第15話 オッサン精霊、武器代を値切る
◇◇◇◇
「見えてる! 帰りのルートをふさぐな! こっちはもう店じまいなんだよ!」
ストーンシェル・アルマが、岩の隙間を駆けてくる。
短い脚だから遅いだろうと思ったのは間違いだった。
丸い体が地面すれすれを走り、蹴られた小石がぱらぱらと跳ねる。
「コージ、こっち!」
アリスが斜面の上を指した。
「分かった。足元、気をつけろよ!」
俺はアリスの腕を引き、横へ跳んだ。
さっきまで立っていた場所を、灰色の甲羅が通り過ぎる。勢い余ったアルマは岩にぶつかり、鈍い音を立てた。
「……岩、大丈夫か?」
「心配するのはそっちなの?」
「俺たちは避けただろ。あいつ、まともにぶつかったぞ」
ところがアルマは平然と向きを変えた。背中の甲羅には傷ひとつ見えない。
「頑丈だな、おい」
「また来るわ!」
「今日は戦うつもりで来てないんだよ。帰らせてくれないかな」
もう一体も草を食べるのをやめ、こちらを見ていた。
二体に挟まれる前に離れたい。だが、帰り道には最初のアルマがいる。斜面を下れば、今度は背中を向けることになる。
俺は足元の石を拾った。
「アリス。あいつを倒すんじゃなくて、横へどかせる。風は使えるか?」
「少しなら」
「頼む。砂ぼこりを、あいつの前に」
「分かったわ」
「風よ!」
アリスが杖を振ると、岩の上にたまっていた乾いた土が舞い上がった。
アルマが鼻先を上げ、足を止める。
俺は拾った石を、少し離れた岩へ投げつけた。
カンッ。
音のしたほうへ、アルマの長い鼻先が向く。
「今だ!」
俺はアリスを先に通し、後ろに続いた。岩の隙間を抜け、斜面の下まで走る。
背後で石の転がる音がしたが、追ってはこなかった。
しばらく進んでから、俺たちは足を止めた。
「……逃げ切ったか」
「ええ。二体とも、あの辺りから離れるつもりはなさそう」
「縄張りに入った俺たちが悪かったわけだ」
俺は息を整えながら、岩場を振り返った。
あの甲羅を砕くのは骨が折れそうだ。腹側の素材を傷つけずに手に入れるとなれば、なおさら考えなければならない。
「今日は偵察だけで正解だったな」
「次は、もっと準備してからね」
「そうだな。日本には『備えあれば憂いなし』ってことわざがある」
「どういう意味?」
「前もって準備しておけば、いざってときに困らずに済むってことだよ。今日は二体いると分かったし、突進の速さも見られた。次はそれを踏まえて、逃げ道まで決めてから来よう」
「なるほど。備えておけば、怖い思いをしなくて済むのね」
「怖いものは怖いけどな。慌てずに動けるようにはなる」
アリスは納得したようにうなずいた。
「じゃあ、コージの武器も準備しないとね!」
「そうだな。俺が振っても壊れないやつが見つかればいいんだが……」
「まあ、武器のことは後回しだ。まずは町へ戻ろう」
◇
町へ戻るころには、日が傾き始めていた。
「ねえコージ、防具屋さんのところに寄りましょう」
「依頼を受けるって伝えるのか?」
「ええ。今日見てきたことも話しておきたいし」
「分かった。倒せると約束する前に、二体いたことは伝えよう」
防具屋の店主は、俺たちの顔を見るなり作業台から手を上げた。
「おう。岩場は見てきたか?」
「ああ。ストーンシェル・アルマも見た。少なくとも二体はいたよ」
「二体か。それなら、素材は一体分あれば十分だ。無理して両方相手にする必要はないぞ」
「その言葉、しっかり覚えておくよ」
俺がうなずくと、アリスが店主に尋ねた。
「依頼、受けたいと思っているの。でも、正式にはギルドを通すのよね?」
「ああ。今から依頼を出して、お前さんたちを指名しておく」
「直接頼まれた仕事を、俺たちが引き受けちゃ駄目なのか?」
「ギルドの決まりよ」
「依頼の内容や報酬をギルドに確認してもらうの。魔物の素材となると、持ち帰ったあとで揉めることもあるから」
「そういうことか。聞いていた数と違うとか、報酬の話が違うとか」
