ジークハルト(6)
勢いに押され、愛称で呼びあうことや敬語をやめること、ミユの服のモデルの件を了承してしまった。初日から疲労感が凄い。
途中から現れたミユ付きのメイドのナターシャも膝丈スカートだった。それを見るたびに、ミユのショートパンツから伸びた足が脳内にチラついて落ち着かなかった。
「ジーク、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない、なぜお前は平然としてるのだ」
「いえ、許容範囲を超えたときは考えること自体、やめることにしているので。ジークが気にしている女性の足についても同様です。ミユ様の腰に巻いたジャケットから歩く度にチラついてた足にも気付きましたが見てません」
ヒースの言葉にうなだれる。
私は見た! しっかり見た! 変態か!!!
「なぜ、あんなにも無防備なのだ。この国はみんなそうなのか?」
「どうでしょう、街の様子からして開放的ではあるようですが」
正直、街中の女性の膝丈スカートでさえ目のやり場に困っていたのに、サファスレートの下着姿より薄着の女性に出会うことになろうとは。
ほっそりしているのに太腿は……
いや、だから私は断じて変態では!!!
「ジーク落ち着いて」
「わかってる!!」
わかってはいるのだ。
けれども、目の前でまともに見てしまったのだ。
ナターシャから、綺麗に皺が伸ばされたジャケットを受け取り、そのナターシャが淹れてくれた紅茶を飲んで落ち着いて……落ち着いたはずだったのに、モデルの件を了承してしまったせいで、体のサイズを隅々まで測られ、ミユが触れる度に赤くなってしまった。
「疲れた」
薔薇の宮に戻るなり、ベッドに倒れ込んだ。ベッドに体を投げ出すなど、幼少期でさえしたことがなかったというのに。
ヒースがあれこれ世話をやきながら話しかけてくれたが、ずっとぼんやりとしていた。
「そのぐらい疲れていたほうが、余計なこと考えなくていいかもしれないですよ」
「……まぁな」
ヒースは笑いながら紅茶を淹れてくれた。
重たい体を起こして口を付けた。
「不味い」
「すみません、まさか部屋付きのメイドがいないとは思わなかったので、これから練習します」
食事を運ぶ者や、何かあれば対応してくれる者はいるが、基本的に自分のことは自分でやる、というのがこの国のスタンスらしい。皇太子ですら侍女は付かないらしい。皇太子には、スケジュール管理などをする秘書という者がいるらしい。侍従のような者だと理解した。
そもそも皇城には侍女という役職が無く、メイドはいるが小間使いという意味ではない。しかも、薔薇の宮には必要な時にしか来ないという。
サファスレートに他国の王族や皇族が留学に来たら、不自由がないよう人が大勢配置される。そして初日は必ず晩餐会がある。場合によっては夜会も開く。
デオギニアでは夜会や晩餐会は無さそうだ。色々と面倒なやり取りがあるだろうと構えていたので気が抜けてしまった。
「習ってはきたものの、文化の違いを目の当たりにすると、やはり、驚かされるな」
「本当です。まさかあのように肌を晒すなど」
ヒースがニヤリと笑う。
絶対にからかわれている。
「黙れ」
「はいはい、ジークが健全で安心致しました」
「黙れと言っている」
「タオルを用意して湯を沸かしますね」
「貴様」
「おやおや、私はただ湯あみの準備の話をしただけですよ?」
澄ました顔で風呂場に消えたヒースの背中を睨みつけながら、あれは本当にヒースだろうかと、頭を悩ませてしまった。
* * *
「ジーク、今日もとてもかっこいいけど、もうちょっと涼しい服を着てみない?」
次の日、図書館に一緒に行こうと誘われたため、訪れた部屋で、袖が半分しかない襟元にボタンのついたシャツを提案された。サファスレートにはないタイプのシャツだ。
――半分か、なるほど。これは涼しそうだ。
