本と決意
翌朝。
まだ陽も昇りきらない時間帯。
冷たい空気の中、アルトとミラは再び街外れの廃墟へと足を踏み入れていた。
「……朝早すぎだろ」
眠気を押し殺すようにぼやくアルトに、ミラは振り返りもせず言い放つ。
「当たり前でしょ。強くなりたいなら、時間は無駄にできないわ」
取り付く島もない。
アルトは苦笑しながら、肩を回した。
だが——次にミラが放った言葉で、その空気は一変する。
「今日は、本気でいくわ」
「……え?」
思わず聞き返す。
「本気って……昨日ですら全然歯が立たなかったのに……」
ミラはそこで初めて振り返り、まっすぐアルトを見た。
「だからよ」
その瞳には、一切の冗談がなかった。
「それと——今日は本の力、使っていいわ」
「……っ!?」
一瞬、言葉を失う。
「そんなことしたらミラが——」
「あなたもお人好しね」
ぴしゃりと遮られる。
「何のための特訓なの?」
「それは……」
言い淀むアルトに、ミラは一歩近づく。
「私のことなら心配いらないわ。むしろ——」
ほんのわずか、口元が歪む。
「思う存分、試しなさい」
「……」
迷いが、消える。
アルトはゆっくりと息を吐き、剣を握り直した。
「……わかった。でも、まずくなったら止めるぞ」
「ええ。任せるわ」
短く言って、ミラも構える。
空気が変わる。
昨日とは、まるで違う張り詰めた感覚。
(……やるしかない)
アルトは目を閉じ、深く息を吸う。
そして——
「フレイムドラゴン!」
呼びかけと同時に、剣に炎が宿る。
揺らめく赤い光が、周囲の空気を歪ませた。
(……いける!)
アルトは一気に踏み込む。
そのまま、炎を纏った一撃を振り抜いた。
だが。
ミラの姿は、すでにそこにはない。
「遅いわね」
横からの声。
「っ!?」
振り向いた瞬間、風が弾けた。
「——っ!」
見えない衝撃が、アルトの体を吹き飛ばす。
「がっ……!」
地面を転がり、瓦礫に叩きつけられる。
息が詰まる。
「っ……なんだよ、今の……」
「風よ」
ミラは平然と答えた。
「あなたが力を使うなら、私もそれなりにやるだけ」
(違う……昨日とは、全然違う……!)
立ち上がりながら、背筋に冷たいものが走る。
(これ……訓練なんかじゃない……)
一歩間違えれば——
「死ぬ……」
思わず、口から漏れた。
ミラはその言葉を否定しない。
「止まったら終わりよ」
静かに、だが確実に言い切る。
「その程度じゃ——本に飲まれるわよ」
「……っ!」
アルトは歯を食いしばる。
「まだだ……!」
今度は距離を取り、連続で斬撃を放つ。
炎の刃が空を裂き、ミラへと襲いかかる。
だが。
「単調ね」
すべて、見切られる。
そして——
「来ると思ってたわ」
次の瞬間、アルトの目の前にミラがいた。
「なっ——!?」
距離を詰めた“つもり”だった。
だが、それすら読まれていた。
「甘い!」
風が炸裂する。
「ぐっ……!」
今度の一撃は、昨日とは比べものにならない。
意識が飛びかけるほどの衝撃。
地面に叩きつけられ、視界が白く染まる。
(やばい……)
体が、動かない。
(このままじゃ……)
その時。
剣に宿る炎が、ふっと揺らいだ。
(……あれ?)
いつもより、暴れていない。
静かに——まるで、意志を持つかのように揺れている。
(これなら……!)
アルトは無理やり体を起こし、剣を構えた。
「……まだ、終わってない!」
炎が、収束する。
さっきよりも、小さく——だが濃く。
そのまま踏み込む。
(今度こそ——!)
狙いを絞り、一撃を放つ。
ミラの目が、わずかに細められた。
「……いいわね」
初めての反応。
だが——
「でも、まだ足りない」
一瞬で間合いを外される。
そして。
「——終わり」
風が、すべてを飲み込んだ。
「がっ……!!」
アルトの体が宙を舞い、地面へと叩き落とされる。
もう、立ち上がる力も残っていなかった。
荒い呼吸の中、空を見上げる。
(……全然、届かない……)
悔しさと、恐怖と。
それでも。
胸の奥に、わずかな手応えが残っていた。
(さっき……少しだけ……)
確かに、力が応えた。
ミラがゆっくりと歩み寄る。
「……今のは悪くなかったわ」
その言葉に、アルトは目を見開く。
「え……」
「ほんの一瞬だけど、“使えていた”」
ミラはそこで視線を細めた。
「だからこそ——ここからが地獄よ」
その言葉に、アルトはかすかに笑う。
「……上等だよ」
体は限界。
それでも、心は折れていなかった。
——これは特訓なんかじゃない。
生き残るための戦いだ。
そして。
それでもなお——
「強くなる」
その決意だけは、揺るがなかった。
第7話を読んで頂きありがとうございます!
いよいよアルトが本の力を使っての特訓がスタートしました!
これから、アルトはどうやって本の力を制御していくのかきざしは少し見えましたが
まだどうなるか分かりません
次回からの展開に期待してください!
ぜひ引き続きよろしくお願いします!




