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『会社を辞めると伝えた51歳トラックドライバー、異世界少女の召喚精霊になる』  作者: うさぎとカニ


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第44話 オッサン精霊、巨人を引き受ける


 ◇◇◇◇


 「グレイファングが来るぞ!」


 見張り台から、再び声が上がった。


「六体じゃない! 森の中にもいる!」


 西側の牧草地を見る。


 灰色の毛に覆われた狼の魔物が、草むらから次々と姿を現していた。


 一体、二体と数えている間にも増えていく。


「十二体だ!」


 見張りが叫んだ。


 グレイファングは、全部で十二体。


 どれも痩せており、体には傷がある。フォレストオーガに追われ、満足に獲物を捕らえることもできなかったのだろう。


 それでも、牙と爪が危険なことに変わりはない。


 群れの視線は、村の中央へ集められた家畜に向いていた。


 家畜たちが怯えた声を上げ、村人たちは建物の中へ逃げ込んでいく。


「北にも来たぞ!」


 別の見張りが叫んだ。


 北側の森から、木の折れる音が聞こえる。


 バキッ。


 バキバキッ。


 枝が揺れ、木々の間から巨大な影が現れた。


 フォレストオーガだ。


 人間の倍ほどもある巨体。その手には、太い木を削って作った棍棒が握られている。


 棍棒と口元には、乾ききっていない血が付いていた。


 グレイファングを襲ったときのものかもしれない。


「来やがった……」


 ガレスが剣を抜く。


 西にはグレイファングが十二体。


 北にはフォレストオーガ。


 どちらも、村の中へ入れるわけにはいかない。


「コージ、どうする!」


 アリスが俺を見る。


 討伐隊を分けないと決めたばかりだった。


 だが、状況が変わった。


 敵の場所も数も分からなかった先ほどとは違う。今は二方向から同時に迫られている。


 一方だけへ全員で向かえば、もう一方が村へ入る。


「レオン!」


「ここだ!」


 盾を持ったレオンが駆け寄ってくる。


「残りの十人を連れて、西へ向かってくれ。グレイファングから村人と家畜を守るんだ」


「俺たちだけでグレイファングを?」


「十二体いるが、そっちは十人いる。盾を前に並べて、村へ入れないことを優先してくれ。逃げたやつは追わなくていい」


「フォレストオーガはどうする?」


「俺が引きつける」


 レオンの表情が険しくなった。


「一人で戦うつもりか?」


「まずは村から引き離すだけだ。グレイファングを追い払ったら、こっちへ合流してくれ」


「だが――」


「レオン」


 俺はまっすぐレオンを見る。


「今は話し合ってる時間がない。西側の指揮を任せる」


 副隊長として頼む。


 そう伝えると、レオンは短く息を吐いた。


「……分かった。グレイファングを片づけたら、すぐに向かう」


「ああ。頼んだよ」


「コージさん!」


 ガレスが俺の前へ出る。


「俺も一緒に行きます!」


「駄目だ。君はレオンたちと西へ行け」


「でも、相手はフォレストオーガですよ!」


「だからだよ。グレイファングが村へ入れば、家畜だけじゃなく、村人も襲われる。君たち三人には、怪我人を助ける役目も頼んだだろ」


「それは……」


「俺たちが戻ってこられるように、村を守ってくれ」


 ガレスが唇を噛む。


 やがて、剣を握り直してうなずいた。


「絶対に戻ってきてください」


「ああ。そっちも無茶をするなよ」


「分かりました。コージさんに任された役目、必ず果たします」


 ガレスは仲間たちとともに、レオンの後ろへ走っていった。


「アリスも西へ行ってくれ」


「嫌よ」


 隣にいたアリスが、即座に答えた。


「嫌って、これは指示だぞ」


「フォレストオーガを引きつけるなら、コージ一人では危険よ」


「危険だから君には村へ――」


「私はコージの召喚主よ」


 アリスは杖を握り、俺を見上げる。


「それに、コージは私の眷属でしょう? 私の精霊を置いて逃げられないわ」


「俺は人間なんだけどな」


「今はそんな話をしてる場合じゃないでしょう!」


 まったく、そのとおりだ。


 俺とアリスは本契約でつながっている。


 精霊纏いを使うなら、アリスの力が必要になる。


「分かった。ただし、あいつの棍棒が届くところへは来るな」


