第31話 オッサン精霊、靴の使い方を疑われる
◇◇◇◇
町の門が見えたとき、ロッドが大きく息を吐いた。
「……やっと着いた」
「門をくぐるまで、気は抜くなよ」
ガレスが言う。
そう言った本人も、肩へ食い込む枝の位置を直していた。
グレイファングを紐で枝へくくりつけ、2人で担いでいる。途中で持つ場所を交代したものの、慣れない荷物に疲れているらしい。
俺も、残りをくくった枝を肩へ担いでいた。
重さは、それほど気にならない。
ただ、歩くたびに灰色の毛が腕へ触れる。
今日も帰ったら、嫁さんに服の臭いを指摘されそうだ。
「コージ、疲れてない?」
アリスが俺の顔を覗いた。
「ああ。大丈夫だよ」
「少しなら、私も持てるわ」
「君は周りを見ててくれ。魔力も使ったんだから、そっちを頼むよ」
「分かったわ」
アリスが前へ目を向ける。
ニールは少し後ろで、街道の両脇を見ていた。
誰かが運び、誰かが見張る。
途中からは、いちいち俺が言わなくても交代するようになっていた。
ガレスが門番へ声をかける。
「討伐依頼から戻りました!」
門番は俺たちの荷物を見て、目を丸くした。
「グレイファングか。ずいぶん持ってきたな」
「帰りに襲われたんです」
「怪我人は?」
「いません」
ガレスが答える。
門番は全員の顔を見てから、道を空けてくれた。
「そうか。ギルドへも、出た場所を伝えておいてくれ」
「ああ。そのつもりだよ」
俺が答えると、門番はうなずいた。
魔物を担いだ5人が門をくぐる。
通りの人たちが、少し驚いた顔でこちらを見た。
アリスは慣れているのか、気にせず歩いている。
俺は肩の枝を持ち直した。
できれば、あまり近寄らないでほしい。
この荷物、毛がつくし、牙も出ている。
取り扱い注意のラベルを貼りたくなった。
◇
ギルドでは、先にグレイファングを素材の受け入れ場所へ運んだ。
職員に数を確認してもらい、討伐証明と査定の扱いを聞く。
受付へ戻ると、ガレスが依頼書を差し出して口を開いた。
「西の街道脇にある小屋の、ゴブリン討伐完了です。」
「はい。皆さん、お帰りなさい」
受付の女性が、俺たちを見た。
「怪我はありませんか?」
「ありません。ゴブリンは、小屋の中にいた1体を合わせて5体でした。周囲も確認しましたが、ほかには見つかりませんでした」
ガレスが、討伐証明の袋を置く。
ロッドが小屋の裏口について説明し、ニールが外で確認した数を補った。
俺は少し後ろで、それを聞いていた。
三人とも、自分たちの言葉で話している。
俺へ説明を丸投げするつもりは、ないらしい。
「それから、帰り道でグレイファングの群れに襲われました。数は5体です」
ガレスが続けると、受付の女性は書きかけていたペンを止めた。
「遭遇した場所は、どの辺りですか?」
ガレスは街道の曲がり角と、小屋から戻った道を説明した。
受付の女性が地図を広げる。
ニールが横から指をさした。
「この辺りです。最初は右の茂みにいて、そのあと左と前にも出てきました」
「……そこでも出たんですね」
「ほかでも出てるのかい?」
俺が尋ねると、彼女はうなずいた。
「はい。最近、街道周辺でグレイファングの目撃が増えているんです。家畜が襲われたり、荷運びの途中で群れに追われたりしたという報告も上がっています」
「前から、あの辺りにいる魔物なんだろ?」
「ええ。ただ、以前よりも人の通る道へ出てくることが多くなっています。数が増えているようですが、詳しい状況はまだ確認中です」
アリスが地図へ目を向けた。
「私たちのときも、街道の両側から近づいてきたわ。すぐには飛びかからずに、周りへ回ろうとしていたの」
「グレイファングは群れで行動します。1体を見つけても、その個体だけに気を取られないでください。別の個体が横や後ろへ回っていることがありますから」
ガレスが、自分の脚へ目を落とした。
「俺も、それで危なくなりました。盾で前の1体を受けていたら、もう1体が横から来て……コージさんに助けてもらいました」
