第39話 オッサン精霊、自分の意思で帰る
◇◇◇◇
捜索隊と合流し、俺たちはミルナ村へ向かっていた。
ガレスたちが前を歩き、Dランクの冒険者たちが後ろを警戒している。
俺とアリスは、その間だ。
「コージさん、本契約をしたら、もっと強くなったんですか?」
前を歩いていたロッドが、振り返って尋ねた。
「筋力と耐久力、それに持久力が上がったらしいよ」
「さっきも、何かと戦ったんですか?」
「川沿いで、ゴブリンが3体出た」
「武器は?」
「ないから、素手だよ」
ロッドが足を止めかけた。
「素手で3体?」
「アリスにも手伝ってもらったけどね」
「コージが、ほとんど倒したのよ」
隣から余計な補足が入った。
「アリス、そこまで説明しなくていいよ」
「本当のことでしょう?」
「本当だけどね」
ガレスが、俺の両腕を見る。
「打撲したまま戦ったんですか?」
「腕だけで戦うわけじゃないからな。蹴ったり、投げたりしたよ」
「それでも、普通はできないと思います」
「そこは俺も、少しそう思い始めた」
本契約を結んだあと、自分の体が強くなった実感はある。
だが、どこまで力が増したのかは分からない。
人を相手に試すわけにもいかないし、フォレストオーガを相手に確かめるのは危険すぎる。
町へ戻ったら、安全な方法で調べる必要がありそうだった。
「コージさんなら、今度はオーガにも勝てるんじゃないですか?」
ロッドが言った。
「力が上がっただけで勝てるなら、苦労はないよ。あっちだって、殴られるまで立って待ってくれるわけじゃないからな」
「そうですね……」
「それに、俺はオーガのことをほとんど知らない。力が強いってだけで、できること全部が分かったわけじゃないだろ?」
前を歩いていた指揮役の剣士が、こちらを振り返った。
「そのとおりだ。今度戦うなら、昨日と同じやり方では駄目だ」
「ああ。そこは、あとで相談しよう」
◇
村の柵が見えたところで、入口にいた男が声を上げた。
「捜索隊が戻ったぞ!」
村人たちが、こちらへ顔を向ける。
俺たちの姿を見つけると、何人も駆け寄ってきた。
「見つかったのか!」
「2人とも無事だ!」
村人だけではない。
先に戻っていた冒険者たちも、集会所や家々から出てくる。
治癒役の女性が、真っ先にアリスのもとへ来た。
「アリス、怪我は?」
「少し擦りむいただけよ。コージの腕のほうがひどいわ」
「見せてください」
治癒役の視線が、俺の両腕へ移る。
「先に治療院へ行きましょう」
「俺より、ほかの怪我人は?」
「重傷者はいません。全員、処置は終わっています」
「それなら、お願いするよ」
俺とアリスは、そのまま村の治療院へ案内された。
◇
治療院は、村の中央にある小さな建物だった。
中には寝台が3つ。
壁際の棚には、乾燥させた薬草や塗り薬、包帯が並んでいる。
村の薬師が、俺の袖を上げた。
両腕に、赤黒い痣が広がっている。
「これは、何を受けたんです?」
「フォレストオーガの棍棒を、少し」
「少し?」
「1回だけだよ」
「回数の問題ではありません」
隣に座っていたアリスが、深くうなずいた。
「私も、そう思うわ」
「君まで薬師側につくのか」
「だって、痛そうだもの」
薬師は腕へ慎重に触れ、骨の位置を確かめた。
「指を動かしてください」
言われたとおり、手を開いて閉じる。
「次は、肘をゆっくり曲げて」
痛みはあるが、動かせる。
薬師は左右の腕を調べ、ようやく息を吐いた。
「骨は折れていないようです。ただ、かなり強く打っています」
討伐隊に同行していた治癒役が、俺の前へ座った。
「治癒魔法で、腫れと痛みを抑えます。完全に治るわけではないので、今日は腕へ強い力をかけないでください」
「さっき、ゴブリンを投げたんだけど」
「これからは、やめてください」
「はい」
即答するしかなかった。
治癒役が、俺の腕へ手をかざす。
淡い光が広がった。
熱を持っていた場所が温かい光に包まれ、張るような痛みが少しずつ弱くなっていく。
魔法が終わると、村の薬師が塗り薬を塗り、包帯を巻いてくれた。
「回復薬は使わなくていいのか?」
「必要ありません」
薬師が答えた。