「コージも、あの棍棒を受け止めないで」


「今回は、ちゃんと避けるよ」


 俺は腰に下げていた鉄製のメイスを引き抜いた。


 ずしりとした重みが手に伝わる。


 本契約を結ぶ前にも使っていた武器だが、今は以前より軽く感じる。


 俺の筋力が上がった証拠だろう。


「西側は任せた!」


 レオンの声が響く。


「盾を持つ者は前へ! 槍はその後ろだ! 弓と召喚士は、味方の間から狙え!」


 冒険者たちが西側へ向かう。


 俺はアリスとともに、北側の壊れた柵へ走った。


     ◇


 荷車と丸太で塞いだ柵の向こうに、フォレストオーガが立っていた。


 鼻を鳴らしながら、村の中央へ集められた家畜を見ている。


 このままでは、邪魔な柵ごと荷車を吹き飛ばして村へ入ってくるだろう。


「アリス、俺が前へ出る」


「分かったわ」


「村から離れるように誘導する。君は俺から距離を取って、風で援護してくれ」


「コージだけで戦うつもり?」


「二人で戦うんだよ。ただ、二人並んで棍棒に殴られる必要はないからな」


 アリスがうなずき、杖を構えた。


 俺は荷車の横から、柵の外へ出る。


 フォレストオーガの視線が、ゆっくり俺へ向けられた。


 黄色く濁った目が細くなる。


「覚えてるか?」


 俺は鉄製のメイスを肩へ担いだ。


「崖の上では、ずいぶん世話になったな」


「グォ……」


 フォレストオーガが低く唸る。


 俺の顔を見て、何かを思い出したらしい。


 棍棒を握る手に力が入り、腕の筋肉が膨らんだ。


「グオオオオオッ!」


 雄叫びを上げ、俺へ向かってくる。


「覚えててくれたのはありがたいが、ずいぶん怒ってるな!」


 俺は村から離れる方向へ走った。


 新しい靴が、土をしっかり捉える。


 足場は平らではない。それでも滑ることなく、思った方向へ踏み込めた。


 背後から重い足音が近づく。


『コージ、後ろ!』


 アリスの意思が頭へ伝わる。


 振り返るより先に、俺は右へ跳んだ。


 ブオンッ!


 頭のすぐ横を、太い棍棒が通り過ぎる。


 風圧だけで、体が持っていかれそうになる。


 棍棒が地面を叩いた。


 ドゴォンッ!


 土が弾け、石と泥が周囲へ飛び散る。


「相変わらず、とんでもない力だな!」


 俺は体勢を立て直し、フォレストオーガの左側へ回り込んだ。


 狙うのは膝だ。


 両手でメイスを握り、横から全力で振り抜く。


 ゴギンッ!


 硬いものを殴った衝撃が、柄から両腕へ伝わった。


「ぐっ!」


 フォレストオーガの巨体が揺れる。


 だが、倒れない。


 膝の外側から血が流れたものの、骨までは砕けていないようだ。


「グアアッ!」


 怒ったフォレストオーガが、左腕を振り回す。


 俺は後ろへ下がったが、指先が胸当てをかすめた。


 革が軋み、体が横へ弾かれる。


「コージ!」


「大丈夫だ!」


 靴底で地面を捉え、どうにか転倒をこらえた。


 まともに当たってはいない。それでも胸が痛い。


「一発で倒すのは、やっぱり無理か」


 フォレストオーガの皮膚は厚い。


 だが、メイスが効いていないわけではない。左脚をわずかにかばっている。


 同じ場所を狙い続ければ、動きを止められるかもしれない。


『アリス、左脚を狙う』


『分かったわ。風を送る!』


 俺の背中を、風が押した。


 体が一気に前へ出る。


 フォレストオーガが棍棒を横へ振る。


 俺は腰を落とし、その下へ潜り込んだ。


 新しい靴で強く踏み込み、メイスを振り上げる。


 ガンッ!


 二度目の一撃が、同じ膝へ入った。


「グオオッ!」


 フォレストオーガが片脚を引く。


「効いてるな」


 追撃しようとしたが、フォレストオーガが棍棒を持ち直した。


 俺は無理に近づかず、距離を取る。


「コージ!」


 アリスの声が聞こえた。


 フォレストオーガの目が、俺ではなくアリスへ向いている。


 俺を速くした風が、アリスから送られたものだと気づいたのかもしれない。


 フォレストオーガが体の向きを変えた。


「アリス、右へ走れ!」


 叫ぶのと同時に、契約を通して意思を送る。


『そのまま村から離れろ!』


『分かった!』


 アリスが走り出す。


 フォレストオーガが、棍棒を引きずりながら追いかける。


「おい、相手を間違えるな!」


 俺は後ろから追い、フォレストオーガのふくらはぎへメイスを叩き込んだ。


 ドガッ!