「俺が知らせるのも、もう少し早ければよかったです」
ニールが言う。
「知らせてもらえたから、間に合ったんだよ」
俺が返すと、ニールは小さくうなずいた。
受付の女性は、地図に印をつけた。
「今後、あの辺りの依頼を受ける際は、出発前に受付で最新の情報を確認してください。皆さんも、十分注意してくださいね」
「分かりました」
ガレスが答え、ロッドとニールも返事をした。
俺は地図を見た。
今日出会った5体だけの話では、ないらしい。
「帰り道だからって、気を抜けなくなったな」
「そうね。次からは、道中のことも聞いておきましょう」
アリスの言葉にうなずく。
荷物を届ける仕事でも、行き先だけ分かればいいわけではない。
途中の道で何が起きているか。
それも、出発前に確かめておく必要があった。
◇
ゴブリン討伐の報酬は、先に決めたとおり、俺たちと三人の組で半分ずつになった。
グレイファングについては、遭遇した場所と数を記録したうえで、追加討伐としての扱いを確認してもらうことになった。
素材の査定も、少し時間がかかるらしい。
「じゃあ、そっちはあとで聞けばいいな」
俺が言うと、ガレスがアリスへ顔を向けた。
「グレイファングの分……俺たちの取り分は、少なくしてくほしい」
「どうして?」
「コージさんに、何度も助けてもらったから」
ロッドとニールもうなずいた。
「それに、運ぶのも多く持ってもらったから」
「俺たちだけじゃ、倒せなかったし」
俺は三人を見た。
「俺が多めに働いた分を考えてくれるのは、ありがたいよ。ただ、君たちも働いただろ」
「でも……」
「盾で止めた。槍で突いた。弓で援護した。帰りは荷物も運んだ。そこまで、なかったことにするなよ」
アリスも口を開いた。
「三人が前を守ってくれたから、私も風を使えたわ。ちゃんと助かっているのよ」
ガレスが、少し困った顔で俺たちを見る。
俺は肩をすくめた。
「誰が何をしたか、話して決めればいい。助けてもらったから全部いりません、じゃ、毎回最後まで立ってたやつが総取りになるぞ」
「……それも、おかしいですね」
「だろ?」
追加分の金額が分かったら、改めて相談する。
それで話がまとまった。
アリスが基本報酬を受け取り、いつもの袋へしまう。
俺はその横で、ようやく肩を回した。
荷物は下ろした。
報告も済んだ。
そろそろ、座りたい。
◇
「コージさん。アリス」
受付を離れたところで、ガレスが声をかけてきた。
「今日は、ありがとうございました」
ロッドとニールも頭を下げる。
アリスは笑った。
「こちらこそ。ちゃんと声をかけ合えて、よかったわ」
「また、一緒に依頼を受けてもらえますか?」
ガレスが聞いた。
「都合が合えばな。ただ、毎回俺たちがいるつもりで依頼を選ぶなよ」
「はい。まず、自分たちにできるか考えます」
俺はうなずいた。
「日本ではね、『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』って言葉が知られてるんだ。孫子っていう、昔の兵法家の言葉でな」
「兵法家……戦いに詳しい人ですか?」
「ああ。相手のことも、自分のことも、ちゃんと知っとけって話だよ。魔物が何体いるのか。どんな動きをするのか。それに対して、自分たちは何ができるのか、ってな」
ニールが少し考えてから、口を開いた。
「今日のグレイファングは、俺たちだけじゃ危なかったと思います」
「そうだな。でも、君たちは何もできなかったわけじゃないだろ」
三人が俺を見る。
「さっき報酬の話でも言ったけど、それぞれできたことがあった。最後まで、仲間の声も聞けてたしな」
ガレスが、ロッドとニールへ目を向けた。
「自分の力を知るってのは、駄目なところを数えるだけじゃない。できることも、ちゃんと覚えとくんだ。そのうえで、足りないところを練習すればいい」
