らした。
現れたスーザンは、げっそりしていた。




