本と特訓
アルトとミラの特訓が始まる
アルトはミラに連れられ、街外れにある廃墟へとやって来た。
崩れかけた石壁に、風が吹き抜ける。人の気配はまるでない。
「……こんなところで何するんだ?」
アルトが辺りを見回しながら尋ねると、ミラは足を止め、静かに振り返った。
「決まってるでしょ。あなたの“現状確認”よ」
「現状確認?」
「ええ。本の力は使わないで、私と模擬戦。これが一番手っ取り早いわ」
「いきなり模擬戦!?」
思わず声が裏返る。
だがミラは気にした様子もなく、淡々と続けた。
「何か問題でも?」
「いや……まぁ……」
一瞬迷う。だが、すぐに息を吐いた。
「……わかった。やるよ」
その言葉を聞いて、ミラはわずかに頷く。
「いいわね。くれぐれも——本の力は使わないこと」
「分かってるって」
アルトは軽く肩を回しながら、ふと疑問を口にした。
「そういえばさ、ミラってどんな戦い方なんだ?」
ミラは一瞬だけ間を置いて、短く答える。
「……アサシンよ」
「アサシン?」
「正面から戦う職じゃないわ。隙を突いて、確実に仕留めるのが役目」
その言葉に、アルトは苦笑する。
「じゃあ俺とは真逆だな」
「ええ。だからこそ——」
ミラの視線が、まっすぐアルトを射抜いた。
「あなたの動きは、読みやすすぎるのよ」
「……っ」
図星だった。
言い返す言葉も見つからないまま、ミラは一歩後ろへ下がる。
「それじゃ、行くわよ」
「ああ……!」
アルトも構えを取る。
互いに距離を取り、張り詰めた空気が流れる。
——先に動いたのはアルトだった。
地面を蹴り、一気に間合いを詰める。
正面からの一直線の突き。
だが——
「甘いわね」
ミラはそれを、あまりにも簡単に受け流した。
「くっ……!」
体勢を立て直し、すぐに次の一撃へ繋げる。
だが、それも。
その次も。
すべて、軽くいなされる。
まるで、攻撃が最初から分かっているかのように。
「まだいくぞっ!」
アルトは一度距離を取り、今度は低い姿勢から踏み込む。
さっきより速く、鋭く——
しかし。
その動きすら、ミラはあっさりとかわした。
そして。
「——遅い」
横から放たれた一撃が、アルトの脇腹を正確に捉える。
「がっ……!」
衝撃で体が宙を舞い、そのまま地面へ叩きつけられた。
「っ……!」
息が詰まる。視界が揺れる。
仰向けのまま、アルトは顔だけミラへ向けた。
「手加減してくれよ……」
「手加減なんてしたら、あなたのためにならないでしょ」
冷たい声だった。
ミラはゆっくりと歩み寄り、見下ろす。
「攻撃が単純すぎる」
その一言が、突き刺さる。
「それに——自分がどう動かれるか、何も考えてない」
「……っ」
「ただ突っ込むだけなら、力があっても意味はないわ」
(……分かってるよ、そんなこと……!)
心の中で、思わず叫ぶ。
(でも……どうすればいいんだよ……!)
答えは出ない。
ただ悔しさだけが、胸の奥に残る。
そんなアルトを見下ろしたまま、ミラは静かに言った。
「立ちなさい」
「……え?」
「まだ終わりじゃないわ」
その言葉に、アルトは歯を食いしばる。
ゆっくりと立ち上がり、再び構えた。
「……やってやるよ」
ミラはわずかに目を細める。
「いいわ。来なさい」
——その日。
アルトは、一度も彼女に触れることすらできなかった。
……はずだった。
「……もう一回だ」
息を整えながら、アルトは低く呟く。
ミラはわずかに眉を動かした。
「まだやるの?」
「当たり前だろ……このまま終われるかよ」
膝は震えている。
呼吸も荒い。
それでも、アルトは構えを解かなかった。
(さっきと同じじゃダメだ……)
正面から突っ込んでも通用しない。
それは、嫌というほど分かった。
(だったら……)
アルトはゆっくりと間合いを詰める。
先ほどよりも慎重に、足音を殺すように。
ミラは動かない。
ただ静かに、アルトを見ている。
(読まれてる……でも——)
一瞬の踏み込み。
だが今度は、真正面ではない。
わずかに軌道をずらし、横へと回り込む。
「……ほう」
ミラが小さく呟いた。
アルトはそのまま、死角へ入るように動き——
低い姿勢から、横腹を狙って突きを放つ。
(今度こそ——!)
手応えを、確信した。
だが。
「悪くないわね」
その声が、すぐ後ろから聞こえた。
「……っ!?」
振り向くよりも早く——
「でも、まだ甘い」
衝撃が背中に走る。
「がっ……!」
再び、体が宙を舞った。
今度は受け身も取れず、そのまま地面を転がる。
「くっ……!」
砂埃を巻き上げながら、なんとか体を起こす。
さっきよりも、確実に重い一撃だった。
ミラはゆっくりと歩み寄る。
「今のは少し良かったわ」
「……ほんとかよ……」
皮肉っぽく返す余裕もない。
「ええ。ちゃんと考えて動こうとしていた」
ミラはそこで一度言葉を区切る。
そして。
「でも——“見えてる”のよ」
「……見えてる?」
「あなた、自分で“次こう動く”って決めてるでしょ」
「それの何が悪いんだよ……!」
思わず声が荒くなる。
ミラはため息混じりに答えた。
「決め打ちしてる時点で、対応できなくなるの」
「……」
「相手が想定外の動きをしたら、止まる。今みたいにね」
図星だった。
さっきの一撃。
確かにアルトは“当たる前提”で動いていた。
だから——外れた瞬間、何もできなかった。
「それに」
ミラは一歩、距離を詰める。
「“隙を突く”なら、もっと相手を見なさい」
その言葉と同時に——
ミラの姿が、ふっと消えた。
「なっ——!?」
次の瞬間には、目の前にいる。
「近っ……!」
反応が遅れる。
咄嗟に腕でガードするが——
「遅い」
軽く押し出されただけで、体勢が崩れる。
そのまま足を払われ、再び地面へ。
「ぐっ……!」
「ほらね」
ミラは見下ろしながら、静かに言う。
「あなた、“自分の動き”に必死で、相手が見えてない」
「……っ」
何も言い返せない。
呼吸が荒くなる。
体も、もう限界に近い。
それでも——
アルトは、歯を食いしばった。
「……もう一回だ」
「……まだやるのね」
ミラの声に、わずかな変化が混じる。
呆れでも、否定でもない。
ほんの少しだけ——興味を持ったような響き。
アルトはゆっくりと立ち上がる。
足は重い。
視界もぶれる。
それでも、構えた。
「当たるまで……やる」
その言葉に、ミラは小さく息を吐く。
「……いいわ」
そして、再び構える。
「来なさい。今度は、もう少し見せてみなさい」
風が、廃墟を吹き抜ける。
——だが。
この時のアルトは、まだ知らなかった。
ここから先が、
本当の“地獄の特訓”の始まりだということを。
第6話を読んで頂きありがとうございます!
ついに2人の特訓が始まりました!
アルトがこれからミラと一緒にどうやって成長し本の力と向き合って行くのか
2人の関係性にも注目しつつお楽しみください!
それでは次回もよろしくお願いします!




