第12話 オッサン精霊、休憩中に昇格祝い
◇◇◇◇
今日も朝から、森本さんに仕事を教えていた。
配達する荷物は、いつもより多い。それでも森本さんは経験者だけあって、伝票の確認も積み込みも飲み込みが早かった。
「次の配達先は、この道を右ですか?」
「ああ。ただ、あそこの角は狭いから、早めに減速してほしい。対向車が来たら無理に入らず待つように」
「分かりました」
俺が運転し、森本さんが助手席で道順と伝票を確認する。配達は順調だった。
何件か回ったところで、コンビニの駐車場にトラックを止めた。
「少し休憩しよう。トイレも済ませといてくれ」
「はい。飲み物も買ってきます」
森本さんがトラックを降り、店へ入っていった。
俺は運転席でひと息つく。
家から持ってきた水筒のふたを開けると、コーヒーの香りがした。
「さて、いただくか」
水筒を口へ運ぼうとした、そのときだ。
視界が白くなった。
「……おい。今、休憩中だぞ」
目の前には、冒険者ギルドの入口。その脇に、杖を持ったアリスが立っていた。
「コージ精霊さん、おはよう!」
「おはようじゃない。こっちはまだコーヒーを一口も飲んでないんだよ」
「コーヒー?」
「後で説明する。まず聞かせてくれ。今日は何の用だ?」
「この前のゴブリンの集落、ギルドの調査が終わったの。報酬も決まったから、一緒に聞きに行こうと思って」
「そういうことか」
アリスは嬉しそうに笑っている。だが、顔色は少し悪い気がした。
「それより、体は大丈夫か? 昨日は呼ばれなかったな」
「集落から戻ったあと、魔力を使いすぎた反動が出たの。昨日は宿でずっと休んでいたわ」
「ずっと? そんなにひどかったのか」
「起き上がるのもしんどかったけど、今朝は歩けるようになったわ」
「魔力は?」
「まだ、あまり戻っていないの」
「それで俺を呼んだのかよ!」
「報酬の話は、コージにも聞いてほしかったんだもの」
「気持ちはありがたいけどな。無理して召喚する話じゃないだろ」
「……ごめんなさい」
アリスがしゅんとしたので、俺は水筒のふたを閉めた。
「まあ、たまには丸一日休むのもいいさ。君はずっと働きづめだ」
「コージもでしょう?」
「俺は日本で働いたあと、こっちでも働かされてるからな。休み方を教える資格はないかもしれん」
「自分で言うのね」
「事実だからな。今日は報酬を聞いたら、君は宿に戻って休めよ」
「うん」
アリスはうなずいたあと、俺の胸元を見た。
「あれ? コージ、胸当ては?」
「家に置いてきたよ。泥がついてたから片づけたんだ」
「せっかく買ったのに。着けてきてくれたらよかったのに」
「俺はトラックで仕事中だったんだぞ。胸当てなんか着けて運転できるか」
「でも、あれば安心でしょう?」
「うちの嫁さんには、寝室に革の胸当てがあるのを見つかってな。変な目で見られたんだよ」
「どうして寝室に置いたの?」
「帰ったとき、そこにいたからだよ! 俺だって玄関から帰りたかったわ!」
アリスは口元を押さえて笑った。
「笑いごとじゃないぞ。これ以上、家に説明の難しい物を増やせん」
◇
ギルドに入ると、受付の女性が俺たちを見つけて声をかけた。
「アリスさん、コージさん。ちょうどお待ちしていました」
「調査結果が出たんですか?」
「はい。派遣した調査員が、ゴブリンの集落跡とゴブリンウォーロードの討伐を確認しました。報告していただいた内容とも一致しています」
「よかった……」
アリスは胸をなで下ろした。
俺も安心した。討伐証明の耳を全部持ち帰れなかったせいで、やり直しを言い渡されたらどうしようかと思っていたのだ。
「討伐依頼の報酬に、集落の発見とウォーロード討伐の追加報酬を合わせて、銀貨8枚です」
「銀貨8枚!」
アリスの声が弾んだ。
「ずいぶんうれしそうだな」
「だって、宿に何日も泊まれるもの! 朝食つきでも、1泊銅貨6枚なのよ」
「銀貨1枚が銅貨10枚だったな。なるほど、しばらく余裕ができる額か」
「そうよ!」
受付の女性は報酬の袋を差し出したあと、別の書類を手に取った。
「それから、アリスさん。もう一件お知らせがあります」
「何でしょう?」
「これまでの討伐実績と、今回の集落発見・討伐が評価されました。審査の結果、アリスさんはEランクからDランクへ昇格します。おめでとうございます」
「……本当!?」
「はい。こちらが新しい冒険者証です」
アリスは受け取った証を、両手で大事そうに持った。
「やった! コージ、私、Dランクになったのよ!」
「ああ、聞いてたよ。よかったな。頑張ってたもんな」
