第18話 オッサン精霊、ケーキを買い直す
◇◇◇◇
町へ続く道は、岩場よりずっと歩きやすかった。
それでも、ストーンシェル・アルマ三体を載せたそりは重い。
枝の先が地面のくぼみにはまるたび、俺は縄を引く手を止めた。
「コージ、右の枝が引っかかってる」
「ああ、見えた。ちょっと持ち上げるぞ」
そりの前を持ち上げ、くぼみから枝を抜く。
後ろではアリスが荷崩れしないよう縄を見ていた。
俺が引くことだけに集中できるのは、そのおかげだ。
「よし。進むぞ」
「うん!」
しばらく歩くと、町の門が見えてきた。
門番は俺たちに気づき、そりの上を見て固まった。
「あんた、前は魔獣を担いで来たよな」
「ああ。今回は三体だから、そりにした」
「三体!?」
「俺も一体の予定だったんだけどな。向こうの都合で増えたんだよ」
「魔物に都合を聞いたのか?」
「聞けてたら、最初から一体ずつ来るように頼んでるよ」
門番は笑いながら道を空けてくれた。
町に入ると、通行人の視線がそりへ集まる。三体の灰色の甲羅が、縄でひとまとめにされているのだから仕方ない。
「コージ、みんな見てるわ」
「見せ物にしたつもりはないんだけどな。アリス、ギルドの裏まであと少しだろ?」
「ええ。そこの角を曲がって」
俺は縄を引き直した。
◇
冒険者ギルド裏の解体場では、以前にも会った職員が作業をしていた。
俺を見るなり、その人は手を止めた。
「……またあんたか」
「どうも」
「今回は担いでないんだな」
「三体まとめて担げるほど、俺の肩は広くないよ」
職員はそりを見て、感心したようにうなずいた。
「運び方まで考えてきたのか」
「現地で作ったんだ。ちゃんと三体とも、丸ごと持ってきたぞ」
アリスが依頼の控えを渡す。
「ストーンシェル・アルマの腹側の甲羅、一体分が依頼品です。残りの二体も買い取ってもらえますか?」
「状態を見てからになるが、もちろんだ。まずは依頼品に使える甲羅があるか確認する」
職員が縄を解き、一体ずつ調べ始めた。
俺は少し離れて待つことにした。
倒した魔物を見るのは平気になってきたが、ここから先の作業をじっと眺めるのは、まだ苦手だ。
「コージ、こっちにいなくていいの?」
「必要になったら呼んでくれ。俺はそりの枝を片づけてる」
「また見ないのね」
「俺には俺の仕事があるんだよ」
アリスが小さく笑った。
しばらくして、職員が声をかけてきた。
「腹側の甲羅は三体とも使える。依頼は問題なく達成だ。ほかの素材も買い取りに回せるぞ」
「よかった!」
アリスが手を合わせる。
「俺も安心したよ。腹の甲羅を傷つけないよう、ずいぶん気を使ったからな」
「査定が終わったら金額を出す。先に依頼達成の報告をしてきていいぞ」
アリスは引換券を受け取った。
俺は空になったそりを見る。
三体をここまで運ぶために作ったものだが、役目は十分果たしてくれた。
「これ、置いていっていいか?」
「枝と縄を外してくれれば、枝はこっちで使える。縄は持って帰りな」
「助かるよ」
俺たちはそりをほどき、アリスの縄を回収した。
◇
ギルドの受付で依頼の完了を伝えると、受付の女性が書類を確認した。
「依頼品に使える甲羅を確認できました。こちらで完了です。追加の二体分の買い取り額は、査定が終わり次第お渡しします」
「分かりました」
アリスが答える。
俺は横から尋ねた。
「防具屋の店主さんには、ギルドから素材が届くんだよな?」
「はい。まず依頼分の一体分について連絡します」
「そっちも三体いるって知ったら、驚くだろうな」
「ねえ、コージ。報告に行きましょうよ」
「店主さん、楽しみにしてたもの」
「そうだな。どうせなら本人の顔も見ておこう」
防具屋へ行くと、店主は作業台で革を裁っていた。
「おう、戻ったか。どうだった?」
「三体討伐して、全部ギルドに納めてきたよ」
「三体? 一体分の依頼だったはずだぞ」
「俺にもそう聞こえたよ。二体目と三体目は、向こうから来たんだ」
店主は笑い、作業台から身を乗り出した。
「腹の甲羅は無事か?」
「三体とも使えるってさ」
「そいつはいい。なら、三体分ともギルドから買おう」
「そんなに必要なの?」
「革靴のつま先だけじゃない。腕当てや膝当てにも使えるか試したい。軽くて丈夫なら、いろいろ作れる」
