↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『会社を辞めると伝えた51歳トラックドライバー、異世界少女の召喚精霊になる』  作者: うさぎとカニ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/48

第36話 オッサン精霊、君を置いて帰れない


 ◇◇◇◇


 洞窟の入口が、少しずつ明るくなってきた。


 鳥の声が聞こえる。


 川の音は、昨夜から変わらず続いていた。


「……朝か」


 小さく呟き、焚火へ細い枝を足した。


 結局、眠らなかった。


 火を絶やすわけにもいかなかったし、外の物音も気になった。


 隣では、アリスが俺の肩へ頭を載せて眠っている。


 肩から掛けた服を、片手でつかんでいた。


 夜中に何度か姿勢を変えたが、そのたびに俺のそばへ寄ってきた。


 安心して眠れているなら、それでいい。


 ただ、俺の肩は、そろそろ固まってしまいそうだった。


 首をゆっくり動かし、息を吐く。


 両腕も、まだ痛む。


 昨夜よりは落ち着いた気がするが、枝を折ろうと力を入れると、鈍い痛みが走った。


 あの棍棒を受けたのだから、何ともないほうがおかしい。


 俺は火のそばに広げた服へ手を伸ばした。


 表面は乾いている。


 厚いところには、まだ少し湿り気が残っていた。


 ひっくり返し、火へ近づきすぎない位置へ置き直す。


 そこで、ふと手が止まった。


 俺は、まだここにいる。


     ◇


 アリスの顔を見た。


 呼吸は穏やかだ。


 苦しそうな様子もない。


 だが、昨夜の時点で、魔力はだいぶ少なかったはずだ。


 オーガとの戦闘で何度も風を使った。


 俺を召喚し、洞窟では明かりを出し、火まで起こしている。


 そのあと、一晩が過ぎた。


 今までなら、俺が日本へ戻っていてもおかしくない。


「……どうなってるんだ?」


 アリスを起こさないよう、小さな声で呟いた。


 眠っている間に、魔力が戻ったのか。


 俺を呼び出しておくための負担が、さらに軽くなったのか。


 思い当たるのは、契約同調だった。


「ステータスオープン」


 目の前に、薄い光の板が現れた。


【名前】高野幸治

【種族】人間

【状態】召喚中

【契約】召喚仮契約

【召喚主】アリス

【契約同調】完全同調


「……え?」


 最後の項目で、視線が止まった。


 もう一度、読む。


 完全同調。


 前は、強い同調だった。


 表示が変わっている。


 俺は眠っているアリスと、光の板を交互に見た。


「いつの間に……」


 昨日、呼ばれたときには確認していない。


 目の前にオーガがいて、後ろは崖だった。


 そのあとも、川から上がることと、寒がるアリスを暖めることで精いっぱいだった。


 変わった時期は、分からない。


 ただ、その言葉には覚えがあった。


     ◇


 ギルドの小部屋。


 書類の詰まった棚と、落ち着いた様子の年配の職員。


 本契約について相談したとき、あの人は言っていた。


『さらに深まり、「完全同調」と表示される段階になれば、契約成立の見込みは高まるでしょう』


 俺は、光の板を見つめた。


 あのときは、まだ先の話だと思っていた。


 アリスには、高位精霊と本契約を結ぶほどの経験がない。


 それでも、特定の相手との深い同調が、それを補う場合がある。


 そんな説明だった。


「……ここまで来たのか」


 互いの意思を確かめ、無理なく関係を築く。


 数字を上げればいい、という話ではないとも言われた。


 何が同調を深めたのかは、俺には分からない。


 ただ、昨夜の呼びかけが切迫していると感じたことを思い出す。


 言葉は聞こえなかった。


 それでも、アリスが急いで来てほしいと思っていることだけは、伝わってきた。


 あれも、この変化と関係していたのだろうか。


 俺が考えていると、肩に載っていた頭が動いた。


     ◇


「……ん」


 アリスが、ゆっくり目を開けた。


 焚火を見て、洞窟の入口を見て、それから俺を見上げる。


「コージ……?」


「おはよう」


「……朝?」


「ああ。明るくなってきたよ」


 アリスは体を起こしかけ、自分が俺の肩へ頭を載せていたことに気づいたらしい。


 少し顔を赤くした。


「ごめんなさい。ずっと、こうしてた?」


