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『会社を辞めると伝えた51歳トラックドライバー、異世界少女の召喚精霊になる』  作者: うさぎとカニ


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第15話 オッサン精霊、武器代を値切る


 ◇◇◇◇


「見えてる! 帰りのルートをふさぐな! こっちはもう店じまいなんだよ!」


 ストーンシェル・アルマが、岩の隙間を駆けてくる。


 短い脚だから遅いだろうと思ったのは間違いだった。


 丸い体が地面すれすれを走り、蹴られた小石がぱらぱらと跳ねる。


「コージ、こっち!」


 アリスが斜面の上を指した。


「分かった。足元、気をつけろよ!」


 俺はアリスの腕を引き、横へ跳んだ。


 さっきまで立っていた場所を、灰色の甲羅が通り過ぎる。勢い余ったアルマは岩にぶつかり、鈍い音を立てた。


「……岩、大丈夫か?」


「心配するのはそっちなの?」


「俺たちは避けただろ。あいつ、まともにぶつかったぞ」


 ところがアルマは平然と向きを変えた。背中の甲羅には傷ひとつ見えない。


「頑丈だな、おい」


「また来るわ!」


「今日は戦うつもりで来てないんだよ。帰らせてくれないかな」


 もう一体も草を食べるのをやめ、こちらを見ていた。


 二体に挟まれる前に離れたい。だが、帰り道には最初のアルマがいる。斜面を下れば、今度は背中を向けることになる。


 俺は足元の石を拾った。


「アリス。あいつを倒すんじゃなくて、横へどかせる。風は使えるか?」


「少しなら」


「頼む。砂ぼこりを、あいつの前に」


「分かったわ」


「風よ!」


 アリスが杖を振ると、岩の上にたまっていた乾いた土が舞い上がった。


 アルマが鼻先を上げ、足を止める。


 俺は拾った石を、少し離れた岩へ投げつけた。


 カンッ。


 音のしたほうへ、アルマの長い鼻先が向く。


「今だ!」


 俺はアリスを先に通し、後ろに続いた。岩の隙間を抜け、斜面の下まで走る。


 背後で石の転がる音がしたが、追ってはこなかった。


 しばらく進んでから、俺たちは足を止めた。


「……逃げ切ったか」


「ええ。二体とも、あの辺りから離れるつもりはなさそう」


「縄張りに入った俺たちが悪かったわけだ」


 俺は息を整えながら、岩場を振り返った。


 あの甲羅を砕くのは骨が折れそうだ。腹側の素材を傷つけずに手に入れるとなれば、なおさら考えなければならない。


「今日は偵察だけで正解だったな」


「次は、もっと準備してからね」


「そうだな。日本には『備えあれば憂いなし』ってことわざがある」


「どういう意味?」


「前もって準備しておけば、いざってときに困らずに済むってことだよ。今日は二体いると分かったし、突進の速さも見られた。次はそれを踏まえて、逃げ道まで決めてから来よう」


「なるほど。備えておけば、怖い思いをしなくて済むのね」


「怖いものは怖いけどな。慌てずに動けるようにはなる」


 アリスは納得したようにうなずいた。


「じゃあ、コージの武器も準備しないとね!」


「そうだな。俺が振っても壊れないやつが見つかればいいんだが……」


「まあ、武器のことは後回しだ。まずは町へ戻ろう」

    

