64 なぜか気になってしまう
聖女様と話をした翌日、私は相変わらずクランでぼーっとして過ごしている。
「ルリ姉」
昨日のことがなんだか夢みたいに思えるのは、大聖堂がすっごく神聖な場所だったからかな。この世とは思えないほど綺麗だったもんね……。
「ルリ姉?」
もしくは、聖女様と話した内容が私的に衝撃的だったから?
たしかに聖女様に好きな人がいるっていうのは驚いたけど……。
でも会う前から、聖女というだけで王子様との婚約が決まっていたのなら、別に好きな人がいたらどうするんだろう? とはちょっと思ってたじゃない。
それが、トウルさんだったってだけで。
トウルさんは、聖女様のことをどう思ってるんだろう……。
スィさんみたいに、彼女の気持ちに気付いていたりするのかな?
「ルリ姉ってば!」
「ひゃあっ!?」
急に大きな声が聞こえてきて文字通り跳び上がって驚いちゃった。
振り返るとそこには心配顔のカンくんが。
「何度も呼んでるのにぃ」
「ご、ごめん。ぼーっとしていたみたい。なぁに?」
せっかく今はおやつのマフィンを焼いているところなのに、ぼんやりしていたら焦がしちゃうよね。反省。
慌ててオーブンのほうに目を向けたけど、まだ大丈夫そう。ほっ。
だけど、カンくんは相変わらず心配顔で聞いてきた。
「ルリ姉、元気ない?」
「えっ!? そ、そんなことないよ、カンくん! あ、ほらいい匂いがしてきた。もうすぐマフィンが焼けそうだよ」
「……うん。楽しみ」
子どもって鋭いよね……! でも心配させたら申し訳なさすぎる。
普段は出来るだけ元気でいないと。
カンくんの頭を撫でながらそんなことを考えていたら、カンくんが急にバッと頭を上げて口を開いた。
「ボク、トウルさんにお願いしてくるっ」
「えっ、えっ? な、何を?」
「ルリ姉、ずっとクランにいるもん。つまんないの当たり前だもん! かわいそうだよ!」
「カンくん……っ!」
そんなことを考えてくれていたの……!? なんて優しい子なんだろう。涙が出そう。
感激してウルウルしていたら、調理器具を洗い終えたらしいトンくんとテンくんもやってきた。
「あ、その話!? オレもずっと気になってた!」
「テンくんまで。ありがとうね。でも私のためだってこともわかってるから。それにあんまり迷惑かけたくないし……」
「でもさ、それでルリ姉の元気がないんじゃ意味ないじゃん! オレも一緒に言いに行くぞ、カン!」
「ええっ!?」
まずい、ヒートアップする子がもう一人増えちゃった。気持ちが嬉しいだけに強く拒否もしにくいっ!
でもさすがにトウルさんに直談判はやめたほうが……! もし私のせいで二人が叱られたら悲しいもん。
「二人とも、暴走しちゃダメだよ。ルリさんが困ってるじゃない」
さすがはトンくん。三人の中の年長者だね。頼もし——
「僕も一緒に言ってあげるから。冷静にね!」
「トンくんまで!? あの、本当に大丈夫だからっ」
止めてもらえると思っていたのにまさかの!?
うぅ、優しい。嬉しい。気持ちがとってもありがたいよぉ!
でも、その、あの。ちょっと勢いがすごい。
「ルリさんは我慢ばっかりしてるじゃない。もっとワガママ言ったほうがいいと思うんだ!」
「そうだぞ! ルリ姉のためならオレ、トウルさんが相手でも怖くないぞ!」
「ボクも! ボクもっ!」
「へぇ、誰が怖くないって?」
ヒートアップする三人の背後から、聞き覚えのある低い声が聞こえて全員で息を止めた。
と、と、トウルさん……!
登場の仕方が怖すぎるっ!
ほら、子どもたちもみんな固まっちゃってるじゃない! 私も涙目ですよ、ええ!
でも別に私は怖くない。だってトウルさんが愉快そうに笑っているから。もー、からかってるでしょっ。
「トウルさん……子どもたちが怯えてますよ」
「くくっ、おいおい。さっきの威勢はどこ行ったんだよ。ほら言ってみろ。我慢はよくねぇぞ?」
やっぱり面白がってる。サングラスを少しズラして、煽るように子どもたちを見ているし。
子どもたちはギギギと音が鳴りそうな動きで振り返り、揃ってトウルさんを見上げた。
ああ、さらに固まっちゃった。
これはかわいそうだよ。声をかけようと口を開きかけたその時。
「ル、ルルルリ姉と一緒にお出かけしたいっ!」
「カンくん!」
「ボク、ルリ姉に元気出してもらいたいもん!」
なんと、カンくんが勇気を振り絞って大きな声で宣言しちゃった。
もう涙を我慢できない。こんなにも震えた体と声で……私のためにっ!
「オ、オレも! オレだって、一緒についてくっ」
「僕もついて行きます! それにセレだって!」
弟分に負けてられるかとばかりにテンくんやトンくんも大声を出した。
みんなまだ震えていて、緊張してるのが見ていてわかる。
うわーん! こんなのもう泣くぅっ! ずびびっ!!
「そうか。ならしっかり守れよ」
「は」
「へ?」
「いいのっ!?」
ハンカチを出して涙を拭っていると、トウルさんがフッと優しく笑って三人に声をかけている姿を見た。
子どもたちはそれぞれ拍子抜けしたようにぽかんと口を開けている。
「お前らが言い出したんだ。ちゃんと任務をこなせよ。ルリを守りながら笑顔にさせて無事に帰って来い」
「「「わ、わかりましたっ!!」」」
なんっていい子たちなのっ!? それを許してくれるトウルさんも良いリーダーっ!!
「お前はいつまで泣いてんだよ」
「だってぇぇぇぇ」
呆れたように笑われちゃったけど、ダメなの。私、こういうのに弱いんだよぉ。
でも泣いてばかりもいられない。張り切る子どもたちのためにも、私は無事で、笑顔で、楽しんで出かけてこなきゃ。これは私の任務だもん。
そんな時、トウルさんが子どもたちに聞かれないよう声を潜めて耳打ちしてきた。
「ルリ。いざとなったらセレの背に乗って逃げてこいよ。あの三人は、守る対象さえいなきゃ自分たちで逃げられる」
「え? でも」
「信じてやれ。チビでもうちのメンバーだ」
いざとなったら、か。そんなこと、起こらないのがいいに決まっているけど、もしもの時のこともちゃんと考えなきゃダメだよね。
ためらわない様に。子どもたちを置いていけないなんて甘い考えじゃきっとダメなんだ。
トンくん、テンくん、カンくんの三人は、私が思っている以上に頼もしい。
それに、私が無事に逃げ切って、助けを呼びに行くと考えればいいんだ。そしてなによりも。
「トウルさんが言うなら、大丈夫ですね!」
リーダーが言うんだもん。そういうところで贔屓目で見たりしないってわかる。
へへ、と笑って伝えると、急に身体を引き寄せられた。
「え、あ、え? ト、トウルさん?」
気付いた時には、トウルさんの腕の中で。ひぇ……。
「自分の身の安全を第一に考えて動いてくれ。……頼むから」
「は、はい……」
懇願するように囁かれて、なんだか調子が狂っちゃう。
でも、胸にあてた耳から聞こえるトウルさんの心拍音の速さを聞いていたら……本当に心配してくれてるんだってことが伝わってきた。
ああ、なんだろう。この安心感。
それと同時に脳裏に過るのはやっぱりあのことで。
トウルさん。
貴方は聖女様のこと、どう思っていますか……?




