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『会社を辞めると伝えた51歳トラックドライバー、異世界少女の召喚精霊になる』  作者: うさぎとカニ


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第34話 オッサン精霊、今夜は休みのはずだった


 ◇◇◇◇


 「そういえば高野さん、あの配送先、覚えてます?」


 向かいの同僚が、笑いながら聞いた。


「どこだよ」


「初めて行ったとき、隣の会社で受付したところです」


「ああ……あそこか」


 嫌な記憶を掘り出してくれる。


 俺はグラスを置いた。


「看板が似てたんだよ。入口も隣同士だったしな」


「それで、何て言ったんですか?」


 森本さんが身を乗り出した。


「荷物を持ってきました、って。受付の人も、納品ですねって通してくれたんだ」


「通れちゃったんですね」


「ああ。荷下ろし場所まで案内されて、伝票を見せたら、うちじゃありませんってな」


 席から笑い声が上がった。


「そこまで行ってからですか!」


「俺もびっくりしたよ。受付の人も、もっとびっくりしてたけどな」


「荷物は下ろさなかったんですか?」


「さすがに、その前に気づいたよ。で、隣へ行ったら、担当の人が門のところで待ってたんだ」


「何て言われました?」


「さっき、うちの前を通りましたよね、って」


 また笑いが起きた。


 俺も笑う。


 あのときは、全然笑えなかった。


 約束の時刻は迫るし、先方には待たせるし、会社へ説明もしなければならない。


 冷や汗をかきながら、何度も頭を下げた記憶がある。


 それが今では、酒の席で話せる失敗になっていた。


「まあ、そのあとからだな。住所と会社名を、門に入る前にもう一度見るようになったのは」


「高野さんでも、そういうことあったんですね」


「そりゃあるよ。長くやってりゃ、失敗の数も増えるからな」


「俺も、この前やりましたよ」


 隣の同僚が手を上げた。


「到着したと思ったら、裏口だったんです。荷下ろし場所、反対側で」


「それは俺もある」


「そこ、ぐるっと回ると結構遠いんですよね」


 誰かが言うと、別の誰かがうなずく。


 入口を間違えた話。


 伝票を探していたら、自分の脇に挟んでいた話。


 雨の日に荷物を守ろうとして、自分だけずぶ濡れになった話。


 思い出が次々と出てきた。


「失敗したときは、早めに連絡したほうがいいですよね」


 森本さんが言った。


「ああ。何とかしてから言おうと思うと、だいたい余計に時間がかかるんだよ」


「高野さんに、それ言われました」


「言った俺も、昔やったからな」


 グラスへ口をつける。


 ビールを飲み込んでから、俺は笑った。


「人に注意してることって、自分が一度痛い目を見たことだったりするんだよ」


     ◇


 料理の皿が空き、次の皿が運ばれてきた。


 誰かが追加の飲み物を頼む。


 俺も、つられてグラスを空けた。


「高野さんも、もう一杯でいいですよね?」


「ああ。頼むよ」


 まだ、それほど酔ってはいない。


 そう思いながら、箸を動かした。


 少し席の話が落ち着いたところで、隣の森本さんへ顔を向ける。


「そうだ。例のゲーム、どうなった?」


 森本さんの表情が、ぱっと明るくなった。


「聞いてくれます?」


「その顔を見ると、順調そうだな」


「かなり進みましたよ。前に話してたクエスト、達成したんです」


「ああ。なかなか難しいって言ってたやつか」


「そうです。それで、新しく仲間が増えたんですよ」


「ほう」


 森本さんは、グラスを置いた。


 こちらへ少し体を向ける。


「女性剣士です。名前はクラウディア」


「強そうな名前だな」


「強いですよ。前に出て戦えるし、剣の技も使いやすいんです。しかも、見た目がいい!」


 急に、声へ力が入った。


「金髪で、スタイル抜群。凛々しくて、性格も実直なんです」


「ずいぶん気に入ってるねえ」


「そりゃ、気に入りますよ。こういう仲間を待ってたんですから」


 森本さんは、嬉しそうに続けた。


「自分が引き受けたことは最後までやるんです。仲間が危なくなると、前に出て守ってくれるし」


「それは頼もしいな」


「でしょう? 剣の腕もいいんですよ。敵の攻撃を受け流して、すぐ反撃するんです」


 俺は、昨日のガレスの盾を思い出した。


 前から来る魔物を受けているとき、横からもう1体が迫ってきた。


 実際には、技が使いやすいだけで済む話ではない。


 足場も見るし、仲間の位置も気にする。


 それでも、そんな場面を落ち着いて切り抜ける剣士がいるなら、確かに心強いだろう。


「前にも言いましたけど、俺、異世界に行きたいんですよ」


 森本さんが言った。


「まだ思ってるのか」