      ◇


 町へ戻るころには、日が傾き始めていた。


「ねえコージ、防具屋さんのところに寄りましょう」


「依頼を受けるって伝えるのか?」


「ええ。今日見てきたことも話しておきたいし」


「分かった。倒せると約束する前に、二体いたことは伝えよう」


 防具屋の店主は、俺たちの顔を見るなり作業台から手を上げた。


「おう。岩場は見てきたか?」


「ああ。ストーンシェル・アルマも見た。少なくとも二体はいたよ」


「二体か。それなら、素材は一体分あれば十分だ。無理して両方相手にする必要はないぞ」


「その言葉、しっかり覚えておくよ」


 俺がうなずくと、アリスが店主に尋ねた。


「依頼、受けたいと思っているの。でも、正式にはギルドを通すのよね?」


「ああ。今から依頼を出して、お前さんたちを指名しておく」


「直接頼まれた仕事を、俺たちが引き受けちゃ駄目なのか?」


「ギルドの決まりよ」


「依頼の内容や報酬をギルドに確認してもらうの。魔物の素材となると、持ち帰ったあとで揉めることもあるから」


「そういうことか。聞いていた数と違うとか、報酬の話が違うとか」


「ええ。それに、危険な依頼なら、受ける冒険者のランクも確認されるわ」


「間に入ってもらったほうが、お互い安心だな」


 店主が俺をじろりと見た。


「ところで、あんた。武器はどうした?」


「持ってない。今までは、その辺の石か枝で何とかしてた」


「ストーンシェル・アルマの甲羅に枝を振り下ろしたら、枝のほうが先に折れるぞ」


「だから困ってるんだよ」


「あんた、レッドホーンボアを担いで町へ戻ってきたやつだろ?」


「見てたのか」


「そりゃ覚えてるさ。あんなものを丸ごと担いで歩く冒険者、そうはいないからな」


「俺だって好きで担いでたわけじゃないぞ。運ぶ役が俺しかいなかったんだよ!」


「ちゃんと運べたじゃない」


「そういう問題じゃない。異世界に来ても荷役担当から抜けられないのか、俺は!」


 店主が、こほんと咳払いをした。


「その力があるなら、ちょうどいい武器があるかもしれん。武器屋に、鉄製のメイスが一本、ずっと売れ残ってるんだ」


「メイス? 俺に?」


「ああ。元は力自慢の戦士が使っていた品で、頑丈だが重い。普通の冒険者には扱いづらくてな。だが、レッドホーンボアを担いで歩けるあんたなら、振れるかもしれん」


「なるほど。荷物を担いだせいで、武器の紹介まで来たわけか」


「悪い話じゃないだろ」


「まあな。で、そのメイスはいくらするんだ?」


「最初は銀貨12枚だったのを、確か半額の6枚にしていたはずだ」


「半額でも6枚か……」


「まだ売れずにあれば、今のあんたには合うかもしれんぞ」


 俺はアリスを見た。


「見るだけなら、どう?」


 アリスがそう言って歩き出す。


「そうだな。一応、見に行ってみるか」


     ◇


 武器屋に着くと、アリスが店主にメイスのことを尋ねた。


「ああ、あれか。まだあるよ」


「まだ売れ残ってるのか」


「剣や槍はよく出るんだがな。メイスを欲しがるやつは少ない。おまけに、あれは重すぎる」


 店主が顎で示した先、店の端に一本のメイスが立てかけられていた。


 太い柄も、先端の打撃部も鉄製だ。


 飾り気はないが、手入れはされているらしく、目立つ錆は見えない。


「持ってみてもいいか?」


「いいぞ。足の上に落とすなよ」


「靴を買ったばかりなんだ。俺だって落としたくない」


 俺は柄を握り、持ち上げた。


 ずしりと重さが手にかかる。それでも、片手で持てないほどではない。軽く構えてみると、店主が目を丸くした。


「片手で持てるのか! すごい力だな。見た目はやわなオッサンに見えるが」


「褒めるか、けなすか、どっちかにしてくれ。あと、やわなオッサンは余計だ」


 隣でアリスが吹き出した。


「笑うな。君の精霊さんが言われてるんだぞ」


「でも、持っていると似合うわよ」


「それはどうも」


 俺はメイスを軽く持ち替えた。


 これなら、アルマの甲羅をうっかり殴って壊す心配もなさそうだ。


 いや、目的は素材の回収だから、むやみに殴るつもりはないが。


 何度かゆっくり構えを変え、握りやすさを確かめる。

 