「初級回復薬は緊急時のために置いてありますが、この怪我なら治癒魔法と塗り薬で十分です」
「高いものを使わずに済んだなら、よかったよ」
「その代わり、腕を休ませてください」
「分かった。今日は重いものを持たないよ」
俺が答えると、アリスが目を細めた。
「本当に?」
「そんなに信用がないかね」
「その腕で、さっきゴブリンを投げた人だもの」
「……否定しにくいな」
◇
アリスも、腕と脚の擦り傷を診てもらった。
傷をきれいに洗い、薬を塗ってもらう。
幸い、川へ落ちたときにも大きな怪我はしていなかった。
「これで終わりです。ただし、魔力も減っているので休んでください」
治癒役が言う。
「ええ。分かったわ」
俺は、アリスの簡易ステータスを確かめた。
【体調】疲労・軽度
【魔力】残量少・回復中
「ちゃんと休んだほうがよさそうだな」
「また見たの?」
「ああ。まだ魔力は少ないって出てる」
「コージの体力は?」
言われて、自分のステータスも確認する。
【体力】消耗・休息推奨
【負傷】両前腕打撲・治療済み
「こっちも、休めってさ」
「じゃあ、2人とも休まないと」
「そうだねえ。契約した途端、お互いに監視つきになった気分だよ」
「無理をしないためでしょう?」
「ああ。役には立ってるよ」
◇
治療を終えると、村の集会所で食事を出してもらった。
温かいスープと、焼いたパン。
肉は少なかったが、今の俺には十分だった。
「ありがたいねえ」
スープをひと口飲む。
温かさが、空腹の腹へ染み込んだ。
「今の俺には、回復薬より効きそうだよ」
「体力で滞在するなら、ちゃんと食べないとね」
アリスがパンをちぎる。
「そうだな。俺の燃料は、君が管理してくれ」
「任せて!」
「ただし、俺の分まで食べるのは管理とは言わないぞ」
「今日は取らないわよ!」
「今日は、なのか」
向かいに座っていたガレスが笑った。
「アリス、前にコージさんの分を食べたのか?」
「全部じゃないわよ」
「残す量の問題でもないんだがね」
ガレスたちが笑い、アリスが頬を膨らませる。
こうして話していると、昨夜のことが遠く感じられた。
だが、村の外には今も見張りが立っている。
フォレストオーガは、まだ森の奥にいる。
◇
俺たちが食べている間も、集会所では今後の対応が話し合われていた。
家畜は村の中央に近い場所へ移す。
森に近い家の住人は、夜になる前に集会所へ集まる。
柵を補強し、火を絶やさず、見張りを増やす。
Cランク冒険者が町へ戻るまでには、しばらくかかるらしい。
それまで村を守り続けるのか。
あるいは、もう一度フォレストオーガの討伐を試みるのか。
簡単には決められない話だった。
食事を終えたところで、討伐隊を率いていた剣士が俺たちの席へ来た。
「コージさん。頼みがある」
「フォレストオーガのことか?」
「ああ」
剣士は、包帯を巻かれた俺の両腕を見た。
「無理を言っているのは分かっている。だが、Cランク冒険者が戻るまで待てば、その前に村が襲われるかもしれない」
「その可能性はあるな」
「あなたは、あの棍棒を受け止めて押し返した。本契約で、さらに力も上がったと聞いた」
俺は黙って話を聞いた。
「もう一度、俺たちと協力してもらえないだろうか」
アリスが俺を見る。
断るつもりはなかった。
あのオーガを放っておけば、村がまた襲われるかもしれない。
グレイファングも、森から追い出されたままだ。
だが、今すぐ森へ飛び出すつもりもなかった。
「協力はするよ」
剣士の表情が、少し緩む。
「ただし、準備を整えてからだ」
「準備?」
「ああ。俺には武器も防具もない。アリスの杖もない。君たちも、昨日の戦いで疲れてるだろ」
周囲にいる冒険者たちを見る。
盾役は腕へ包帯を巻き、槍使いも肩をかばっていた。
「力が上がったからって、正面から殴り合って勝てるとは限らんよ。昨日と同じやり方なら、同じように押し切られる」
「……そのとおりだ」
「日本ではね、『転ばぬ先の杖』って言うんだ」
「杖……」
アリスが、何ともいえない顔をした。
「私、杖をなくしたばかりなんだけど」
「……今言ってから、俺も気づいたよ」
「今の私には合ってない言葉ね」
