ミユ(2)
「あの物語の兄よりはマシね。ブービーでは相手にされないのではなくて?」
「ハァ? ブービー、あんたもう目を付けてんの? イケメンだから?」
ルイの言葉にララが反応した。ララはデオギニア特有の錆色の髪を払いながら、肉感的な体を揺らして怒った。案内しているだけで怒られても迷惑だけれど。
二人はジークハルトの前だというのに、ミユをブービーと呼び続けた。恥ずかしくないのだろうか。
ミユの低い鼻が豚のようで、その豚の鳴き声と、身分の低い第三皇妃から生まれた最後の皇女、しかも婚約者のいない、最下位の女という意味でブービーと呼んでいるのだそうだ。
二人からそれを丁寧に説明された時は、幼稚な悪意に開いた口が塞がらなかった。
「目を付けてるとかじゃないわ。図書館を案内していただけよ」
「いい子ぶっちゃって、ブービーのくせに。案内役とやらを わたしたちに譲りなさいよ」
ララは深く物事を考えずに話す癖がある。ララとルイには婚約者がいるのだが、そんなことはお構いなしだ。この会話だけでもサファスレートだったら不貞を疑われるだろう。
「ねぇ、貴方。わたくしたちがこれから皇城内を案内してあげるわ。ブービーが相手じゃ、馬鹿にされましてよ?」
ルイが尊大に言い放った。他国の王子相手に失礼な物言いだが、ミユが止めれば第三皇妃の娘ごときが偉そうにと、なじられるだけだ。どうやって切り抜けようかと考えていた。
「あいにく、離宮へと戻る時間ゆえ、また」
ジークハルトは冷たい表情で言い放った。
「まぁ! 失礼な男ね。このわたくしがわざわざ案内して差し上げようと言っているのに」
ルイは自分をもてはやさない男が大嫌いなので、ジークハルトは『侍らせリスト』から削除されたことだろう。リスト入りしている下衆い男たちの中にジークハルトが入らずにすんでよかった。
ミユが罵られるのはいつものことだから仕方ないとしても、ジークハルトに迷惑がかかるのは嫌だ。
「失礼」
ジークハルトはミユの腰を支えて促すようにしながら歩きだした。
鬼の形相でこちらを睨んでいるララと目が合った。慣れてても普通に怖い。顔が怖い。威圧感が凄い。
「彼女たちは本当に成人女性なのか?」
二人から遠ざかると、ジークハルトが小声で言った。
「あまりにも幼すぎる。デビュー直後の令嬢のようだ」
「あぁ……」
ジークハルトの眉間に皺が寄っていた。
デオギニアで『デビュー』という制度のようなものがなくなってから随分経つ。そもそもデオギニアの貴族は大地主ぐらいの感覚なので、普通に働かなければ食べていけない。むしろ土地を多く持っているぶん、稼がないと税金が払えなくなり土地を手放すことになるのだ。
それでも、ジークハルトの言う『デビュー直後の令嬢』は想像できた。
ルイとララのことはどうにかしなければいけないと思うのだけれど。
シン兄様は、向上心のない人物はバッサリと切り捨ててしまうから、彼女たちは放置されており、まともな教育が施されていない。そのことに、本人たちは全く気付いていないようにも見える。
二人は古い小説に書かれている令嬢を真似ているらしく、言動や服装が少々おかしなことになっている。おそらく本物の令嬢しかいないサファスレートに行けば、嘲笑の的になるだろう。
「ごめんねぇ」
「なぜミューが謝る?」
「なんか色々聞かせたくなかったなって」
サファスレートの王子様と自国の姫の恋は、二人が別れた後、小説になった。
ルイが言ったあの物語とは、それのことだ。
王子様には婚約者がいて、恋人だった二人はその婚約者のせいで引き裂かれてしまうという内容だ。婚約者は悪役令嬢と呼ばれていた。
わたしはあの物語が大嫌いだった。
まるで大昔に流行った、婚約破棄小説みたいだと思った。
この国の誰もが知っているマイとレオンハルトの恋物語を、いつまでもジークハルトに隠せるとは思わなかったけれど。この国に来たばかりのジークハルトに聞かせていいものではなかったと思う。
お兄様が有名な、悲恋の物語のヒーローだなんて。
しかもそれを、この国の多くの女の子が楽しんだなんて。
「ミューは、優しいのだな」
「へっ? わたしの、どこが?」
「私に、兄上のことを聞かせたくなかったのであろう?」
「……」
「気にしなくていい。兄上が有名人で、皇女殿下との恋物語が小説になったことも知っている」
「そう……だったの」
「ご丁寧に教えてくれるものが母国にいたのでな」
「それは……悪い意味でよね? それなら、なおさら申し訳ないわ。それに、婚約者である令嬢を悪役令嬢なんて名前で呼ぶなんて」
「そうだな、それに関しては私もどうかとは思っている」
申し訳なさに眉がどんどん下がっていく。
「それでも。あれはただの小説で、書いたのもミューではない。だから気にしなくていい」
ジークハルトはそう言って、綺麗な顔で笑ってくれた。




