第35話 オッサン精霊、呼んでくれてよかった
◇◇◇◇
白い光が消えた。
最初に見えたのは、アリスの顔だった。
息を切らし、目を見開いている。
「コージ!」
「……どうした?」
「ごめんなさい! 今日は呼ばないって言ったのに。でも、助けて!」
最後の声が、震えていた。
俺は彼女の肩へ手を伸ばしかけ、正面にあるものを見た。
でかい。
人間の倍ほどもある体。
太い腕。分厚い胸。口元からのぞく牙。
そいつは、片手に大きな棍棒を持っていた。
「……何だ、こいつ」
「フォレストオーガよ!」
アリスが俺の後ろへ下がる。
足元で、小石が転がった。
音が、すぐには止まらない。
俺は肩越しに後ろを見た。
地面が、ない。
崖だ。
下のほうから、水の音が聞こえる。
俺は正面へ顔を戻した。
巨大な魔物。
後ろは崖。
メイスも胸当ても、ギルドに置いてきた。
しかも、酔っている。
「……ずいぶん、条件の悪い呼び出しだねえ」
オーガは、突然現れた俺を見て足を止めていた。
目が、頭から足元まで動く。
送別会へ出かけた服。
手には、何も持っていない。
オーガの口元が、ゆっくりと歪んだ。
笑ったように見えた。
「グオオッ!」
棍棒が、持ち上がった。
◇
「コージ、避けて!」
アリスが叫んだ。
俺も、そうしようと思った。
だが、足がすぐには動かない。
頭で考えたことと、体の動きにずれがある。
さらに、後ろにはアリスがいた。
俺が横へ逃げたら、あの棍棒は彼女へ落ちる。
そう気づいたときには、腕を上げていた。
両腕を交差させる。
頭を下げ、足を踏ん張った。
棍棒が、落ちてきた。
「ぐっ……!」
とんでもない衝撃だった。
腕から肩へ、重さが突き抜ける。
膝が曲がり、靴の下で土がずれた。
痛い。
両腕が、熱を持ったように痛む。
それでも、棍棒は止まった。
目の前で、オーガの笑いが消えた。
持ち上がった眉。
交差した俺の腕を、信じられないものでも見るように見下ろしている。
こっちだって、驚いている。
ただ、それを考える余裕はなかった。
「……痛えな、この野郎!」
歯を食いしばり、腕へ力を込める。
オーガも棍棒を押しつけてきた。
足を踏み直す。
腰を落とし、体ごと押し上げた。
「どけっ!」
棍棒が、持ち上がる。
オーガの上体が後ろへ反り、大きな足が地面を踏み直した。
もう一歩。
そいつがたたらを踏んだ隙に、俺は腕を下ろした。
指は動く。
だが、両腕がずきずきする。
もう1度、あれを受けたいとは思わなかった。
◇
「コージ、腕が……!」
「今は、いい!」
オーガが体勢を戻そうとしている。
このまま殴り合っても、勝てるか分からない。
避け続けるには足場が狭いし、俺の頭も体も、普段どおりではない。
アリスを守りながら戦うには、あまりにも条件が悪かった。
俺は、もう1度後ろを見た。
崖下には、川がある。
岩の間を、水が流れていた。
浅いか、深いか。
ここからでは、はっきり分からない。
ただ、正面の棍棒に比べれば、まだ逃げられる可能性があった。
「アリス」
「何?」
俺は彼女の背中と膝の下へ腕を入れ、抱き上げた。
痛む。
それでも、離さなかった。
「しっかりつかまっていろ!」
「コージ、まさか――」
オーガが、棍棒を握り直した。
俺は背を向ける。
崖の縁を、蹴った。
「ひゃああっ!」
アリスの声が、耳元で響いた。
足の下から、地面が消える。
腹が浮いた。
俺は彼女を抱き寄せ、衝撃に備えた。
川が、急に大きくなった。
◇
ドッパァァン!
