本と剣
特訓は続かなかった。
アルトが振るった剣は、乾いた音とともに鈍く軋む。
刃には無数の欠け。もはや武器としての形を保っているだけだ。
「……もう限界ね」
ミラが静かに言った。
「だな。これ以上やったら、折れる」
一拍置いて、ミラが続ける。
「明日は休む。ついでに、武器も替えるわ」
⸻
翌日。
二人が訪れたのは、街外れにある小さな鍛冶屋だった。
扉を開けた瞬間、熱と鉄の匂いが押し寄せる。
奥では、大柄な男が無言でハンマーを振るっていた。
ガン、ガン、と規則的な音。
「……ガルド」
ミラが声をかける。
男は手を止めず、ちらりと視線だけを寄越した。
「久しぶりだな」
短く、それだけ。
やがて作業を終え、男——ガルドがこちらへ向き直る。
鋭い目が、まずミラを見て、次にアルトへと移った。
そして、その手にある剣で止まる。
「……貸せ」
有無を言わせぬ声だった。
アルトは少し戸惑いながらも剣を差し出す。
ガルドはそれを一瞥しただけで、低く言った。
「何をして、こうなった」
「それは……」
言葉に詰まる。
説明できるようなものじゃない。
だが、その沈黙を遮るようにガルドが続けた。
「本の力ってやつか」
一瞬、空気が止まる。
「……なんで、それを」
アルトの声に、わずかな警戒が混じる。
ガルドは肩を鳴らした。
「詳しくは知らねぇ。だがな——」
剣を返しながら、淡々と続ける。
「昔、じいさんに聞かされてた」
「“そのうち現れる”ってな。本の力を使うやつが」
ミラの表情がわずかに変わる。
「……それで?」
「そいつと一緒に現れたもんに、渡せってよ」
そう言い残し、ガルドは奥へ消えた。
⸻
「……一緒に現れた者って」
ミラがぽつりと呟く。
「私のこと?」
「多分な。本使ってるのは俺だし」
軽く返すが、どこか確信はない。
やがて、足音。
戻ってきたガルドの手には、一冊の古びた本があった。
無造作に差し出される。
「多分だが……ミラ、お前だな」
「え?」
「受け取れ」
短い言葉。
ミラは一瞬だけ迷い——それでも手を伸ばす。
触れた、その瞬間だった。
本が、光を放つ。
「……っ!?」
淡い光が脈打つように広がる。
それはまるで——
「……あの時と、同じ……」
アルトが呟く。
初めて本と出会った、あの瞬間。
やがて光が収束し、表紙に文字が浮かび上がる。
ミラは、ゆっくりとそれを読み上げた。
「——疾風伝承……?」
「……もう一冊の、本か」
アルトが息を呑む。
ガルドは腕を組み、静かに頷いた。
「どうやら、間違いじゃなかったらしいな」
ミラは本を見つめたまま、ぽつりと呟く。
「……私も、“選ばれた”ってこと?」
その問いに、アルトは少しだけ笑う。
「……みたいだな」
——しばらくして。
ガルドが呟いた。
「次はお前だ」
「俺?」
「ああ」
短く答えると、ガルドは奥へと消えた。
⸻
「……なんか、怖ぇなあの人」
アルトが小声で言う。
「腕は確かよ」
ミラはそれだけ返した。
「無駄口も叩かないしね」
「それは今見た」
苦笑するアルト。
だが次の瞬間、足音が響いた。
⸻
戻ってきたガルドの手には、一本の剣があった。
装飾のない、無骨な剣。
見た目だけなら、どこにでもありそうな鉄の塊だ。
だが——
「……それ、ただの剣じゃないわね」
ミラが低く呟く。
ガルドは何も言わず、その剣をアルトに差し出した。
「持て」
アルトは手を伸ばす。
触れた瞬間——
「……っ!」
ずしり、とした重み。
だがそれは、単なる重さじゃない。
内側に、何か“眠っている”ような感覚。
「なんだこれ……」
思わず声が漏れる。
ガルドは淡々と言った。
「ただの剣だ」
「いや、絶対違うだろ」
「違わねぇよ」
間髪入れずに返す。
「ただし——完成はしてねぇ」
その一言に、空気が変わる。
「そいつは“器”だ」
「器……?」
「中身は、お前が作る」
アルトは眉をひそめる。
「どうやって」
その問いに、ガルドは一歩近づいた。
「竜だ」
低い声。
「竜の魔石を持ってこい」
「魔石……?」
「そいつを材料にする」
アルトがさらに聞こうとした、その時。
ガルドは首を横に振った。
「それだけじゃ、ただの石だ」
一瞬の間。
「聖剣を作る」
その言葉は重かった。
「俺がな」
ミラがわずかに目を見開く。
「……あんたが?」
「当たり前だ」
ガルドは鼻で笑う。
「その辺のやり方で聖剣になるなら、誰も苦労しねぇ」
アルトは手の中の剣を見つめる。
まだ何もない。
だが確かに、“何かになり得る”感覚がある。
「……もし、失敗したら?」
思わず口に出る。
ガルドは少しだけ黙り——
「歪む」
短く答えた。
「剣も、お前もな」
その言葉に、空気が一瞬張り詰める。
⸻
やがてガルドは背を向けた。
「南へ行け」
「南?」
「フレイムって街だ」
ミラが反応する。
「……ドラゴンの伝承が残ってる場所」
「ああ」
ガルドは頷く。
「ちょうどいいだろ。試すにはな」
アルトは剣を握り直す。
まだ重い。
だが、さっきよりも少しだけ馴染んだ気がした。
「……分かった」
そう答えた瞬間。
ガルドが最後に言葉を投げる。
「——折れたら終わりだと思え」
振り返らないまま。
その一言だけが、やけに重く残った。
第八話、ありがとうございました!
新たな本と剣、そしてガルドの登場で物語が少しずつ動き始めました。
次はフレイムの街へ。
ここから物語が大きく展開していきます。
引き続きよろしくお願いします!