袖を捲る以外の方法があったことを知る。サファスレートの紳士は、夏でも長袖だ。
ジャケットとシャツを脱ぐと、渡された半袖のシャツを羽織った。
「腕がスースーするな」
「涼しいでしょ?」
「慣れないので涼しいというより心もとないという感じだが……ミューは暑いのか? 涼しそうな格好をしているが」
今日は長めのスカートで良かったと安心したものの、足首は出ているし腕は全部出ている。よくよく見ると露出が多い。メイドのナターシャの服も半袖で膝下スカートなので、この国ではそういうものだと割り切るしかなさそうだ。
「ん? わたし? 暑くないよ?」
「真っ赤だぞ?」
「いや、これは違うの、そう、あ、あついから!」
「??」
下はこれね、と言われて渡されたのはトラウザーのような半分丈の服だった。
「これは無理だ。幼少期に履くトラウザーであろう?」
「違う、違う。これはパンツ! トラウザーズとか半分丈のトラウザーじゃなくて、もっとラフな服よ」
「それではシャツと合わないのでは?」
「合う! というか、ジークが履けば合う。絶対」
助けを求めるようにヒースを見たが、素知らぬ顔をされた。自分に飛び火しないよう自衛しているようだ。ナターシャに声をかけて、お茶の淹れ方を教えてくれなんて言い出している。
「大丈夫! これはシン兄様にも許可貰ってるから!」
「なぜこれに許可が出るのだ!?」
「涼しいからよ。シン兄様は涼しくて楽なものが好きなの。レイ兄様は履いてくれないけど」
「では私も遠慮しよう」
断固拒否した。ハイソックスにトラウザー姿の幼少期を思い出してしまうからだ。
ミユは不満そうだったが、仕方がないという顔をして出かける支度を始めた。
「図書館の後、レイ兄様のところに布を取りに行く予定なんだけど、いい? レイ兄様を紹介したいし」
「それはありがたいな」
昨日は皇太子殿下にしか会えなかった。第二皇子のレイ殿下に会うならばと、ジャケットを手に持つと、小さなバッグを斜めに掛けるという面妖な格好をしたミユが目を見開いていた。
「それ要らないでしょ!?」
「いや、紳士たるものジャケットを羽織らずに皇族にお会いすることなどできぬゆえ」
「ジークって、本当はお爺ちゃんなの!?」
「なっ!!」
ショックでジャケットを落としてしまった。
デオギニアの感覚だとジークハルトの言葉は古めかしいのだということは理解できたが、ストレート過ぎる。
ヒースめ、肩が震えてるぞ!!
「要らないから! うちの皇族、緩いから! あんまり堅い格好してると逆に浮くよ?」
「……わかった。ジャケットは置いていく」
「本当?」
「あぁ、ミューの服のモデルを引き受けたからな。なるべくなら言われた通りの格好をしよう。パンツとやら以外はな」
「ありがとう! それなら、もっとスケスケのシャツとかもあるんだけど」
「それも勘弁してくれ」
ミユは嬉しそうにジークハルトのジャケットを拾うと、ハンガーに掛けてくれた。
ヒースはナターシャにお茶の淹れ方を習っていたので置いていくことにする。物凄く不満そうな顔をしていたが、教えてくれているナターシャに失礼だろうと言えば黙るしかないようだった。
「気を付けてくださいね」
「薄着の女性が普通に歩ける皇城内で危ないことなどないだろう?」
「それはそうですが」
口ごもったヒースは、ミユに「ヒースって心配症のお母さんみたいね?」と言われ撃沈していた。先ほどのお爺ちゃん発言の仕返しができたような気がして、胸がスカッとする。
上機嫌で、ミユに腕を差し出す。
「もしかしてエスコート!?」
「これもお爺ちゃんか?」
「まさか!! これは王子様!!」
そう言って嬉しそうに腕を絡ませてきた。
いや、そこまで絡ませて密着はしないのだが……
ミユの体温は心地よく、ここはサファスレートではないので密着もよしとすることにした。




