第22話 オッサン精霊、頭の守りを固める
◇◇◇◇
受付で報酬を受け取ったアリスは、革袋の中を覗いていた。
「ちゃんと増えているわ」
「商人さんが上乗せしてくれたからな」
「コージが丁寧に荷物を積んだおかげね!」
「君が風で助けてくれたおかげでもあるよ。あの棍棒を食らってたら、積み込みどころじゃなかった」
アリスは嬉しそうに革袋の口を締めた。
「それじゃ、防具屋へ行きましょう!」
「ああ。今日はもう、途中で仕事を増やすなよ」
「分かってるわ。頭を守るものを買うんでしょう?」
「そうだ。できれば、頭を使う仕事も減らしたいんだけどな」
受付から離れようとしたところで、若い冒険者が3人、こちらへ近づいてきた。
見覚えがある。
俺を馬鹿にして殴りかかり、そろって顔から地面へ転んだ若い冒険者たちだ。
そのあと森でゴブリンに追われ、俺たちへ押しつけて逃げた連中でもある。
俺は、3人の後ろへ目を向けた。
「……今度は何を連れてきた?」
「今日は何も連れてきてません!」
「なら、いいんだけどな」
アリスは杖を握ったまま、3人を見ていた。
先頭の男が立ち止まり、頭を下げる。
「以前は、すみませんでした。馬鹿にしたことも、ゴブリンを押しつけたことも」
残りの2人も頭を下げた。
以前の態度とは、ずいぶん違う。
「本当に反省してるの?」
アリスが聞くと、男は顔を上げた。
「はい。あれから、受ける依頼も見直しました。もう、あんなことはしません」
俺はアリスと顔を見合わせた。
「まあ、次からは頼むよ。危なけりゃ逃げてもいいが、黙って人に押しつけるのは駄目だ」
「はい」
「こっちだって、何の準備もなく魔物を渡されて困ったんだからな。荷物なら、せめて先に連絡してくれ」
「荷物じゃないでしょう、コージ」
「分かってるよ。だから余計に困るんだ」
3人は気まずそうにうなずいた。
先頭の男が、遠慮がちに口を開く。
「それで……少し、お聞きしてもいいですか?」
「何だ?」
「最近、お二人は依頼が順調だと聞きました。何か秘訣があるんでしょうか」
「秘訣ねえ……」
俺は腕を組んだ。
この怪力の理由を聞かれても、俺自身が分かっていない。
ただ、仕事の進め方なら話せることもある。
「日本にはね、『石の上にも3年』ってことわざがあるんだよ」
「石の上に、3年?」
アリスが首を傾げた。
「冷たい石でも、長く座っていれば温まる。つらくても辛抱強く続ければ、やがて成果が出るって意味さ」
男の1人が真剣な顔で聞いた。
「石の上に座って、魔力を鍛えるんですか?」
「本当に座るなよ。3年後に迎えに来てくれと言われても困るからな」
アリスが小さく吹き出した。
「俺も荷物を積む仕事を、長年やってきた。最初からうまくできたわけじゃないよ。失敗したら原因を考えて、次は同じ失敗をしないようにする。その繰り返しだ」
「やっぱり、経験なんですね」
「ああ。ただ、辛抱するってのは、勝てない魔物の前で踏ん張ることじゃないぞ。危なけりゃ引き返せ。生きて戻らなきゃ、次の経験も積めんからな」
3人は、今度は黙ってうなずいた。
「まず、自分たちにできる依頼を確実にこなす。分からないことは聞く。出発前に準備する。地味だが、そういうのが大事なんだよ」
「ありがとうございます。やってみます」
「私も、コージに準備の大切さを教わったわ」
アリスが少し誇らしそうに言った。
「そうか。じゃあ、俺を呼ぶ前にも準備してくれ」
「してるわよ?」
「俺が風呂から出たかどうかの確認も、できれば追加してほしいんだけどな」
「そこまでは分からないって言ったでしょう!」
3人が戸惑った顔で俺たちを見た。
せっかく先輩らしいことを言ったのに、最後は勤務条件の相談になってしまった。
◇
防具屋へ入ると、店主が作業台から顔を上げた。
「おう、あんたらか」
「こんにちは。今日は頭を守る防具を見たいの」
「兜だな。ちょっと待ってくれ」
店主は作業台の上にあった、灰色の板を脇へよけた。
