第21話 オッサン精霊、ちから比べのあとは積み込み
◇◇◇◇
大きな手を袋へ突っ込み、すくい上げた粒を口へ流し込んでいる。
そのたびに、口の端からいくらかこぼれた。
「食い方まで雑だな……」
俺は木陰から周囲を見回した。
ほかの魔物は見当たらない。
荷物の手前には、少し開けた場所がある。
そこで戦えば、陶器の箱を巻き込まずに済みそうだ。
「アリス、俺があいつをこっちへ連れてくる。君は木の陰で待っててくれ」
「分かったわ。気をつけてね」
「ああ。風呂に入ったばかりなんだ。できれば汚れずに済ませたいよ」
メイスを握り、木陰から出る。
「おい。そこの大食い」
オークが顔を上げた。
「それ、人の荷物なんだよ。勝手に食うな」
言葉は通じていないだろう。
だが、邪魔をされたことは分かったらしい。
オークは低く唸り、脇に置いていた棍棒をつかんだ。
立ち上がると、やはり大きかった。
どう見ても2メートル以上ある。腕は俺の太腿より太く、胸板は樽のようだ。
173センチ、56キロの俺と並べば、体格の差は比べるまでもない。
オークは俺を上から下まで眺めた。
胸当て。細い腕。そして頭頂部。
最後に鼻を鳴らし、牙の覗く口を歪めた。
「グフッ、グフフッ」
「……おい。今、頭を見て笑ったろ」
オークは棍棒を肩に担ぎ、今度は俺の向こうへ目を向けた。
木の陰で杖を持つアリスを見つけたのだ。
笑っていた顔が、少し険しくなる。
「俺は警戒するほどでもないってか?」
腹は立つが、こっちへ来てくれるなら都合はいい。
俺はゆっくり後退した。
「相手は俺だ。商品に傷をつけるなよ。あと、俺のもな」
オークが一歩踏み出す。
俺も一歩下がった。
穀物袋と木箱から、十分に距離が離れたところで足を止める。
よし。あとは棍棒を振らせて、横へ避ける。
森本さん、ちゃんと覚えてるぞ。
◇
「グオオッ!」
オークが棍棒を振り上げた。
太い腕が頭上へ伸びる。
棍棒の先に巻かれた黒ずんだ金属が、日差しを受けて鈍く光った。
画面で見るのとは、迫力が違う。
「でかいな、おい!」
棍棒が振り下ろされる。
俺は横へ飛びのいた。
ドンッ!
地面が揺れ、土が跳ね上がった。棍棒の先が地面にめり込んでいる。
当たっていたら、風呂上がりどころか人生上がりだったぞ。
オークが棍棒を引こうとした。
今だ。
俺は側面へ回り、メイスを振り上げた。
ところが、オークは棍棒から片手を離すと、こちらへ腕を伸ばした。
大きな手が、メイスの柄をつかむ。
「おいおい、そこは聞いてないぞ!」
森本さんの話では、棍棒を引き抜くまで隙があるはずだった。
実物は、その間も片手で仕事をするらしい。
オークが口元を歪めた。
俺からメイスを取り上げるつもりなのだろう。柄を握る手に力が入り、ぐいっと引っ張られる。
俺は両手で握り直した。
「おい、それは買ったばかりなんだ。放せよ」
オークがさらに引く。
俺は足を踏ん張った。
……動かない。
胸当ての留め具は少し引っ張られるが、体はその場にとどまっていた。
オークの笑いが止まる。
「グ……?」
「どうした。見た目ほど力がないのか?」
調子に乗って言ったが、こっちも少し驚いている。
あれだけ太い腕なのに、耐えられるものなのか。
オークは地面に刺さった棍棒からもう片方の手も離し、両手でメイスをつかんだ。
「両手になったところで、俺は譲らんよ。金を出したのはアリスなんだからな」
「コージ! オークと力比べしてるの!?」
木陰からアリスの声がした。
「俺は返してもらおうとしてるだけだよ!」
今度は、俺から引いてみた。
オークの上半身が前へ動いた。
慌てて足を踏ん張るが、その踵が土を削る。
「グオッ!」
ずるっ。
もう一度引くと、大きな体がこちらへ近づいた。
オークは目を見開いた。
さっき俺の頭を見て笑った顔とは、だいぶ違う。
「重い荷物には慣れてるが、勝手に踏ん張る荷物は初めてだな」
俺は足を一歩後ろへ引き、柄をぐっと引き寄せた。
オークが前につんのめる。
慌てて手を離したので、俺も数歩下がって距離を取った。
「最初から放せばいいんだよ。これはお前に届ける荷物じゃないんだから」
オークは息を荒らし、俺を睨んだ。
もう笑ってはいなかった。
◇
オークは地面に刺さった棍棒へ戻り、両手で引き抜いた。
土をまき散らしながら、こちらへ向き直る。
