第17話 オッサン精霊、三体まとめてお持ち帰り
◇◇◇◇
「……おいおい。こっちは一件ずつ片づけたいんだよ。二件同時は聞いてないぞ!」
岩陰から飛び出した二体目のストーンシェル・アルマが、まっすぐ俺へ向かってきた。
一体目は目の前で体勢を崩している。今なら倒せそうだが、背中から突進を食らうわけにはいかない。
「コージ、一体目を先に倒して! 二体目は私が足止めする!」
「一人で大丈夫か」
「倒そうとはしないわ。近づけさせないだけ!」
「分かった。無理だと思ったら、すぐ下がれよ!」
アリスが杖を振った。
突風が岩場の砂を巻き上げ、二体目の鼻先へ吹きつける。
アルマは急に顔をそむけ、進路を変えた。
その間に俺は一体目へ向き直る。
傾いた体を戻そうと、短い脚が地面をかいていた。
背中は硬い甲羅、腹側の甲羅は依頼品。狙えるところは限られている。
「動くなよ。こっちも、どこを叩くか迷ってるんだ」
「話しかけても聞かないわよ!」
「分かってる。気持ちの問題だよ!」
俺は横からメイスを構え、甲羅の縁からのぞいた肩口を打った。
鈍い音がして、アルマの体がさらに傾く。すかさず足を踏ん張り、メイスの柄を両手で押し込んだ。
「よっ、と!」
丸い体が横倒しになる。
腹の淡い色の甲羅が見えた。傷はついていない。
だが、アルマはまだ脚をばたつかせている。俺は体勢を立て直す前に、甲羅に覆われていない頭の横をメイスで打った。
アルマが動かなくなった。
「一体目、終わったぞ!」
「こっちは長く止められないわ!」
アリスの声に振り向く。
二体目は砂を振り払い、低い姿勢で彼女のほうを向いていた。
「アリス、俺の後ろへ!」
俺が走り寄ると、アリスは身を引いて道を空けた。二体目が動き出す。
正面から受ければ、いくら俺でも危ない。
俺は岩の隙間へ駆け込んだ。
さっき通れることを確かめた岩の隙間だ。俺とアリスなら抜けられるが、あの丸い体では引っかかるはず。
「コージ、そこは通れないんじゃ?」
「俺は通れる!」
「アルマがよ!」
「だから来たんだよ!」
アルマが俺を追って突っ込んできた。
硬い甲羅が左右の岩にぶつかり、ガリガリと音を立てる。予想どおり、丸い体が途中でつかえた。
「よし。そこなら急には動けないな」
俺は隙間を抜け、横の岩を回り込む。
アルマは後ずさりして抜け出そうとしていた。脚は動いているが、勢いよく走ることはできない。
「アリス、顔のほうへ風を!」
「分かったわ! 風よ!」
風がアルマの鼻先を打つ。顔を背けたところへ、俺は横から近づいた。
「腹の甲羅は傷つけない。背中も硬すぎる。なら、ここだ」
メイスを両手で握り直し、首元を狙って振るう。
一撃で決まらなかった。アルマが暴れて岩から抜け出しかける。
「おっと、待て待て!」
俺は一歩下がり、もう一度メイスを振った。
二体目も動かなくなった。
腕にずしりと重さが残る。初めて使う武器で、力加減まで考えながら戦うのは、思った以上に疲れる。
「コージ、大丈夫?」
「ああ。そっちは?」
「平気よ。でも、少し魔力を使ったわ」
「二体倒した。依頼は達成だな」
俺はメイスの先を地面につき、息を吐いた。
そのとき、岩場の奥で石の転がる音がした。
「……今のは?」
アリスと同時に顔を上げる。
大きな岩の陰から、三体目のストーンシェル・アルマが姿を現した。鼻先を地面につけ、倒れた二体のほうへゆっくり歩いてくる。
「まだいたのかよ……」
「昨日は見えなかったわ」
「だろうな。見えてたら、先に教えてくれてるよな」
アルマが俺たちに気づき、足を止めた。
俺はメイスを持ち上げる。
「追加の荷物なら伝票に書いとけ。現場でいきなり増やすなよ!」
「コージ、魔物に伝票はないわ!」
「分かってる! 言わせてくれ!」
三体目が地面を蹴った。
俺とアリスは左右に分かれる。アルマはまっすぐ駆け抜け、大岩の手前で向きを変えた。
「アリス、もう風は使えるか?」
「少しなら。どうするの?」
「次に来たら、俺があの岩の横へ誘う。顔を上げたところで、砂を頼む」
「分かったわ」
俺は大岩を背にして立った。
「おい、こっちだ」
アルマがこちらへ向き直る。
短い脚が地面を蹴り、灰色の甲羅が迫ってきた。
最後まで引きつけてから、俺は横へ跳ぶ。
アルマは急には止まれない。岩のすぐ手前で首を振った。
「今よ!」
アリスの風が砂を運ぶ。
アルマが目を閉じ、鼻先を上げた。突進の勢いが鈍る。
俺は背中の甲羅を避け、横から肩口を打った。
アルマの体がぐらりと揺れる。もう一度打つ前に距離を取り、反撃を待った。
「コージ、いける?」
「ああ。けど焦らない。大事な獲物だ」