水面が大きく弾け、白い水しぶきが上がった。
冷たさと衝撃が、全身を包んだ。
口から、息が漏れる。
水の中。
上も下も、一瞬分からなくなった。
俺はアリスを離さず、脚を動かした。
明るいほうへ向かう。
腕が痛む。
服が重い。
それでも、顔を水面へ出した。
「ぶはっ!」
息を吸う。
アリスの顔を引き上げると、彼女も激しく咳き込んだ。
「アリス、息できるか!」
「けほっ……できる!」
「離れるなよ!」
彼女が、俺の肩へしがみついた。
川は深かった。
足が届かない。
流れも速く、体が勝手に運ばれていく。
岸へ向かおうと脚を動かしたが、まっすぐ近づくことはできなかった。
俺は無理に流れへ逆らうのをやめた。
アリスの顔が沈まないように支え、流されながら周りを見る。
大きな岩。
白く泡立つ場所。
できるだけ、そこへ寄らないようにした。
「コージ……!」
「大丈夫だ。岸へ寄れるところを探してる!」
大丈夫かどうか、本当は分からない。
だが、今はそう言うしかなかった。
川が曲がる。
先のほうに、低い岸が見えた。
水際へ木の根が伸びている。
俺は脚を動かし、少しずつそちらへ体を向けた。
足先が、何かに触れた。
石だ。
もう1度伸ばすと、川底へ届いた。
「……よし!」
だが、立とうとすると流れに押される。
俺は片腕でアリスを支え、もう片方を岸へ伸ばした。
木の根をつかむ。
痛みが、腕へ走った。
「っ……!」
握った指に、力を込める。
脚を踏ん張り、体を岸へ引き寄せた。
「アリス、こっちだ。根につかまって!」
彼女の手が、木の根を握る。
俺は後ろから支え、先に岸へ上げた。
それから、自分も腹ばいで土の上へ這い出した。
◇
しばらく、言葉が出なかった。
息を吸う。
吐く。
また吸う。
川の音が、すぐ横で続いている。
アリスも膝をつき、咳をしていた。
「……怪我は?」
ようやく尋ねると、彼女は首を振った。
「分からない。でも、動けるわ」
「頭、打ってないか?」
「大丈夫……コージは?」
「俺も、動けるよ」
腕は痛い。
全身が冷たい。
酔いが完全に抜けたとは言えないが、さっきまでの気分は、川へ置いてきてしまった。
俺は上体を起こし、辺りを見た。
流されている間に、ずいぶん暗くなっていた。
崖の場所も、もう分からない。
川を挟んだ向こうには木々が並び、こちらには岩場が続いている。
「ここに座ってても冷えるな。雨風を避けられる場所を探そう」
「ええ」
立ち上がると、濡れた服が体へ張りついた。
靴の中でも、水が動く。
アリスの歩き方を確かめながら、岩場に沿って進んだ。
時々立ち止まり、周囲の音を聞く。
オーガの足音はしない。
ただ、ほかに何がいるかも分からなかった。
「あそこ……」
アリスが指をさした。
岩の下に、暗い隙間がある。
近づくと、人が入れそうな洞窟だった。
俺は入口で足を止めた。
獣の臭いは、しない。
骨や食べ残しも、見当たらない。
奥から聞こえる物音もなかった。
「小さな明かり、出せるか?」
「ええ。杖は崖に置いてきちゃったけど、それくらいなら」
アリスが手を差し出した。
手のひらの上に淡い光が生まれ、洞窟の入口を照らした。
淡い光が、入口の内側を照らした。
それほど深くはない。
奥に魔物の姿がないと確かめてから、俺たちは中へ入った。
◇
アリスを岩のそばへ座らせ、俺も隣へ腰を下ろした。
息は、少し落ち着いている。
顔も見られる。
ようやく、話を聞けそうだった。
「……何があったんだ?」
アリスが、膝の上で手を握った。
「あのオーガが村へ出たの。それで、ギルドのみんなと助けに行ったんだけど……」
彼女は一度、唇を噛んだ。
それから、朝の出来事を話し始めた。
◇