「……はい」
「無理な依頼を避けるのと、何も受けないのは違うからな。三人で相談して決めてみな」
ガレスがうなずいた。
「まずは、俺たち三人で安全に受けられる依頼からやってみます」
「ああ。それでいいと思うよ」
「それで、分からないことがあったら、また相談してもいいですか?」
「ああ。俺に分かることならな」
「ありがとうございます! 聞きたいこと、いろいろあるんです」
「……いろいろ?」
ガレスがうなずき、ロッドとニールまで口を開きかけた。
俺は片手を上げた。
「待て待て。まず椅子に座って、何か飲ませてくれ。オッサンは、休憩を抜くと急に返事が雑になるぞ」
「じゃあ、飲みながらでも……」
「休憩の意味、知ってるかね?」
アリスが隣で吹き出した。
◇
三人と別れ、貸しスペースで胸当てと頭の防具を外した。
メイスも置く。
それから、アリスと防具屋へ向かった。
飯の前に、新しい靴の報告だけ済ませておきたい。
店へ入ると、店主が作業台から顔を上げた。
「おう。どうだった?」
「歩きやすかったよ。思ったより軽いし、指も当たらない。かかとも擦れてないな」
「ほう。紐は緩まなかったか?」
「ああ。途中で締め直すことはなかった」
店主はうなずき、作業台の横へ椅子を出した。
「脱いで見せてくれ」
俺は座り、紐をほどいた。
靴を渡すと、店主は底を見て、かかとを押し、内側へ手を入れた。
「長く歩いたか?」
「西の街道にある小屋まで行ってきた。帰りは荷物も運んだから、試すにはちょうどよかったな」
「足の甲は?」
「痛くないよ。つま先の中でも、指を動かせる」
「そうか」
満足そうにうなずいた店主が、右の靴を手に取る。
そこで、眉が動いた。
「……ここは、何にぶつけた?」
つま先を指している。
革が擦れたところだ。
俺は一度、アリスを見た。
彼女は、にこにこしていた。
隠す気は、なさそうだ。
「グレイファングの顔」
店主の手が止まった。
「何だって?」
「だから、狼みたいな魔物の顔だよ」
「歩き心地を確かめてくれとは言ったが、狼を蹴ってくれとは言ってないぞ」
「俺も、そこまで試す予定じゃなかったんだよ」
アリスが身を乗り出した。
「私が襲われそうになったの。コージが、飛び蹴りで助けてくれたのよ!」
「……飛び蹴り?」
店主が俺を見る。
俺はうなずいた。
「急いでたもんでな」
「急いだら、飛ぶのか?」
「いつもは飛ばないよ。俺だって、今日できると知ったんだからな」
店主は俺の顔と靴を交互に見た。
それから、小さく息を吐く。
「まあ、無事ならよかった。足に痛みはないんだな?」
「ああ。指も足の甲も、今のところ何ともない」
「蹴った直後は?」
「硬いものに当たった感じはしたけど、足が痛むことはなかったよ」
店主は靴の内側を念入りに触った。
つま先を横から押し、革の縫い目も確かめる。
「補強材は、ずれてないな。内側へ出てもいない」
「じゃあ、大丈夫そうか?」
「補強はな。ただ、外の革は手入れしておこう。傷んだところを放っておくと、そこから弱くなる」
俺はうなずいた。
足を守ってくれた靴だ。
できれば、長く使いたい。
◇
「少し預からせてくれ」
店主が言った。
「手入れと、内側の確認をしておく。次に来るときまでには、履けるようにしておくよ」
「分かった。頼むよ」
「ほかに、気になったところは?」
俺は歩いていたときの感覚を思い返した。
「甲のところは、もう少し締め具合を調整できるといいかもな。俺は平気だったけど、足の形で合う合わないが出そうだ」
「なるほどな。紐を通す位置を考えてみるか」
「あと、柔らかい革を入れたのはよかったと思うよ。硬い部分が、直接当たらなかった」
店主は作業台へ靴を置き、聞いたことを書き留めた。
さっきまで俺を妙な顔で見ていたが、こうなると職人の顔だ。
つま先の補強材を見つめ、指で何かの幅を測っている。
「蹴るときに、もう少し――」
