第13話 オッサン精霊、昼も夜も追及される
◇◇◇◇
その日の仕事を終え、俺は新品の革靴を持って家に帰った。
昨日は革の胸当てを妻に見つけられた。今日は靴だ。
しかも、森本さんには買った場所をうまく説明できていない。
配達先で荷物を渡すより、この靴を家に持ち込むほうが緊張するのはどういうことだ。
「ただいま」
「おかえり。……今度は靴?」
妻の視線が、俺の手元で止まった。
「模型の資料に買ったんだ。先に言っとくけど、新品だからな。泥もついてない」
「今度は新品なのね」
「そこを比較するな。前の胸当てが汚れてたのは、ちゃんと片づけただろ」
「片づけてくれたのはいいけど……あなた、最近ちょっとおかしいわよ」
「え?」
「変な胸当てを寝室に置いて、今度は靴を持って帰ってくる。時々、話もごまかすし」
妻の声は穏やかだったが、目は笑っていなかった。
異世界に召喚されている。そう言えば説明は一度で済むだろう。信じてもらえるかは別として。
「仕事、いつ頃まで続けるの?」
「引き継ぎのことか? 新人の森本さんが覚えるのが早くてさ。もう少し教えれば、一人でも回れると思う。そのあと、残ってる有給を消化する予定だよ」
「そうなの。ならいいけど」
妻は少し間を置いた。
「ある日、手紙に『俺は旅に出る』って書いて、急にいなくならないでね。蒸発なんてしないでよ?」
「何を心配してるんだよ。そんなことしないって」
「最近のあなた、何を考えてるか分からないんだもの」
俺は持っていた革靴を脇に置いた。
「大事な嫁さんを置いて、どこにも行かないよ」
「……急にそういうこと言うのね」
妻は照れたように視線をそらした。
「まあ、それならいいけど」
「ああ」
安心させられたと思った。
だから、余計なひと言が口から出た。
「まあ、行くとしたら異世界くらいかな」
妻がゆっくり俺を見た。
「……やっぱり心配だわ」
「今のは冗談だよ!」
「その冗談、靴をどこで買ったか説明できてからにして」
「……手厳しいな」
俺は革靴を持ち直した。今度こそ、妻に置き場所を聞いてからしまうことにした。
◇
翌日の昼休み。
俺と森本さんは、配達の途中で止めたトラックの中で弁当を広げていた。
森本さんは、今日もコンビニ弁当。
俺は妻が作ってくれた弁当だ。ふたを開けると、卵焼きと唐揚げが入っている。
「高野さん、昨日話してたゲーム、僕も始めましたよ」
「おっ、どうだった?」
「面白いです。僕、一人称視点のオープンワールドゲームが好きなんですよ。自分であの世界を歩いてる感じがして」
「分かるよ。俺も一人称のほうが好きだな。入り込めるし、画面も見やすい。操作もしやすいんだ」
画面の隅に小さな文字が並ぶと、最近は目を細めてしまう。俺にとって、見やすさは大事だった。
「高野さんは、最近何か面白いクエストを受けました?」
「この前、防具屋の店主から素材の回収を頼まれてな」
言ってから気づいた。それはゲームの話じゃない。
「へえ。サブクエスト的なものですか?」
「そ、そうだな。靴のつま先に仕込む素材を取ってきてくれって話でさ」
「どんな素材です?」
「ストーンシェル・アルマって魔物の腹側の甲殻だ。背中は硬すぎるらしいが、腹側は薄くて軽いんだと」
「面白そうですね。もう倒したんですか?」
「いや。依頼を受ける前に、生息地と危険性を調べたところだ。岩場にいて、斜面だと突進が厄介らしい。しかも、複数で出てくることがある」
「詳しいですね。動画でも見たんですか?」
「……ギルドの受付で聞いた」
森本さんは箸を止めた。
「ギルドの受付?」
「そう。ゲーム内のギルドの受付だ」
「NPCがそこまで詳しく教えてくれるんですか」
「ま、まあ、そうだな」
森本さんは感心したようにうなずいた。
「高野さん、ゲームの話なのに、仕事の段取りみたいに話しますね」
「そりゃそうだろ。行ってみたら帰りの荷物が積めませんでした、じゃ困るからな」