コージが日本へ帰ったあと、アリスの世界では夜が過ぎ、翌朝を迎えていた。
ギルドへ来たアリスは、掲示板の前にいた。
そのとき、入口の扉が勢いよく開いた。
「誰か、助けてくれ!」
駆け込んできたのは、泥のついた服を着た男だった。
肩で息をしながら、受付へ向かう。
「ミルナ村に、オーガが出た! 怪我人もいる!」
アリスは振り返った。
昨日、荷物を届けた村だ。
受付の女性が、すぐに椅子を引いた。
「落ち着いてください。魔物は、今も村にいるんですか?」
「家畜を持って、森へ戻った。でも、また来るかもしれない!」
男は椅子へ座り、息を整えながら話した。
朝早く、家畜小屋のほうから大きな音がした。
外へ出ると、巨大な魔物が柵を壊していた。
追い払おうとした村人が、振り回された木に当たって怪我をしたという。
「人の倍くらい、でかかった。腕も太くて……羊を抱えて、森へ入っていったんだ」
ギルドの職員たちが顔を見合わせた。
「フォレストオーガだな」
奥から出てきた職員が言った。
「証言の特徴と一致する。Cランクの魔物として対処する」
アリスの手が、杖を握った。
職員は続ける。
「森林に住む巨人型だ。怪力で木や棍棒を振り回す。グレイファングを捕まえて食べることもある」
「狼を……?」
「ああ。巣を荒らすこともある。群れで囲んでも、あの腕の一撃が重いからな」
アリスは、オルドから聞いた話を思い出した。
森の奥から走ってきたグレイファング。
街道や村へ出てくるようになった群れ。
あのオーガから逃げていたのだろうか。
「Cランク冒険者の人たちは?」
誰かが尋ねた。
「別の依頼で出ている。しばらくは戻らない」
ギルドの中が、静かになった。
村から来た男が、顔を上げる。
「じゃあ、村は……」
「救援は出す」
Dランクの4人組を率いる剣士が、一歩前へ出た。
「まず怪我人を助ける。討伐は、現地の状況を見てからだ」
◇
集まったのは、アリスを含むDランクの3組と、Eランクの2組だった。
全部で14人。
ガレス、ロッド、ニールもいた。
「俺たちも行きます」
ガレスが言った。
指揮を引き受けた剣士が、三人を見る。
「オーガと正面から戦うつもりなら、連れていけないぞ」
「怪我人を運ぶことや、避難を手伝うことならできます」
ガレスは、はっきり答えた。
ロッドもうなずく。
「荷物も運びます」
「俺は、周りを見ます」
ニールが続けた。
指揮役の剣士は少し考え、うなずいた。
「なら、救援を頼む。もう1組と一緒に動いてくれ」
アリスへも指示が出た。
「風で援護できるな?」
「ええ。前に出る人の動きに合わせるわ」
「頼む。見つけても、1人で仕掛けるなよ」
アリスはうなずいた。
コージを呼ぶことは、しなかった。
今夜は、仲間との送別会。
そう約束した。
自分の世界では朝になっても、日本でどれくらい時間が過ぎたかは分からない。
今日は、ここにいる冒険者たちと協力しよう。
アリスはそう決め、準備に加わった。
◇
村へ着くと、壊れた柵の周りに人が集まっていた。
家畜小屋の壁も、一部が崩れている。
倒れた木材の下にいた負傷者を助け、治癒役が処置を始めた。
「この人を、集会所へ運ぶぞ」
ガレスの声で、ロッドが担架を持ち上げる。
ニールは道を確かめ、村人を誘導していた。
ほかのEランク冒険者たちも、水や布を運び、家々へ声をかけて回る。
アリスも、治癒に必要なものを渡した。
足りない物資を集め、村の端にいた人を移し、再び襲われた場合の避難場所を確認する。
救援には、時間がかかった。
午後になり、Dランクの斥候が村の外を調べた。
家畜を引きずった跡と、大きな足跡が残っていた。
森へ深入りはせず、村へ続く道の周辺を確かめる。
そこで、オーガと遭遇した。
