77 トウルの胸の内
ルリがセルジュに抱えられてクランに戻ってきた時はちょっとした騒ぎになった。
というのも、ルリの顔が真っ青だったからだ。
すぐにルリを部屋まで連れて行き、ベッドに寝かせ、セルジュから事情を聞いた。
神と話すのにそんなに負担がかかるとは盲点だったな……。
もしかすると聖女であるマリアンヌも、神の声を聞いた後は体調を崩すのか?
そんな話は聞いたことがないが、声だけ聞くのと直接会うのとでは違ったりするのかもな。
そんなことより、知らなかったとはいえルリに無理をさせてしまった自分に腹が立つ。
わかっていたら簡単に頼んだりしなかったというのに。
……本人も知らなかった可能性が高いし、わかっていたとしてもやると言って聞かなかった気もするが、それはそれだ。
事情を聞き終え、ルリの様子をもう一度見に行く。
さすがに寝ている女の部屋に長居するわけにはいかないから、顔だけ見てすぐに立ち去るつもりだった。
だが、どうやら意識はあったらしい。ルリは目を閉じたまま、弱々しい声で話しかけてきた。
「トウル、さん?」
「起きてたのか」
驚いた俺は部屋のドアを開け放してからルリの下へ向かった。
声が小さいので、ベッド脇に膝をつき、少しだけ耳を寄せる。
「報告、を……」
「そんなことは元気になってからでいい。寝てろ」
「聞いて、ください」
また無理をして、と呆れるとともに、珍しく真剣な声色に思わず口ごもる。
くそ、ここは制止して休ませるべきだというのに……。いや、本人の意思を尊重するか。
「今、寝たら……しばらく、起きられない気がする、ので」
「……わかった」
俺が返事をすると、ルリは少し安心したように表情を緩めた。
先に話を聞くことでルリの心が軽くなるというのなら、そうしよう。
気付けば俺は無意識にルリの手を握っていた。
ルリからの報告は予想通りの部分と、驚くべき部分があった。
まず、小包を送ってきたのは聖女マリアンヌで間違いないらしい。具合の悪そうなルリの前だというのに思わず舌打ちしちまった。
ルリ本人は心の底から悲しそうで、どこまでもお人好しな性格にもどかしくなる。
それにしても……自分のためだけに力を使うと聖女の力を失う、か。
正直、マリアンヌに同情はしない。自業自得としか言いようがないからな。
ただ、聖女が力を使えなくなるということは、国に危機が訪れるということでもある。
聖女の力に頼らなければ立ち行かない国なんて滅びればいいとヤケに思う反面、放り出すわけにはいかない立場にも苛立つ。
「トウル、さん……私、マリーさんを、救いたい、です」
「……はぁぁぁぁ」
結局、ルリのこの底なしのお人好しに頼るしかない現状も腹立たしい。
……俺が、我慢すればいいのか?
マリアンヌの気持ちには気付いていた。だが当然、受け入れられない。
ライルがマリアンヌを心から愛していることを、誰よりも知っているというのもあるが……そもそも俺にそんな気持ちが微塵もない。
それでも、聖女の望みを叶えるためにライルを裏切り、マリアンヌの愛人になったほうがいいというのか。
これ以上自分のためだけに力を使わないと約束させられるなら。
俺は別に誰に恨まれ、後ろ指を指されても構わない。ライルに一生憎まれることも、仕方がないと受け入れることは出来る。だが。
「……今はゆっくり休め。報告ありがとな」
「は、い……」
スゥッと力を抜き、眠りに落ちていくルリを見つめる。
柔らかな黒髪に手を伸ばし、軽く手で梳いた。そのままひと房手ですくって唇に寄せる。
お前にだけは。ルリにだけは幻滅されたくない。
ルリに悲しい顔だけはさせたくない。
本当なら俺以外の男に、ルリを渡したくないとも思っている。
だが気持ちだけは、無理に手に入れるわけにはいかない。虚しいだけだ。
虚しいだけなんだよ、マリアンヌ。
ルリの部屋を出てドアを閉めると、ちょうどセルジュが来たところだった。
こいつもルリの様子を見に来たんだろう。……止める権利は誰にもないな。
「セルジュ、今日はご苦労だったな」
「改まってどうした。……ルリは?」
「どうしても先に報告したいと言われた。今は寝ている」
「そうか……」
セルジュはその報告について詳しく聞いてこなかった。
俺も今は話す気になれず、少し考えを整理したかったから助かる。
ラスロが戻った時に話せばいいだろう。今度はスィの知恵も借りるつもりだ。
「祈っている間、ルリは微動だにしなかった」
そのまま立ち去ろうとすれ違った時、セルジュが急に話し始めた。
振り返らずに立ち止まり、黙って続きを聞く。
「最初はそういうものかと思って見守っていたが、いつまで経ってもピクリともしなくてな」
目だけでセルジュの手を見ると、拳が少し震えている。
よほど怖かったのだろう。その場にいたら俺も同じことになっていたかもしれない。
「心配になってきた時、ゆっくりと身体が傾いた。それでも祈る姿勢が変わらなかったからもう少しだけ見守ったが、さすがに恐ろしくなって揺り起こした」
「……まぁ、俺でもそうするだろうな」
「目覚めてからは寝ぼけた様子で少し話が出来たが、帰ろうとした時から急激に体調を崩したみたいでな。身体が冷え切っていて……ルリを失うんじゃないかと。本当に恐ろしかった」
そうか、セルジュ。お前も同じなんだな。
「お前はルリを……」
「……妹だとは思っていない」
「つまり、そういうことか?」
「そういうことだ。だが……」
セルジュはそこで一度言葉を切ると、身体ごと俺のほうに向き直った。
「トウル、お前だってそうなんだろ?」
真剣なんだな。
こういう時、腹立たしいだとか、焦る気持ちが湧くものかと思っていたが、意外と俺は冷静だった。思わずフッと笑ってしまうほどに。
「ライバルは多いぞ」
「それも強敵ばかりだ」
「くくっ、違いねぇ」
俺だけでなく、セルジュも小さく笑う気配がした。




