↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『会社を辞めると伝えた51歳トラックドライバー、異世界少女の召喚精霊になる』  作者: うさぎとカニ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/45

第21話 オッサン精霊、ちから比べのあとは積み込み


 ◇◇◇◇


 大きな手を袋へ突っ込み、すくい上げた粒を口へ流し込んでいる。


 そのたびに、口の端からいくらかこぼれた。


「食い方まで雑だな……」


 俺は木陰から周囲を見回した。


 ほかの魔物は見当たらない。


 荷物の手前には、少し開けた場所がある。


 そこで戦えば、陶器の箱を巻き込まずに済みそうだ。


「アリス、俺があいつをこっちへ連れてくる。君は木の陰で待っててくれ」


「分かったわ。気をつけてね」


「ああ。風呂に入ったばかりなんだ。できれば汚れずに済ませたいよ」


 メイスを握り、木陰から出る。


「おい。そこの大食い」


 オークが顔を上げた。


「それ、人の荷物なんだよ。勝手に食うな」


 言葉は通じていないだろう。


 だが、邪魔をされたことは分かったらしい。


 オークは低く唸り、脇に置いていた棍棒をつかんだ。


 立ち上がると、やはり大きかった。

 

 どう見ても2メートル以上ある。腕は俺の太腿より太く、胸板は樽のようだ。


 173センチ、56キロの俺と並べば、体格の差は比べるまでもない。


 オークは俺を上から下まで眺めた。


 胸当て。細い腕。そして頭頂部。


 最後に鼻を鳴らし、牙の覗く口を歪めた。


「グフッ、グフフッ」


「……おい。今、頭を見て笑ったろ」


 オークは棍棒を肩に担ぎ、今度は俺の向こうへ目を向けた。


 木の陰で杖を持つアリスを見つけたのだ。


 笑っていた顔が、少し険しくなる。


「俺は警戒するほどでもないってか?」


 腹は立つが、こっちへ来てくれるなら都合はいい。


 俺はゆっくり後退した。


「相手は俺だ。商品に傷をつけるなよ。あと、俺のもな」

 

 オークが一歩踏み出す。


 俺も一歩下がった。


 穀物袋と木箱から、十分に距離が離れたところで足を止める。


 よし。あとは棍棒を振らせて、横へ避ける。


 森本さん、ちゃんと覚えてるぞ。


     ◇


「グオオッ!」


 オークが棍棒を振り上げた。


 太い腕が頭上へ伸びる。


 棍棒の先に巻かれた黒ずんだ金属が、日差しを受けて鈍く光った。


 画面で見るのとは、迫力が違う。


「でかいな、おい!」


 棍棒が振り下ろされる。


 俺は横へ飛びのいた。


 ドンッ!


 地面が揺れ、土が跳ね上がった。棍棒の先が地面にめり込んでいる。


 当たっていたら、風呂上がりどころか人生上がりだったぞ。


 オークが棍棒を引こうとした。


 今だ。


 俺は側面へ回り、メイスを振り上げた。


 ところが、オークは棍棒から片手を離すと、こちらへ腕を伸ばした。


 大きな手が、メイスの柄をつかむ。


「おいおい、そこは聞いてないぞ!」


 森本さんの話では、棍棒を引き抜くまで隙があるはずだった。


 実物は、その間も片手で仕事をするらしい。


 オークが口元を歪めた。


 俺からメイスを取り上げるつもりなのだろう。柄を握る手に力が入り、ぐいっと引っ張られる。


 俺は両手で握り直した。


「おい、それは買ったばかりなんだ。放せよ」


 オークがさらに引く。


 俺は足を踏ん張った。

 