「もちろんです。クラウディアと一緒に冒険できたら、最高じゃないですか!」


 握った箸が、少し持ち上がる。


「町で依頼を受けて、森とか遺跡へ行くんです。途中で魔物が出ても、2人で協力して倒して」


「うん」


「帰ってきたら、報酬で飯を食う。次はどこへ行こうか、って話すんですよ」


 俺は、グラスを口へ運びかけて止めた。


 森本さんの話が、妙に具体的だった。


 町で依頼を受ける。


 魔物を倒す。


 帰ってきて、飯を食う。


 それは、俺がアリスとやっていることではないか。


     ◇


 頭に、金髪の少女が浮かんだ。


 ギルド前で、嬉しそうに手を振る顔。


 魔物を見つけると、真剣に杖を構える姿。


 肉料理が運ばれてきたときの、分かりやすい笑顔。


 アリスは、森本さんが話す女性剣士とは違う。


 だが、金髪で、見た目は可愛い。


 その子に呼ばれて、俺は異世界へ行っている。


 これを森本さんが知ったら、何と言うだろう。


 たぶん、ずるいとでも言われる。


 どうやって行くのか、俺も連れていけないかと、質問が止まらなくなりそうだ。


 俺自身、どうして呼ばれたのか分かっていないのだが。


「どうしました、高野さん?」


「ああ、いや。楽しそうに話すなと思って」


「楽しいですよ。高野さんも、やってみません?」


「そうだなあ……」


 俺はグラスを置いた。


「でも、一緒に冒険するとなると、狼に追われる日もあるんだろうな」


「そこを剣で切り抜けるんですよ!」


「なるほどねえ。俺なら、まず帰り道を確かめるかな」


「高野さんらしいですね」


 森本さんが笑った。


 俺も笑いながら、ふと考えた。


 アリスの世界の冒険者も、同じように思うのだろうか。


 あの子と組んで依頼を受けている俺を、羨ましく思うやつがいるのかもしれない。


 今までは、そんなことを考えたこともなかった。


 呼ばれたら魔物がいた。


 帰り方も分からなかった。


 少女を背負って町まで歩いた。


 そのあとも、荷物を動かしたり、猪を担いだり、狼に飛び蹴りをしたりしている。


 自分のことで精いっぱいだったが、外から見れば、可愛い召喚士と冒険している男なのか。


 俺は、自分の腹へ目を落とした。


 51歳のオッサンなのにねえ。


「クラウディアに、腰を心配されるかもしれませんよ」


 森本さんが言った。


「それは、ちょっと困るな」


「軽い荷物だけ持ってくれ、って」


「……そういうこと、言いそうだな」


 似たようなことは、アリスにも言われた。


 俺は思わず笑ってしまった。


     ◇


「何の話してるんですか?」


 向かいの同僚が、こちらを見た。


「ゲームです。高野さんを冒険に誘ってるんですよ」


 森本さんが答える。


「辞めたら、今度は冒険者ですか」


「腰に優しい依頼があればな」


「そんなの、あるんですか?」


「荷物運びとか?」


「それ、今までと変わってないだろ」


 俺が返すと、席から笑い声が上がった。


「じゃあ、魔物退治ですね」


「腰を休ませる話は、どこへ行ったんだよ」


 笑って、また飲む。


 誰かが俺の空いたグラスに気づいた。


「次、どうします?」


「じゃあ、同じので」


 返事をしてから、嫁さんの言葉を思い出した。


 飲みすぎないでよ。


 分かっている。


 分かっているのだが、今日は話が尽きない。


 昔の失敗を笑い、森本さんの熱弁を聞き、また同僚の話に戻る。


 普段は休憩時間や、荷物を待つ間にしか話せないことを、今夜はゆっくり話せた。


 気づけば、頬が熱くなっていた。


 立ち上がって手洗いへ行ったとき、足が少しふわつく。


「……結構、飲んだな」


 鏡の中の俺は、赤い顔をしていた。


 水を飲んでから、席へ戻る。


 すると、同僚の1人が俺を見た。


「高野さん、最後に一言もらっていいですか?」


「一言でいいんだな?」


「長くてもいいですよ」


「俺が長く話すと、途中から仕事の注意になるぞ」


「じゃあ、短めでお願いします」


 笑いが起きた。


 俺は椅子の背へ手を添え、立った。


     ◇


 全員の顔を見る。


 いつもの顔だ。


 それなのに、こうして送り出してもらう席だと思うと、言葉が少し出にくくなった。


「今日は、集まってくれてありがとう」


 俺は、ゆっくり話した。


「長いこと働いてきたけど、腰や膝が、だいぶ文句を言うようになったからな。そろそろ、休ませてやろうと思ってる」


 同僚たちがうなずく。


「仕事は大変だったよ。時間もあるし、荷物も重いし、道も混む」


「本当ですよ」


 誰かが返し、小さく笑いが起きた。


「でも、一緒に働く人には恵まれた。困ったときに相談できるやつがいたし、俺が動けないときは、手も貸してもらった」


 俺は一度、息を吐いた。