「グアッ!」


 フォレストオーガが振り返る。


「崖でお前を押し返したのは、俺だぞ!」


 意味が通じたかは分からない。


 だが、怒らせることには成功した。


 フォレストオーガが再び俺へ向かってくる。


     ◇


 村の西側では、グレイファングの群れが動き始めていた。


「来るぞ! 盾を構えろ!」


 レオンの号令で、三人の前衛が盾を並べる。


 その後ろでは、槍を持った冒険者たちが穂先を構えていた。


 十二体のグレイファングが、一斉に牧草地を駆ける。


 最初の一体が跳びかかった。


「今だ!」


 盾が牙を受け止め、隙間から槍が突き出される。


「ギャンッ!」


 グレイファングが地面へ落ちる。


 だが、左右へ分かれた別の個体が、盾の列を回り込もうとしていた。


「土の精霊よ!」


 後方にいた召喚士が地面へ手を向ける。


 土が盛り上がり、低い壁となってグレイファングの進路を塞いだ。


「右から二体!」


 ガレスが仲間たちとともに走る。


 一人が正面から剣を構え、もう一人が横へ回る。ガレスは飛びかかってきたグレイファングの牙を剣で受け流した。


「一人で追うな!」


 レオンが叫ぶ。


「分かってる!」


 ガレスは追撃せず、仲間の隣へ戻った。


 以前のガレスなら、傷ついたグレイファングをそのまま追いかけていたかもしれない。


 だが、今は仲間と離れない。


「コージさんに任されたんだ! 一体も村へ入れるな!」


 グレイファングの群れが、盾と槍の列へ次々と襲いかかる。


     ◇


 西から、冒険者たちの声とグレイファングの唸り声が聞こえる。


 今のところ、笛を三回鳴らす必要はなさそうだ。


 だが、助けに来てもらえる状況でもない。


 俺とアリスは、フォレストオーガを村の北側にある森の近くまで誘導していた。


 予定していた罠の場所ではない。


 ロープも網も仕掛けていない。


 今は村から引き離すことだけを考えるしかなかった。


「コージ、少し離れすぎたわ!」


「分かってる! 少しずつ村のほうへ戻るぞ!」


 フォレストオーガが、棍棒を両手で握った。


『来るわ!』


 アリスの警告が伝わる。


 棍棒が横薙ぎに振られた。


 俺は後ろへ跳ぶ。


 棍棒は俺の前を通り過ぎ、そのまま近くの木へ激突した。


 バキィッ!


 幹が折れる。


 大きな木が、枝を巻き込みながら倒れてきた。


「アリス、下がれ!」


 ズズンッ!


 地面が揺れ、土煙が上がる。


 倒れた木は、村へ戻る道を塞いでいた。


 左右には木々が密集している。すぐに回り込むのは難しい。


「道が……」


 アリスが倒木を見る。


 フォレストオーガが、俺たちと村の間へ立った。


 西側では、まだグレイファングとの戦いが続いている。


 レオンたちが合流するには、時間がかかるだろう。


「コージ、どうする?」


「応援が来るまで逃げ回るつもりだったんだがな」


 俺は鉄製のメイスを両手で握り直した。


 腕は痛い。


 胸当てをかすめた一撃で、脇腹にも鈍い痛みがある。


 それでも、前に戦ったときとは違う。


 武器がある。


 新しい靴がある。


 アリスとの本契約もある。


「予定変更だ」


「え?」


「俺たち二人で、こいつを倒す」


 アリスが俺を見る。


 不安はあるはずだ。


 それでも、逃げたいとは言わなかった。


「ええ。一緒に倒しましょう」


 アリスが杖を構える。


「風の精霊よ。私たちに力を貸して!」


 風が渦を巻き、俺の両脚を包んだ。


 さらに腕を伝い、握っている鉄製のメイスへ集まっていく。


 重かったメイスが、わずかに軽く感じられた。


 実際に軽くなったわけではない。


 振り抜く方向へ、風が力を貸しているのだ。


『コージ、聞こえる?』


 アリスの意思が、はっきりと伝わってくる。


『ああ』


『私が風を送る。コージは、思い切り振って』


『簡単に言ってくれるな』


『できるでしょう?』


 俺は小さく笑った。


『ああ。やってみるよ』


 フォレストオーガが棍棒を持ち上げた。


 傷つけられた左脚をかばいながらも、まだ十分に動ける。


「グオオオオオッ!」


 雄叫びとともに、巨体がこちらへ走り出す。


 俺は新しい靴で地面を踏み締め、鉄製のメイスを構えた。


『いくわよ、コージ!』


『ああ。今度は逃げるためじゃない』


 アリスの風をまとい、俺はフォレストオーガへ向かって走り出した。



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