「これでDランクの依頼も受けられるわ!」
「待て。依頼にもランクがあったのか?」
「知らなかったの? 自分のランクに合った依頼を受けるのが基本よ。Dランクなら、今まで選べなかった依頼も受けられるの」
「選べる仕事が増えるのはいいことだな。……そのぶん、危ない仕事も増えるんじゃないのか?」
「報酬だって上がるわよ」
「その返し、俺が若いころによく聞いたやつだ。『きつい現場だけど稼げるぞ』ってな。だいたい帰るころには腰が笑ってる」
「コージは強いもの。大丈夫よ!」
俺はアリスの目を見た。
「日本には『人を当てにするより、自分を当てにせよ』って言葉がある。俺の経験からも言うが、仕事ってのは助っ人が来る前提で組んじゃ駄目なんだよ。急に応援を頼んだって、相手にも仕事がある。来られないこともあるんだ。俺を当てにして危ない依頼を選ぶなよ」
アリスは、手の中の冒険者証を見つめた。
「……分かったわ。コージが来られなくても、自分で対処できる依頼を選ぶ」
「ああ。それなら安心だ」
アリスの返事を聞いて、ふと、森で初めて見たあの光の板を思い出した。
「ステータスオープン」
「また、あの見えない板?」
「ああ。前に見たときから、何か変わってるかと思ってな」
【名前】高野幸治
【種族】人間
【状態】召喚中
【契約召】召喚仮契約
【召喚主】アリス
【契約同調】安定
目の前に光の板が現れた。名前も種族も、仮契約の表示も同じだ。
ただ、一番下の項目が変化している。
【契約同調】安定
「契約同調……安定?」
「何か書いてあるの?」
「俺と君の契約のことらしいが、前は微弱だったが今は安定に変わっている。何がどう安定したのかまでは書いてない」
「コージを呼ぶのに、前ほど疲れなくなったからかしら?」
「そうかもしれんが、よくわからん」
俺は光の板を閉じた。
アリスがDランクになったから変わったのか、一緒に過ごすうちに変わったのか。そこまでは分からない。
ただ、今のアリスなら、危ないと思ったときに一緒に引き返せそうだ。俺にはそれが、いちばんありがたかった。
アリスは報酬の袋を持ち上げる。
「じゃあ、今日は買い物ね。コージの靴を買いに行きましょう」
「新品の靴か?」
「新品の靴よ。今度はちゃんと」
「よし。Dランク冒険者は話が分かるな」
「さっきまで心配してたくせに」
「心配と、新品の靴がうれしいのは別だ」
◇
向かったのは、以前、胸当てを買った防具屋だった。
「おう。また来たのか」
店主は俺を見るなり、にやりと笑った。
「今日は中古の靴の匂いでも嗅ぎに来たか?」
「蒸し返すな。今日は新品を買いに来たんだよ」
「新品か。だったら、こっちだ」
店主が棚から革靴を何足か出してくれた。安全靴を脱ぎ、一足ずつ試してみる。
「どう、コージ?」
「こっちはかかとが浮くな。次の……うん、これならいい」
店の中を少し歩いてみる。足先にも窮屈さがない。
「これにする」
「銀貨2枚だ」
アリスが報酬から代金を払った。俺は新品の革靴を手に取り、仕事用の安全靴へ履き替える。
その様子を、店主がじっと見ていた。
「あんたの履いてる靴、妙だな。つま先がずいぶん硬い」
「仕事用の安全靴だよ。重い荷物を落としても足を守れるように、硬い芯が入ってる」
「金属か?」
「いや、樹脂だ。軽くて丈夫な素材でな」
「へえ……」
店主は安全靴のつま先を指で押し、感心したようにうなった。
「面白い靴だ。置いていかないか?」
「置いていけるか! 日本に帰ったら、まだ配達が残ってるんだよ」
「ニホン?」
「……遠くの配達先だ」
店主は首をかしげたが、俺は話題を変えた。
「この靴を丸ごと真似しなくても、つま先だけ守れればいいんだろ。軽くて丈夫な魔物の素材を、革の内側に仕込んだらどうだ?」
「魔物の素材か……」
店主はしばらく考え、それから手を打った。
「ストーンシェル・アルマの腹甲殻なら、いけるかもしれねえ。背中は硬すぎるが、腹側なら薄くて加工しやすい」
「あるのか、そんな都合のいいやつ」
「Dランクの魔物だ。素材を持ってきてくれたら、あんたの靴で試してやるよ」
「待て待て。俺は靴の作り方を話したんだ。いつ討伐依頼を受けた?」
「Dランクの魔物? 私、昇格したばかりだし、ちょうどいいわ!」
「待て待て。君はまず、さっき俺と何を約束したか思い出してくれ」
「……コージを当てにして危ない依頼を選ばない」
「そう。今日は魔力も戻ってないだろ。引き受けるかどうかは、相手のことを調べてからだ」
「分かったわ。まずはギルドで聞いてみましょう」