……動かない。


 胸当ての留め具は少し引っ張られるが、体はその場にとどまっていた。


 オークの笑いが止まる。


「グ……?」


「どうした。見た目ほど力がないのか?」


 調子に乗って言ったが、こっちも少し驚いている。


 あれだけ太い腕なのに、耐えられるものなのか。


 オークは地面に刺さった棍棒からもう片方の手も離し、両手でメイスをつかんだ。


「両手になったところで、俺は譲らんよ。金を出したのはアリスなんだからな」


「コージ! オークと力比べしてるの!?」


 木陰からアリスの声がした。


「俺は返してもらおうとしてるだけだよ!」


 今度は、俺から引いてみた。


 オークの上半身が前へ動いた。


 慌てて足を踏ん張るが、その踵が土を削る。


「グオッ!」


 ずるっ。


 もう一度引くと、大きな体がこちらへ近づいた。


 オークは目を見開いた。


 さっき俺の頭を見て笑った顔とは、だいぶ違う。


「重い荷物には慣れてるが、勝手に踏ん張る荷物は初めてだな」


 俺は足を一歩後ろへ引き、柄をぐっと引き寄せた。


 オークが前につんのめる。


 慌てて手を離したので、俺も数歩下がって距離を取った。


「最初から放せばいいんだよ。これはお前に届ける荷物じゃないんだから」


 オークは息を荒らし、俺を睨んだ。


 もう笑ってはいなかった。


     ◇


 オークは地面に刺さった棍棒へ戻り、両手で引き抜いた。


 土をまき散らしながら、こちらへ向き直る。


 腕力では勝てた。


 だからといって、あの棍棒を受けてみようとは思わない。


「コージ、来るわ!」


「分かってる!」


 オークが棍棒を横へ振る。


 俺は後ろへ下がった。


 棍棒の先が胸の前を通り過ぎ、風圧で部屋着の袖が揺れる。


「風呂上がりのオッサンに、そんなサービスはいらん!」


 空振りしたオークが足を踏み直す。


 そこへ、アリスが杖を向けた。


「風よ!」


 地面を走った風が砂ぼこりを巻き上げ、オークの顔へ吹きつけた。


「グアッ!」


 オークが目をつぶり、顔を背ける。


 俺は横から踏み込んだ。


 メイスを両手で握り、無防備になった側頭部へ振り抜く。


 鈍い衝撃が手に伝わった。


 オークの体が大きく傾き、棍棒が手から落ちる。

 

 倒れる先を見て、俺は思わず叫んだ。


「荷物のほうへ倒れるなよ!」


 幸い、大きな体は何もない地面へ崩れ落ちた。


 土ぼこりが上がる。


 俺はメイスを構えたまま、少し待った。


 動かない。


 ようやく息を吐いた。


「……よし。終わったか」


「コージ、すごいわ! オークより力が強いなんて!」


 アリスが駆け寄ってきた。


「俺も驚いてるよ。だが、最後は君の風のおかげだな」


「ちゃんと役に立った?」


「そりゃそうだ。あの隙がなかったら、また棍棒を振り回されてた」


 アリスが嬉しそうに笑った。


 俺は倒れたオークを見下ろす。


「森本さん、役には立ったぞ。途中から説明と違ったけどな」


「モリモトさんって、コージの仕事を引き継ぐ人でしょう?」


「ああ、そうだ」


「その人に、戦い方を教わったの?」


「ああ。配達を教えてたら、魔物の倒し方を教わった」


「日本の配達って、魔物も倒すの?」


「倒さんよ! そんな配達先があったら、会社に戻って相談するわ!」

     ◇


「討伐証明を取るわね」


「ああ。俺は荷物を見てるよ」


 アリスが小刀を抜いたので、俺は荷物のほうへ向かった。


 こういう役割分担は、何度やってもありがたい。


 まず、布地の包みを確認する。


 3つ。商会の印も一致していた。外側に土はついているが、大きな破れはない。


 陶器の木箱は2つ。


 片方の角に傷があるものの、板は割れていなかった。持ち上げると、中で大きく物が動く感触もない。


 ただ、無事かどうかは商人に開けてもらってからだ。


 最後は穀物袋。


「4つはあるが……」


 2つは口が閉じたまま。


 1つは途中で見つけた破れた袋。


 そして、もう1つはオークの朝飯になっていた。


 残っている分をこぼさず運ぶには、補修が必要だ。


「コージ、終わったわ」


 アリスが戻ってきた。


「こっちは?」


「数はそろってる。穀物は減ってるが、布地と箱は持って帰れそうだ」


「よかった!」


「商人を迎えに行く前に、周りも少し見ておこう。あいつの仲間がいると困るからな」


 周囲を二人で確かめたが、ほかに魔物の姿はなかった。


 俺は破れた袋を日陰へ寄せ、アリスと一緒に街道へ戻った。

  