腕力では勝てた。
だからといって、あの棍棒を受けてみようとは思わない。
「コージ、来るわ!」
「分かってる!」
オークが棍棒を横へ振る。
俺は後ろへ下がった。
棍棒の先が胸の前を通り過ぎ、風圧で部屋着の袖が揺れる。
「風呂上がりのオッサンに、そんなサービスはいらん!」
空振りしたオークが足を踏み直す。
そこへ、アリスが杖を向けた。
「風よ!」
地面を走った風が砂ぼこりを巻き上げ、オークの顔へ吹きつけた。
「グアッ!」
オークが目をつぶり、顔を背ける。
俺は横から踏み込んだ。
メイスを両手で握り、無防備になった側頭部へ振り抜く。
鈍い衝撃が手に伝わった。
オークの体が大きく傾き、棍棒が手から落ちる。
倒れる先を見て、俺は思わず叫んだ。
「荷物のほうへ倒れるなよ!」
幸い、大きな体は何もない地面へ崩れ落ちた。
土ぼこりが上がる。
俺はメイスを構えたまま、少し待った。
動かない。
ようやく息を吐いた。
「……よし。終わったか」
「コージ、すごいわ! オークより力が強いなんて!」
アリスが駆け寄ってきた。
「俺も驚いてるよ。だが、最後は君の風のおかげだな」
「ちゃんと役に立った?」
「そりゃそうだ。あの隙がなかったら、また棍棒を振り回されてた」
アリスが嬉しそうに笑った。
俺は倒れたオークを見下ろす。
「森本さん、役には立ったぞ。途中から説明と違ったけどな」
「モリモトさんって、コージの仕事を引き継ぐ人でしょう?」
「ああ、そうだ」
「その人に、戦い方を教わったの?」
「ああ。配達を教えてたら、魔物の倒し方を教わった」
「日本の配達って、魔物も倒すの?」
「倒さんよ! そんな配達先があったら、会社に戻って相談するわ!」
◇
「討伐証明を取るわね」
「ああ。俺は荷物を見てるよ」
アリスが小刀を抜いたので、俺は荷物のほうへ向かった。
こういう役割分担は、何度やってもありがたい。
まず、布地の包みを確認する。
3つ。商会の印も一致していた。外側に土はついているが、大きな破れはない。
陶器の木箱は2つ。
片方の角に傷があるものの、板は割れていなかった。持ち上げると、中で大きく物が動く感触もない。
ただ、無事かどうかは商人に開けてもらってからだ。
最後は穀物袋。
「4つはあるが……」
2つは口が閉じたまま。
1つは途中で見つけた破れた袋。
そして、もう1つはオークの朝飯になっていた。
残っている分をこぼさず運ぶには、補修が必要だ。
「コージ、終わったわ」
アリスが戻ってきた。
「こっちは?」
「数はそろってる。穀物は減ってるが、布地と箱は持って帰れそうだ」
「よかった!」
「商人を迎えに行く前に、周りも少し見ておこう。あいつの仲間がいると困るからな」
周囲を二人で確かめたが、ほかに魔物の姿はなかった。
俺は破れた袋を日陰へ寄せ、アリスと一緒に街道へ戻った。
◇
待機場所で俺たちを見つけると、商人は馬車から降りてきた。
「いかがでしたか?」
「オークは倒した。荷物も全部見つかったよ。ただ、穀物は一部食われてる」
「荷物が残っていたんですね!」
商人の顔が明るくなった。
「ええ。馬車を入れて大丈夫よ」
アリスの言葉を聞き、商人が御者へ声をかける。
俺たちは馬車を先導して、木立の手前まで戻った。
道が狭くなるところで止めてもらう。
無理に奥まで進ませると、枝が引っかかるし、馬も倒れたオークを見て驚くかもしれない。
「ここから積み込もう。馬車は動かないようにしておいてくれ」
「分かりました」
俺が木立の奥から荷物を運び出す間、商人は陶器の箱を開けた。
藁をよけ、皿や壺を一つずつ確かめている。
「こちらは大丈夫です。もう片方も……ええ、割れていません!」
「よかったな。詰め物がちゃんとしてたんだろう」
「助かりました。これは町で注文を受けていた品なんです」
商人はほっとした顔で蓋を閉めた。
俺は破れた穀物袋を持ってきた。
「替えの袋か、当てる布はある?」
「予備の袋なら、馬車にあります」
「なら、それに移そう。破れたまま積むと、町まで道案内することになるからな」
「道案内?」
「穀物がずっとこぼれて、馬車の通った跡が残るんだよ」
商人が笑い、予備の袋を取りに行った。
アリスに袋の口を持ってもらい、残った穀物を移す。
「地面にこぼれた分は、混ぜないでおこう。売り物にできるかは、商人さんに判断してもらう」
