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『会社を辞めると伝えた51歳トラックドライバー、異世界少女の召喚精霊になる』  作者: うさぎとカニ


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第7話 オッサン精霊、パジャマでギルドへ行く


 ◇◇◇◇


 夜中に目が覚めた。


 枕元の時計を見ると、午前3時15分。


「……またこの時間か」


 ここ最近、だいたいこのくらいの時間にトイレへ行きたくなる。若いころは朝までぐっすり眠れたのに、今はそうもいかない。


 夜間頻尿というやつだ。


 腰だけじゃなく、睡眠まで年齢を感じさせてくるとは。体というのは、なかなか手厳しい。


 トイレを済ませ、寝室へ戻る。隣では妻が静かに眠っていた。


 今日は仕事が休みだ。目覚ましもかけていない。


「朝はゆっくり寝ていよう」


 布団に入り、目を閉じる。


 若いころのように、一気に8時間以上眠るなんてことはできない。それでも、布団の中で目を閉じているだけで気は休まる。


 そう思っているうちに、また眠りに落ちた。

   

    ◇


「コージ精霊さん! 起きて!」


 アリスの声が聞こえた。


 夢の中まで出てくるとはな。俺もだいぶ疲れているらしい。


「ねえ、コージ! 起きてってば!」


 肩を揺さぶられた。


 ずいぶん手触りのある夢だな。


「起きて、コージ!」


「……ん?」


 目を開けた瞬間、俺はガバッと起き上がった。


 目の前を、買い物籠を抱えた女性が通り過ぎる。その向こうでは、荷車を引く男がこちらを見ていた。


 石畳の道。朝の日差し。行き交う人々。


 そして、すぐ横にはアリスがいる。


「……ここ、どこだ?」


「リーベルの町よ」


「それは見れば分かる。どうして俺が、ここで寝てたんだって聞いてるんだ」


「召喚したら、寝たまま出てきたの。声をかけても起きないから、ちょっと揺すったわ」


「ちょっと、ねえ……」


 俺は立ち上がろうとして、足の裏に石畳の冷たさを感じた。


 裸足だ。


 体を見下ろす。着ているのは、家で寝るときのパジャマだった。


「最悪だ……」


「どうしたの?」


「どうしたの、じゃない。俺は寝てたんだぞ。しかも今日は休みだ」


「今日はずいぶん薄着なのね。それに靴まで忘れたの?」


「忘れたんじゃない。寝床からそのまま連れてこられたんだよ!」


 通りすがりの男が、俺の足元を見て振り返った。


 俺は思わず片足をもう一方の足の後ろへ隠した。どちらも裸足なので、何の解決にもならない。


「こっちは朝なのよ。みんな、これから仕事を始める時間だわ」


「そっちはな。俺のいた日本は、まだ夜中の3時すぎだよ」


「ずいぶん早起きなのね」


「早起きじゃない。トイレに起きて、ようやく寝直したところだったんだ」


「トイレ?」


「そこは説明しなくていい。とにかく、俺は眠い」


 アリスは少しだけ首を傾げた。


「でも、これからギルドへ行って依頼を受けるの。一緒に行きましょう!」


「話を聞いてたか? 今日は休みで、しかも寝てたんだよ」


「精霊さんも休むの?」


「休むに決まってるだろ。51歳を何だと思ってるんだ」


 若いころは寝不足でも働けた。今は途中で何度も目が覚めるし、目を閉じて横になっている時間だって大事だ。


 そのあたりを説明すると、アリスの顔から勢いが消えた。


「……そうなの。ごめんなさい。起こしたら悪かったわね」


 眉を下げて、しょんぼりしている。


 そういう顔をされると困る。俺が悪いわけじゃないのに、どうにも放っておけなくなる。


「いや、まあ……もう来ちまったものは仕方ない。簡単な依頼なら……」


「本当!」


 アリスの顔がぱっと明るくなった。


「ただし、危ない依頼は受けるなよ。それと、どこかで履き物をどうにかしてくれ」


「分かったわ!」


「二つとも分かったんだろうな?」


 返事だけはいい。少々不安だ。


 俺たちはギルドへ向かって歩き出した。


 裸足で石畳を歩くたび、小さな砂粒が足の裏に当たる。……はずなのに、痛くない。


 足の裏には石畳の硬さも砂粒の感触もあるのに、気になるほどの痛みがなかった。


 召喚されたせいで、足の裏まで強くなっているのか?


 ゴブリンを吹き飛ばす力はまだ分かる。だが、裸足で町を歩くための力までつけられても困る。

 

 どうせなら、その力で靴も一緒に出してほしかった。


 道行く人は、まず俺の顔を見て、それからパジャマと裸足を見る。


 パジャマに裸足って……寝ぼけたまま町内会のラジオ体操に来たオッサンじゃないか。


 それもラジオ体操なら、まだ事情を説明できる。異世界で冒険者ギルドへ向かっている理由は、俺にもよく分からない。


「コージ、みんな見ているわね」


「そりゃ見るだろ。君は普通の格好をしてるのに、隣には見たこともない薄着で、しかも裸足のオッサンが歩いてるんだから」


「俺からすればただのパジャマなんだが、こっちじゃ何の服かも分からないだろうしな」


「精霊さんの世界では、そういう服で出かけるの?」


「出かけないよ。だから困ってるんだ」

 

    ◇

 