「ええ。それに、危険な依頼なら、受ける冒険者のランクも確認されるわ」
「間に入ってもらったほうが、お互い安心だな」
店主が俺をじろりと見た。
「ところで、あんた。武器はどうした?」
「持ってない。今までは、その辺の石か枝で何とかしてた」
「ストーンシェル・アルマの甲羅に枝を振り下ろしたら、枝のほうが先に折れるぞ」
「だから困ってるんだよ」
「あんた、レッドホーンボアを担いで町へ戻ってきたやつだろ?」
「見てたのか」
「そりゃ覚えてるさ。あんなものを丸ごと担いで歩く冒険者、そうはいないからな」
「俺だって好きで担いでたわけじゃないぞ。運ぶ役が俺しかいなかったんだよ!」
「ちゃんと運べたじゃない」
「そういう問題じゃない。異世界に来ても荷役担当から抜けられないのか、俺は!」
店主が、こほんと咳払いをした。
「その力があるなら、ちょうどいい武器があるかもしれん。武器屋に、鉄製のメイスが一本、ずっと売れ残ってるんだ」
「メイス? 俺に?」
「ああ。元は力自慢の戦士が使っていた品で、頑丈だが重い。普通の冒険者には扱いづらくてな。だが、レッドホーンボアを担いで歩けるあんたなら、振れるかもしれん」
「なるほど。荷物を担いだせいで、武器の紹介まで来たわけか」
「悪い話じゃないだろ」
「まあな。で、そのメイスはいくらするんだ?」
「最初は銀貨12枚だったのを、確か半額の6枚にしていたはずだ」
「半額でも6枚か……」
「まだ売れずにあれば、今のあんたには合うかもしれんぞ」
俺はアリスを見た。
「見るだけなら、どう?」
アリスがそう言って歩き出す。
「そうだな。一応、見に行ってみるか」
◇
武器屋に着くと、アリスが店主にメイスのことを尋ねた。
「ああ、あれか。まだあるよ」
「まだ売れ残ってるのか」
「剣や槍はよく出るんだがな。メイスを欲しがるやつは少ない。おまけに、あれは重すぎる」
店主が顎で示した先、店の端に一本のメイスが立てかけられていた。
太い柄も、先端の打撃部も鉄製だ。
飾り気はないが、手入れはされているらしく、目立つ錆は見えない。
「持ってみてもいいか?」
「いいぞ。足の上に落とすなよ」
「靴を買ったばかりなんだ。俺だって落としたくない」
俺は柄を握り、持ち上げた。
ずしりと重さが手にかかる。それでも、片手で持てないほどではない。軽く構えてみると、店主が目を丸くした。
「片手で持てるのか! すごい力だな。見た目はやわなオッサンに見えるが」
「褒めるか、けなすか、どっちかにしてくれ。あと、やわなオッサンは余計だ」
隣でアリスが吹き出した。
「笑うな。君の精霊さんが言われてるんだぞ」
「でも、持っていると似合うわよ」
「それはどうも」
俺はメイスを軽く持ち替えた。
これなら、アルマの甲羅をうっかり殴って壊す心配もなさそうだ。
いや、目的は素材の回収だから、むやみに殴るつもりはないが。
何度かゆっくり構えを変え、握りやすさを確かめる。
「丈夫そうだな。値段は銀貨6枚だったか?」
「ああ。元は12枚だが、半額にしてる」
「ずいぶん長く売れ残ってるんだって?」
「……誰に聞いた」
「防具屋のおやじさんに。最初は12枚だったんだろ。ここまで置いてあったなら、そろそろ片づけたいんじゃないか?」
「6枚でも十分安い」
「俺が買わなきゃ、またそこに立てかけておくんだろ?」
「うっ……銀貨5枚だ」
「4枚。俺は今日、そのまま持って帰る。店主は置き場所が空く」
「言うねえ、あんた。……分かった、銀貨4枚だ。ただし、返品は受けつけんぞ」
「決まりだ」
店主と握手すると、アリスが感心した顔をした。
「コージ、値段の交渉もうまいのね」
「仕事で荷物の積み方を考えるのと同じだよ。相手が困ってるところを見つけただけさ」
「それ、ちょっと違わない?」
「……まあ、値切る口実を見つけた、が正しいな」
アリスが銀貨4枚を店主に渡した。
俺はメイスを持ったまま、彼女を見る。
「ありがとうな。胸当ても靴も買ってもらったのに、武器まで」
