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『会社を辞めると伝えた51歳トラックドライバー、異世界少女の召喚精霊になる』  作者: うさぎとカニ


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第25話 オッサン精霊、夕飯まで勤務する

 

 ◇◇◇◇


「果物は落ちてきてもいいが、お前は落ちてくるな!」


 俺は頭上のスプリングバックを見ながら、横へ踏み出した。


 灰褐色の体が空中で傾く。


 二本の角が、俺のいた場所へ向いた。


「うおっ!」


 もう一歩、大きく避ける。


 角が地面をえぐり、土が飛び散った。遅れて蹄が着地し、ずしんと足元に振動が伝わってくる。


「……果物が落ちる音じゃないな」


「コージ、大丈夫?」


「ああ。今のところ、頭の防具に仕事はさせてない」


 スプリングバックが頭を上げた。


 俺はメイスを構えかけたが、すぐ横に果樹の枝が張り出している。


 勢いよく振れば、魔物より先に枝を折りそうだった。


「こっちだ。広いところでやろうじゃないか」

 

 俺は後退した。


 スプリングバックは鼻を鳴らし、蹄で地面をかく。


「そうそう。君の立派な跳躍を見せてくれ。できれば俺のいない場所へな」


「コージ、挑発しているの?」


「話が通じるなら、果物代を請求して終わりにしたいんだけどな」


 当然、相手から返事はない。


 代わりに、角を低くして走ってきた。


「跳ぶだけじゃないのかよ!」


 俺は果樹の列から抜け出し、収穫用の籠が置かれていた広場へ移動した。


 アリスも距離を取りながらついてくる。


 ここなら枝に邪魔されない。空も見えるし、足元には根も少ない。

 

 俺が立ち止まると、スプリングバックも少し手前で止まった。

 

 後ろ脚が折れ曲がる。


 来る。


「アリス、そっちは頼むぞ!」


「任せて!」


 地面を蹴った体が、再び高く跳び上がった。


 俺は足元の影を一瞬確認し、すぐ本体へ目を戻した。


 影だけを見ていてはいけない。

 

 受付の女性が言っていた。


 跳んだあとに体をひねることがある、と。


 スプリングバックの腰が動く。


 角の向きが、わずかに変わった。


「そっちへ来るのか!」


 俺は斜め前へ踏み込み、落下してくる体の横へ抜けた。


 背後で、土をえぐる音がする。


 振り返ると、スプリングバックは前脚を踏ん張り、頭を持ち上げようとしていた。


 森本さんの話では、着地したあとが狙い目だった。


「ここだな!」


 両手で握ったメイスを、横から振った。

 

 重い鉄のメイスが首の付け根に当たり、スプリングバックの体が横へ崩れた。


 土の上を滑り、そのまま動かなくなる。


 俺はメイスを下ろし、息を吐いた。


「……一体」


「やったわ、コージ!」


「まだもう一体いる。そっちを見ててくれ」


「ええ!」


 俺は倒れた魔物から少し離れ、周囲へ目を配った。


 頭の防具がずれていないか、左手で軽く確かめる。


 役に立ってはいる。


 かぶっているだけで、多少は気持ちが違う。

 