アルマがこちらを向く。
俺は岩の周りを半周して、突進の方向をずらした。
二度目は避けた直後に横へ回り込めた。
メイスの柄を両手で握り、肩口へ打撃を加える。
アルマが横倒しになった。
腹の甲羅が見える。俺はそこを避け、頭の横へ最後の一撃を入れた。
三体目も動かなくなった。
◇
「……今度こそ、終わりだよな?」
俺は辺りの岩陰を見回した。
「ほかにはいないわ」
「君の『いない』は、今日ばかりは慎重に聞きたいんだけど」
「今、ちゃんと見たもの!」
アリスは少し頬を膨らませ、それから倒れた三体を見て笑った。
「でも、すごいわ。三体も倒した!」
「依頼は一体分だったんだけどな」
「残りの二体も、ギルドで買い取ってもらえるわよ」
「だろうと思った。で、三体とも持って帰るんだな?」
「もちろん!」
即答だった。
大型犬ほどの魔物が三体。以前担いだボアほど一体ずつが重いわけではないが、甲羅が硬くてかさばる。
「さすがに、三体を抱えて町まで歩くのは無理があるぞ」
「じゃあ、一体だけ持って帰る?」
「せっかく倒したんだ。全部持って帰るさ。アリス、縄はあるか?」
「あるわよ」
アリスは腰の荷物から縄を取り出した。
俺は岩場の端で、落ちている太い枝を二本拾う。長さと傷み具合を確かめ、地面に並べた。
「何を作るの?」
「簡単なそりだよ。枝を下にして、縄で横木を留める。その上に三体を載せる」
「ここで作れるの?」
「立派な荷車じゃない。町まで荷物が落ちなきゃ十分だ」
枝を組む間、アリスは周囲を見張ってくれた。
できあがったそりに三体を載せ、縄で固定する。メイスも一緒に結びつけた。試しに引くと、枝が地面をこする音を立てながら動いた。
「よし。これなら運べる」
「コージ、器用ね」
「長いこと荷物を積んでるからな。荷崩れさせたら大変だってことくらいは分かる」
アリスはそりの後ろへ回り、結び目を確かめた。
「外れそうになったら言うわ」
「頼む。あと、魔力はどうだ?」
「まだ大丈夫。町まではもつと思う」
「無理するなよ。眠くなったらすぐ教えてくれ。荷物も君も、町まで運ばなきゃならないからな」
「分かったわ」
俺は縄を肩にかけ、そりを引き始めた。
三体の甲羅が揺れ、アリスが後ろから「少しゆっくり!」と声をかける。
「はいはい。積み荷優先だな」
岩場を抜ければ、町へ続く道だ。
◇
岩場を離れると、道は少し歩きやすくなった。
そりの枝が土の上を滑り、さっきより引く力も少なくて済む。
アリスは荷物の後ろを歩きながら、ときどき縄の結び目を確かめていた。
「コージ、さっき仕事が終わったって言ってたわね」
「ああ。君に呼ばれる直前にな」
「じゃあ、今日は二回働いてるのね」
「そういうことになるな。日本で荷物を運んで、こっちで魔物を運んでる」
「休まなくて平気?」
「平気とは言わんよ。ケーキを食べたあとに、こんなに動く予定はなかったしな」
アリスが申し訳なさそうな顔をしたので、俺は肩をすくめた。
「今日はちゃんと依頼を受けたんだ。そこは俺も納得して来てるよ」
「……うん」
「それに、俺が会社へ出るのも、あと6日くらいだ」
「六日? そのあとは?」
「残ってる休みを取って、それから退職だ。まだ次の仕事は決めてないけどな」
アリスは少し考え込んだ。
「会社を辞めたら、コージはもっと休めるの?」
「そのつもりだよ」
「じゃあ、休んでいるときに呼んでもいい?」
「……考えておく」
「本当?」
「ああ。こっちで過ごすのも、嫌いじゃないしな。ただ、休みたい日は休ませてくれよ」
「分かったわ」
アリスが嬉しそうに笑う。
異世界で朝から夕方まで過ごしても、日本では二、三分しか経たない。
この調子なら、一週間いても日本では一時間も経たないかもしれない。
もっとも、それだけ長く俺を呼んでいられるほど、アリスの魔力があるかは別の話だが。
「ねえ、またケーキを持ってきてくれたら、もっと嬉しいな」
「そこまで約束した覚えはないぞ。毎回四つ買ってたら、俺の財布が先に魔力切れを起こす」
「一つでもいいわ」
「ちゃっかり数を減らして交渉するな」
俺が笑うと、アリスも笑った。
しばらく歩くと、アリスがそりの横まで来た。
「ねえ、コージ。重くない?」
「重いよ。三体分だからな」
「少し押そうか?」
「結び目を見ててくれ。それが君の仕事だ。荷物が一体でも落ちたら、拾って積み直すほうが大変だからな」
「分かったわ。任せて」
アリスは真面目な顔でうなずき、またそりの後ろへ戻った。
会社では森本さんに荷物の積み方を教え、異世界ではアリスに荷崩れを見てもらっている。
どちらの仕事も、最後まで運んでようやく終わりだ。