「そっちへ進めるな。まず普通に歩かせてくれ」
店主が顔を上げた。
アリスが笑う。
「でも、丈夫なのはいいことよね」
「それは、そうなんだけどな」
「膝を守る防具も、もう少しで試せるぞ」
店主が作業台の端を指した。
革で包んだ、曲がった形の部品が置いてある。
「曲げ伸ばしを邪魔しないように調整してる。できたら、そっちも頼む」
「ああ。歩いたり、しゃがんだりする分には試すよ」
「跳ぶのは?」
「試験項目に入れるな」
◇
靴を預け、ギルドへ戻った。
貸しスペースに残していた革靴へ履き替える。
こちらも、履き慣れているから悪くない。
ただ、つま先を見下ろすと、新しい靴の硬さを少し思い出した。
前へ出る俺には、ああいうものがあると助かる。
メイスや胸当てだけではなく、足元も大事なのだと実感した。
「コージ、お腹すいた?」
アリスが尋ねる。
「ああ。さっきから、すいてる」
「じゃあ、ご飯にしましょう!」
「待ってました。今度は腹のほうを落ち着かせたいね」
ギルドの食堂へ入り、空いていた席へ座る。
近くの席から、焼いた肉の匂いが漂ってきた。
「……匂いを嗅いだら、余計に腹が減ってきたよ」
「さっき、何か食べておけばよかった?」
「いや、あのとき食べてたら、三人の質問で料理が冷めてたと思うぞ」
アリスが笑い、店員へ料理を注文した。
運ばれてきた水を一口飲んでから、俺の向かいへ座り直す。
「三人とも、前とは違ったわね」
「ああ。相談してきたし、こっちの声も聞いてたな」
「ガレス、自分が危なくなったことも、ちゃんと話していたわ」
「隠さなかったのは、よかったよ。次も同じことをやったら困るからな」
アリスがうなずいた。
それから、少し声を落とす。
「私も、最後は危なかったわ」
「木の根に引っかかったところか」
「ええ。下がる場所も見ておけばよかった」
「俺も、木の後ろなら大丈夫だと思ってたよ。あんな隙間を通ってくるんだな」
人間の通り道と、魔物の通り道は違う。
木があるから全部ふさがると思ったのは、甘かった。
「次は、もう少し広く周りを確かめよう」
「ええ」
アリスはうなずき、俺を見た。
「でも、コージが来てくれて、安心したわ」
「ああ。間に合ってよかったよ」
「本当に、すぐ来てくれたもの」
「俺も、あんなに脚が上がるとは思わなかったけどな」
アリスの口元が緩んだ。
「また危なくなったら、お願いね」
「助けるけど、危なくならない相談を先にしようか」
◇
運ばれてきた肉料理を食べ、ようやく人心地ついた。
温かいものを食べると、仕事が終わった感じがする。
アリスも、向かいでよく食べていた。
俺より先に皿を空にして、水を飲む。
それから、料理を運ぶ店員へ目を向けた。
「今日はいっぱい動いたもの。もう一皿、食べてもいい?」
「ああ。食べられるならな」
「コージも食べる?」
「俺はもう十分だよ。帰ったら、嫁さんの夕飯もあるからな」
「じゃあ、私が食べるわね」
「……君の腹、まだ空きがあるのか」
「お肉の分はね!」
「荷台でも、そこまで都合よく場所は空かないんだがね」
アリスは気にせず、追加の料理を注文した。
俺は水を飲みながら、その皿が来るのを待った。
今日、ガレスたちには自分の力を知れと話した。
俺自身にも、知らないことは多い。
どこまで重いものを持てるのか。
どれくらい速く動けるのか。
飛び蹴りまでできる体になって、ほかに何が変わっているのか。
少しずつ、確かめていく必要があるだろう。
ただ、今のところ一番分からないのは、目の前の召喚士があと何皿食べられるかだった。
「コージ、やっぱり一口食べる?」
届いた皿を前に、アリスが聞いた。
「いや、大丈夫だよ」
「そう? じゃあ、いただきます!」
嬉しそうに肉を切る彼女を見て、俺は椅子へ背中を預けた。
少なくとも、食欲のほうは今日の戦いで少しも弱っていない。
それならまあ、無事に帰ってきたということで、よしとしておこう。