「丈夫そうだな。値段は銀貨6枚だったか?」


「ああ。元は12枚だが、半額にしてる」


「ずいぶん長く売れ残ってるんだって?」


「……誰に聞いた」


「防具屋のおやじさんに。最初は12枚だったんだろ。ここまで置いてあったなら、そろそろ片づけたいんじゃないか?」


「6枚でも十分安い」


「俺が買わなきゃ、またそこに立てかけておくんだろ?」


「うっ……銀貨5枚だ」


「4枚。俺は今日、そのまま持って帰る。店主は置き場所が空く」


「言うねえ、あんた。……分かった、銀貨4枚だ。ただし、返品は受けつけんぞ」


「決まりだ」


 店主と握手すると、アリスが感心した顔をした。


「コージ、値段の交渉もうまいのね」


「仕事で荷物の積み方を考えるのと同じだよ。相手が困ってるところを見つけただけさ」


「それ、ちょっと違わない?」


「……まあ、値切る口実を見つけた、が正しいな」


 アリスが銀貨4枚を店主に渡した。


 俺はメイスを持ったまま、彼女を見る。


「ありがとうな。胸当ても靴も買ってもらったのに、武器まで」


「コージが私と一緒に戦うためのものだもの。それに、2枚も安くなったわ」


「そうか。大事に使うよ」


「ええ。壊さないでね?」


「それは俺じゃなく、メイスに言ってくれ」


     ◇


 武器屋を出ると、俺たちはギルドへ戻った。


 まず受付で、預けていた段ボールを受け取る。


 中には俺の安全靴が入っていた。


「これを忘れたら、午後の配達で困るところだった」


「コージ、今は革靴を履いてるでしょう?」


「仕事中は安全靴が必要なんだよ。こっちの靴は、次に来たときのために置いていきたい」


 俺は革靴を脱いで仕事用の安全靴に履き替え、胸当ても外す。革靴と胸当てを段ボールに入れると、メイスを脇に添え、受付の女性に声をかけた。


「これ、次まで預かってもらえるかな」


 受付の女性は箱を覗き込み、メイスを見て首を横に振った。


「通常のお預かりはできません。そのメイスは重すぎますし、装備一式となると場所も取りますので」


「そうか。じゃあ持って帰るしかないか……」


 革靴ならともかく、メイスを持ってトラックの荷台に戻るのはまずい。森本さんに何と説明するんだ。


「ギルドの貸しスペースならご利用いただけます。鍵がかかり、管理もしておりますので、装備品をまとめて保管できます。料金は月に銀貨1枚です」


「月に1枚か……結構するな」


 俺が考えるより先に、アリスが言った。


「借りましょう。コージの装備、毎回持ってくるのも大変でしょう?」


「助かるけど、また君に払わせることになるぞ」


「メイスを銀貨6枚から4枚に値切ったでしょう? その分で2か月借りられるわ。それに、今までの報酬も貯めてあるから大丈夫」


「俺の値切り分を、俺の保管料に回すのか」


「上手に使えてるでしょう?」


「……確かに。俺がトラックへメイスを持ち帰らずに済むなら助かる」


 受付の女性に案内され、奥の貸しスペースへ向かった。


 小さな区画だが、段ボールとメイスを置くには十分だ。

 

 胸当て、革靴、メイス。俺が日本へ帰っている間も、ここならまとめて保管できる。


「次に呼ぶときは、まずここに寄ってくれよ」


「分かったわ」


「メイスを保管できてよかったよ。胸当てと靴だけでも嫁さんに怪しまれたんだ。こんな鉄の塊まで家に持ち込んだら、今度こそ説明がつかん」


「どうして? 武器があったほうが安心でしょう?」


「日本の家では使わないんだよ。……使うようなことがあっても困るけどな」


 区画に鍵をかけ、アリスが鍵を受け取った。


 ギルドを出る前に、俺たちは食堂で果実ジュースを一杯ずつ頼んだ。


「次に行くときは、まずギルドで依頼の内容を確認だな」


「ええ。それから、岩場で逃げ道を決める」


「あと、アルマが何体いるか。今日見たのは二体でも、ほかにいないとは限らない」


「分かったわ。ちゃんと準備してから行きましょう」


 アリスはジュースを飲み、満足そうにうなずいた。


 その顔を見ているうちに、俺の指先が淡く光り始める。


「おっと。そろそろ帰るみたいだ」


「うん。今日はありがとう、コージ」


「礼なら、無事に帰れてからにしてくれ。君もちゃんと休むんだぞ」


「分かってるわ」


「本当だろうな?」


「分かってるってば!」


 白い光が視界を包んだ。


 次の瞬間、俺はトラックの荷台に立っていた。

 胸当ても革靴もメイスもない。足元には、いつもの安全靴。


 周囲の荷物は、さっき整理しかけたときのままだ。


 どうやら、こちらではほんの数分しかたっていない。

 

 納品先から森本さんが戻ってきた。


「高野さん、次の荷物、どれですか?」


「ああ、今出すよ」


 俺は伝票を見て、荷物を一つ持ち上げた。


 異世界で半日歩いて、魔物に追われて、武器まで買ってきた。


 だが、こっちの仕事は、休憩したのと大して変わらない時間しか進んでいない。


 俺は荷物を森本さんへ渡しながら、ため息をついた。


 会社を辞める前に、異世界の仕事道具をそろえてしまった。


 しかも、装備代も保管料も15歳少女の雇い主持ちだ。


 これ以上アリスの財布に頼る前に、次の仕事ではちゃんと稼がないとな。





 

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