第42話 オッサン精霊、帰るまでを仕事にする
◇◇◇◇
フォレストオーガ緊急討伐隊の指揮を引き受けた俺は、ギルドマスターのグレゴールに連れられ、一階の会議室へ向かった。
扉を開けると、長机を囲んで冒険者たちが座っていた。
俺とアリスを待っていたらしい。
「コージさん!」
真っ先に立ち上がったのはガレスだった。
「来てくれたんですね! コージさんがいれば、フォレストオーガなんて怖くありません!」
「待て待て。俺はこの前、そいつに追いかけられて、川へ飛び込んだんだぞ」
「でも、あの棍棒を正面から受け止めたじゃないですか。俺たちには、あんなことできませんでした」
「受け止めたんじゃない。後ろにアリスがいたから、受けるしかなかったんだよ」
「それでもすごいです。今度は俺たちも一緒に戦います。絶対に役に立ってみせます!」
ガレスの目は、まっすぐ俺へ向けられていた。
その隣では、仲間たちも力強くうなずいている。
「期待してくれるのはありがたいが、あまり持ち上げないでくれよ。魔物と戦う前に、期待の重さで腰を痛めそうだ」
俺が腰へ手を当てると、ガレスの仲間たちから笑いがこぼれた。
「全員、そろっているな」
グレゴールが会議室へ入ると、ざわめきが収まった。
俺とアリスを含め、討伐隊は十二人になるらしい。
グレゴールは部屋の正面へ立った。
「すでに聞いている者もいると思うが、フォレストオーガの再討伐を行う。村には現在も護衛を残しているが、このまま守りを続けるだけでは解決にならない」
冒険者たちの表情が引き締まる。
「今回、討伐隊全体の指揮はコージに任せる」
何人かが俺を見た。
ガレスたちに驚いた様子はない。前回の戦いに参加していた者も、黙って俺を見ている。
だが、右側に座っていた男が手を上げた。
三十代後半くらいだろう。短い茶色の髪に、日に焼けた顔。椅子の横には、使い込まれた大きな盾が置かれている。
「一つ、確認してもいいですか」
「構わん」
「コージが強いことは聞いています。フォレストオーガの棍棒を受け止めたことも。ただ、冒険者ではない者に、討伐隊の指揮を任せる理由を聞きたい」
責めるような口調ではなかった。
命を預ける相手を確かめたい。当然の質問だ。
「もっともだ」
グレゴールが答える。
「コージは力があるだけではない。グレイファングとの戦いでは仲間の危機に対応し、フォレストオーガに追われた際には、無理に戦わずアリスを連れて生還した」
「崖から川へ飛び込んだけどな」
「それでも生きて戻った」
グレゴールが続ける。
「前回の敗因は、フォレストオーガの力を見誤ったことだけではない。集められた複数のパーティーをまとめ、全体へ指示を出す者がいなかったことも原因だ」
盾を持った男は黙って俺を見る。
俺は立ち上がった。
「高野幸治です。こっちではコージと呼ばれてます」
「それは知っている」
「なら、話が早い。俺は冒険者じゃない。魔物にも、この辺りの森にも詳しくない。戦い方については、ここにいる皆のほうがよく知ってる」
ほかの冒険者たちも、俺の言葉を聞いている。
「だから、俺一人で作戦を決めるつもりはないよ。分かる者から話を聞く。そのうえで、戦うのか逃げるのか、意見が分かれたときの最後の判断を俺がする」
「俺たちは、その判断に従えばいいのか?」
「ああ。ただし、撤退を決めたときは必ず従ってもらう。あと少しで倒せそうだとしてもだ」
「ずいぶん逃げることを気にするんだな」
「逃げるときに迷うと、死人が出るからな」
男はしばらく俺を見たあと、うなずいた。
「分かった。俺はレオン。Dランクパーティーのリーダーをしている」
「よろしく頼むよ」
俺とレオンは、机越しに軽く頭を下げ合った。
◇
全員が席へ着いたところで、俺は机の上に広げられた地図を見た。
町と村、その周囲の森が描かれている。
「まず、目的を決めておきたい」
「フォレストオーガの討伐じゃないのか?」
冒険者の一人が言った。
「それも目的の一つだ。だが、一番じゃない」
俺は指を一本立てた。
「一番は、村の人たちを守ること」
二本目を立てる。
「二番目は、ここにいる全員が生きて帰ってくること」
最後に三本目を立てた。
「三番目が、フォレストオーガの討伐だ」
「討伐が最後なの?」
アリスが尋ねる。
「ああ。フォレストオーガを倒しても、こっちに何人も死者が出たら、俺は成功とは言いたくない」
「だが、倒さなければ、また村が襲われる」
レオンが言う。
「もちろん、倒すつもりで行くよ。ただ、勝てないと判断したら退く。態勢を立て直して、次の方法を考える」
俺は全員の顔を見回した。
「日本での仕事でも、荷物を届ければ終わりじゃない。車と運転手が無事に戻って、ようやく仕事が終わる。今回も同じだ。帰ってくるところまでが仕事だと思ってほしい」
少しの沈黙のあと、レオンがうなずいた。
「異論はない」
ほかの冒険者たちからも反対は出なかった。
「それじゃ、前回の戦いについて教えてくれ。小さなことでもいい。気づいたことを全部聞きたい」
俺が言うと、レオンが机の上の地図へ手を置いた。
「最初にフォレストオーガを見つけたのは、村の北にある森だ。開けた場所で、奪った家畜を食べていた」
「こちらに気づいたあとは?」
「すぐに襲ってきた。巨体のわりに速かった」
レオンが自分の盾へ目を向ける。
