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『会社を辞めると伝えた51歳トラックドライバー、異世界少女の召喚精霊になる』  作者: うさぎとカニ


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第13話 オッサン精霊、昼も夜も追及される


 ◇◇◇◇


 その日の仕事を終え、俺は新品の革靴を持って家に帰った。

 

 昨日は革の胸当てを妻に見つけられた。今日は靴だ。


 しかも、森本さんには買った場所をうまく説明できていない。


 配達先で荷物を渡すより、この靴を家に持ち込むほうが緊張するのはどういうことだ。


「ただいま」


「おかえり。……今度は靴?」


 妻の視線が、俺の手元で止まった。


「模型の資料に買ったんだ。先に言っとくけど、新品だからな。泥もついてない」


「今度は新品なのね」


「そこを比較するな。前の胸当てが汚れてたのは、ちゃんと片づけただろ」


「片づけてくれたのはいいけど……あなた、最近ちょっとおかしいわよ」


「え?」


「変な胸当てを寝室に置いて、今度は靴を持って帰ってくる。時々、話もごまかすし」


 妻の声は穏やかだったが、目は笑っていなかった。


 異世界に召喚されている。そう言えば説明は一度で済むだろう。信じてもらえるかは別として。


「仕事、いつ頃まで続けるの?」


「引き継ぎのことか? 新人の森本さんが覚えるのが早くてさ。もう少し教えれば、一人でも回れると思う。そのあと、残ってる有給を消化する予定だよ」


「そうなの。ならいいけど」


 妻は少し間を置いた。


「ある日、手紙に『俺は旅に出る』って書いて、急にいなくならないでね。蒸発なんてしないでよ?」


「何を心配してるんだよ。そんなことしないって」


「最近のあなた、何を考えてるか分からないんだもの」


 俺は持っていた革靴を脇に置いた。


「大事な嫁さんを置いて、どこにも行かないよ」


「……急にそういうこと言うのね」


 妻は照れたように視線をそらした。


「まあ、それならいいけど」


「ああ」


 安心させられたと思った。


 だから、余計なひと言が口から出た。


「まあ、行くとしたら異世界くらいかな」


 妻がゆっくり俺を見た。


「……やっぱり心配だわ」


「今のは冗談だよ!」


「その冗談、靴をどこで買ったか説明できてからにして」


「……手厳しいな」


 俺は革靴を持ち直した。今度こそ、妻に置き場所を聞いてからしまうことにした。

   

     ◇

 