「よく眠ってたよ」


「肩、痛くない?」


「少し固まったけど、大丈夫だ。あとで動かせばいい」


 首を回すと、アリスが申し訳なさそうに眉を下げた。


「起こしてくれればよかったのに」


「やっと眠れたところを、起こすのもな」


 俺は彼女の顔を見た。


 昨夜より、顔色はよくなっている。


「寒くないか?」


「ええ。もう大丈夫」


「気分は?」


「平気よ。コージは、眠れた?」


「俺は火を見てたからな」


 アリスの視線が、焚火と、手元に残った枝へ動いた。


「……ずっと?」


「ああ。外も気になったしな」


「そうだったの……」


 彼女は、火のそばに置かれた服を見た。


 俺が夜中に位置を変えたものだ。


「ありがとう」


「どういたしまして。それより、少し聞きたいことがあるんだ」


 俺が言うと、アリスは顔を上げた。


「何?」


「今、ステータスを見たんだけどな。契約同調のところが、変わってる」


「変わってる?」


「ああ。前は『強い同調』だったろ。今は『完全同調』って出てる」


 アリスの目が、大きくなった。


「完全同調……?」


 俺はうなずいた。


 彼女には、目の前の表示が見えない。


 その代わりに、項目を指しながら説明した。


「契約のほうは、まだ仮契約だ。ただ、同調だけが変わってる」


「本契約になったわけじゃないのね」


「ああ。俺たち、契約を結ぶようなことは何もしてないしな」


 アリスは少し黙り、それから俺を見た。


「ギルドの人が、言っていたわね」


「ああ。完全同調になれば、本契約ができる見込みが高くなるってな」


「……本当に、そこまで深まったのね」


 彼女は小さく息を吐いた。


 嬉しそうで、少し驚いている。


 俺も、似たような気分だった。


     ◇


「いつ、変わったのかしら」


「そこは分からん。今朝、初めて気づいたからな」


 俺は光の板を閉じた。


「気になって見たんだよ。君の魔力が少なくなってたはずなのに、俺は一晩ここにいたから」


 アリスも、そこで気づいたようだった。


「……そうね。昨夜は、そんなに残っていなかったわ」


「今は、どうだ?」


「眠ったから、少し戻ってる。でも、全部じゃないわ」


「俺がいるせいで、どんどん減ってる感じは?」


 アリスは目を閉じた。


 しばらく黙り、自分の魔力を確かめている。


「前みたいに、強く引かれる感じはしないわ」


「同調が深まって、負担が軽くなったのかもしれんな」


「だから、帰らずにいられたの?」


「かもしれない、ってところだよ。そこまで表示には書いてないからな」


 まだ、分からないことは多い。


 完全同調という名前だけで、全部が変わったとは思わないほうがいい。


 ただ、負担が軽くなったのなら、それはありがたい変化だった。


 アリスが、俺の両腕へ目を向けた。


「本契約になったら、コージの体力を使うようになるって、言ってたわ」


「ああ。そうなる可能性があるって話だったな」


「腕も痛いのに、もっと疲れたら……」


 俺は返事をしかけ、口を閉じた。


 戻ったら相談しよう。


 そう言おうとしていた。


 だが、戻るためには、この洞窟を出なければならない。


     ◇


 俺は入口へ目を向けた。


 外は明るくなっている。


 しかし、ここがどこなのか、町はどちらなのかも分からない。


 川を流されたせいで、崖からどれくらい離れたのかさえ分からなかった。


 オーガは、まだ倒していない。


 ほかの魔物に出くわすかもしれない。


 そのとき、アリスが風を使ったら。


 少し戻った魔力を、また消費したら。


 俺は、日本へ戻ってしまう。


 彼女だけを、知らない場所に残して。


「……それは、駄目だな」


「コージ?」


 アリスが顔を上げた。


 完全同調になった。


 それでも、契約は仮契約のままだ。


 俺をこの世界につなぎ留めているのは、アリスの魔力であることに変わりはない。


「今の俺は、君の魔力でここにいるんだよな」


「ええ」


「少し戻った魔力を、俺の滞在と、帰り道の魔法に使うことになる」


 アリスが、小さくうなずいた。


「途中で魔物が出たら、魔法を使わないわけにもいかんだろ。そのせいで俺が帰っちまったら、君だけが残る」


 彼女の表情が変わった。


「……そうね」


「そんなことには、したくないんだよ」


 昨夜は、一緒に逃げられた。


 だが、次もそうできるとは限らない。


