62 なんだか感情がぐちゃぐちゃになりました
窓際にある席に座ると、神官さんらしき人がお茶を淹れてくれた。お、お気遣いありがとうございます……!
「お茶をありがとう。下がってくださる?」
マリーさんがそういうと、神官さんは一礼してからすぐに下がった。
所作が美しい……。元は貴族の方かな。そんなオーラのようなものを感じる。
マリーさんは温かい内にどうぞ、とお茶を手で指し示すと、先に自分から口をつけた。
たぶん、毒見のようなことをしてくれたんだと思う。配慮が行き届いているなぁ。ここで断ったらだめだよね。
私はお礼を言うと、彼女に続いてお茶を一口飲んだ。ほのかに甘味を感じる優しい味がした。
ティーカップを置くと、マリーさんは改まって口を開く。
「もう一度言わせていただきますわ。本来ならこちらが伺うべきところ、ここまで来てくださってありがとうございます。えっと……」
「あっ、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私、ルリといいます」
「あら、ミュリエッタ様ではありませんの?」
「……はい。向こうの世界ではルリと名付けられて生きてきましたので」
私ったら、うっかり名乗るのも忘れていたなんて。
慌てて告げるも、向こうの世界、という言葉を出した時、マリーさんからピリッとした緊張感が伝わってきた。
き、気のせいかな? 気のせいじゃない、と思うんだけど私は自分の判断に自信がないから。
ミルメちゃんを使ってマリーさんを調べてみても大丈夫かな……?
聖女様に対して不敬かな? とも思ったけど、警戒しろと色んな人に言われているし、自分でもなんとなく不安になったのでほんの少しだけ覗かせてもらおう。
【エラー発生。彼女を見ることが出来ません】
「えっ!?」
「どうした、ルリ?」
「あ、えっと、な、なんでもない……!」
ミルメちゃんからの思わぬ返答に、つい声に出して驚いちゃった。真っ先に離れて待機していたラスロが反応したけど、慌てて両手を軽く振る。
ふ、ふう、落ち着いて。ほら、マリーさんも不思議そうな顔でこっちを見てる。うぅ、明らかに私が不審者!
でも、どうしてだろう。さっきは警告まで出してくれたのに。
調べようとしたから? 警告は出せても彼女本人を見ることは出来ない、とか?
彼女を見ることが出来ない原因に何か心当たりがあるとすれば……マリーさんが、この世界の人ではない、から……?
どくん、どくんと心臓が嫌な音を立てている。
本当に馬鹿だな、私。今になってマリーさんのことを本当の意味で警戒してる。
信じたいって思っておきながら、ちょっとミルメちゃんが使えないってだけで彼女を異質なもののように思ってしまうなんて。
私、無意識にマリーさんを差別したんだ。
この世界の住人じゃない、って。最低だ……。
「向こうの世界は、なんと呼ばれていましたの? そこはどんな世界なのかしら」
声をかけられてハッとする。
いけない、今は反省している場合じゃないよね。
罪悪感があるなら、せめて彼女の求める話を精一杯してあげたい。
「世界の名前、というものはなくて。えっと、私の住んでいた国は日本と呼ばれていました。魔法のようなものはなく、その代わりに化学が発展していて……」
車や電車、スマホなどの便利な物から、私が住んでいた場所の教育水準や生活スタイルなどを伝えていくと、マリーさんはその度に目を丸くしたり輝かせて話を聞いてくれた。
やっぱり、普通の素直な女の子じゃない。本当に大反省……。
「とても素敵なところでしたのね。私も一度行ってみたいものですわ。でも……その時は私がこの世界から消える時ですわね」
「っ」
「……ルリさん。私、貴女がどうやってこの世界に戻ったのか知っていますわ。神様から少し聞きましたの」
「神様、から……?」
「ええ。たまにですが、お祈りをしていると頭の中に直接声が聞こえてきますの。貴女のことも神様はご存じでしたわ。不思議でしょう? 神託、というのですって」
そ、そっか。私だって神様に会ったんだもん、聖女が会わないわけないよね。むしろマリーさんのほうが本職だろうし。
それよりも何よりも、やっぱり彼女も事情を聞かされていたんだね。当たり前か……。
マリーさんはさらに声のトーンを落とす。
「貴女はあちらの世界で……亡くなった、のでしょう?」
「……は、はい」
「そう……」
ほんのわずかに、そう、ただの気のせいだったかもしれないけれど。
悲しそうな目元をしながらもマリーさんが少しだけ笑ったような気がした。
「つまり、私がその世界へ行くなら、この世界で死ぬしかないということですわね」
「そんなっ」
「ああ、ごめんなさい。そんなつもりはありませんの。辛い話を思い出させてしまいましたわね」
おっとりと微笑みながら、申し訳なさそうに眉尻を下げた彼女を見ていると、何を考えているのかわからなくなってきた。
もともと、人が何を考えているのかなんてわからないのが当たり前だけど……なんでこんなに不安になるんだろう。ミルメちゃんが使えないから?
知らない間に私、ミルメちゃんに依存していたのかなぁ。
「私、この世界のことを愛していますのよ。ですから心配しないでくださいませ。ただ……」
「ただ……?」
マリーさんは悲しそうにそう告げると、一呼吸を置いてから言葉を続けた。
「お慕いしている方が、側にいてくれたら良いのですが……」
お慕い、っていうと、好きな人ってこと、だよね?
え、あれ? でもたしか、ライル殿下の婚約者だ、って……。
私が戸惑って答えられずにいると、マリーさんはおもむろに立ち上がった。
「そろそろお時間が来てしまったようですわ。短い時間でしたが、今日は本当にありがとう。またお話してくれたら嬉しいわ」
「えっ、あ、はい。それはもちろん……」
私も慌てて立ち上がり、彼女に挨拶をしようと口を開きかけた時、マリーさんはすれ違いざまに小声で告げる。
「その時は……トウル様のことを聞かせてほしいですわね」
「え?」
パッと振り返ると、マリーさんはほんのり頬を染めてこちらに流し目を送っているところだった。
え……えっ? あれ? それってもしかして、マリーさんはトウルさんのことを……?
何が何だかわからなくて呆然としていた私は、スィさんやラスロに声をかけられるまでただマリーさんたちが去っていくのを見送ることしか出来なかった。




