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『会社を辞めると伝えた51歳トラックドライバー、異世界少女の召喚精霊になる』  作者: うさぎとカニ


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第9話 オッサン精霊、人間だと証明するも驚かれない


 ◇◇◇◇


  西の森へ続く街道を、アリスと並んで歩く。


 朝飯はうまかった。腹も満たされた。胸当ても買ってもらった。


 足元だけが裸足のままだ。


「アリス。森に入って、何か尖ったものが落ちていたら教えてくれよ」


「分かってるわ。さっきも聞いたもの」


「大事なことは二回言うんだよ。仕事でもそうだろ」


「コージの足の裏、痛くないんでしょう?」


「痛くなくても、踏みたくないものはあるんだ」


 アリスは小さく笑った。


 森に入ると、道の両脇に木々が迫ってきた。街道からそれほど離れていないのに、町の物音はもう聞こえない。


「最近はこの辺りにもゴブリンが出るのか?」


「ええ。前はもっと森の奥にいたのに、数が増えてから街道にも近づくようになったみたい」


「人が通る道に出てくるなら、放っておけないな」


「だからギルドが依頼を出したのよ」


 アリスは杖を握り、地面を見た。


 俺もつられて足元を見る。土の上に、小さな足跡がいくつも残っていた。


「これ、ゴブリンのか?」


「そうよ。まだ新しいわ」


「よく分かるな」


「冒険者だもの」


 アリスは得意そうに胸を張った。


 その直後、茂みが揺れた。


「コージ、右!」


「分かってる!」


 三体のゴブリンが飛び出してきた。先頭は棍棒、残りの二体は短い木の棒を持っている。


「依頼の三体、向こうから来てくれたな」


「ちょうどいいわ!」


「仕事の都合はいいが、朝飯のあとに見たい顔じゃないよ」


 先頭のゴブリンが棍棒を振り上げる。


 俺は横へ避け、その頭を手のひらで軽く叩いた。


 ゴブリンは茂みへ飛び込んで、動かなくなった。


「毎回、力加減が難しいな……」


「コージ、もう一体!」


「おっと」


 二体目が俺の足元へ突っ込んできた。


 反射的に後ろへ下がる。裸足のつま先を踏まれたくなかったのだ。


「ゴブリンに殴られるより、足を踏まれるほうが嫌なの?」


「どっちも嫌だよ!」


 俺は飛びかかってきたゴブリンの額を、指先で軽く押した。


 小さな体がひっくり返り、地面を転がる。


 最後の一体は、俺たちを見比べて背を向けた。


「逃げるわ!」


「逃がすと、また街道へ出てくるか」


 追いかけようとした俺の前に、木の根が張り出していた。裸足で踏むのは避けたい。


 アリスが杖を向ける。


「風よ!」


 突風がゴブリンの進む先を横切った。足を取られたゴブリンが、その場で尻もちをつく。


「今よ、コージ!」


「はいはい!」


 俺は木の根をまたぎ、起き上がろうとするゴブリンの頭を軽くはたいた。


 三体目も倒れた。


「これで依頼達成だな」


「ええ!」


 アリスは杖を下ろした。俺は足の裏に何も刺さっていないことを確かめる。


 今日ばかりは、ゴブリン三体より足元のほうが気になった。


 そんな俺の横で、アリスが腰の小刀を抜く。


「……ああ、そうだったな」


「討伐証明の耳を持って帰らないと」


「分かってる。分かってるから、俺はあっちを見てるよ」


 俺は木のほうへ顔を向けた。


「ゴブリンを素手で倒すのに、耳を切るところは見られないのね」


「何度も言うが、倒すのと耳を切り取るのは別なんだよ」


「はいはい」


「そこ、軽く流すな。俺なりに大事な線引きなんだからな」


 アリスが作業を終えるまで、俺は森の奥を見張ることにした。


     ◇


「終わったわ」


「助かるよ。耳は袋にしまったか?」


「しまったわよ」


「なら振り向けるな」


 俺はアリスのほうを向いた。


 先ほどから気になっていたが、アリスはずいぶん元気そうだ。以前なら、討伐を終えるころには少し疲れた顔をしていた。


