75 聖女への加護の力
祭壇の前に跪き両手を組むと、隣で膝をつくセルジュの気配がした。
少しは集中力が削がれるかな? なんて思ったりもしたけど、不思議なことにそんなこともない。むしろ安心感があるくらい。
あまり待たせちゃダメだよね、と思うけど、今は祈ることに集中しよう。
神様、どうかお話を聞かせてください。
ヒントだけでもいいんです。私……マリーさんのこと、どうしたらいいのかわからない……。
『瑠璃』
「あ、神さ、ま……え?」
いつものように突然、真っ白な世界に立っていて驚いたけど、ちょっと慣れてきた。
というか、それ以上に目の前の光景に目を丸くしてしまう。
神様はちゃんと目の前にいらっしゃる、んだけど……。
『どうした?』
「えっと、香苗、じゃないですね……」
『ほう。君には今、私が誰の姿に見えるのかな?』
「え、っと。その」
……トウルさんだ。
目の前に立っているのはトウルさん。
でもこれは神様で、別の姿に見えているだけなんだよね。それで、たしかその姿って……。
「その人が、最も信用している者に見える、でした、よね」
『そうだね。推測するに、トウルかな?』
「なっ、な、ななななっ!」
『あはは、当たりか。そうか、瑠璃も随分その生活に馴染めたみたいだな、安心した』
言い当てられて顔が熱くなる。
わ、私、いつのまにかトウルさんのことを香苗以上に信用していたってこと!?
頼もしいし、クランのリーダーだし、そうなるのは当たり前かなとも思うけど。
なんでだろう、こんなにも恥ずかしいって思っちゃうのは。
い、今はそれは置いておこう! うん! だってこうして神様に会うことが出来たわけだし、それを喜ぼう!
『さて、今日はこんな話をしにきたわけじゃないだろう?』
「そ、そうなんです。あのっ、神様、私……!」
『大丈夫、わかっているよ』
うっ、トウルさんの姿で優しい言葉をかけられるとドキッとしてしまう。
普段はそんな言い方しないから特に……!
香苗の時も本人の話し方と違うから違和感はあったけど、トウルさんだと余計に際立つなぁ。
ああ、だめだめ。こっちに集中っ!
神様はそんな私の思考もお見通しとばかりに一度フッと笑うと、すぐに真剣な表情になって口開く。
『聖女マリアンヌは一線を越えてしまったようだね』
「っ、じゃ、じゃあ、あの小包を送ったのって……」
『瑠璃。人間というのは本当に愚かで愛おしいよ。そしてもどかしい。今はとても悲しいよ』
「神様……」
ハッキリと口には出さなかったけど、否定されなかった。ということは、小包を送ったのはマリーさんで間違いないのだろう。
私も胸が痛むけど、聖女として加護を与えた子がそんなことをしてしまって、神様のほうが苦しそうだ。
『自分のためだけに力を使うと、私の加護は力を失っていく。私は干渉できなくなってしまうんだ』
「え、っと。つまり、このままマリーさんが自分のためだけに力を使ったら、聖女の力が?」
『うん。いずれ失われるだろうね』
「そんな……」
そんな制限があったんだね。マリーさんはこれまでずっと、人々のために力を使ってきたんだ。
それはとても素晴らしいことだし、よく頑張ってきたって心から尊敬するよ。
でもマリーさんは人間だ。時に自分だけのために力を使ってしまうのも仕方ないと思う。……人を傷つけるようなことはしちゃだめだけど。
だから、神様は悲しんでいるんだろうな。
『でも、まだ間に合う。瑠璃にこんなことを頼むのはお門違いだとはわかっているのだけれど』
神様は私に視線を向けると、懇願するように見つめてきた。
姿はトウルさんだけど、不思議とトウルさん本人とはまったく思わない。神様の悲痛な願いだけが伝わってくる。
『私が力を貸せるのは君しかいない。だからどうか、マリアンヌを止めてもらいたい』
「私に、できるでしょうか……マリーさんは、私を、その、殺したいほど嫌っているんでしょう?」
『そう、だね。それでも、だ』
また、否定されなかった。
胸が苦しい。モヤモヤもする。でも……嫌われているからって、マリーさんが加護を失い、聖女としての立場もなくしてしまうのは見ていられないよ。
だって、だって……そうしたらなんのためにこの世界に来たの?
なんのために私たちは互いの世界で育つことになってしまったの?
これまで生きてきた時間が、全て無駄だと言われているみたいじゃない。そんなの絶対に嫌。
それに、マリーさんにこれ以上の罪を重ねてもらいたくない。
『瑠璃が止められないなら、誰にも止められない。今の世でこれ以上、聖女を召喚することは出来ないし、この世界は魔物の力が強くなっていく一方になる』
マリーさんだけの事情ってわけでもなかった! それって世界の危機ってやつじゃない?
な、なんだか規模が大きすぎて混乱してきた。
『私の大切な子どもたちが大勢死ぬ。君も、危険に晒されるだろう。だからそうなる前に、マリアンヌの目を覚ましてもらいたい。そのための力を君に授けるよ』
「えっ」
神様は私の返事を聞く前に、スッと指を動かした。
胸のあたりが温かくなったかと思ったら全身が光に包まれて……う、眩しい。
少しして光が収まると、再び神様が言う。
『見る目を強化した。これでマリアンヌのことも、マリアンヌが仕掛けるすべての物事も見ることが出来る。マリアンヌの加護の力を越えられるはずだ』
「あ、あの。マリーさんの加護ってどんなものなんですか?」
どことなく急いでいるような雰囲気がある。こうして話す時間は一度にたくさんは取れないんだろうなって感覚があるから、そういうことだよね。
でも、ギリギリまで聞いておかないと!
『すべてが彼女の望んだ通りに行く力さ。その力は人々を想う優しい心がなければならない。自分のために力を使えば、失ってしまうのは当然のことなんだよ』
「それって、マリーさんは……」
『もちろん』
少しずつ、視界が真っ白になっていく。ああ、時間切れか。
彼女だって知っているはずだよ──
その声を最後に、私の意識が現実に戻っていく感覚がした。




