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『会社を辞めると伝えた51歳トラックドライバー、異世界少女の召喚精霊になる』  作者: うさぎとカニ


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第22話 オッサン精霊、頭の守りを固める


 ◇◇◇◇


 受付で報酬を受け取ったアリスは、革袋の中を覗いていた。


「ちゃんと増えているわ」


「商人さんが上乗せしてくれたからな」


「コージが丁寧に荷物を積んだおかげね!」


「君が風で助けてくれたおかげでもあるよ。あの棍棒を食らってたら、積み込みどころじゃなかった」


 アリスは嬉しそうに革袋の口を締めた。


「それじゃ、防具屋へ行きましょう!」


「ああ。今日はもう、途中で仕事を増やすなよ」


「分かってるわ。頭を守るものを買うんでしょう?」


「そうだ。できれば、頭を使う仕事も減らしたいんだけどな」


 受付から離れようとしたところで、若い冒険者が3人、こちらへ近づいてきた。


 見覚えがある。


 俺を馬鹿にして殴りかかり、そろって顔から地面へ転んだ若い冒険者たちだ。


 そのあと森でゴブリンに追われ、俺たちへ押しつけて逃げた連中でもある。


 俺は、3人の後ろへ目を向けた。


「……今度は何を連れてきた?」


「今日は何も連れてきてません!」


「なら、いいんだけどな」


 アリスは杖を握ったまま、3人を見ていた。


 先頭の男が立ち止まり、頭を下げる。


「以前は、すみませんでした。馬鹿にしたことも、ゴブリンを押しつけたことも」


 残りの2人も頭を下げた。


 以前の態度とは、ずいぶん違う。


「本当に反省してるの?」


 アリスが聞くと、男は顔を上げた。


「はい。あれから、受ける依頼も見直しました。もう、あんなことはしません」


 俺はアリスと顔を見合わせた。


「まあ、次からは頼むよ。危なけりゃ逃げてもいいが、黙って人に押しつけるのは駄目だ」


「はい」


「こっちだって、何の準備もなく魔物を渡されて困ったんだからな。荷物なら、せめて先に連絡してくれ」


「荷物じゃないでしょう、コージ」


「分かってるよ。だから余計に困るんだ」


 3人は気まずそうにうなずいた。


 先頭の男が、遠慮がちに口を開く。


「それで……少し、お聞きしてもいいですか?」


「何だ?」


「最近、お二人は依頼が順調だと聞きました。何か秘訣があるんでしょうか」


「秘訣ねえ……」


 俺は腕を組んだ。


 この怪力の理由を聞かれても、俺自身が分かっていない。


 ただ、仕事の進め方なら話せることもある。


「日本にはね、『石の上にも3年』ってことわざがあるんだよ」

「石の上に、3年?」

 