俺は、その形に見覚えがあった。
「それ、ストーンシェル・アルマのか?」
「ああ。ギルドから3体分買ったよ。今は、どこまで薄く削れるか試してるところだ」
店主が小さな革靴を持ち上げた。
つま先の部分だけ、形が少し膨らんでいる。
「中へ入れてみたんだ。まだ試作だがな」
「へえ。ずいぶん進んだね」
俺は靴を受け取り、つま先を指で押した。
硬い。
それでも、持った感じは極端に重くなっていなかった。
「歩くときに、指に当たらないようにしたいな。足が痛くなったら、丈夫でも履いてられんから」
「そこを調整してる。あと、膝当てや腕の防具にも使えそうだ」
「いいね。荷物を持って、膝をつくこともあるしな」
店主が笑った。
「あんたに見せると、すぐ仕事の話になるな」
「長年の癖だよ。これを着けて、どんな作業ができるか考えちまうんだ」
「完成したら、また意見を聞かせてくれ」
「見るのはいいが、オークに殴られて試すのは勘弁してくれよ」
◇
店主が奥から兜をいくつか持ってきた。
まずは、顔まで覆う鉄製の兜。
持ってみると、思っていたほど重く感じない。異世界の俺なら、これくらいは問題ないのだろう。
試しにかぶった。
「……見えにくいな」
正面には細い隙間があるが、横や足元が見づらい。
顔の前に自分の息が戻ってくる。
「どう?」
「暑い。それに、横から荷馬車が来ても気づくのが遅れそうだ」
「戦うための防具よ?」
「戦ったあとに荷物を運ばされるところまで考えてるんだよ!」
兜を脱ぐと、店主がうなずいた。
「なら、こっちだな。顔を覆わないものもある」
次は、額と頭頂部を覆う鉄兜だった。
視界はましだが、頭を動かすと少しずれる。
「サイズが合ってないね」
「中の詰め物で調整できるぞ」
「それもあるが……もう少し、気軽にかぶれるのは?」
「だったら、革のやつだ」
店主が差し出したのは、硬く厚い革で作られた兜だった。
額から頭頂部、後頭部までを覆い、顔と耳は出ている。あごの下で紐を結ぶ形だ。
かぶって首を動かす。
左右も足元も見える。耳も塞がれていない。
「お、これはいいな」
「鉄ほどの守りはないが、何もかぶらないよりはいい。きちんと紐を締めれば、動いても外れにくいぞ」
アリスが俺の前へ回った。
「似合ってるわ」
「そうか?」
「ええ。薄いところも隠れるし」
「そっちの話じゃないだろ!」
店主が肩を揺らして笑った。
「頭を守りたいんだよ。髪を隠すために買うんじゃない」
「でも、両方できるわね」
「便利な機能みたいに言うな」
アリスは笑いながら、俺のあごの下を指さした。
「紐、少し緩くない?」
「ああ、これか」
俺が結び直そうとすると、アリスが手を伸ばした。
「ちょっと、じっとして」
紐を引き、結び目を整えてくれる。
さっきまで笑っていた顔が、近くで真剣になった。
「ちゃんと守ってもらわないと困るもの」
「……そうだな」
まっすぐ言われると、返す言葉に少し困る。
俺は兜の縁を触り、目をそらした。
「まあ、俺の頭もまだ使う予定があるからな」
「なら、これにしましょう」
値段を聞き、二人で相談して購入を決めた。
追加報酬のおかげで、アリスも無理なく払えるようだった。
「ありがとうな。大事に使うよ」
「ええ。ちゃんとかぶってね」
「分かった。頭頂部を見ながら念を押すのは、もうやめてくれ」
◇
ギルドへ戻り、買った兜を貸しスペースへしまった。
胸当てとメイスも置いてから、食堂へ向かう。
果実水を頼み、椅子へ腰を下ろした。
「はぁ……ようやく座れた」
「帰りの馬車でも座っていたでしょう?」
「荷物を見張りながら座るのと、仕事が終わって座るのは違うんだよ」
アリスは笑い、果実水を飲んだ。
俺もひと口飲む。甘さと酸味が、乾いた喉に気持ちよかった。
「そういえば、日本の仕事もそろそろ終わりなんだ」
「あと少しなのね」
「ああ。森本さんも、だいぶ覚えてくれたしな。それで、同僚が送別会を開いてくれるんだってさ」
「ソウベツカイ?」