「あの盾で棍棒を受けたが、一撃で体ごと飛ばされた。二度続けて受けるのは無理だ」
近くに座っていた召喚士が口を開いた。
「火と土の魔法を当てました。でも、浅い傷しか与えられませんでした。皮膚が厚いんです」
「痛がってはいた?」
「ええ。特に顔へ当てたときは、かなり怒っていました」
「効かなかったわけじゃないんだな」
今度は、弓を持った女性が話す。
「矢も刺さりました。でも、腕や胸では動きを止められません。目を狙おうとしましたが、近づかれて射線を取れなくなりました」
「皆が一か所に集まってしまったの」
アリスが言った。
「フォレストオーガが棍棒を振り回したから、避けるために下がって……気づいたら、ほかのパーティーとぶつかっていたわ」
レオンが苦い顔をする。
「俺は自分の仲間へ下がれと指示した。別のパーティーは、まだ攻撃を続けようとしていた。命令が重なって、混乱した」
「それで、アリスが一人になったのか」
「……ごめんなさい」
アリスがうつむく。
「君が謝るところじゃないよ」
「でも、私が逃げる方向を間違えたから」
「皆が別々に動けば、誰だって取り残される。今は誰が悪かったかを決めるために聞いてるんじゃない。同じことを繰り返さないためだ」
アリスは小さくうなずいた。
話をまとめると、フォレストオーガは力だけでなく動きも速い。皮膚が厚く、胴体への攻撃では止まりにくい。
正面から囲んで殴り合うのは、こちらに不利だ。
「開けた場所では戦わないほうがいいな」
俺は地図に描かれた森を指さした。
「木が密集している場所なら、大きな棍棒を振り回しにくいんじゃないか?」
「確かにそうだ」
レオンが答える。
「ただ、こちらも動きにくくなる」
「だから、先に戦う場所を決める。木の位置を調べて、俺たちが動ける道を作っておくんだ」
「先に罠を仕掛けるのね」
アリスが身を乗り出す。
「ああ。相手の足を止めたい」
ギルドが用意できる物を確認すると、太いロープと、大型魔物の捕獲に使う網があるという。
それを木の間に仕掛け、フォレストオーガを誘い込む。足が止まったところへ遠距離から攻撃し、転倒させる。
「火の魔法はどうする?」
召喚士が尋ねた。
「森の中じゃ、火事になる危険がある。使わないで済むなら、そのほうがいい」
「なら、私は土の魔法を使います。足元を崩す程度ならできます」
「アリスは風を使えるな?」
「ええ。フォレストオーガを吹き飛ばすほどの風は無理だけど、土や枯葉を巻き上げることはできるわ」
「目を狙うときに使えそうだ」
アリスの風で視界を奪い、弓と魔法で顔を攻撃する。
その間にロープと網で足を止める。転倒すれば、槍や剣も急所を狙いやすくなる。
「それで、誰が罠まで誘導する?」
ガレスが尋ねた。
「俺がやるよ」
そう答えると、アリスが勢いよく立ち上がった。
「駄目よ!」
「まだ何も説明してないぞ」
「また棍棒を受けるつもりでしょう?」
「受けないよ。今度は避ける」
「失敗したら?」
「そのために一人では行かない。レオンたちにも離れた位置についてもらう」
俺は新しい靴のつま先で、床を軽く叩いた。
「防具屋が、森でも動きやすい靴を用意してくれた。本契約で体力も上がってる。フォレストオーガに顔を覚えられてるなら、俺が姿を見せるだけでも追ってくるかもしれない」
「あれは、コージを怒ってるものね」
「俺だって、腕を殴られたことは忘れてないよ。お互いさまだ」
「笑って話すところじゃないでしょう?」
アリスは納得していない様子だったが、レオンが地図へ手を伸ばした。
「俺も誘導に加わる。盾で攻撃をそらすくらいならできる」
「あんたは、前回の撤退を決めた人だったな」
「ああ。俺の判断が遅れて、アリスを孤立させた」
「いや、撤退を決めたから、ほかの人たちは帰れたんだろ」
レオンが俺を見る。
「負けて戻っただけだ」
「戻らないより、ずっといい。あんたには森と魔物についての知識がある。副隊長として、俺を補佐してもらえないか?」
「俺が?」
「俺が間違った判断をしそうなら、遠慮なく止めてくれ。ただし、最後に決めたあとは従ってもらう」
レオンは少し考え、右手を差し出した。
「分かった。引き受けよう」
「助かるよ」
その手を握る。
レオンが副隊長となり、ほかの冒険者たちの役割も決めていった。
森の追跡に慣れた二人を斥候役にする。
俺とレオンを中心とした前衛が、フォレストオーガを誘導する。
ガレスたちはロープと網を使う拘束役。アリスと弓使い、魔法使いは後方から攻撃する。
治療のできる者は前へ出すぎず、負傷者が出た場合に備える。
「怪我人が出たら、誰が運ぶ?」
俺が尋ねると、ガレスが手を上げた。
「俺たちがやる。三人いれば、一人を運んでも一人が周りを警戒できる」
「なら、拘束が終わったあとは救助役も頼む。倒れた人を一人にしないでくれ」
「分かった」
作戦が形になってきた。
しかし、戦いが始まれば、大声で指示を出しても全員へ届くとは限らない。
俺は嫁さんが用意してくれた荷物を開けた。
救急用品の入った袋の脇に、小さな笛がついている。
「こんなものまで入れてくれたのか」
「それは何?」
「笛だよ。遠くへ合図を送るために使う」
俺は黄色い笛を口元へ持っていった。
「ここで鳴らすの?」
「軽くな」
息を吹き込む。
ピィィッ!