アリスが首を傾げた。


「冷たい石でも、長く座っていれば温まる。つらくても辛抱強く続ければ、やがて成果が出るって意味さ」


 男の1人が真剣な顔で聞いた。


「石の上に座って、魔力を鍛えるんですか?」


「本当に座るなよ。3年後に迎えに来てくれと言われても困るからな」


 アリスが小さく吹き出した。


「俺も荷物を積む仕事を、長年やってきた。最初からうまくできたわけじゃないよ。失敗したら原因を考えて、次は同じ失敗をしないようにする。その繰り返しだ」


「やっぱり、経験なんですね」


「ああ。ただ、辛抱するってのは、勝てない魔物の前で踏ん張ることじゃないぞ。危なけりゃ引き返せ。生きて戻らなきゃ、次の経験も積めんからな」


 3人は、今度は黙ってうなずいた。


「まず、自分たちにできる依頼を確実にこなす。分からないことは聞く。出発前に準備する。地味だが、そういうのが大事なんだよ」


「ありがとうございます。やってみます」


「私も、コージに準備の大切さを教わったわ」


 アリスが少し誇らしそうに言った。


「そうか。じゃあ、俺を呼ぶ前にも準備してくれ」


「してるわよ?」


「俺が風呂から出たかどうかの確認も、できれば追加してほしいんだけどな」


「そこまでは分からないって言ったでしょう!」


 3人が戸惑った顔で俺たちを見た。


 せっかく先輩らしいことを言ったのに、最後は勤務条件の相談になってしまった。


     ◇


 防具屋へ入ると、店主が作業台から顔を上げた。

「おう、あんたらか」


「こんにちは。今日は頭を守る防具を見たいの」


「兜だな。ちょっと待ってくれ」


 店主は作業台の上にあった、灰色の板を脇へよけた。


 俺は、その形に見覚えがあった。


「それ、ストーンシェル・アルマのか?」


「ああ。ギルドから3体分買ったよ。今は、どこまで薄く削れるか試してるところだ」


 店主が小さな革靴を持ち上げた。


 つま先の部分だけ、形が少し膨らんでいる。


「中へ入れてみたんだ。まだ試作だがな」


「へえ。ずいぶん進んだね」


 俺は靴を受け取り、つま先を指で押した。


 硬い。


 それでも、持った感じは極端に重くなっていなかった。


「歩くときに、指に当たらないようにしたいな。足が痛くなったら、丈夫でも履いてられんから」


「そこを調整してる。あと、膝当てや腕の防具にも使えそうだ」


「いいね。荷物を持って、膝をつくこともあるしな」


 店主が笑った。


「あんたに見せると、すぐ仕事の話になるな」


「長年の癖だよ。これを着けて、どんな作業ができるか考えちまうんだ」


「完成したら、また意見を聞かせてくれ」


「見るのはいいが、オークに殴られて試すのは勘弁してくれよ」


     ◇


 店主が奥から兜をいくつか持ってきた。


 まずは、顔まで覆う鉄製の兜。


 持ってみると、思っていたほど重く感じない。異世界の俺なら、これくらいは問題ないのだろう。


 試しにかぶった。


「……見えにくいな」


 正面には細い隙間があるが、横や足元が見づらい。


 顔の前に自分の息が戻ってくる。


「どう?」


「暑い。それに、横から荷馬車が来ても気づくのが遅れそうだ」


「戦うための防具よ?」


「戦ったあとに荷物を運ばされるところまで考えてるんだよ!」


 兜を脱ぐと、店主がうなずいた。


「なら、こっちだな。顔を覆わないものもある」


 次は、額と頭頂部を覆う鉄兜だった。


 視界はましだが、頭を動かすと少しずれる。


「サイズが合ってないね」


「中の詰め物で調整できるぞ」


「それもあるが……もう少し、気軽にかぶれるのは?」


「だったら、革のやつだ」


 店主が差し出したのは、硬く厚い革で作られた兜だった。


 額から頭頂部、後頭部までを覆い、顔と耳は出ている。あごの下で紐を結ぶ形だ。


 かぶって首を動かす。


 左右も足元も見える。耳も塞がれていない。


「お、これはいいな」


「鉄ほどの守りはないが、何もかぶらないよりはいい。きちんと紐を締めれば、動いても外れにくいぞ」


 アリスが俺の前へ回った。


「似合ってるわ」


「そうか?」


「ええ。薄いところも隠れるし」


「そっちの話じゃないだろ!」


 店主が肩を揺らして笑った。


「頭を守りたいんだよ。髪を隠すために買うんじゃない」


「でも、両方できるわね」


「便利な機能みたいに言うな」


 アリスは笑いながら、俺のあごの下を指さした。


「紐、少し緩くない?」


「ああ、これか」


 俺が結び直そうとすると、アリスが手を伸ばした。


「ちょっと、じっとして」


 紐を引き、結び目を整えてくれる。


 さっきまで笑っていた顔が、近くで真剣になった。


「ちゃんと守ってもらわないと困るもの」


「……そうだな」


 まっすぐ言われると、返す言葉に少し困る。


 俺は兜の縁を触り、目をそらした。


「まあ、俺の頭もまだ使う予定があるからな」


「なら、これにしましょう」


 値段を聞き、二人で相談して購入を決めた。


 追加報酬のおかげで、アリスも無理なく払えるようだった。


「ありがとうな。大事に使うよ」