「分かったわ」
袋の口を縄で縛ると、俺は荷台を覗いた。
逃げるときに荷物を降ろしたせいか、残った荷物も片側へ寄っている。
「積む前に、こっちも少し直していいか?」
「ええ、お願いします」
重い荷物を低い位置へ寄せ、左右に偏らないように置き直す。
そこへ穀物袋を積む。袋同士が動かないように合わせ、陶器の箱を置く場所を空けた。
商人が持ってきた当て布を箱の下と脇へ入れる。
「箱はここだな。隙間は布地の包みで埋めよう。ただ、きつく押し込みすぎないように」
「はい」
「最後に縄を回して……よし」
荷物を手で押し、動かないことを確かめた。
隣で、アリスがじっと見ている。
「どうした?」
「コージ、積むときは迷わないのね」
「そりゃ、こっちは30年近くやってるからな」
「オークと戦っているときより、慣れている感じがするわ」
「そりゃそうだろ。荷物は30年近く積んできたが、オークと綱引きしたのは今日が初めてだぞ」
◇
積み込みを終えると、商人が荷台を見上げた。
「ここまで丁寧にしていただけるとは……」
「帰り道で荷崩れしたら、また積み直しだからね」
「回収だけでもありがたいのに、荷物の確認から積み込みまで。本当に助かりました」
商人はアリスと俺へ、深く頭を下げた。
「報酬を上乗せさせてください」
「えっ、いいの?」
アリスの声が弾んだ。
「もちろんです。ギルドへ報告するときに、追加の支払いをお願いします」
「そこまでしてもらわなくても――」
言いかけた俺の横で、アリスが背筋を伸ばした。
「ありがとうございます!」
「返事が早いな」
「コージの働きを認めてくれたんだもの。受け取っていいでしょう?」
そう言われると、悪い気はしなかった。
商人も笑っている。
「おかげで、注文の品を届けられます。ぜひ受け取ってください」
「……そうか。じゃあ、ありがたく」
長年やってきた仕事が、こんなところで役に立った。
しかも、丁寧に積んだことを見て、報酬まで増やしてくれる。
会社で荷物を積むたびに給料が上がったことはない。
異世界のほうが、働きぶりをよく見てくれているのかもしれない。
◇
帰りは商人の馬車に乗せてもらった。
荷台の端に腰を下ろし、積んだ荷物を眺める。
車輪が石を踏むたびに馬車は揺れたが、荷物は大きく動かなかった。
「今日はコージが全部担がずに済んで、よかったわね」
「積み込みは、ほとんど俺だったけどな」
「でも、追加報酬が出るわ!」
「まあ、それは嬉しいよ」
アリスは上機嫌だった。
俺も、悪い気分ではない。
仕事を終えて風呂に入ったあと、また荷物を運ばされた。
そう考えると面倒だが、商人の安心した顔を見ると、来てよかったと思う。
ただ、ひとつ気になることがあった。
「アリス」
「何?」
「この仕事で増えた報酬、俺の頭を守る防具にも回せるか?」
「頭?」
「棍棒を見て、改めて必要だと思ったんだよ。胸当てと靴だけじゃ、上が空いてるからな」
アリスは俺の頭へ目を向け、いたずらっぽく笑った。
「本当は、髪が薄いところを隠したいだけじゃないの?」
「違うわ! 棍棒から頭を守りたいんだよ!」
「でも、かぶれば両方できるわね」
「ついでみたいに言うな。こっちは安全の話をしてるんだぞ」
「分かってるわ。似合うものを選びましょうね」
「頭頂部を見ながら言われても、素直に喜べんよ」
アリスは楽しそうに笑った。
オークの棍棒は避けられたが、この子の一言は頭に直撃した。
町へ戻り、ギルドで依頼完了を報告する。
商人が荷物の回収と積み込みについて説明し、追加報酬の手続きをしてくれた。
「本当にありがとうございました。また困ったときには、ぜひお願いします」
「できれば、次は魔物のいないところで頼むよ」
商人が笑う横で、アリスは誇らしそうに俺を見上げた。
「コージがいてくれてよかったわ」
「俺も、荷物が無事でよかったよ」
風呂上がりに始まった仕事だったが、ちゃんと稼げた。
これなら、新しい防具も少しは考えられそうだ。
ただ、俺が会社を辞める理由には、腰を休めたいというのもあったはずである。
異世界で積み込みを褒められて、次の仕事まで回ってきたらどうしよう。
腰を休めたくて会社を辞めるのに、異世界では荷物を積んで褒められている。
まずい。このままでは、退職祝いに次の荷物が届きそうだ。