「グオオオッ!」
木々の間から現れた巨体が、棍棒を振り上げた。
「盾、前へ!」
盾役が構える。
棍棒がぶつかった瞬間、男の体が後ろへ押された。
「ぐっ……!」
「下がれ!」
剣士が横から斬りつけ、槍使いが腕を狙う。
オーガは唸ったが、止まらなかった。
大きく腕を振り、槍を弾く。
アリスが杖を向けた。
「風よ!」
枯れ葉と土が巻き上がり、オーガの顔を覆った。
その隙に女性剣士が踏み込む。
刃が脚を捉えた。
オーガが怒声を上げる。
しかし、膝は落ちない。
棍棒が横へ振られ、女性剣士は地面を転がって避けた。
「アリス、もう1度!」
「ええ!」
風を重ねる。
前衛たちが攻める。
それでも、倒せなかった。
盾役の腕が震え始め、槍使いも肩を痛めている。
オーガは傷を負いながら、ますます激しく棍棒を振り回した。
木の幹へ当たった一撃で、太い枝が折れて落ちる。
指揮役の剣士が叫んだ。
「討伐は中止だ! いったん退くぞ!」
◇
負傷した仲間を支え、冒険者たちが後退する。
オーガは追ってきた。
アリスが風を放ち、目の前へ落ち葉を巻き上げる。
「今のうちに!」
剣士たちが道を戻る。
アリスも、後ろへ下がった。
だが、オーガが葉の向こうから顔を向けた。
彼女を見ている。
「グオッ!」
巨体が、走った。
「アリス、こっちだ!」
仲間の声。
そちらへ向かおうとした瞬間、棍棒が目の前の地面へ落ちた。
土が跳ねる。
道が塞がれた。
アリスは身をひるがえし、木々の間へ逃げ込んだ。
後ろで、重い足音がする。
風を放ち、細い木の間を抜ける。
杖を握った手が汗で滑った。
仲間の声が、遠くなる。
戻りたい。
けれど、後ろにはオーガがいる。
立ち止まれば、追いつかれる。
アリスは走り続けた。
木々が途切れたとき、ようやく前が開けたと思った。
だが、その先には地面がなかった。
崖だった。
アリスは足を止め、振り返った。
木々の間から、オーガが現れる。
夕暮れの光の中で、その巨体が迫ってきた。
もう、逃げる道がない。
アリスは杖を抱きしめた。
今日は呼ばない。
そう約束した。
それでも――。
「……コージ」
声が震えた。
「お願い。助けて……!」
◇
アリスの話が、そこで止まった。
洞窟の外では、川の音が続いている。
俺は何も言わず、彼女を見た。
「今日は呼ばないって、約束したのに……ごめんなさい」
膝の上で握っていた手に、涙が落ちた。
「呼ばないつもりだったの。でも、もう逃げるところがなくて……」
「そんな状態なら、呼んでいいんだよ。間に合ってよかった」
俺は隣へ寄り、アリスの肩をそっと抱いた。
腕が痛んだが、顔には出さなかった。
アリスは俺の服をつかみ、泣き出した。
追われている間も、崖へ追い詰められたときも、怖かっただろう。
仲間と離れ、1人になってしまったのだ。
俺は何も言わず、彼女が落ち着くのを待った。
◇
やがて、肩が細かく震えていることに気づいた。
泣いているからだけではない。
「寒いか?」
「……少し」
俺の服も濡れている。
抱き寄せたところで、これでは十分に暖めてやれない。
「火を起こそう。アリス、魔力はまだあるか?」
「ええ。少し休んだから、まだ使えるわ」
「風以外に、火の精霊も呼べるか?」
アリスが顔を上げた。
「風ほど、うまく扱えないけど……小さな火なら出せるわ」
「それなら助かる。燃やすものを拾ってくるよ。君はここにいてくれ」
洞窟の外へ出て、周囲の音を聞いた。
川の音と、葉の擦れる音。
重い足音はしない。
入口から離れすぎない範囲で、枯れ枝と落ち葉を拾う。
岩陰にあった乾いたものを選び、両腕に抱えて戻った。
入口寄りの、煙が外へ抜けそうな場所へ枝を置く。
