ミユ(1)
ジークハルトのエスコートは素晴らしかった。
歩調を合わせながら時折こちらを見ては微笑み、段差では注意を促し、扉を開けて通してくれる。本物の王子様だった。
「この辺りは、皇城の中心部よ。シン兄様の執務室がまっすぐ行った突き当りね。この間、お兄様に会った時に入った?」
「いや、歩きながら話しただけなので入っていないな」
「やだ、王子様との顔合わせがそれでいいのかしら」
「驚いたが新鮮だった」
ジークハルトは目を細めて笑った。なんてことだ。美形の笑顔は、破壊力が凄い。
また顔が熱くなってしまう。
さっき着替えを見てしまった時もかなり動揺したというのに。ほどよい筋肉がついた無駄のない引き締まった体はとても綺麗で色っぽかった。
一つとはいえ、年下とは思えない。
昨日、薔薇の庭園で見かけたとき、ベンチから体を起こしたジークハルトは少しだけ乱れた髪とシャツが気だるげで、息が止まるかと思うほど艶めいて美しかった。見事な金髪はデオギニアではお目にかかれないものだし、真夏の青空のような碧眼もなかなかいない。
しばらくは、本当に異世界の王子様じゃないかと本気で思ってしまった。
冷静になってから、恥ずかしいことを口走ってしまったな、と思ったけれど。
花が咲き乱れる庭で眠るジークハルトは、本当に美しかった。
ジークハルトの手を引くようにして図書館までの道を案内した。明るい中庭を横切ると、細い脇道へ入る。石造りのアーチをくぐり、木陰になる涼しい場所へ出た。
ジークハルトは空気を楽しむかのように、静かに歩いていた。
図書館に入ると、圧倒されたようにジークハルトが息をのんだ。天井近くまで本が並ぶ様子は、慣れているミユでも神聖な空気を感じるぐらいだ。
広い館内を静かに歩き、デオギニアについて書かれている書物が置かれている場所へ案内した。円形の館内は吹き抜けで窓が多く明るい。貴重な本は状態を保つために暗所に保存されているため、ここには一般的な書物ばかりが並んでいるが、それでも世界中の本が集まっているため膨大な量である。
「最初はこの辺りの本がいいと思うの。二階のソファーで読んでもいいし、ここの本は誰でも借りられるから」
そう言ってポシェットの中から貸し出し用のカードを出した。
「このカードを持ってると借りられるのよ。ジークのカードも、シン兄様が手配してると思うけど……いや、どうかなー。シン兄様ってそういうのも自分で気付いて何とかしなさいみたいなところあるからなぁ」
他国の王族や貴族が来た時も容赦ない気がする。
人当たりが良いから気付かれないけど、自分から学ぼうとする人物か見極めていると思う。言われるがまま目的もなく来た王族や貴族は多い。
「今日はとりあえずわたしのカードで借りましょう。借りる時にジークのカードの申請もしようね」
「色々すまない」
「ジーク、そこは、すまないじゃなくて、ありがとうでしょ?」
「あぁ、そうだな。ありがとう」
ジークハルトは素直にお礼を言うと、本の選別を始めた。表紙を見て何冊か抜き出し、目次を読んで選び、いくつかの本は読まずに戻していた。軽く読んでる時もあり、デオギニア語なのに読むのも選ぶのも速かった。歴史と経済の本を三冊選んだようだ。
「言語の本も借りようと思うのだが」
「言葉は完璧じゃない」
「お爺ちゃんと言われたのでな」
ジークハルトが口の端を持ち上げてニヤリと笑った。
「えーっと、それはごめんなさい。ラフな日常会話ってことよね……」
反対側に回らないと初歩的な本がない事に気付き、ジークハルトの手を引いた。
「蔵書もさることながら建物の造りも凄いな」
「そうなのよね。シン兄様は建築の勉強もされてるから建物へのこだわりが凄いの。それに、知識は宝だから皆が共有できるようにしたのね。図書館はシン兄様の功績のひとつよ」
「うむ。これを皆が自由に借りられることにとても驚いた」
「これが普通になっちゃったけど、きっと贅沢なことなのよね」
「そうだな、サファスレートの図書館も素晴らしいが、ここまでではないな。それに娯楽の要素が無い」
「あぁ、そうね。デオギニアは娯楽小説も多いから……あぁ、この辺りよ」
主に留学生向けの本が並んでいる場所に案内した。先ほどの専門書を読めているジークハルトには必要ない気もするが。
ジークハルトはここでも素早く選別を済ませ、こちらを向いた。
帰ろうか、と言おうとした時、背後から声をかけられた。
「あら、ブービーじゃない」
淡い金髪に薄いブルーグレーの瞳の第四皇女のルイが後ろに立っていた。そのさらに後ろから第三皇女のララもこちらへ歩いて来た。
「誰この人?」
ララは睨め付けるような視線をジークハルトに送った。
ミユはジークハルトに二人の無礼を謝罪してから、二人を紹介した。
ルイは美人で有名な第二皇妃の娘で、美人だけど、かなり残念な性格をしている。
ララは第一皇妃の娘で、いわゆるイケメン好きだ。目を開いたままジークハルトの顔を凝視している。会ったらこうなるだろうとは予測してはいたが、想像以上だった。
二人はミユの二つ年上で、二人は同い年だ。
「あぁ、マイお姉さまの元彼の弟」
「あの!?」
ルイが馬鹿にしたように言うと、それにララが食いついた。
ジークハルトの兄と、第二皇女のマイは恋人同士だった。
第二皇妃の娘の中でも特に美しかったマイと、サファスレート王国の精悍な王子の恋物語は当時からとても有名だった。
ルイとララを見つめるジークハルトは、隙のない、ひと昔前の貴族のような顔をしていた。