「いや、意味としては合ってるんだ。転んでから困らないように、前もって準備しておけってことだからな」
俺は指を折りながら続けた。
「まず、あいつの居場所を確かめる。どうやって戦うか決める。逃げ道も用意する。武器や回復薬もそろえる。それからだ」
「村の守りは、どうする?」
「討伐へ出る人数と、村へ残る人数を決めよう。全員で森へ入って、その間に村を襲われたら意味がないからな」
剣士がうなずく。
「町のギルドにも、改めて報告を出そう。使えそうな道具や人員を確認する」
「ああ。俺も一度、日本へ戻りたい」
「今から?」
アリスが尋ねる。
「君は村へ戻れたし、冒険者もこれだけいる。今なら、自分で帰れるか試せるだろ」
「本契約で使えるかもしれないって言っていた帰還ね」
「そう。向こうには嫁さんを待たせてるしな」
異世界では、夜が明けている。
日本では、それほど時間がたっていないはずだ。
それでも、迎えに来てくれる嫁さんを放っておくわけにはいかない。
「それに、俺の武器と防具は町のギルドだ。再討伐の前に、そっちへ戻る必要もある」
「分かったわ。私も、杖をどうするか考える」
「無理に探しに行くのはなしだぞ」
「分かってるわよ。代わりを借りられないか、ギルドで聞いてみる」
「それなら安心だ」
指揮役の剣士も、俺たちの話を聞いてうなずいた。
「こちらは村の守りを固めておく。再討伐の準備は、それからだ」
「頼むよ」
◇
集会所の外へ出た。
アリスとガレスたちも一緒についてくる。
俺は人の邪魔にならない、村の端で足を止めた。
「本当に、自分で帰れるんですか?」
ガレスが尋ねる。
「まだ分からない。今から試すところだよ」
「帰れなかったら?」
「もう一杯スープをもらって考える」
ロッドが笑い、ニールは真剣な顔で俺の足元を見ている。
アリスが、俺の前へ立った。
「どうやって帰るの?」
「契約のつながりを逆にたどればいいって、ギルドの人が言ってたな」
俺は目を閉じた。
胸の奥に、アリスとのつながりを感じる。
こちらへ呼び出されたときに通った道。
その向こうに、日本がある。
迎えに来てくれる嫁さん。
送別会の店から少し離れた、あの場所。
帰りたいと、強く意識を向けた。
胸の奥が、わずかに引かれる。
今度は、アリスに呼ばれたときとは逆の方向へ。
「……できそうだ」
足元へ、白い光が広がった。
「本当に光ったわ!」
「成功みたいだな」
「コージ」
アリスが、少し心配そうな顔をした。
「また、呼んでもいい?」
「ああ。準備ができたら呼んでくれ」
「少し休んでから?」
「それもある。体力の欄が、まだ休息推奨だからな」
俺は彼女の目を見る。
「ただし、緊急なら遠慮するなよ。昨日みたいなときは、約束より命のほうが大事だ」
「……ええ」
「君も、ちゃんと休め。魔力はまだ全部戻ってないからな」
「分かったわ」
「じゃあ、またあとで」
「待ってるわ、コージ」
光が強くなる。
俺はガレスたちへも手を上げた。
「アリスを頼むよ」
「はい!」
「任せてください!」
三人の声を聞きながら、俺の体が浮かんだ。
◇
足の裏へ、硬い地面の感触が戻った。
夜の空気。
街灯。
遠くを走る車の音。
俺は、送別会の帰りに召喚された場所へ立っていた。
「……戻れたな」
ポケットを確かめる。
携帯も財布もある。
画面を見ると、日本では数分しか経っていなかった。
嫁さんから、連絡が入っている。
『もうすぐ着くわ』
「間に合ったか」
ほっとして、自分の姿を見る。
服は乾いている。
だが、川へ落ちた跡が完全に消えたわけではない。
土がつき、焚火の臭いも染みついている。
両腕には、異世界の治療院で巻かれた包帯。
髪も、きれいに整っているとは言い難い。
酒の臭いまで、まだ少し残っているかもしれない。
「……どう説明したもんかねえ」
送別会へ出かけた夫が、なぜ川と焚火の臭いをさせ、両腕に包帯を巻いているのか。
オーガより怖いとは言わない。
だが、事情を説明できない相手としては、間違いなく嫁さんのほうが手強かった。
道の先から、見慣れた車が近づいてくる。
俺の前で、迎えの車が静かに止まった。