 ただ、角が刺さらないか試してみたいとは、これっぽっちも思わなかった。


     ◇


 木々の向こうで、葉が揺れた。


 一体目より少し小さいスプリングバックが、果樹の間から現れる。


 俺ではなく、倒れた仲間を見ていた。


 それから顔を上げ、アリスへ目を向けた。


「そっちは駄目だぞ」


 俺は二体目とアリスの間へ動いた。


 スプリングバックは横へ回り込む。俺も同じ方向へ足を運び、進路をふさいだ。


「回り込んでくるわ!」


「見えてる。なかなか落ち着きのないやつだな」


 相手は果樹の陰へ入りかけた。


 追いかければ、また枝の下で戦うことになる。


 俺が足を止めたとき、アリスが杖を向けた。


「風よ!」


 木々の間を風が抜けた。


 落ち葉が舞い上がり、スプリングバックの前を横切る。


 驚いた魔物が足を止め、広場側へ顔を向けた。


 その瞬間、俺は右へ動いていた。


 なぜか、そちらへ回ればいい気がしたのだ。


「コージ、そっちへ……」


 アリスの声が途中で止まる。


 俺はメイスを構え、広場へ出てくる魔物を待ち受けた。


 スプリングバックが俺を見る。


 後ろ脚が沈んだ。


「また上か。地面を走るだけじゃ、不満なのかね」


 灰褐色の体が跳び上がる。


 俺は動きを見ながら、横へ避ける準備をした。


 しかし、二体目は一体目ほど高く跳ばなかった。


 前方へ大きく飛び、角を俺の胸元へ向けてくる。


「今度は横からかよ!」


 俺は体をひねった。


 角が胸当ての前を通り過ぎる。


 蹄が地面に触れたところで、俺はメイスを振り下ろした。


 肩のあたりに重い一撃が入り、スプリングバックの脚が崩れる。


 倒れたあとも起き上がろうとしたため、俺は素早く近づき、もう一撃を加えた。


 動きが止まる。


 俺は少し待ち、ほかに物音がしないことを確かめた。


「……これで二体だな」


「ええ。二体とも倒したわ」


 アリスが駆け寄ってきた。


「怪我はない?」


「ああ。胸当てにも当たらなかったと思うよ」


「よかった」


 ほっとした顔を見て、俺も肩の力を抜いた。


「森本さんの話、役に立ったな」


「帰ったらお礼を言うの?」


「何のお礼か説明するところで、俺が困るんだよ」


「ゲームの話で助かったって言えばいいじゃない」


「『おかげで本物の角を避けられました』ってか? そこから先の言い訳まで攻略してもらわにゃならん」


 アリスが笑った。


 それから、不思議そうに俺を見る。


「ねえ、さっき、私が言おうとしたこと、分かったの?」


「何のことだ?」


「風を使ったあとよ。右へ回ってほしかったんだけど、言う前にコージが動いたでしょう?」


「ああ……」


 確かに、そうだった。


 風が吹いたあと、自然と足が動いた。


「君が風を送ったから、そっちへ回ればいい気がしてな」


「そうなの?」


「声が聞こえたわけじゃないぞ。ただ、そうしたほうがいいと思ったんだ」


 アリスは俺の顔を見つめ、嬉しそうに微笑んだ。


「息が合ってきたのね」


「一緒に働いてりゃ、相手のやりたいことも多少は分かるからな」


 そう答えたが、今朝の召喚前の感覚も頭をよぎった。


 強い同調。


 あの表示が、こういうところにも関係しているのだろうか。


 まだ決めつけるには早い。


 ただ、声をかけられる前に動けたことは確かだった。


「でも、言わなくても全部分かると思うなよ。大事なことは、ちゃんと声に出してくれ」


「分かったわ」


「特に、追加の仕事はな」


「そこも大事なの?」


「俺にとっては重要事項だよ」


     ◇


 果樹園の北側をもう一度見回り、ほかに魔物がいないことを確かめてから、入り口へ戻った。


 待っていた男が、俺たちを見るなり立ち上がる。


