第43話 オッサン精霊、狼と巨人に挟まれる
◇◇◇◇
町を出た討伐隊は、村へ続く街道を進んでいた。
先頭には、森の追跡に慣れた斥候が二人。その少し後ろを、副隊長のレオンと前衛の冒険者たちが歩く。
中央にはアリスたち召喚士と治療役。ガレスたちは後方の警戒を担当していた。
俺は隊列の中央付近を歩きながら、前と後ろを何度も確認する。
「コージ、さっきから後ろばかり見てるわよ」
隣を歩くアリスが言った。
「後ろの人間がいなくなってないか、確認してるんだよ」
「街道を歩いてるだけなのに、いなくならないでしょう?」
「張り切って森へ入っていくやつがいるかもしれん」
「俺のことですか?」
後方にいたガレスが声を上げた。
「自覚があるなら気をつけてくれ」
「大丈夫です! コージさんに言われたとおり、しっかり後ろを守ってますから!」
ガレスは歩きながら何度も振り返っている。
「ただし、後ろ向きに歩くなよ。転ぶから」
「分かってますよ!」
答えた直後、ガレスの足が街道の石に引っかかった。
「うわっ」
隣にいた仲間が、慌ててガレスの腕をつかむ。
俺は何も言わずにガレスを見た。
「……前も見て歩きます」
「そうしてくれ。魔物と戦う前に怪我人を出したくないからな」
小さな笑いが隊列に広がった。
それでも、皆の表情には緊張が残っている。
前回の戦いに参加した者は、フォレストオーガの恐ろしさを知っている。
初めて参加する者も、話を聞いているのだろう。
俺だって、あの棍棒を忘れたわけではない。
両腕には、まだ鈍い痛みが残っている。
「腕は大丈夫?」
アリスが小さな声で尋ねた。
「ああ。痛みはあるが、動かせるよ」
「無理はしないでね」
「君もな。魔力が減ったら、すぐに言うんだぞ」
「分かってるわ」
アリスは杖を握り、前を向いた。
今回は、崖へ追い詰められたときとは違う。
仲間がいて、装備があり、作戦も決めてきた。
あとは、予定どおりに進めばいい。
仕事でも、そう思って出発した日に限って、予定外のことが起きるものだが。
◇
村へ到着すると、入口の見張り台から鐘が一度鳴った。
魔物を知らせる音ではない。討伐隊の到着を村へ伝える合図らしい。
「冒険者たちが来たぞ!」
「町から戻ってきてくれた!」
家の中や作業場から、村人たちが姿を現した。
俺とアリスに気づき、駆け寄ってくる者もいる。
腕に包帯を巻いた男性が、俺へ頭を下げた。
「今度は、フォレストオーガを倒してくれるんですか?」
「そのつもりで来ました。ただ、先に村の様子を確認させてください」
期待に満ちた目を向けられると、背負った荷物がさらに重くなった気がする。
村の中央へ進むと、前に来たときとは様子が違っていた。
放牧されていた家畜は柵の中へ集められ、畑に出ている村人も少ない。
家の扉や窓には、内側から板が打ちつけられている。
村人たちは、いつ魔物が来るか分からない不安の中で暮らしているのだ。
村長と、村に残っていた護衛の冒険者が俺たちを迎えた。
「お待ちしておりました」
「留守の間に、何かありましたか?」
俺が尋ねると、村長と護衛の冒険者が顔を見合わせた。
「昨夜、フォレストオーガが再び現れました」
アリスが杖を握る手に力を込めた。
「村を襲ったの?」
「北側の柵を壊し、牛を一頭奪っていきました。護衛の皆さんが村人を避難させてくださったので、幸い怪我人は出ておりません」
「追わなかったのか?」
レオンが護衛の冒険者に尋ねる。
「村を空けるわけにはいきませんでした。それに、こちらは三人だけです。森へ入れば戻れなくなると判断しました」
「それでいい」
俺は答えた。
「フォレストオーガを追っている間に村が襲われたら、護衛を残した意味がないからな」
冒険者は、ほっとしたように息を吐いた。
「報告は、それだけではありません」
村長が続けた。
「村の西側に、狼の魔物も現れたのです」
「グレイファングか?」
「護衛の方は、そう呼んでおられました」
今度はガレスが前へ出る。
「何頭いたんです?」
「見張りが確認したのは六頭です。ですが、暗かったため、ほかにもいたかもしれません」
「村を襲ったの?」
アリスが尋ねる。
「牧草地の近くまで来ましたが、松明を持って護衛の方々が向かうと、森へ逃げました」
フォレストオーガだけでも厄介なのに、今度はグレイファングの群れまで現れた。
村人たちの不安そうな顔も当然だ。
「隊を二つに分けたほうがいいんじゃないか?」
討伐隊の冒険者が言った。
「一隊がフォレストオーガを追い、もう一隊がグレイファングを討伐する。放っておけば、家畜を襲われるぞ」
「それは駄目だ」