「そういうのは、ありがたかったよ。本当に」


 森本さんが、黙ってこちらを見ていた。


「だから、みんなも無理を抱え込まないでくれ。体が痛いなら言う。仕事で困ったら相談する。俺みたいに、長く我慢してから考えることもないからな」


「はい」


「まあ、辞めるオッサンの話だから、覚えてるところだけでいいよ」


 俺は少し笑った。


「長い間、世話になった。ありがとう」


 拍手が起きた。


 俺は頭を下げ、椅子へ座る。


 向かいの同僚が、グラスを持ち上げた。


「高野さん、また顔出してくださいよ」


「ああ。都合が合えばな」


「積み方の点検は、なしでお願いします」


「その話、まだ続いてるのか」


 また、みんなが笑った。


     ◇


 店を出ると、夜風が顔に当たった。


 熱くなった頬には、気持ちがいい。


「じゃあ、高野さん。また」


「おう。みんな、気をつけて帰れよ」


「高野さんもですよ」


「ああ。俺は嫁さんに迎えを頼んでるから」


「それなら安心ですね」


 森本さんが言った。


「ゲームの話も、またしましょう」


「次に会うまでに、クラウディアと喧嘩するなよ」


「ゲームの仲間と、喧嘩しませんって!」


 最後まで笑いながら、みんなと別れた。


 俺は店の脇へ寄り、携帯を取り出す。


 嫁さんへ電話をかけた。


「終わったよ。今から、いつもの場所へ歩いていく」


『分かった。こっちも出るわね』


「ああ。頼むよ」


『結構飲んだ?』


 声で分かったらしい。


 俺は一度、息を整えた。


「……まあ、少しな」


『少し、ね』


「話が盛り上がったもんで」


『気をつけて歩いてよ』


「ああ」


 電話を切り、携帯をしまった。


 飲みすぎないと言われていたのに、結構飲んでしまった。


 怒られるほどではないと思いたいが、車へ乗った瞬間に分かるだろう。


 俺は道の端を歩き始めた。


 迎えの場所までは、そう遠くない。


 足は動く。


 ただ、頭の中は少しふわふわしていた。


     ◇


 その感覚が、胸の奥に生まれたのは、店から少し離れたところだった。


「……え?」


 俺は足を止めた。


 覚えのある感覚。


 アリスからの呼びかけだ。


「今日は、呼ばないでくれって言ったよな……?」


 彼女は、分かったと答えた。


 仲間とゆっくり話してきてと、送り出してくれた。


 それなのに、なぜ。


 俺は胸へ意識を向けた。


 いつもの呼びかけより、落ち着かない。


 何度も強く引かれるような感覚がある。


 具体的な言葉が聞こえるわけではない。


 どこにいるのか。


 何が起きたのか。


 そこまでは分からない。


 だが、急いで来てほしいという感じが、伝わってきた。


 俺は、近くの壁へ手をついた。


 酔っているせいかと思った。


 それでも、胸の感覚は消えない。


 アリスが、困っている。


 ただ事ではない。


 そんな思いが、頭の中のふわつきを押しのけた。


「……どうしたんだよ」


 答えは、聞こえなかった。


 呼びかけだけが続いている。


 俺は周りを見た。


 通りには人がいる。


 ここで光って消えるわけにはいかない。


 今から応じる。


 少しだけ待ってくれ。


 そう意識を向けながら、建物の脇の、人目につきにくい場所へ移った。


     ◇


 携帯を取り出し、嫁さんへ短く送った。


『ちょっと用事ができた。少し遅れる。先に着いたら待っててくれ』


 何の用事だと聞かれたら、困る。


 だが、今はそれを考える余裕がなかった。


 日本では、向こうにいる間も数分しかたたない。


 待たせるにしても、長くならずに戻れるかもしれない。


 そう思い、携帯をポケットへしまった。


 壁から手を離す。


 足元が、少し頼りない。


 装備は、ギルドに置いてある。


 メイスもない。


 胸当てもない。


 そのうえ、酒まで入っている。


「……こんな状態で、何ができるんだか」


 小さく息を吐いた。


 それでも、アリスは約束を破ってまで呼んでいる。


 あの子が、いつもの調子で飯に誘っているわけではないことだけは分かった。


 俺は胸の奥へ、意識を向けた。


「分かった。今、行くよ」


 呼びかけが、強くなる。


 足元に白い光が広がった。


 俺は両足で立ち、目を閉じた。


 さっきまで、森本さんの話を聞いていた。


 異世界へ行きたい。


 可愛い仲間と、一緒に冒険したい。


 そんな話に、笑っていた。


 その異世界へ、今から俺は向かう。


 酔いは、まだ抜けていない。


「……アリス。無事でいてくれよ」


 体が浮く感覚がして、日本の夜が遠ざかった。



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