「コージが私と一緒に戦うためのものだもの。それに、2枚も安くなったわ」
「そうか。大事に使うよ」
「ええ。壊さないでね?」
「それは俺じゃなく、メイスに言ってくれ」
◇
武器屋を出ると、俺たちはギルドへ戻った。
まず受付で、預けていた段ボールを受け取る。
中には俺の安全靴が入っていた。
「これを忘れたら、午後の配達で困るところだった」
「コージ、今は革靴を履いてるでしょう?」
「仕事中は安全靴が必要なんだよ。こっちの靴は、次に来たときのために置いていきたい」
俺は革靴を脱いで仕事用の安全靴に履き替え、胸当ても外す。革靴と胸当てを段ボールに入れると、メイスを脇に添え、受付の女性に声をかけた。
「これ、次まで預かってもらえるかな」
受付の女性は箱を覗き込み、メイスを見て首を横に振った。
「通常のお預かりはできません。そのメイスは重すぎますし、装備一式となると場所も取りますので」
「そうか。じゃあ持って帰るしかないか……」
革靴ならともかく、メイスを持ってトラックの荷台に戻るのはまずい。森本さんに何と説明するんだ。
「ギルドの貸しスペースならご利用いただけます。鍵がかかり、管理もしておりますので、装備品をまとめて保管できます。料金は月に銀貨1枚です」
「月に1枚か……結構するな」
俺が考えるより先に、アリスが言った。
「借りましょう。コージの装備、毎回持ってくるのも大変でしょう?」
「助かるけど、また君に払わせることになるぞ」
「メイスを銀貨6枚から4枚に値切ったでしょう? その分で2か月借りられるわ。それに、今までの報酬も貯めてあるから大丈夫」
「俺の値切り分を、俺の保管料に回すのか」
「上手に使えてるでしょう?」
「……確かに。俺がトラックへメイスを持ち帰らずに済むなら助かる」
受付の女性に案内され、奥の貸しスペースへ向かった。
小さな区画だが、段ボールとメイスを置くには十分だ。
胸当て、革靴、メイス。俺が日本へ帰っている間も、ここならまとめて保管できる。
「次に呼ぶときは、まずここに寄ってくれよ」
「分かったわ」
「メイスを保管できてよかったよ。胸当てと靴だけでも嫁さんに怪しまれたんだ。こんな鉄の塊まで家に持ち込んだら、今度こそ説明がつかん」
「どうして? 武器があったほうが安心でしょう?」
「日本の家では使わないんだよ。……使うようなことがあっても困るけどな」
区画に鍵をかけ、アリスが鍵を受け取った。
ギルドを出る前に、俺たちは食堂で果実ジュースを一杯ずつ頼んだ。
「次に行くときは、まずギルドで依頼の内容を確認だな」
「ええ。それから、岩場で逃げ道を決める」
「あと、アルマが何体いるか。今日見たのは二体でも、ほかにいないとは限らない」
「分かったわ。ちゃんと準備してから行きましょう」
アリスはジュースを飲み、満足そうにうなずいた。
その顔を見ているうちに、俺の指先が淡く光り始める。
「おっと。そろそろ帰るみたいだ」
「うん。今日はありがとう、コージ」
「礼なら、無事に帰れてからにしてくれ。君もちゃんと休むんだぞ」
「分かってるわ」
「本当だろうな?」
「分かってるってば!」
白い光が視界を包んだ。
次の瞬間、俺はトラックの荷台に立っていた。
胸当ても革靴もメイスもない。足元には、いつもの安全靴。
周囲の荷物は、さっき整理しかけたときのままだ。
どうやら、こちらではほんの数分しかたっていない。
納品先から森本さんが戻ってきた。
「高野さん、次の荷物、どれですか?」
「ああ、今出すよ」
俺は伝票を見て、荷物を一つ持ち上げた。
異世界で半日歩いて、魔物に追われて、武器まで買ってきた。
だが、こっちの仕事は、休憩したのと大して変わらない時間しか進んでいない。
俺は荷物を森本さんへ渡しながら、ため息をついた。
会社を辞める前に、異世界の仕事道具をそろえてしまった。
しかも、装備代も保管料も15歳少女の雇い主持ちだ。
これ以上アリスの財布に頼る前に、次の仕事ではちゃんと稼がないとな。