「調べるだけだからな」
「分かってるわよ」
俺は新品の革靴を抱え、防具屋を出た。
◇
ギルドに戻り、受付でストーンシェル・アルマについて聞いた。
「町から半日ほどの岩場に生息しています。大きさは大型犬くらいです」
「半日か。歩いて行くなら、それだけで疲れそうだな」
「普段はおとなしい魔物ですが、近づくと身を守るために突進します。特に斜面では勢いがつくので、正面に立たないでください」
受付の女性は資料を開き、甲羅の図を見せてくれた。
「背中の甲羅は硬く、武器が通りにくいそうです。素材として必要なのは、こちらの腹側の薄い甲殻ですね」
「硬い背中に、突進か。坂道を下ってくる荷車みたいなもんだな」
「コージなら受け止められそうだけど?」
「受け止めるな。避けろ。俺が君にいつも言ってることだろ」
まともにぶつからず、平らなところへ誘い出して、突進を横へかわす。動きが止まったところを狙うのがよさそうだ。
ただ、資料には「複数で現れることがある」とも書いてあった。
「一体だけのつもりで行って、二体目が出てきたら困るな」
「ええ。討伐するなら、十分に準備してください」と受付の女性も言った。
「今日はここまでだ。アリス、宿へ戻ろう」
「まだ何も倒してないわよ?」
「情報を持って帰るのも仕事のうちだよ。それに君、さっきから杖に少し寄りかかってるだろ」
「……気づいてたの?」
「今日も新人を助手席に乗せて、様子を見ながら仕事を教えてたんだ。隣でふらついてる君を見落とすわけないだろ」
「私、新人じゃないわよ」
「分かってる。だから自分の足で宿へ帰れるうちに、今日は切り上げようって話だ」
アリスは少しだけ頬を膨らませたが、うなずいた。
「分かったわ。今日は休む」
「よし。俺もトラックに戻って休憩の続きをしたい。コーヒーをまだ一口も飲んでないんだよ」
「そういえば、コーヒーって何?」
アリスの視線が、俺の持つ水筒へ向いた。
「豆を煎って作る飲み物だよ。いい香りがして、飲むと眠気が少し覚める」
「私も飲んでみたい!」
「いいけど、子供には苦いかもしれんぞ」
「私は大人よ。15歳なんだから」
「はいはい。熱いから少しずつ飲みな」
俺は水筒のふたに少し注いで渡した。
アリスはまず香りを嗅ぎ、期待に満ちた顔で一口飲んだ。
「……苦いわ!」
「だから言っただろ」
「こんなの、どうして好きで飲むの?」
「その苦さがいいんだよ。まあ、大人になれば分かる」
「だから、私はもう大人だってば!」
「分かった分かった。じゃあ、コーヒーはまだ修業中の大人だな」
アリスは不服そうにふたを返してきた。
俺は水筒に口をつける。ようやく飲めたコーヒーは少しぬるくなっていたが、うまかった。
そのとき、アリスがふらりと壁に手をついた。
「おい、大丈夫か?」
「うん。でも、魔力が少なくなってきたみたい。コージ、そろそろ帰っちゃうかも」
「宿までは歩けるか?」
「歩けるわ。今日はちゃんと休む」
「そうしな。靴、ありがとうな」
「次に来るときは、履いてきてね」
「仕事中は安全靴を履かなきゃならないんだよ。次に呼ぶときも仕事中だったら、この靴は持ってくるしかないな」
言い終える前に、指先が淡く光った。
「またね、コージ精霊さん!」
「ああ。またな。無理すんなよ」
視界が白く染まる。
◇
次の瞬間、俺はトラックの運転席に戻っていた。
右手に水筒。左手には、買ったばかりの革靴が一足。
「……持って帰ってきちまった」
靴をどこに置くか考える間もなく、助手席側のドアが開いた。飲み物を買って戻った森本さんが、俺の手元を見た。
「高野さん、その靴は?」
「ああ、これか。買ったんだ」
「コンビニで?」
「……いや、もう少し遠くで」
「僕が飲み物を買ってる間に?」
「そういうことになるな」
森本さんは駐車場を見回した。
「この辺に靴屋、ありましたっけ」
「ないな」
「ないんですか」
「森本さん。仕事にはな、説明の難しい荷物もあるんだよ」
「私物ですよね、それ」
「……ごもっとも」
森本さんは革靴を見つめ、首をかしげた。
「でも、ずいぶん変わった靴ですね。ゲームの装備みたいだ」
「見る目があるな。防具屋で買ったからな」
「防具屋?」
「……模型用の小道具を扱う店だよ」
「さっきは、この辺に靴屋がないって」
「よし、休憩終わり。次の配達先を確認するぞ」
「高野さん、話を積み残してますよ」
俺は水筒のコーヒーをもう一口飲んだ。
配達の積み残しなら取りに戻れる。言い訳の積み残しは、どう運んだものか。