「アリス、今日は魔力に余裕があるのか?」


「ええ。まだコージを召喚していられそう」


「そうか。前は森を出る前に眠くなってたよな」


「私も驚いているの。コージを呼ぶようになってから、魔力を使い切ることが増えたでしょう? 召喚にも慣れてきたし、使える魔力が増えたのかもしれないわ」


「なるほどな。毎日のように使ってれば、上達もするか」


 異世界漫画なら、経験を積んで能力が伸びるところだ。


「そういえば、この世界にはレベルってあるのか?」


「レベル?」


「魔物を倒したり、魔法を使ったりして経験を積むだろ。それが一定のところまでたまると、数字が上がるってやつだよ。RPGゲームの基本だ」


「アールピージー?」


「そこから説明が必要か……」


 俺は頭をかいた。


「遊びの中で、強くなったことを数字で表す仕組みだよ。たとえば最初がレベル1で、経験を積んだらレベル2になる」


「そんな数字、聞いたことがないわ」


「ないのか?」


「冒険者にはEランクからSランクまであるけど、それはギルドの評価よ。人間に数字がついているわけじゃないもの」


「じゃあ、自分のステータスを見たりもしない?」


「ステータスって何?」


「自分の能力や状態を一覧で見るものだよ。異世界漫画だと、『ステータスオープン』って言えば目の前に画面が――」


 そこまで言ったときだった。


 俺の目の前に、薄い光の板が現れた。


「……出た」


「何が?」


 俺は瞬きをした。


 光の板には、日本語で文字が並んでいる。


【名前】高野幸治

【種族】人間

【状態】召喚中

【契約】召喚仮契約

【召喚主】アリス

【契約同調】微弱


「おいおい、本当に出るのかよ!」


「コージ?」


「見ろ、アリス。俺の目の前に文字が出てる」


「どこに?」


「ここだよ、ここ」


 俺は光の板を指さした。


 アリスは俺の指先を見てから、その向こうを覗き込む。


「何もないわよ」


「君には見えないのか?」


「ええ。コージ、大丈夫?」


「その心配そうな顔をするな。ちゃんと見えてるんだよ。名前も、契約のことも書いてある」


 俺はもう一度、最初の行を見た。


 種族、人間。


「ほら! 俺は人間だって書いてある! やっと証拠が出たぞ!」


「うん。分かっているわよ」


「……え?」


 俺は画面から目を離した。


「分かってたのか? いつから?」


「最初は本当に精霊だと思っていたわ。でも、コージには日本での仕事があって、奥さんもいるんでしょう? 奥さんの話を聞いたころから、別の世界の人間なんだろうなって」


「じゃあ、今まで俺が『人間だ』って言うたびに……」


「うん。知ってた」


「知ってて精霊さんって呼んでたのかよ!」


 今度こそ、アリスは笑った。


「だって、私が呼ぶと来てくれるもの」


「呼ばれるほうの都合は、まだあまり聞いてもらえてないけどな」


「それは……ごめんなさい」


 アリスが少しうつむいたので、俺は言いすぎたかと思った。


 すると、アリスは顔を上げ、まっすぐ俺を見た。


「コージが人間なのは分かってる。でも、私にとっては特別な精霊さんなの」


「……人間だって認めてもらえたのに、精霊さんは残るのか」


「残るわ」


「そこだけは、ずいぶん頑固だな」


 アリスは嬉しそうに笑った。


「まあ、君がそう呼びたいなら、好きにしな」


「うん。精霊さん」


 俺は光の板へ目を戻した。


 もう一つ、気になることがある。


 最後の行には、見慣れない言葉があった。


【契約同調】微弱


「契約同調……微弱? おい、アリス。俺たち、まだ息が合ってないらしいぞ」


「そうかしら。さっきのゴブリン退治は、うまくいったじゃない」


「君が『やっちゃって』で、俺が毎回振り回されてるんだぞ。たぶん、そういうところを見られてるんだよ」


「じゃあ、これから息を合わせればいいのね」


「簡単に言うなあ。まずは呼ぶ前に、俺の都合を聞けるようになってくれ」


「ところで、これ、どうやって消すんだ?」


「何を?」


「ステータス画面だよ。帰り道ずっと目の前にあったら、木にぶつかる」


「私には見えないから、分からないわ」


