80 ちょっと何が起きたのかわからない
何も言い返せずに俯いていると、トウルさんが背もたれに両腕を載せて寄りかかったのがわかった。
そのままトウルさんは天井に向かって、まるで独り言でも言うかのように呟く。
「昔からマリーに対して思うことは特に何もねぇよ。ただ、あいつは赤ん坊の頃から身寄りのないこの世界に飛ばされて、しなくていい苦労をしてきた。だからせめて、この世界で幸せになってくれればいいとは思ってた」
「トウルさん……」
あ、どうしよう。胸がさっきよりも痛い。
私だって同じようにマリーさんの幸せを祈っているというのに、どうしてトウルさんが願っているというだけで胸が痛むのかわからない。
私、どうしちゃったんだろう。意地悪になったのかな……。
「俺はマリーを幸せにしてやれねぇけどな」
続けて断言するように告げられたその言葉に、動きが止まる。
「俺は、何人もの女を同時に好きになれるほど器用じゃねぇんだ」
言葉の意味を必死になって考える。
えーっと、えっと。それはつまり、トウルさんはマリーさんが好きというわけじゃない。少なくとも恋愛感情はないってこと、だよね?
それでその後の言葉の意味、は……。
「す、好きな人がいるんですね、トウルさん」
ずしん、と胸に重たい石が落ちてきたみたいだ。
好きな人がいたって、おかしくもなんともないのに。
トウルさんのように素敵な人なら、きっとたくさんの女の人にモテるよね。
その中には素敵な人もたくさんいて……トウルさんが誰かを好きだとしてもおかしくなんか——
「お前だよ」
「……え」
泣きそうになっていたのに、思わず顔を上げてしまう。
トウルさんは、真剣な顔で私を見ていた。
「俺が想ってるのは、お前だ。ルリ」
あ、頭が回らない。
私? 何が? トウルさんが、思っているのは……?
「えーっと、え、っと……?」
「おい、マジか。もっとわかりやすく言わなきゃわかんねぇのか?」
トウルさんは少し呆れたように眉尻を下げると、そっと私の手を取った。
いつもは温かな手が、今は少しだけ冷たくて驚く。
「俺は、お前を、愛してる」
「ひぇ」
「ひぇ、ってお前……くくっ」
だ、だって! 思ってもみなかったから驚いて、つい!
え、でも、待って。えっと、告白……された?
えっ!? トウルさんに愛の告白されたの!? 今!!
全身が熱い。顔なんて、驚くほど赤くなってるだろうな。きっと変な顔にもなってる。
思わず両手で顔を覆ってしまったけど、トウルさんの目があまりにも優しくて……私も目を離せなくなってしまう。
「これまでも、だいぶアプローチしてたんだが。本当に気付いてなかったのか?」
「よ、よく、わからない、です」
「はぁ~~~。そのせいで、俺はいつも感情を乱されてたわけか」
「えっ、トウルさんが!?」
いつだって飄々としていて、ちょっとやそっとのことでは動じないトウルさんが!?
冷静で、強くて、頼もしくて……そんなトウルさんが感情を!?
スッと冷たくて大きな手が私の頬に伸びる。ビクッとしてしまった、けど。
なんでだろう。心地好くてそのまま触れてほしいって思うなんて……変、かな。
「乱れてる。お前が関わるといつも、な」
「は、はわ、わわわ……」
そ、それよりも何よりも、今トウルさんの全てが甘くて目が回りそう!
声も、表情も、触れる手つきも全てが甘くて、優しすぎて……ええい、しっかりして、瑠璃!
「そんなこと言ったら、私のほうがいつもトウルさんにペースを乱されっぱなしですよ!」
「ほう? それは朗報だな。ルリも俺が好きってことか?」
「うぇえっ!?」
「色気もへったくれもねぇ声だな、おい」
トウルさんが変なこと言うから!
へ、変なことでは、ないか。告白してくれたんだもんね。考えるべきだよね、私が。
「えっと、えーっと……」
「いい、別にすぐに答えを出さなくても」
「で、でも」
せっかく、トウルさんが伝えてくれたのに。
何も返さないのはなんだか不誠実な感じがする。
考えがまとまらないのはたしかだけど、せめて今の私が何を思ったのかくらいは伝えておきたいから。
「あの。私、もしトウルさんがマリーさんを好きだったらどうしようって思っちゃったんです。そうだったら、その。嫌だなって」
トウルさんは黙って私の拙い返事を聞いてくれている。
えーっと。それで、私は一体何が言いたいんだろう?
「それって、私、トウルさんのことが好きってことですか?」
あ、やっぱり今の私、考えがまとまりきってないみたい。おかしなことを聞いちゃった!
「知らねぇよ」
「うぅ」
「だが……」
あ、れ? トウルさんの耳が……赤い?
トウルさんはパッと私から少し離れると、片手で口元を覆ってしまった。
「そうだったら、泣きそうなくらい嬉しい」
「っ!?」
照れて、る? 照れてる! あのトウルさんが!
つられて私もさらに顔が熱くなる。
えーっ、えー……トウルさんも、そんな顔するんだ。
「するいですよ、トウルさん……」
「その言葉、そっくりそのまま返すぜ」
それはそうかもしれないけれど。
その後に続く言葉がお互いに見つからず、私たちはしばらく無言で気まずい時間を過ごすことになってしまった。