鋭い音が会議室へ響き、全員が顔をしかめた。
「コージ!」
アリスが両耳を押さえる。
「それで軽くなの?」
「思ったより響いたな」
「鳴らす前に分かるでしょう!」
「性能を確かめただけだよ」
俺は咳払いをし、笛を机の上へ置いた。
「戦いの最中は、この音を合図にする。一回鳴ったら攻撃開始。二回なら、決めた場所へ集合する」
「三回は?」
ガレスが尋ねる。
「即時撤退だ。三回聞こえたら、何をしていても森から離れる。倒せそうだと思っても、残らないでくれ」
「仲間が戦っていたら?」
「だから全員が同じ合図で退くんだ。誰か一人が残れば、助けるためにほかの者も残ることになる」
俺は笛を持ち上げた。
「一回は攻撃、二回は集合、三回は撤退。覚えたな?」
全員が順番にうなずいた。
「アリスには、契約を通して直接伝える。俺の声や笛が聞こえなくても、合図を受けたら動いてくれ」
「分かったわ。でも、コージも危なくなったら教えてね」
「ああ。一人で格好をつけるつもりはないよ」
◇
作戦会議を終えると、ギルドから討伐用の物資が運ばれてきた。
太いロープ、大型魔物用の網、予備の武器。
回復薬は、一人につき初級が一本。重傷者に使う中級回復薬が三本用意された。
「中級回復薬は、治療役に二本。残りの一本はレオンが持ってくれ」
「隊長が持たなくていいのか?」
「俺は誘導役だ。持ったままフォレストオーガに踏まれたら、瓶まで割れる」
「踏まれる前提で話すなよ」
ガレスが呆れた顔をする。
「最悪を考えて準備するのが仕事なんだよ。そうならないように動くけどな」
俺が日本から持ってきた救急用品も、治療役へ見せた。
包帯や消毒液など、使い方の分かる物だけを説明する。
こちらの薬と違って、傷をすぐに塞ぐ力はない。それでも小さな傷の手当てや、回復薬を使うほどではない怪我には役立つだろう。
必要な物を各自で分担し、荷物を背負う。
俺も革の胸当てを締め直し、新しい靴の紐を確認した。
「コージ」
アリスが隣へ来る。
「怖くないの?」
「怖いよ。一度、あいつの棍棒を受けてるからな」
「それでも、前に出るのね」
「怖さを知らなかったときよりは、うまく動けるさ。何をされたら危ないのか、もう分かってるからな」
「無理はしないでね」
「それは君も同じだ。魔力が減ったら、すぐに教えてくれ」
「今はコージが私の魔力を見られるでしょう?」
「見られるからって、黙ってていい理由にはならないよ。体調は、自分の口でも伝える。仕事の基本だ」
「分かったわ」
アリスが杖を握り、しっかりとうなずいた。
ギルド前へ出ると、討伐隊の全員が集まっていた。
俺は一人ずつ顔と装備を確認する。
「全員いるな?」
「十二人、そろっている」
レオンが答えた。
「出発前にも人数を数えるのか?」
ガレスが聞く。
「当たり前だ。誰かを町へ置いていったら、討伐する前から指揮官失格だからな」
「帰りも数えるの?」
「もちろんだよ。そのときも十二人いるのが一番大事だ」
ギルドの入口には、グレゴールが立っていた。
「討伐隊を任せたぞ」
「ああ。荷物より、ずっと重いものを預かった気分だよ」
「全員を連れて戻れ」
「行きだけじゃ仕事にならないからな。全員、町まで運んでくるよ」
俺は討伐隊の前へ立ち、村へ続く街道を見た。
「それじゃ、出発しよう」
俺の声で、冒険者たちが歩き始める。
隣にはアリス、その反対側には副隊長となったレオンが並んだ。
会社を辞めようとしている五十一歳の運転手が、異世界で十二人の討伐隊を率いている。
人生というものは、目的地へ着く直前に、とんでもない追加の荷物を載せてくるらしい。