「ええ。ちゃんとかぶってね」


「分かった。頭頂部を見ながら念を押すのは、もうやめてくれ」


     ◇


 ギルドへ戻り、買った兜を貸しスペースへしまった。


 胸当てとメイスも置いてから、食堂へ向かう。


 果実水を頼み、椅子へ腰を下ろした。


「はぁ……ようやく座れた」


「帰りの馬車でも座っていたでしょう?」


「荷物を見張りながら座るのと、仕事が終わって座るのは違うんだよ」


 アリスは笑い、果実水を飲んだ。


 俺もひと口飲む。甘さと酸味が、乾いた喉に気持ちよかった。


「そういえば、日本の仕事もそろそろ終わりなんだ」


「あと少しなのね」


「ああ。森本さんも、だいぶ覚えてくれたしな。それで、同僚が送別会を開いてくれるんだってさ」


「ソウベツカイ?」


「仕事を辞める人を送り出す集まりだよ。一緒に飯を食べたり、今までありがとうって話したりするんだ」


 アリスの手が止まった。


「……コージが来なくなるの?」


「いや、日本の会社を辞める話だよ。こっちへ来るかどうかとは別だ」


「そうなのね」


 アリスはほっとしたように息を吐いた。


 そして、すぐに顔が明るくなる。


「じゃあ、こっちではもっと一緒に冒険できるわね!」


「こっちの勤務時間を増やすために辞めるんじゃないぞ! 俺の休日まで引き継ぐな!」


「冒険は楽しいでしょう?」


「楽しいときもあるよ。だが、朝から晩まで楽しいことで働かされても、疲れるんだ」


 アリスが頬を膨らませる。


「私、毎日呼ぶとは言ってないわ」


「そうだな。ちゃんと休んでくれたし、そこは助かったよ」


 俺は果実水の杯を置いた。


「ただ、休みに入っても、寝てるときはできれば勘弁してほしい。俺にも朝寝坊する権利くらいあるだろ」


「呼ぶ前に、寝ているか分かればいいんだけど……」


「そうなんだよな」


 そこはアリスにも、どうしようもないのだろう。


 俺が働いているときも、風呂から上がったときも、彼女には見えていない。


「まあ、少しずつ考えよう。こっちの都合ばかり言っても、君の時間もあるしな」


「うん」


 アリスは杯を両手で包み、うなずいた。


「送別会、楽しみね」


「ああ。長いこと一緒に働いた人たちだからな」


「コージ、みんなに頼られているのね」


「荷物が多い日だけは、特によく呼ばれたよ」


「こっちでも頼られているわ!」


「だから、退職先にも荷物が待ってるんだよなあ……」

 

     ◇


 しばらく話していると、アリスが杖へ目を向けた。


「コージ。そろそろ魔力が少なくなってきたわ」


「分かった。先に着替えてくるよ」


 貸しスペースへ戻り、革靴を脱いで家のスリッパに履き替える。


 装備をそろえて置き、扉を閉めようとした。


「コージ、風の出ない道具は?」


「……おっと!」


 ドライヤーを置いたままだった。


 慌てて取り出し、タオルを首に掛ける。


「危ない。これまで異世界に置いてきたら、嫁さんへの説明がまた増えるところだった」


「風を出す道具なのに、忘れられそうになってるのね」


「ここじゃ風も出せんからな。せめて存在感くらい出してほしいよ」


 アリスが笑った。


 貸しスペースに鍵を掛け、食堂へ戻る。


 席に着いて少しすると、指先が淡く光り始めた。


「またね、コージ」


「ああ。帰ったら、君もゆっくり休むんだぞ」


「分かってるわ」


 その顔を見て、俺も少し笑った。


 今日は荷物も回収できた。頭の防具も買えた。


 まずまずの仕事だっただろう。

 

白い光が視界を覆う。


     ◇


 気づくと、洗面台の前に立っていた。


 右手にはドライヤー。首にはタオル。


 鏡に映ったオッサンは、さっき風呂から出たときより疲れた顔をしている。


「……ただいま、俺」


 ドライヤーを置いたところで、妻が顔を出した。


「まだ乾かしてたの?」


「ああ。ちょっとな」


 日本では数分しか経っていない。


 だが、俺のほうではオークと力比べをし、荷物を積み、防具を買って帰ってきたのだ。


 妻が俺の部屋着を見た。


「その袖、どうしたの?」


「袖?」


 見ると、肘のあたりに土がついていた。


 積み込みのときか、戦っていたときか。どちらにせよ、洗面所でつく汚れではない。


「それに、汗をかいてない?」


「ああ……ちょっと動いたからな」


「髪を乾かすのに?」


「腕も上げるしさ。これも案外、いい運動なんだよ」


 妻は俺の頭を見た。


「そんなに乾かすところ、あった?」


「髪の量で運動量を計算するな!」


 妻が小さく笑ったあと、部屋着の汚れへ視線を戻した。


「もう一度、シャワーを浴びてきたら? 夕飯まで、もう少しかかるから」


「……ああ。そうするよ」


 言い訳を続けるより、洗ったほうが早い。


 俺は新しい着替えを取りに向かった。


 仕事を終えて風呂に入り、異世界でもうひと仕事して、また風呂へ戻る。


 今日の俺は、残業代をもらう前に着替えが足りなくなりそうだった。





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