 翌日の昼休み。


 俺と森本さんは、配達の途中で止めたトラックの中で弁当を広げていた。


 森本さんは、今日もコンビニ弁当。


 俺は妻が作ってくれた弁当だ。ふたを開けると、卵焼きと唐揚げが入っている。


「高野さん、昨日話してたゲーム、僕も始めましたよ」


「おっ、どうだった?」


「面白いです。僕、一人称視点のオープンワールドゲームが好きなんですよ。自分であの世界を歩いてる感じがして」


「分かるよ。俺も一人称のほうが好きだな。入り込めるし、画面も見やすい。操作もしやすいんだ」


 画面の隅に小さな文字が並ぶと、最近は目を細めてしまう。俺にとって、見やすさは大事だった。


「高野さんは、最近何か面白いクエストを受けました?」


「この前、防具屋の店主から素材の回収を頼まれてな」


 言ってから気づいた。それはゲームの話じゃない。


「へえ。サブクエスト的なものですか?」


「そ、そうだな。靴のつま先に仕込む素材を取ってきてくれって話でさ」


「どんな素材です?」


「ストーンシェル・アルマって魔物の腹側の甲殻だ。背中は硬すぎるらしいが、腹側は薄くて軽いんだと」


「面白そうですね。もう倒したんですか?」


「いや。依頼を受ける前に、生息地と危険性を調べたところだ。岩場にいて、斜面だと突進が厄介らしい。しかも、複数で出てくることがある」


「詳しいですね。動画でも見たんですか?」


「……ギルドの受付で聞いた」


 森本さんは箸を止めた。


「ギルドの受付?」


「そう。ゲーム内のギルドの受付だ」


「NPCがそこまで詳しく教えてくれるんですか」


「ま、まあ、そうだな」


 森本さんは感心したようにうなずいた。


「高野さん、ゲームの話なのに、仕事の段取りみたいに話しますね」


「そりゃそうだろ。行ってみたら帰りの荷物が積めませんでした、じゃ困るからな」


「ゲームならアイテム欄に入れればいいじゃないですか」


「……それができりゃ、俺の腰も少しは楽なんだけどな」


「高野さん? 腰?」


「いや、ゲームでもつい荷物の重さが気になってな」


 俺は卵焼きを口に運んだ。


 森本さんと話していると、つい昨日見てきたことを、そのまま話してしまう。


 ゲームの話が合う相手だからこそ、うっかりが増えている気がした。


「高野さん、相当ファンタジーゲームをやり込んでるんですね。話を聞いてると、僕までその世界に行ったような気になりますよ」


「行ったような、じゃないんだよな……」


「え?」


「いや、行ったつもりになれるってことだ。一人称視点はそこがいいんだよ」


「なるほど。僕もそのクエスト、探してみます。クエスト名は何ですか?」


「ええと……防具屋の素材集め、だったかな」


「どこの町の防具屋です?」


「……リーベル、だったと思う」


「リーベル? そんな町、ありましたっけ」


 しまった。実在する町の名前を言ってしまった。


「ほら、俺はあちこち歩き回るだろ。地名が混ざったのかもしれん」


「でも、今は即答でしたよね」


「昼飯中に配達先みたいな確認をするな。俺の卵焼きが冷める」


「もう食べましたよね、卵焼き」


「……もう一個ある」


 俺は残りの卵焼きを箸でつまんだ。


「それにしても、そのクエストを見つけたら教えてください。僕もやってみたいです」


「ああ。ただ、見つからなくても無理に探すなよ」


「どうしてですか?」


「俺も、どうやったらあそこへ行けるのか分かってないからな」


「高野さん?」


「クエストの発生条件の話だよ! 卵焼き食ってる間くらい、俺に台詞を選ばせてくれ!」


 森本さんは笑ったが、俺は笑えなかった。


 本人にも行き方が分からない場所を、ゲーム内で探されても困る。

    

     ◇

 

 午後の配達も予定どおり終わり、俺は家に帰った。

 

 アリスには呼ばれなかった。

 

 昨日はまだ魔力が戻りきっていなかったし、無理をしないと約束した。宿で休んでいるのだろう。


 そう思うと安心する。だが、こっちから様子を確かめる方法はない。


「……無理してないだろうな」


「誰が?」


「え?」


 顔を上げると、妻が箸を止めていた。


「あなた、今、誰かの心配をしてたでしょう」


「ああ……森本さんだよ。今日も覚えることが多かったからさ」


「そう。あなた今日はずいぶん静かね」


「仕事の電話が来ないだけで、こんなに落ち着かないとはな」


「昨日は革の靴の説明で、ずいぶん忙しそうだったものね」


「そこはもう勘弁してくれ」


 妻は味噌汁を一口飲んでから、俺を見た。


「そういえば、防具と靴を買ったなら、今度は何か買う予定でもあるの?」


「そうだな。次は武器かな」


「武器?」


「ああ。ランクも上がったし、これからは素手で魔物を倒すのも、きつくなってくるかもしれん」


 妻の箸が、ぴたりと止まった。


「……あなた、何のランクが上がったの?」


「いや、俺じゃなくて」


「魔物はどこにいるの?」


「それも、その……」


「あと、素手で何を倒してるの?」


「質問を一度に三つも積むな! 荷崩れするだろ!」


「あなたの説明は、もう崩れてるわよ」


 俺は咳払いをした。


「模型だよ。今度作る模型の話。冒険者のランクが上がったら、装備も変えたほうが見栄えするだろ?」


「模型が素手で魔物を倒すの?」


「そういう設定なんだよ」


「あなた、その模型の主人公にずいぶん詳しいのね」


「長いつき合いだからな……」


「模型と?」


「……まあ、そういうことだ」


 妻はしばらく俺を見つめていたが、やがて焼き魚をほぐし始めた。


「武器を買うなら、今度は寝室に置かないでね」


「買うと決まったわけじゃないって」


「泥も落としてから家に入れて」


「だから、まだ買ってない!」


 俺は味噌汁を飲んだ。


 今日はアリスに呼ばれなかったのに、昼は森本さん、夜は妻に追及されている。


 異世界での仕事が休みでも、言い訳だけは残業らしい。



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