俺はすぐに答えた。
「どうしてだ? 十二人もいるんだぞ」
「グレイファングが本当に六頭だけか分からない。フォレストオーガがどこにいるのかも分かってない。相手の数も場所も分からないまま戦力を半分にしたら、どちらも危なくなる」
レオンもうなずく。
「コージの言うとおりだ。前回も、各パーティーが別々に動いて連携が崩れた。今度は同じ失敗をしない」
「では、どうする?」
「まず、村を守れる状態にする。魔物を探すのは、そのあとだ」
俺は村長へ向き直った。
「村の地図はありますか? 簡単なもので構いません」
「集会所にございます」
「それと、村人に手を借りたい。家畜を一か所に集めて、周りを守りやすくします。壊された柵は、荷車や丸太を使ってでも塞いでください」
「分かりました」
「村の四方に見張りを置きます。ただし、一人にはしません。必ず二人以上です」
護衛の冒険者が話を聞きながらうなずく。
「夜に備えて、松明とかがり火の準備もお願いします。魔物を見つけても追わず、鐘を鳴らして知らせるだけにしてください」
「すぐにフォレストオーガを倒しに行かなくてもよいのでしょうか?」
村人の一人が、不安そうに尋ねた。
「急いで向かって、留守の村を別の魔物に襲われたら、何をしに来たのか分かりません」
俺は集まった村人たちを見る。
「まず、俺たちが帰ってこられる場所を守ります。それからフォレストオーガを探します」
「帰ってこられる場所……」
「ええ。村を守ることが、この討伐の一番の目的ですから」
村人たちは顔を見合わせ、やがて一人ずつうなずいた。
◇
役割を決めると、村の中が動き始めた。
村人たちは家畜を中央付近の広い柵へ移す。壊された北側の柵には、荷車と切り出した丸太が運ばれていく。
冒険者たちは村の四方へ分かれ、見張りの位置と退路を確認した。
俺はアリス、レオン、ガレスと一緒に、フォレストオーガが現れた北側へ向かった。
「ここです」
護衛の冒険者が、壊れた柵を示す。
地面へ埋められていた太い柱が、途中から折れている。
腐っていたわけではない。新しい木の裂け目が、白くむき出しになっていた。
「これを力任せにやったのか」
ガレスが折れた柱に触れる。
「やっぱり、とんでもない力だな……」
「今になって怖くなったのか?」
「怖くないですよ。コージさんがいますから」
「俺を盾と同じように数えないでくれよ」
柵の外へ出ると、地面に大きな足跡が残っていた。
人間の足の倍以上ある。
ぬかるんだ土へ深く沈み込み、森の方角へ続いている。
アリスが俺の腕を見た。
「こんな大きな足で歩く相手の棍棒を、コージは受け止めたのね」
「思い出させなくていいよ。見てるだけで腕が痛くなってくる」
レオンが地面へ膝をつき、足跡を調べる。
「新しい。報告どおり、昨夜のものだろう。村へ来たときと、森へ戻ったときの両方が残っている」
「森へ戻ったあとは、どちらへ?」
「途中までは北だ。その先は、森へ入って調べないと分からない」
「今は追わないでおこう。先にグレイファングのほうを見たい」
俺たちは村の外周を通り、西側の牧草地へ向かった。
牧草地には家畜の姿がなく、風に揺れる草だけが広がっている。
柵の近くに、犬に似た足跡がいくつも残っていた。
「これがグレイファングの足跡です」
護衛の冒険者が言った。
「六頭分か?」
「暗かったので、そこまでは……」
ガレスが足跡の近くへしゃがむ。
「やっぱり、家畜を狙って来たんじゃないですか?」
「いや、待て」
レオンが少し離れた場所へ歩き、地面へ手をついた。
「こいつらは、ゆっくり近づいてきたんじゃない」
「どうして分かる?」
「足跡の間隔が広い。それに、前足より後ろ足が深く沈んでいる。全力で走っていた跡だ」
俺も地面を見た。
足跡はまっすぐではなく、左右へ乱れながら牧草地へ続いている。
「獲物を追っていたんじゃないのか?」
「それなら足跡は村へ向かってまとまる。だが、これは群れ全体が散らばっている」
レオンは森のほうを見た。
「何かから逃げてきたんだ」
「フォレストオーガ……」
アリスがつぶやく。
「あいつは、グレイファングを捕まえて食べるんだったな」
「ええ。それに、巣も荒らすって聞いたわ」
グレイファングが増えたのではない。
森の奥にいられなくなり、人里へ逃げてきた。
以前、ギルドの受付で聞いた話ともつながる。
最近になってグレイファングの被害が増えていたのは、フォレストオーガに縄張りを追われたからなのだろう。
「厄介だな」
ガレスが森を睨む。
「フォレストオーガから逃げても、腹が減れば村の家畜を襲うぞ」
「ああ。だから無視はできない」