 アリスが俺を残そうとして魔法を控えても、危険だ。


 戦えば俺が消えるかもしれない。


 戦わなければ、2人とも襲われるかもしれない。


 そんな状態で、帰り道を探すことになる。


     ◇


 ギルドで聞いた説明を、もう一度思い返した。


 本契約を結び、眷属となれば、滞在を維持する方法が変わる可能性がある。


 アリスの魔力ではなく、俺自身の体力で。


 呼び出すときは、引き続きアリスの魔力が必要。


 来てからは、俺が支える。


 食事や休息で回復できれば、長く滞在できる見込みもあるという話だった。


 もちろん、楽なことばかりではないだろう。


 俺は今、眠い。


 腹も減っている。


 腕も痛む。


 ここにいるだけで、さらに体力を使うようになるかもしれない。


 それでも、自分の疲れなら確かめられる。


 きつくなったら、休もうと言える。


 アリスが魔法を使うたびに、俺が消えることを心配するよりは、2人で都合をつけやすいはずだった。


 俺は彼女へ向き直った。


「アリス。本契約を、やってみよう」


 彼女が目を見開いた。


「今、ここで?」


「ああ。完全同調になったなら、成立する見込みはあるって言ってたろ」


「でも、ちゃんと確かめてからって……」


「そうだな。俺も、そのつもりだったよ」


 急いで決める話ではない。


 日本にも暮らしがある。


 自分で帰れるようになるのか。


 どれくらい消耗するのか。


 帰ったあとにも、その疲れが残るのか。


 聞いておきたいことは、まだあった。


 その考えが、なくなったわけではない。


「ただ、今は町まで戻れるかも分からん。相談しに帰る途中で、君を置いて消えちまうかもしれないんだ」


 アリスは、黙って俺を見ていた。


「本契約になれば、俺の体力で滞在を支えられる可能性がある。君の魔力は、帰るために使える」


「コージが、疲れてしまうわ」


「俺の疲れなら、俺にも分かるよ。きつくなったら休もうって言える。君が魔法を使った途端に帰るより、まだ都合をつけやすいだろ」


 俺は痛む腕を膝へ置いた。


「ギルドへ戻れたら、詳しく見てもらおう。消耗する具合も、帰り方もな」


「……本当に、いいの?」


「ああ。ただ、君も納得してくれないと結べないだろ」


     ◇


 相手の意思を奪う契約ではない。


 双方の同意によって結ぶものだと、あの職員は言っていた。


 俺が決めただけで、進めることではない。


「君は、どうしたい?」


 アリスは、膝の上で握っていた手をほどいた。


 俺の腕へ目を向け、それから顔を上げる。


「私も、コージと本契約を結びたい」


 声は、小さくてもはっきりしていた。


「でも、疲れたら、ちゃんと言ってね。私のためだからって、我慢しないで」


「分かったよ。休憩の話なら、俺は遠慮しないからな」


 アリスが、少し笑った。


「食事も?」


「そっちも大事だよ。体力で滞在するなら、なおさらな」


「じゃあ、帰ったら、ちゃんと食べましょう」


「ああ。まずは、帰るところからだね」


 俺も笑った。


 少しだけ、肩の力が抜ける。


 契約という言葉には、まだ身構えるところがある。


 だが、目の前にいるのはアリスだ。


 昨夜、崖へ追い詰められて俺を呼んだ少女。


 今は俺の疲れを心配しながら、一緒に帰ろうとしている。


 この子を残して、突然消えたくはなかった。


「日本の暮らしのことも、忘れてないわ」


 アリスが言った。


 俺は顔を上げる。


「奥さんを困らせないように、帰りたいときは帰ってね。呼ぶときも、待ってって言われたら待つから」


「ああ。ありがとう」


「昨日は、待てなかったけど……」


「昨日は、呼んでよかったんだよ。そこは、もう謝らなくていい」


 俺が言うと、アリスはうなずいた。


 洞窟の入口から、朝の光が差し込んでいる。


 焚火の炎が、小さく揺れた。


 乾かしていた服を手に取り、厚いところを確かめる。


 もう、冷たくはなかった。


 俺たちは互いに背を向け、服を着直した。


 濡れたままではないだけで、ずいぶん動きやすい。


 それから、火のそばで向き合って座った。


 俺は両手を膝へ置き、アリスを見た。


「じゃあ、頼む。やり方を教えてくれ」


 アリスが、真剣な顔でうなずいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。