 冒険者ギルドの前まで来たときだった。


 入口の脇にいた若い男たちが、アリスを見つけてニヤッと笑った。三人とも革鎧を着て、腰に剣を下げている。


「よう、アリス」


 一人が道を塞ぐように前へ出た。


「そろそろ俺たちのパーティーに入れてやるよ。お前ひとりじゃ、この先は無理だろ?」


 ほかの二人も、アリスをじろじろと眺めながら近づいてくる。


 アリスは、はっきりと顔をしかめた。


「お断りよ。あなたたちみたいな弱いパーティーには入らないわ」


「何だと?」


「私には高位精霊のコージがいるもの」


 アリスが俺を指さす。


 三人の視線が一斉にこちらへ向いた。


 パジャマ。裸足。寝癖のついた髪。そして、年々薄くなっている頭頂部。


「……こいつが?」


「高位精霊?」


 男たちは顔を見合わせ、次の瞬間、大声で笑い始めた。


「ぶはははっ! 変な格好をしたハゲたオッサンだろ!」


「しかも裸足じゃねえか!」


「アリス、お前、そいつをどこで拾ってきたんだよ!」


 俺は頭頂部に手をやった。


「ハゲで悪かったな。少し頭頂部が薄いだけだ」


「それをハゲって言うんだよ!」


 三人はさらに笑う。


 アリスが一歩前へ出た。


「コージを馬鹿にしないで。見た目はともかく、本当に強いんだから」


「見た目はともかく、って君も言うのか」


「事実でしょう?」


「朝から味方がいないな……」


「何が高位精霊だよ。妙な薄着で裸足のオッサンじゃねえか!」


 また笑い声が上がった。


「これはパジャマだ。好きでこの格好で来たわけじゃない」


 俺は深く息を吐いた。眠い。それに大声で公衆の面前でハゲと言われた。


 せっかくの休日だというのに、朝から腹が立つ。


「まったく……ドライバーは気が短い奴が多いんだよ!」


「はあ? 何を言ってやがる」


「朝からキャンキャン吠えやがって、この馬鹿犬どもが! 痛い目に遭う前に、とっとと犬小屋に帰れ! このアホンダラ!」


 男たちの笑いが止まった。


「アホンダラ? 意味が分からねえこと言いやがって!」


「お前こそ、ぶっ飛ばしてやるぜ!」


 一人が拳を振り上げ、俺に殴りかかってきた。


「おいおい。口げんかで済ませろよ」


 拳を軽くかわし、すれ違いざまに相手の足を払う。


「うわっ!」


 男は勢いを止められず、顔から石畳へ転んだ。

 ズササーッ!


「いってえ!」

 

 俺は思わず足元を見た。

 

 裸足で払った足は、別に痛くない。いつもなら足の指をぶつけただけで声が出るのに、召喚中の体は本当に妙だ。


「このオッサン、舐めやがって!」


 残った二人が同時に向かってきた。


「はぁ……面倒だな!」


 一人目の拳を半歩ずれてかわし、その足を軽く払う。


「うおっ!」


 ズササーッ!

 

 続いて、もう一人の肩が目の前を通り過ぎたところで、足先をちょいと引っかけた。


「なっ――」

 

 ズササーッ!


 二人とも、最初の男と同じように顔から地面へ転んだ。


 俺はその場で固まった。


「……いや、そこまで勢いよく転ぶか?」


 力はほとんど入れていない。三人が走り込んできた勢いを、本人たちがそのまま地面まで運んだような

ものだ。


 もっとも、顔面で着地する必要はなかったと思う。


 ギルドの前には、いつの間にか人だかりができていた。


 三人は鼻や頬を押さえながら立ち上がる。幸い、血は出ていないようだ。


「くそっ……もう一回だ!」


 一人が剣の柄に手をかけた。


 俺は声を低くした。


「やめとけ。そこから先は、笑い話じゃ済まなくなる」

 

向こうが素手なら、こちらも転ばせるだけで済む。剣まで抜かれたら、俺だって手加減できる自信はない。


 男の手が止まった。


 周囲の視線に気づいたのか、三人は悔しそうな顔で後ずさる。


「今日は見逃してやる!」


「はいはい。帰り道は足元に気をつけろよ」


 三人は人混みをかき分け、足早に去っていった。


「朝っぱらから何をやってるんだ、俺は……」


 ため息をつくと、アリスが駆け寄ってきた。


「すごいわ、コージ! 三人をあっという間に転ばせちゃった!」


「向こうから突っ込んできたんだよ。ケガがなくてよかった」


「それに、カッコいいわ!」


「え……そうか?」


 まっすぐ褒められると、少し照れくさい。


 考えてみれば、女性から「カッコいい」なんて言われた記憶がない。


 嫁さんにだって、言われたことがあったかどうか。


 俺は頭頂部を隠すように髪を撫で、それから余計なことをしたと気づいて手を下ろした。


「まあ……ケガをさせずに済んで、よかったよ」


「顔、赤いわよ?」


「朝から動いたせいだ。年を取ると、すぐ息が上がるんだよ


 アリスはにっこり笑ったあと、俺の足元を見た。


「でも、依頼を受ける前に、靴は何とかしないとね」


「……カッコいいって言った直後に、足元を見るなよ」


「だって、みんな見ているもの」


 俺はそっと両足を揃えた。


「せめて靴くらい用意してくれ。高位精霊にも最低限の身だしなみってものがあるだろ」


「精霊さんに靴は必要なの?」


「必要だよ! 今まさに本人が裸足で立ってるだろ!」

 

 アリスは首を傾げたまま、ギルドの扉を開けた。


 俺はパジャマ姿でそのあとに続く。


 召喚仮契約の条件に、ひとつ追加しなければならない。

 

 早朝出勤させるなら、せめて靴くらい支給してくれ。



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