「なるほど。試作品ができたら見せてくれ」
「もちろんだ。あんたの靴がきっかけなんだからな」
店主の視線が、俺の履いている革靴へ落ちた。
「できたら、履いて試してもらうかもしれんぞ」
「履き心地を見るくらいならいいよ。ただし、魔物の突進を受けて耐久試験、なんてのは勘弁してくれ」
「そんな試し方はせん」
「今日は三体に追いかけられたから、先に言っときたくてな」
◇
ギルドへ戻るころには、アリスの歩き方が少しゆっくりになっていた。
「魔力、減ってきたか?」
「うん。でも、町に戻れたから平気よ」
「今日はよく働いた。宿へ帰ったら休むんだぞ」
「コージもね」
「俺は日本へ戻ったら、ケーキ屋にもう一回寄る仕事がある」
アリスは思い出したように笑った。
「奥さんのケーキ、買い直すのよね」
「そう。そっちは君に代わってもらえないからな」
「おいしかった。ありがとう、コージ」
「あれだけ喜んでもらえりゃ、買った甲斐があったよ」
貸しスペースの前で、俺は胸当てを外し、革靴を安全靴に履き替えた。
メイスも段ボール箱の横へ戻す。
アリスは俺の手元を見ながら言った。
「コージ、三体も運んで疲れてない?」
「疲れたよ。そっちはどうだ。帰るまで魔力はもちそうか?」
「ええ。まだ大丈夫」
互いに似たようなことを聞いて、俺たちは顔を見合わせた。
ふと、ステータスのことを思い出す。
「ステータスオープン」
「あの、コージにしか見えない板?」
「そう。久しぶりに見てみようと思ってな」
目の前に薄い光の板が現れた。
【名前】高野幸治
【種族】人間
【状態】召喚中
【契約】召喚仮契約
【召喚主】アリス
【契約同調】高まっている
「おっ。『安定』から変わってるぞ」
「何て書いてあるの?」
「『契約同調、高まっている』だって」
「同調が……どういう意味かしら」
「俺にも詳しくは分からん。ただ、さっき戦ってたとき、君がどこに風を送るか、なんとなく分かった気はする」
「私も、コージがどちらへ動くか分かったわ」
「それなら、息が合ってきたってことかもな」
俺は光の板を閉じた。
アリスは少し嬉しそうだったが、すぐに俺の顔を見上げる。
「でも、コージは本当に疲れてるのね」
「ああ。だから今日は、追加の仕事は受けないぞ」
「分かってるわよ!」
アリスが笑ったところで、俺の指先が淡く光り始めた。
「おっと、そろそろ帰るみたいだ」
「ケーキ、ちゃんと買い直してね」
「忘れんよ。君もちゃんと休め」
「うん。またね、コージ精霊さん」
「ああ、またな」
◇
白い光が消えると、俺はケーキ屋の駐車場に止めていた車の中に戻っていた。
車内の時計を見ると、日本では買い物を終えてから数分しか経っていない。
「……今のうちに買ってくるか」
店へ戻ると、さっき接客してくれた店員が俺に気づいた。
「いらっしゃいませ。先ほどのお客様ですよね?」
「ええ。すみません、追加で二つください」
「先ほどは四つ、お買い上げいただきましたよね?」
「ええ。あれが好評でして」
店員が不思議そうに瞬きをした。
数分で四つ食べたと思われたかもしれない。
訂正したところで、もっと説明が難しくなる。
俺は嫁さんの好きなケーキを二つ選び直し、箱を受け取って車に戻った。
◇
「ただいま」
「おかえり」
台所にいた嫁さんへ、ケーキの箱を渡す。
「帰りに買ってきた。好きなほうから食べていいぞ」
「ありがとう。……あれ、今日は二つだけ?」
「そうだけど」
「いつもなら、自分の分も買って四つなのに」
「俺の分は、もう食べたんだよ」
「二つとも?」
「ああ」
「夕飯前に?」
「そのあと、だいぶ体を動かしたからな」
嫁さんが箱を抱えたまま、俺を見た。
「ケーキを二つ食べてから、何をしてきたの?」
「……重い荷物を運んだ」
「仕事は終わったあとだったんでしょう?」
「そうなんだよなあ」
俺は頭をかいた。
嘘は言っていない。ただ、正直に全部話せば、「異世界で魔物を三体、手製のそりに載せて運んだ」となる。
嫁さんは首をかしげ、それ以上は聞かずに箱を冷蔵庫へしまった。
俺はほっとして、居間の椅子に座る。
今日運んだ中で、いちばん説明に困る荷物は、どうやらケーキ二つだった。