「ここへ、小さく頼む」
アリスが杖を向けた。
小さな炎が生まれ、乾いた葉へ移る。
細い枝を足すと、ぱちぱちと音がした。
「できたな」
「これくらいなら、大丈夫よ」
「ああ。十分だよ。ありがとう」
少しずつ枝を増やし、火を育てた。
煙が奥へたまらないことを確かめてから、そのそばへ座る。
手をかざすと、暖かかった。
◇
だが、濡れた服が張りついた背中は、まだ冷たい。
「濡れた服は脱いで、乾かそう」
俺が言うと、アリスは胸元を押さえた。
「ここで?」
「ああ。濡れたままじゃ、体が冷えるからな」
「でも……」
少し顔を伏せる。
俺は火へ枝を足した。
「恥ずかしいのは分かるよ。ただ、このままだと低体温症になるかもしれん」
「テイタイオンショウ?」
「体が冷えすぎて、うまく働かなくなることだよ。ぼんやりしたり、動けなくなったりする。だから、今のうちに暖まろう」
アリスが、自分の濡れた袖を見た。
「……分かったわ」
「俺は向こうを向いてるから。脱いだ服は、火へ近づけすぎないように置いてくれ」
腰を浮かせると、アリスが俺を見た。
「コージは、気にしないの?」
「君をそういう目では見ないよ。俺からすると、娘みたいな存在だからな」
言ってから、少し照れくさくなった。
「まあ、俺には子供がいないんだけどね」
「……娘」
アリスが、小さく繰り返した。
しばらく俺を見て、それから口元を緩める。
「私、もう大人の女よ?」
「それは、この世界ではそうなんだろうけどな」
「魅力がないってこと?」
「いや、そういう話をしてるんじゃなくてだな……」
言葉に詰まると、アリスが笑った。
「冗談よ」
「……オッサンを困らせる元気が出たなら、少し安心だよ」
俺は背を向け、入口のほうへ目をやった。
◇
互いに背を向けて濡れた上着などを脱ぎ、枝や岩を使って、火の周りへ広げた。
俺も服の水を絞ったが、腕へ力を入れると痛む。
「コージ、腕……」
「痛むけど、動くよ。今は、体を暖めよう」
アリスは何か言いかけ、口を閉じた。
乾き始めた上着を肩へ掛けても、まだ震えは残っている。
俺は彼女の隣へ座った。
「寒いか?」
「うん……」
「こっちへおいで」
腕を広げると、アリスが近づいた。
俺は彼女を抱き寄せ、肩から上着を掛け直す。
「こうすると、少しは暖かいだろ」
「……暖かいわ」
アリスが、そっと体を預けてきた。
さっきまで何度も周囲を見ていた目が、ようやく落ち着いている。
俺は火を見ながら、次に足す枝を手元へ寄せた。
「今夜は、ここで休もう。暗い中で道を探すのは、やめといたほうがいい」
「ええ」
「明るくなったら、帰る方法を考えるよ」
アリスはうなずき、俺の肩へ頭を寄せた。
仲間も、彼女を探しているだろう。
嫁さんも、迎えの場所へ向かっている。
気になることは、いくつもあった。
それでも今、冷えたアリスを残して帰るわけにはいかない。
まずは、この夜を無事に越えなければならなかった。
◇
娘みたいな存在。
コージの言葉が、アリスの胸に残っていた。
父の顔は、覚えている。
けれど、声や、抱かれたときの暖かさは、思い出そうとしても曖昧だった。
コージは父とは違う。
口にする言葉も、歩き方も、困ったときの顔も違う。
それなのに、そばにいると安心する。
無理をしそうになると止めてくれる。
危なくなれば、助けに来てくれる。
自分でも気づかないうちに、その姿へ父の面影を重ねていたのかもしれない。
「……コージ」
「ん?」
「来てくれて、ありがとう」
「ああ」
大きな手が、肩の上の服を直してくれた。
「今は、暖まっておけ」
アリスは小さくうなずいた。
できることなら、もっと長く、このままでいたかった。
焚火の枝が、ぱちりと鳴った。