「どうだった?」


「二体とも倒したよ。確認してもらえるか?」


「本当か! 助かった!」


 男を案内すると、倒れたスプリングバックを見て、大きく息を吐いた。


「これで収穫に入れる。何日も作業を止めるわけにはいかなかったからな」


「まだ、ほかから来る可能性はあるんだろ。しばらくは気をつけてくれよ」


「ああ。作業員にも伝えておく」


 アリスが魔物へ目を向けた。


「コージ、これもギルドへ持って帰るわよ」


「角や毛皮が売れるんだよな」


「ええ。二体とも持ち帰りたいわ」


 俺は二体の体を見比べた。


 片方を担ぎ、もう片方を引きずるのは避けたい。


 せっかくの毛皮が傷つくだろうし、何より俺が嫌だ。


「この二体をギルドまで運びたいんだが、荷車を貸してもらえないか?」


 男へ聞くと、すぐにうなずいた。


「収穫に使うものがある。貸そうか?」


「助かるよ。荷下ろししたら、ちゃんと返しに来る」


「急がなくていい。今日中に戻してもらえれば十分だ」


 俺はほっとした。


「よかった。今日は担がなくて済むな」


「でも、荷車に載せるのはコージよ」


「分かってるよ。俺が喜んでる時間くらい、最後までくれ!」


 アリスは悪びれずに笑った。


 借りた荷車は、丈夫そうな木製だった。


 車輪と荷台を確かめ、魔物を一体ずつ持ち上げる。


 角が外へ突き出さない向きで置き、二体の重さが片側へ偏らないように並べた。


 見ていた男が、目を丸くする。


「……あんた、ずいぶん力があるな」


「持てるのと、持って歩きたいのは別だからな。荷車を借りられてよかったよ」


「その力なら、収穫の荷運びも頼みたくなるな」


「まずは今の荷物を届けさせてくれ。行く先々で仕事を増やすと、帰り道が終わらん」


     ◇


 出発前に、男が果物を持ってきてくれた。


 黄色い皮の丸い実が、籠にいくつも入っている。


「よければ食べていってくれ。ミエルの実だ。洗ってある」


「ありがとう。ちょうど食べ頃なのか?」


「ああ。今年は甘くできたよ」


 アリスが嬉しそうに籠を覗き込んだ。


「私、これ好きなの!」


「じゃあ、魔物に食われる前に守れてよかったな」


 俺たちは木陰のベンチへ座り、一つずつ受け取った。


 アリスがさっそくかじる。


「甘い!」


 俺もひと口食べた。


 黄色の薄い皮の下には、桃のように柔らかい果肉が詰まっていた。


 甘い汁が口の中に広がり、あとから少し酸味が残る。


「うまいな。こういうのなら、毎日でも歓迎なんだけどね」


「果樹園の仕事、気に入った?」


「果物はな。頭上から角が降ってくる作業は、もう少し減らしてほしいよ」


 アリスが笑い、もうひと口かじった。


 口の横に果汁がついている。


「おい、口の横」


「え?」


 アリスが手の甲で反対側を拭いた。


「そっちじゃない。反対だ」


「こっち?」


「……ほら、これを使いな」


 ポケットのハンカチを渡す。


 アリスは受け取り、口元を拭いた。


「取れた?」


「ああ。取れたよ」


「ありがとう」


 そう言って、また果物をかじる。


 よほど気に入ったらしい。


 俺は自分の果物を食べながら、その横顔を眺めた。


 魔物と戦っているときは、頼りになる冒険者だ。


 こうして嬉しそうに食べていると、やっぱり十五歳の女の子なんだと思う。


「コージのお弁当も、こういうところで食べたいわ」


「魔物がいなければな」


「討伐が終わってから食べればいいでしょう?」


「弁当を食うために、毎回一仕事入れるなよ。普通に座って食べる選択肢も残しといてくれ」


「じゃあ、魔物のいないところを探しておくわ」


「それなら考えておくよ」


 アリスは嬉しそうにうなずいた。

 