「仕事を辞める人を送り出す集まりだよ。一緒に飯を食べたり、今までありがとうって話したりするんだ」
アリスの手が止まった。
「……コージが来なくなるの?」
「いや、日本の会社を辞める話だよ。こっちへ来るかどうかとは別だ」
「そうなのね」
アリスはほっとしたように息を吐いた。
そして、すぐに顔が明るくなる。
「じゃあ、こっちではもっと一緒に冒険できるわね!」
「こっちの勤務時間を増やすために辞めるんじゃないぞ! 俺の休日まで引き継ぐな!」
「冒険は楽しいでしょう?」
「楽しいときもあるよ。だが、朝から晩まで楽しいことで働かされても、疲れるんだ」
アリスが頬を膨らませる。
「私、毎日呼ぶとは言ってないわ」
「そうだな。ちゃんと休んでくれたし、そこは助かったよ」
俺は果実水の杯を置いた。
「ただ、休みに入っても、寝てるときはできれば勘弁してほしい。俺にも朝寝坊する権利くらいあるだろ」
「呼ぶ前に、寝ているか分かればいいんだけど……」
「そうなんだよな」
そこはアリスにも、どうしようもないのだろう。
俺が働いているときも、風呂から上がったときも、彼女には見えていない。
「まあ、少しずつ考えよう。こっちの都合ばかり言っても、君の時間もあるしな」
「うん」
アリスは杯を両手で包み、うなずいた。
「送別会、楽しみね」
「ああ。長いこと一緒に働いた人たちだからな」
「コージ、みんなに頼られているのね」
「荷物が多い日だけは、特によく呼ばれたよ」
「こっちでも頼られているわ!」
「だから、退職先にも荷物が待ってるんだよなあ……」
◇
しばらく話していると、アリスが杖へ目を向けた。
「コージ。そろそろ魔力が少なくなってきたわ」
「分かった。先に着替えてくるよ」
貸しスペースへ戻り、革靴を脱いで家のスリッパに履き替える。
装備をそろえて置き、扉を閉めようとした。
「コージ、風の出ない道具は?」
「……おっと!」
ドライヤーを置いたままだった。
慌てて取り出し、タオルを首に掛ける。
「危ない。これまで異世界に置いてきたら、嫁さんへの説明がまた増えるところだった」
「風を出す道具なのに、忘れられそうになってるのね」
「ここじゃ風も出せんからな。せめて存在感くらい出してほしいよ」
アリスが笑った。
貸しスペースに鍵を掛け、食堂へ戻る。
席に着いて少しすると、指先が淡く光り始めた。
「またね、コージ」
「ああ。帰ったら、君もゆっくり休むんだぞ」
「分かってるわ」
その顔を見て、俺も少し笑った。
今日は荷物も回収できた。頭の防具も買えた。
まずまずの仕事だっただろう。
白い光が視界を覆う。
◇
気づくと、洗面台の前に立っていた。
右手にはドライヤー。首にはタオル。
鏡に映ったオッサンは、さっき風呂から出たときより疲れた顔をしている。
「……ただいま、俺」
ドライヤーを置いたところで、妻が顔を出した。
「まだ乾かしてたの?」
「ああ。ちょっとな」
日本では数分しか経っていない。
だが、俺のほうではオークと力比べをし、荷物を積み、防具を買って帰ってきたのだ。
妻が俺の部屋着を見た。
「その袖、どうしたの?」
「袖?」
見ると、肘のあたりに土がついていた。
積み込みのときか、戦っていたときか。どちらにせよ、洗面所でつく汚れではない。
「それに、汗をかいてない?」
「ああ……ちょっと動いたからな」
「髪を乾かすのに?」
「腕も上げるしさ。これも案外、いい運動なんだよ」
妻は俺の頭を見た。
「そんなに乾かすところ、あった?」
「髪の量で運動量を計算するな!」
妻が小さく笑ったあと、部屋着の汚れへ視線を戻した。
「もう一度、シャワーを浴びてきたら? 夕飯まで、もう少しかかるから」
「……ああ。そうするよ」
言い訳を続けるより、洗ったほうが早い。
俺は新しい着替えを取りに向かった。
仕事を終えて風呂に入り、異世界でもうひと仕事して、また風呂へ戻る。
今日の俺は、残業代をもらう前に着替えが足りなくなりそうだった。