「そうだったな……ステータス、閉じろ。いや、クローズか?」


 光の板がすっと消えた。


「消えた!」


「よかったわね」


「よかったけど、俺が異世界漫画の知識で言ったことが本当に起きてるんだぞ。そこはもう少し驚いてくれよ」


「コージがゴブリンを吹き飛ばすところを、何度も見ているもの」


「俺より慣れるのが早いな」


 アリスは町の方角へ歩き出した。


  そのときだった。


「助けてくれーっ!」


 森の奥から、男の叫び声が聞こえた。


 俺とアリスは顔を見合わせ、うなずき合う。来た道を引き返し、声のした方へ走った。


 木々の間から飛び出してきたのは、若い冒険者の男が三人。


 朝、ギルドの前で俺に絡んできた連中だ。


「お前ら、どうした! 何があった?」


 三人は血相を変えて走っていたが、俺とアリスに気づくと、先頭の男がにやりと笑った。


 嫌な予感がした。


「後は頼む!」


 男はすれ違いざまにそう言い残し、町の方へ走り去った。残りの二人まで、こちらを見てにやけながら後に続く。


「おい、待て! 何を頼むって――」


 アリスが走り去る三人を振り返った。


「何よ、あれ。助けを呼んでおいて、自分たちは逃げるの?」


「知らん。さっき俺に『見逃してやる』って言ってた連中だぞ。あいつらの頼みなんか引き受けてないからな」


 その時、茂みが揺れ、ゴブリンが飛び出した。


 一体だけではない。次々に現れ、あっという間に道を埋める。ざっと数えて十体。その後ろには、ひときわ体の大きなゴブリンがいた。


「あれはゴブリンチーフよ! 群れを指揮しているの」


 リーダーが短く鳴くと、前にいたゴブリンたちが左右へ広がった。


「本当に指示を聞いてるな。アリス、下がってろ!」


「コージは?」


「こいつらを町へ行かせない。君は逃げた奴がいないか、周りを見ててくれ」


 俺は道端の小石を拾った。


 一体が棍棒を振り上げたところへ投げる。小石はそいつの額に当たり、後ろのゴブリンを巻き込んで倒れた。


「……石を投げただけで、そこまで飛ぶのか」


「コージ、右からも来るわ!」


「見えてる!」


 足元に落ちていた枝を拾い、横から迫る一体へ投げた。枝が胸に当たると、ゴブリンは後ろへ転がった。


 その隙に俺は前へ出る。飛びかかってきたゴブリンの頭を軽くはたき、続く一体も同じように叩く。


「悪いが、こっちは十体分の依頼を受けた覚えはないんだよ!」


「文句を言いながら、もう半分倒してるわよ!」


「数える余裕があるなら、逃げる奴を見ててくれ!」


 ゴブリンたちが次々に向かってくる。


 いつものように、俺は近づいた順にはたいた。力を入れすぎないよう気をつけているのに、一体は木の根元まで飛び、もう一体は地面を転がる。


 最後の一体が倒れると、コブリンチーフは仲間たちを見回し、くるりと背を向けた。


「あっ、逃げる!」


 アリスが杖を構えたが、コブリンチーフは木々の奥へ姿を消した。


「追うか?」


「待って。ゴブリンチーフがいるということは、近くに集落があるはずよ」


「集落か……」


 俺は奴が逃げた方を見た。


「あいつがすぐ仲間を連れて戻ってくるなら、放っておけないな」


 街道は近い。さっきの三人だけでなく、商人の荷車も通る場所だ。


「アリス、魔力はどれくらい残ってる?」


「まだいけるわ。今日は眠くもないし」


「分かった。集落を探そう。近くにあるなら、そこで止めておきたい」


「やっぱりコージね。放っておけないと思ったわ」


「……町のギルドに戻っている間に、ほかの人が襲われたら困るからだよ」


 まっすぐ褒められると、どうにも照れる。


 俺はアリスから顔をそらし、ゴブリンチーフが消えた森の奥を見た。


「ただし、危ないと思ったらすぐ引き返すぞ。それと、討伐証明の耳を十体分切るなら、俺は見てないからな」


「そこは今、気にするところ?」


「俺にとっては大事なところなんだよ!」


 俺たちはゴブリンチーフの逃げた跡を追い、森の奥へ進んだ。



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