 そんな顔をされると、弁当くらい作ってやってもいいかと思ってしまう。


 日本で妻の分を作り、異世界でアリスの分を作る。


 どうやら今後は、卵の減りが早くなりそうだった。


     ◇


 町へ戻る道では、俺が荷車を引いた。


 車輪が土を踏み、ことことと音を立てる。


 アリスは横を歩き、ときどき荷台を確かめていた。


「重くない?」


「重いけど、担ぐよりずっと楽だよ」


「コージがいると、丸ごと持って帰れるから助かるわ」


「俺も荷車があると助かる。今後の依頼書には、荷車の有無も書いといてほしいね」


 門番には、いつものように驚かれた。


 ただ、今日は俺が魔物を担いでいない。


「今回は荷車か」


「ああ。文明の力を借りてるんだよ」


「そのほうが普通だな」


「俺だって、好きで毎回担いでるわけじゃないからな」


 ギルドの裏手へ回ると、解体場の職員も荷車を見た。


「今日は、ちゃんと車で運んできたんだな」


「ようやく普通に運んだみたいに言うな。使えるものがあれば、俺だって使うよ」


 二体を下ろし、アリスが引換券を受け取る。


 借りた荷車は、荷台についた汚れを落としてから果樹園へ返しに行った。


 依頼主から改めて礼を言われ、ギルドへ戻るころには、日差しが傾き始めていた。


 受付で討伐の報告を済ませ、貸しスペースへ向かう。


 頭の防具を外すと、額に風が触れた。


「ふう。今日はこれに角が刺さらなくてよかったな」


「避けられたものね」


「ああ。今後も、その使い方で頼むよ」


 メイスの汚れを拭き、胸当てと革靴も片づける。


 日本から履いてきた室内用のスリッパへ足を戻した。


 アリスを見ると、まだ元気そうだった。


「魔力は大丈夫か? 今日は結構長くいるぞ」


「ええ。それが、まだ余裕があるの」


「疲れてないか?」


「少しは疲れたけど、前みたいな感じじゃないわ。コージを召喚しておくのが、前ほど大変じゃないのよ」


 アリスは胸元へ手を当て、考えるように続けた。


「同じくらいの時間がたっても、魔力の減りが少ない気がするの」


「使える魔力が増えたってだけじゃないのか?」


「それもあるかもしれないけど……召喚を維持する負担が、軽くなった感じね」


「契約同調が変わったせいかね」


「きっとそうよ!」


 アリスの笑顔が明るくなる。


「ねえ、コージ。今日は一緒に夕食を食べない?」


「夕食?」


「もうすぐ食堂で出してくれるわ。今日は最後まで食べられそうだもの」


 俺は食堂のほうを見た。


 鍋から湯気が上がり、肉の焼ける匂いが漂っている。


「そうだな。魔力に無理がないなら、食べていくか」


「ええ!」


 アリスは嬉しそうに、空いている席を探し始めた。


     ◇


 注文したのは、肉と野菜の煮込みに、焼いたパンだった。


 深い皿の中で、柔らかそうな肉が湯気を上げている。


 アリスは皿が運ばれてくると、俺の体をちらりと見た。


「まだ光ってないわね」


「飯が来るたびに、俺の送還確認をするなよ」


「前は途中で帰ってしまったでしょう?」


「ワイルドボアの肉のときだな。少し食べたところで終わっちまった」


「今日は、ゆっくり食べていいわよ」


「それはありがたいね。飯を食ってる最中に退勤させられると、どうにも落ち着かん」


 俺は煮込みをひと口食べた。


 肉は柔らかく、よく味が染みている。


 パンを汁につけると、これまたうまかった。


「どう?」


「ああ、うまいよ」


「よかった」


 アリスも食べ始めた。


 食堂には、依頼を終えた冒険者が集まっている。


 隣の卓では今日の戦いを話し、別の卓では報酬の使い道でもめていた。


 俺たちは果樹園の話をした。


 一体目が思ったより高く跳んだこと。


 二体目は低く飛んできたこと。


 荷車を借りられて助かったこと。


「でも、コージが右へ動いてくれたときは、嬉しかったわ」


「そうか?」


「私がやりたいこと、分かってくれたんだなって」


「毎回うまくいくとは限らんけどな。今日みたいに、互いに見て動ければいいんじゃないか」


「ええ。もっと上手に合わせられるようになりたいわ」


 アリスはパンをちぎり、皿の汁につけた。


 俺も同じように食べながら、ふと気づいた。


 帰還する前に食べなければ、と急いでいない。


 皿の肉が残っているかどうかより、アリスの話を聞いている。


 こんなふうに夕飯を食べられるだけで、ずいぶん違うものだ。


「コージは帰ったら、何をするの?」


「掃除の続きだよ。それから洗濯物を干す」


「働いてばかりね」


「そのうちの一仕事は、君が追加したんだけどな」


「でも、おいしい夕食もついていたでしょう?」


「そうだな。そこは、待遇改善として認めておこう」


 アリスが笑う。


 俺も笑いながら、残りのパンを口へ運んだ。


 皿を空にして、果実水をひと口飲む。


「ごちそうさん。今日は、ちゃんと最後まで食べられたな」


「ええ!」


 アリスは嬉しそうに、空になった俺の皿を見た。


 その少しあとだった。


 指先に、淡い光が浮かぶ。


「お。今度は帰る時間か」


「ちょうどよかったわね」


「ああ。腹もいっぱいだし、いい頃合いだよ」


「また一緒に食べましょうね」


「そうだな。君も、帰ったらちゃんと休むんだぞ」


「分かってるわ」


 アリスが小さく手を振る。


 俺も手を上げたところで、食堂の景色が白い光に包まれた。


     ◇


 目の前に、家の廊下が戻ってきた。


 端に寄せた掃除機が、そのまま置いてある。


 洗濯機は、まだ動いていた。


 時計を見る。


 ほんの数分しか進んでいない。


「……まだ朝かよ」


 さっきまで、アリスと夕飯を食べていたのだ。


 果樹園へ行き、魔物を倒し、荷車を引いて町へ戻った。借りた荷車を返しに行き、ギルドで報告まで済ませた。


 それなのに、日本では洗濯すら終わっていない。


 俺は腹をさすった。


 しっかり満腹だ。


 こちらでは朝食を済ませたばかりなのに、異世界の夕食まで入っている。


「……今日、あと何食あるんだ?」


 昔から、腹八分目がいいという。


 だが、二つの世界で律儀に八分目ずつ食べていたら、合計で十六分目だ。


 どうやら今後は、荷物より先に、自分の積載量を管理する必要がありそうだった。



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