俺は北の森と、西側へ続く足跡を見比べた。
「だが、根本の原因はフォレストオーガだ。あいつを倒せば、グレイファングが森から逃げ続ける理由もなくなる」
「グレイファングはどうするの?」
アリスが尋ねる。
「村へ来たら追い払う。ただし、森まで追いかけて戦うことはしない。今ここで狼の群れと消耗したら、フォレストオーガとは戦えなくなるからな」
まずは、二種類の魔物がどこにいるのかを確かめる必要がある。
俺は森の追跡に慣れた冒険者を呼んだ。
「二人一組で調べてほしい。一組は、北側のフォレストオーガの足跡を追う。もう一組は、グレイファングが逃げてきた道を逆にたどってくれ」
「見つけた場合は?」
「戦わずに戻る。追いかけられても、村へまっすぐ逃げ込むな。決めておいた合流場所へ向かってくれ」
「分かった」
「敵を倒すのが仕事じゃない。見つけて帰ってくるのが仕事だ。無理はするなよ」
二組の斥候が、別々の方向から森へ入っていった。
◇
斥候を待つ間、俺たちは村の防衛を整えた。
北側の壊れた柵は、荷車と丸太で塞いだ。
完全にフォレストオーガを止められるとは思えない。それでも、壊すために足を止めさせることはできる。
村の四方には見張りが立ち、異変を知らせる鐘が用意された。
家畜も中央の柵へ集められている。
「ひとまず、これでいいだろう」
俺が言うと、レオンが北側の柵を見る。
「オーガが本気で入ってくれば、長くは持たないぞ」
「分かってる。これは壁じゃない。時間を稼ぐためのものだよ」
「時間を?」
「柵を壊している間に村人を逃がし、討伐隊を集める。最初から、これだけで防げるとは思ってない」
「なるほどな」
レオンは村全体を見回した。
「冒険者は、魔物を倒すことばかり考えがちだ」
「俺は冒険者じゃないからな。丈夫な扉を作れないなら、逃げる時間を作る方法を考えるだけだよ」
「それが、ギルドマスターがあんたを選んだ理由かもしれないな」
「買いかぶりだよ。俺はただ、事故が起きたときのことを考える癖がついてるだけだ」
長年トラックを運転していれば、何も起きないことを前提にはできない。
道が塞がることもある。車が故障することもある。荷物が崩れることもある。
魔物が予定どおり罠へ入ってくれると思うほうが危ない。
日が少し傾き始めたころ、北側へ向かった斥候が戻ってきた。
「フォレストオーガの足跡を見つけました。森へ入ったあと、西へ曲がっています」
「西?」
「はい。途中に、昨夜奪われたと思われる牛の残骸がありました。その先にも足跡が続いています」
続いて、グレイファングを追った二人も戻ってきた。
片方の冒険者は、顔をこわばらせている。
「森の中で、グレイファングの死骸を見つけました」
「ほかの魔物にやられたのか?」
「おそらく、フォレストオーガです。胴が潰されていました。近くには、巨大な足跡も残っています」
レオンが村の地図を地面へ広げる。
北側から西へ向かうフォレストオーガの足跡。
北の森から西側の牧草地へ逃げてきたグレイファング。
二つの経路が、途中で重なっている。
「オーガは、グレイファングを追っていたのか」
ガレスが言う。
「その可能性が高い」
レオンが答える。
「グレイファングが村の近くへ逃げてくれば、フォレストオーガも追ってくるかもしれない」
アリスが不安そうに村の西側を見る。
「グレイファングは家畜を狙う。フォレストオーガは、そのグレイファングと家畜の両方を狙う……」
「村が餌場の真ん中になってるわけだ」
フォレストオーガとグレイファングは、仲間ではない。
むしろ、片方がもう片方を襲っている。
それでも、逃げる先と追う先が村なら、村人にとっては同時に襲われるのと変わらなかった。
そのときだった。
カン、カン、カン!
村の西側にある見張り台から、鐘が激しく鳴らされた。
「グレイファングだ!」
見張りの声が響く。
「牧草地に出たぞ!」
村人たちが慌てて中央へ集まり始める。
冒険者たちも武器を手にした。
直後、北の森から低い雄叫びが響いた。
空気を震わせるような声に、家畜が一斉に騒ぎ出す。
「フォレストオーガ……」
アリスが杖を握り締めた。
俺は首から下げた笛を口へ運ぶ。
ピィッ、ピィッ!
二度の音が村へ響く。
集合の合図だ。
「全員、決めた位置へ集まれ! 勝手に村の外へ出るな!」
俺の声に、討伐隊が動き出す。
『アリス、俺から離れるな』
本契約を通して意思を送る。
『分かったわ』
すぐにアリスの返事が伝わってきた。
西にはグレイファング。
北にはフォレストオーガ。
指揮官になって最初の仕事は、ずいぶん予定表の余白が少ないらしい。