     ◇


 待機場所で俺たちを見つけると、商人は馬車から降りてきた。


「いかがでしたか?」


「オークは倒した。荷物も全部見つかったよ。ただ、穀物は一部食われてる」


「荷物が残っていたんですね!」


 商人の顔が明るくなった。


「ええ。馬車を入れて大丈夫よ」


 アリスの言葉を聞き、商人が御者へ声をかける。


 俺たちは馬車を先導して、木立の手前まで戻った。


 道が狭くなるところで止めてもらう。


 無理に奥まで進ませると、枝が引っかかるし、馬も倒れたオークを見て驚くかもしれない。


「ここから積み込もう。馬車は動かないようにしておいてくれ」


「分かりました」


 俺が木立の奥から荷物を運び出す間、商人は陶器の箱を開けた。


 藁をよけ、皿や壺を一つずつ確かめている。


「こちらは大丈夫です。もう片方も……ええ、割れていません!」


「よかったな。詰め物がちゃんとしてたんだろう」


「助かりました。これは町で注文を受けていた品なんです」


 商人はほっとした顔で蓋を閉めた。


 俺は破れた穀物袋を持ってきた。


「替えの袋か、当てる布はある?」


「予備の袋なら、馬車にあります」


「なら、それに移そう。破れたまま積むと、町まで道案内することになるからな」


「道案内?」


「穀物がずっとこぼれて、馬車の通った跡が残るんだよ」


 商人が笑い、予備の袋を取りに行った。


 アリスに袋の口を持ってもらい、残った穀物を移す。


「地面にこぼれた分は、混ぜないでおこう。売り物にできるかは、商人さんに判断してもらう」


「分かったわ」


 袋の口を縄で縛ると、俺は荷台を覗いた。


 逃げるときに荷物を降ろしたせいか、残った荷物も片側へ寄っている。


「積む前に、こっちも少し直していいか?」


「ええ、お願いします」


 重い荷物を低い位置へ寄せ、左右に偏らないように置き直す。


 そこへ穀物袋を積む。袋同士が動かないように合わせ、陶器の箱を置く場所を空けた。

 商人が持ってきた当て布を箱の下と脇へ入れる。


「箱はここだな。隙間は布地の包みで埋めよう。ただ、きつく押し込みすぎないように」


「はい」


「最後に縄を回して……よし」


 荷物を手で押し、動かないことを確かめた。


 隣で、アリスがじっと見ている。


「どうした?」


「コージ、積むときは迷わないのね」


「そりゃ、こっちは30年近くやってるからな」


「オークと戦っているときより、慣れている感じがするわ」


「そりゃそうだろ。荷物は30年近く積んできたが、オークと綱引きしたのは今日が初めてだぞ」

 

     ◇


 積み込みを終えると、商人が荷台を見上げた。


「ここまで丁寧にしていただけるとは……」


「帰り道で荷崩れしたら、また積み直しだからね」


「回収だけでもありがたいのに、荷物の確認から積み込みまで。本当に助かりました」


 商人はアリスと俺へ、深く頭を下げた。


「報酬を上乗せさせてください」


「えっ、いいの?」


 アリスの声が弾んだ。


「もちろんです。ギルドへ報告するときに、追加の支払いをお願いします」


「そこまでしてもらわなくても――」


 言いかけた俺の横で、アリスが背筋を伸ばした。


「ありがとうございます!」


「返事が早いな」


「コージの働きを認めてくれたんだもの。受け取っていいでしょう?」


そう言われると、悪い気はしなかった。


 商人も笑っている。


「おかげで、注文の品を届けられます。ぜひ受け取ってください」


「……そうか。じゃあ、ありがたく」


 長年やってきた仕事が、こんなところで役に立った。


 しかも、丁寧に積んだことを見て、報酬まで増やしてくれる。

 

 会社で荷物を積むたびに給料が上がったことはない。


 異世界のほうが、働きぶりをよく見てくれているのかもしれない。

   

     ◇

 

 帰りは商人の馬車に乗せてもらった。


 荷台の端に腰を下ろし、積んだ荷物を眺める。


 車輪が石を踏むたびに馬車は揺れたが、荷物は大きく動かなかった。


「今日はコージが全部担がずに済んで、よかったわね」


「積み込みは、ほとんど俺だったけどな」


「でも、追加報酬が出るわ!」


「まあ、それは嬉しいよ」


 アリスは上機嫌だった。


 俺も、悪い気分ではない。


 仕事を終えて風呂に入ったあと、また荷物を運ばされた。


 そう考えると面倒だが、商人の安心した顔を見ると、来てよかったと思う。


 ただ、ひとつ気になることがあった。


「アリス」


「何?」


「この仕事で増えた報酬、俺の頭を守る防具にも回せるか?」


「頭?」


「棍棒を見て、改めて必要だと思ったんだよ。胸当てと靴だけじゃ、上が空いてるからな」


 アリスは俺の頭へ目を向け、いたずらっぽく笑った。


「本当は、髪が薄いところを隠したいだけじゃないの?」


「違うわ! 棍棒から頭を守りたいんだよ!」


「でも、かぶれば両方できるわね」


「ついでみたいに言うな。こっちは安全の話をしてるんだぞ」


「分かってるわ。似合うものを選びましょうね」


「頭頂部を見ながら言われても、素直に喜べんよ」


 アリスは楽しそうに笑った。


 オークの棍棒は避けられたが、この子の一言は頭に直撃した。


 町へ戻り、ギルドで依頼完了を報告する。


 商人が荷物の回収と積み込みについて説明し、追加報酬の手続きをしてくれた。


「本当にありがとうございました。また困ったときには、ぜひお願いします」


「できれば、次は魔物のいないところで頼むよ」


 商人が笑う横で、アリスは誇らしそうに俺を見上げた。


「コージがいてくれてよかったわ」


「俺も、荷物が無事でよかったよ」


 風呂上がりに始まった仕事だったが、ちゃんと稼げた。


 これなら、新しい防具も少しは考えられそうだ。


 ただ、俺が会社を辞める理由には、腰を休めたいというのもあったはずである。


 異世界で積み込みを褒められて、次の仕事まで回ってきたらどうしよう。


 腰を休めたくて会社を辞めるのに、異世界では荷物を積んで褒められている。

 

 まずい。このままでは、退職祝いに次の荷物が届きそうだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。