「ゲームならアイテム欄に入れればいいじゃないですか」
「……それができりゃ、俺の腰も少しは楽なんだけどな」
「高野さん? 腰?」
「いや、ゲームでもつい荷物の重さが気になってな」
俺は卵焼きを口に運んだ。
森本さんと話していると、つい昨日見てきたことを、そのまま話してしまう。
ゲームの話が合う相手だからこそ、うっかりが増えている気がした。
「高野さん、相当ファンタジーゲームをやり込んでるんですね。話を聞いてると、僕までその世界に行ったような気になりますよ」
「行ったような、じゃないんだよな……」
「え?」
「いや、行ったつもりになれるってことだ。一人称視点はそこがいいんだよ」
「なるほど。僕もそのクエスト、探してみます。クエスト名は何ですか?」
「ええと……防具屋の素材集め、だったかな」
「どこの町の防具屋です?」
「……リーベル、だったと思う」
「リーベル? そんな町、ありましたっけ」
しまった。実在する町の名前を言ってしまった。
「ほら、俺はあちこち歩き回るだろ。地名が混ざったのかもしれん」
「でも、今は即答でしたよね」
「昼飯中に配達先みたいな確認をするな。俺の卵焼きが冷める」
「もう食べましたよね、卵焼き」
「……もう一個ある」
俺は残りの卵焼きを箸でつまんだ。
「それにしても、そのクエストを見つけたら教えてください。僕もやってみたいです」
「ああ。ただ、見つからなくても無理に探すなよ」
「どうしてですか?」
「俺も、どうやったらあそこへ行けるのか分かってないからな」
「高野さん?」
「クエストの発生条件の話だよ! 卵焼き食ってる間くらい、俺に台詞を選ばせてくれ!」
森本さんは笑ったが、俺は笑えなかった。
本人にも行き方が分からない場所を、ゲーム内で探されても困る。
◇
午後の配達も予定どおり終わり、俺は家に帰った。
アリスには呼ばれなかった。
昨日はまだ魔力が戻りきっていなかったし、無理をしないと約束した。宿で休んでいるのだろう。
そう思うと安心する。だが、こっちから様子を確かめる方法はない。
「……無理してないだろうな」
「誰が?」
「え?」
顔を上げると、妻が箸を止めていた。
「あなた、今、誰かの心配をしてたでしょう」
「ああ……森本さんだよ。今日も覚えることが多かったからさ」
「そう。あなた今日はずいぶん静かね」
「仕事の電話が来ないだけで、こんなに落ち着かないとはな」
「昨日は革の靴の説明で、ずいぶん忙しそうだったものね」
「そこはもう勘弁してくれ」
妻は味噌汁を一口飲んでから、俺を見た。
「そういえば、防具と靴を買ったなら、今度は何か買う予定でもあるの?」
「そうだな。次は武器かな」
「武器?」
「ああ。ランクも上がったし、これからは素手で魔物を倒すのも、きつくなってくるかもしれん」
妻の箸が、ぴたりと止まった。
「……あなた、何のランクが上がったの?」
「いや、俺じゃなくて」
「魔物はどこにいるの?」
「それも、その……」
「あと、素手で何を倒してるの?」
「質問を一度に三つも積むな! 荷崩れするだろ!」
「あなたの説明は、もう崩れてるわよ」
俺は咳払いをした。
「模型だよ。今度作る模型の話。冒険者のランクが上がったら、装備も変えたほうが見栄えするだろ?」
「模型が素手で魔物を倒すの?」
「そういう設定なんだよ」
「あなた、その模型の主人公にずいぶん詳しいのね」
「長いつき合いだからな……」
「模型と?」
「……まあ、そういうことだ」
妻はしばらく俺を見つめていたが、やがて焼き魚をほぐし始めた。
「武器を買うなら、今度は寝室に置かないでね」
「買うと決まったわけじゃないって」
「泥も落としてから家に入れて」
「だから、まだ買ってない!」
俺は味噌汁を飲んだ。
今日はアリスに呼ばれなかったのに、昼は森本さん、夜は妻に追及されている。
異世界での仕事が休みでも、言い訳だけは残業らしい。




